第十節    成長した彼との再会は

「率直に申し上げます。アウスガールズ本国に、復興資金の援助をお願いしたいのです」


 ケルスが、教皇であるウーフォに内容を告白し始める。

 ケルスの言葉に、ウーフォは確認するように言葉を返す。


「資金援助?」

「はい。我が国は、度重なるカーサの襲撃や世界保護施設による強襲で、破壊されてしまった地域がございます。復興のために国税を使用しても、間に合っていないのが現状です。我が国には同盟国もあります。しかしそれだけでは、圧倒的に足りないのです」


 実際問題、アウスガールズ本国は財政再建に苦しんでいたのだと、事前にケルスから伝えられていた。同盟国であるヴァラスキャルヴからの援助も受けているが、それだけでは国が復興するまでには程遠いのが現状だと。

 資金不足で未だ復興の手が行き届いていない地域も、少なくないらしい。


「もし援助を施してくださるのであれば、こちらからは我が国の軍事力を提供いたします。我が国の精鋭が、ユグドラシル教団を必ずやお守りいたします」

「ほう、軍事力とな?」

「ユグドラシル教団に危機を齎すヴァナルという組織の噂は、耳にしております。我々にとっても、ユグドラシル教団はなくてはならない存在。失うわけにはいきません」

「……確かに、ここ最近教団騎士たちの殉職の報告は絶えない。世界各国の教会を守ろうにも、心許ないのは事実である」

「ですので、我々でそのお手伝いをしたいのです」


 ケルスはそう告げる。彼の言葉にウーフォはしばし逡巡して、こう尋ねてきた。


「……資金援助と言ったな。それは、どの程度か」

「……教団予算の、およそ四割ほどを」


 ケルスの言葉に、教皇の間からは一斉に非難の声が上がった。ふざけている、金に目が眩んだ愚か者ども、と。騒然となった空間に、ウーフォは鎮まるように命じた。そしてケルスの答えに、苦言を呈す。


「それは、あまりにも多すぎよう。二割程度ならまだしも、予算の半分近くとは」

「もちろん、この協定を蹴っていただいても結構です。しかしそうなったら我々は、大国ミズガルーズに予算の五割を申請しに参ります。ミズガルーズの国王、シグ陛下は懇篤な御方。快く援助してくださると、わたくしは確信しております」


 ケルスの言葉に、押し黙ってしまうウーフォ。周りにいた他の枢機卿や大司教たちも、苦虫を噛み潰したような苦渋の表情を浮かべていた。翻弄されているのだ。自分より年若い、このアウスガールズの国王に。


 これもケルスから聞いていたことだが、大国ミズガルーズの予算の五割は、ユグドラシル教団本部の予算に置き換えると凡そ三割ほどらしい。それを快く援助するであろうシグ国王と、二割しか出さないと告げる教皇ウーフォ。

 これではまるで教団側が、金の亡者であるかのような見方になる。一国や教団を治める度量においても、後ろ指を指されてしまうような行動は、ウーフォも慎みたいだろうと、ケルスはどこか確信を得たように話していた。


 加えてミズガルーズ国家防衛軍には、教団に協定を持ち掛けるような事件は起きていない。国家防衛軍の軍事力は魅力的なものがあるが、仮に協定を持ち掛けられて結んだ場合のことを考えた場合、どのように考えても、教団側が大損をするような条件にしかならないのだ。

 ならば多少腹を痛めても、アウスガールズと協定を結んだ方が、彼らの受ける損失は遥かに少ない。つまりケルスは、ウーフォの覚悟と器を試したのだ。

 彼の予測は正しかったらしく、ウーフォはやがてため息を漏らすも、何処か楽しそうに小さく笑う。


「……よかろう、協定の条件を呑もうではないか」


 ウーフォの言葉に、批判の声が上がる。


「教皇!」

「認めよう、私の負けだ。よもやそのように上手い交渉術を身に着けているとは思わなんだ、若きアウスガールズの国王よ」


 その言葉を聞いたエイリークたちは顔を見合わせた。笑いあってからウーフォに向き直り、もう一度深く頭を垂れる。


「寛大な御心、感謝します。教皇ウーフォ」


 ケルスの謝礼を受け取ると、ウーフォは立ち上がり宣言する。その様子に、周囲の司教たちは押し黙ることしかできない。


「皆の者、聞いての通りだ。我々は今、教団壊滅の危機に直面している。教団騎士では手の届かない場所があるのも事実だ。しかし、奴らに屈する訳にはいかん。アウスガールズの騎士団と協力し、なんとしても我々の守るべきものを守り通すのだ!」


 ウーフォの言葉を聞いた人々は、一人また一人と跪く。やがて教皇の間にいた全員が、ウーフォに傅き頭を垂れる。それはつまり、反論するものは一人としていないことの証明──契約成立の瞬間だった。

 ひとまず提供を結ぶことは出来た。エイリークたちの本題は、ここからだ。


「ほかに何かあるか、ケルス国王よ」

「では……一つだけ。ユグドラシル教団騎士の中に、わたくしの仲間がいると思われるのです。その者の名は、レイ・アルマ。もし彼がまだ存命であるのならば、久し振りの再会を果たしたいのですが」

「ほう、レイ・アルマとな……」


 含みを利かせた様なウーフォの呟きに、エイリークは反応する。顔を上げ、恐る恐る尋ねてみた。


「レイのことを、ご存知なのですか?」

「ああ、いやなに。私は記憶力には自信がある。教団騎士の名くらいは覚えていよう。早急に調べさせたのち、報告させよう。しばし応接室にて待たれるがよい。契約書もそこで交わそうではないか」


 教皇は部下を呼ぶと、エイリークたちを応接室へと案内させた。あれよあれよと連れられたが、ともかく調べてくれるのはありがたい。ウーフォの言う通り、その時が来るまで寛ぐことにした。

 応接室に入り三人だけになると、エイリークはまず大きく息を吐く。緊張の糸がやっと解けたような、ようやく素に戻れたような気分になる。一言、重々しい雰囲気を忘れたくて、吐き出すように呟く。


「つっかれたぁ……」

「ふふ、お疲れ様でした」

「ケルスもお疲れさま。凄いね、物怖じしないであんなに堂々と交渉するなんて。いつの間にそんな方法を身に着けてたの?」

「この二年間旅をしている中で、少しずつ」


 なんともないように、にこりと笑うケルスに感服するエイリーク。

 それにしても、と話題を変える。


「教皇様のあの言い方だと、レイはまだ生きているみたいだよね。よかった」

「調べるって仰ってくれましたし、久々に会えると思うと嬉しくなりますね」

「本当だよ!二年振りかぁ……元気かな」


 レイとの再会に胸を高鳴らせるエイリークとケルス。そんな自分たちを静かに見守るグリムの表情は、何を物語っているのであろうか。


 しばし談笑をしていると、まず先に応接室に入ってきたのは教皇ウーフォだった。契約書を交わしているうちに、教団騎士から報告があるだろう、とのこと。

 それならばとエイリークたちは納得して、ケルスが契約書にサインを記す。ウーフォも同じようにサインを記し、契約が交わされた直後。応接室のドアをノックする音が耳に届いた。


「教皇ウーフォ、ご報告に上がりました」

「よかろう、入れ」


 ウーフォの返事を聞いたであろう教団騎士が、中に入る。


「報告を」

「はっ。確かにレイ・アルマという人物は、ユグドラシル教団騎士の魔法騎士団に所属していることが判明いたしました。先程まで訓練を行っていたそうですので、もうじきこちらに──」


 教団騎士の言葉は、新たなノック音に阻まれる。ウーフォが声をかければ扉の奥から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。思わず顔が綻ぶ。


「教皇ウーフォ。レイ・アルマ教団魔法騎士、参上しました」

「うむ、入るがよい」

「失礼いたします」


 開かれた扉から入ってきた青年。自分と同じように多少の幼さをも残しつつも、鍛えられているであろう体躯は立派に成長している。纏う雰囲気が大人びた仲間──レイの姿に、自分が破顔するのが分かった。

 レイは応接室の入り口で跪くと、ウーフォに声をかけた。


「教皇ウーフォ、わたくしに用事とはなんでしょうか?」

「忙しいのによく来てくれたな。私というより、彼らが貴公に用があるのだ。久し振りに仲間の顔が見たい、とな」

「自分に……?」

「左様だ。立ち上がり、仲間に成長した姿を見せるがよい」


 そう指示されたレイは、立ち上がるとエイリークたちを一瞥した。成長したレイの姿にエイリークはたまらなくなり、近寄って彼の両手を握る。


「レイ!元気そうでよかった!一年間も手紙をよこさなくて心配したけど、元気そうで何よりだよ!」


 嬉しさに思わず質問責めしそうだ。二年振りの再会を喜ぶ自分に、レイは──。


「あの……どちら様、ですか?」


 無情な言葉の刃を、放つのであった。

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