第七十節   懺悔

 エイリークたちは巫女の間から、アウスガールズの西の玄関口である港町エーネアまで撤退していた。エダとツェルトの攻撃からエイリークを守るために展開したグリムとケルスの連携で、間一髪というところだった。今は宿屋をとり、部屋でエイリークとラントを休ませることが重要である、そうケルスとグリムは判断した。


 部屋には入ったものの、エイリークもラントも意気消沈している。特にエイリークに至っては、ケルスが声をかけても相槌すら打てないほど。何を話しかけても、何の反応すら見せない。今までの己の行いが実は、大事な仲間であるレイのことを追い詰めていた。そう伝えられた彼は心が折れてしまっているようだと、ケルスは感じた。今は何を話しかけても答えが返ってきそうにないと、ケルスはラントに向き直って彼に聞き質す。


「ラントさん……お願いです。話してください、全部を」


 それは先刻聞かされた、ラントがルヴェルのスパイだという事実についての確認の意も含めた言葉。もしかしたらエダとツェルトが誤情報を教えたかもしれない、そんな一縷の希望を抱いて。ラントは一度目を閉じてから、懺悔するように声を絞り出した。


「……わかった。ここから話すことは全部、本当のことだ」

「わかりました」

「もし嘘ならば貴様の首、ないものと思え」

「わかってる……」


 ラントは窓際に身体を預けると、ゆっくりと語りだす。まず一言目に、事実への真偽について。ラントは自身がスパイだったということを、白状した。それはレイたちを接触するよりも前からだったと。


 きっかけは12年前の遺跡崩落事故から始まったと、ラントは苦々しく告げる。あの事故で家族を、弟を失った彼は、手を差し伸べてきたルヴェルに願った。大好きだった弟の蘇生を。それを叶えてくれるのなら、なんだってすると。


「阿呆めが。死んだヒトは二度と蘇らん。たとえ蘇生を果たしたとしても、それは全くの別人だ」

「そんなことわかってる!だが、たとえ蘇生した弟本人じゃなくても、どんな形であれ弟の姿をしているのなら、生きていてほしかった……!」

「ラントさん……」

「……蘇生したツェルトには、あるものが必要だった。それが、女神の巫女ヴォルヴァが持つ強いマナだ」


 ルヴェルの行う死者蘇生の際には、あるものが使われる。それは魂を現世にて使用するために使われる肉の器、所謂魂の入れ物だ。それを、蘇生躯体と呼ぶ。当初の蘇生躯体は常に不安定であり、蘇生させる魂を蘇生躯体に完全に定着させるためには、非常に強いマナを必要とする。

 そこでルヴェルが目を付けたのが、女神の巫女ヴォルヴァの存在だった。神話の存在と呼ばれる運命の女神の力をヒトの体で受け継ぎ、使役できる存在。ラントはその存在の調査のための、ルヴェルの足代わりだったと話す。


「そんで、今から14年前……ルヴェルはまず、二人の今代の女神の巫女ヴォルヴァたちを見つけた。アウスガールズのブルメンガルテンが死に村となった頃から、力を感じるようになったって言ってな」

「力を感じるように……?」

「奴が言うには、知り合いからもらったペンデュラムが、女神の力に反応する代物だってことで、使っていたらしい。真偽はわからないが、でもその頃からツェルトの蘇生躯体の状態が安定してきていたから、そうなのかと思っていた」

「……それで?」

「……俺は、その頃からその見つけた二人の女神の巫女ヴォルヴァを監視するように指示された。彼らが出会う人物たちの中に必ず、残る一人の女神の巫女ヴォルヴァが現れるだろうからってな……」


 そして監視を続けるうちにレイの存在を知り、世界巡礼中立ち寄った港町ノーアトゥンの礼拝堂にて、彼が未知な力を発揮して古代文字と思える言葉を紡いだことを、ラントは知った。それをルヴェルに報告すれば、彼はレイに接触して機会を窺うよう、次の指示を出した。隙を見てレイの持つ女神の巫女ヴォルヴァを、その手に収めるために。ルヴェルの目指す女神の巫女ヴォルヴァの救済というお題目のために、いずれ彼を自らの元へと来させるように。そしてその背中をラントに押させるよう、なるべくレイと親しい間柄になるようにと。


「だから、全部知っていた。レイが女神の巫女ヴォルヴァだったことも。力を使い続ければ、いずれ死ぬってことも。それをルヴェルが、防いでくれるっていうなら……俺は……!」

「……そのために貴方は、レイさんのことを騙し続けていたんですか?」

「死なせない方法があるっていうのなら、そこに縋った方がいいと思ったんだ!俺より年下のくせして、生き急いで、死ぬなんて事させたくなかった……!」


 だけど、とラントは思いつめた表情のまま語る。


「レイを騙して、欺いていたことは事実。……結局死なせないためにとはいえ、俺はアイツを深く傷付けちまった。俺に対して何の疑念もなく接していたレイに、最低なことをしちまった……」

「……」

「それに、お前たちのことも騙してた……。グリムの言った通り、俺はお前たちと合流してから、ルヴェルにヴァナルの情報も報告していた」

「やはりな」

「ヴァナルのアディゲンは、ルヴェルにとっても邪魔な存在だった。表立って俺たちがヴァナルと衝突していれば、水面下でアディゲンを暗殺する手筈が整うからって言ってな」

「つまり、アディゲンとやらに私たちの位置情報等を伝えていたのはルヴェルであり、ひいては貴様だったというわけか」

「……ああ……」


 重い沈黙が部屋を包み込む。ラントは膝をついて、頭を深々と下げた。


「謝って許されることじゃないってわかってる。それでも、言わせてほしい。本当に……すまない……!」


 詫びの言葉を述べるラントに、グリムが冷たく言い放つ。


「所詮はパフォーマンスか。口でならどうとでも言えよう」

「……わかっている」

「たわけ、何を理解したというのだ。貴様の行動で、女神の巫女ヴォルヴァたちは敵の手中に納まってしまった。その結果世界のバランスは崩壊し、あ奴に世界を蹂躙される可能性ができたのだぞ」


 グリムが告げているのは真実だ。今や今代の女神の巫女ヴォルヴァたちは全員、ルヴェルに捕らえられてしまっている。それはラント自身もわかっているだろう。グリムはさらに続ける。


「それに救済とやらの手段がどのようなものか、貴様は知っているのか?救済するとあ奴は言ったが、女神の巫女ヴォルヴァたちの命を救うなどと、一言も言っていないのだぞ」

「それ、は……」

「知らんのだろう?……呆れたな、結局貴様の勝手な想像ではないか」

「っ……」


 黙ってしまったラントを一瞥して、グリムは一つ、深くため息を吐く。くるりと彼らに背を向けて、吐き捨てるように一言告げた。


「くだらんな。これだから面倒な人間は手に負えん」


 それだけ言うと、グリムはそのまま部屋から出てしまった。そのあとを、ケルスは慌てて追いかけた。廊下にはいない、外だろうかと、宿を出る。彼女はすぐに見つかった。宿を出てすぐの路地裏を歩いている姿を見つけ、声をかける。


「グリムさん!」


 ケルスの呼びかけに反応したグリムが足を止め、彼に振り向く。


「あの……」

「……あれぐらい言っておかねば、奴はわからんだろう。奴が本当に改心するかどうか、見極めねばならん」

「それで、あんな風にわざと冷たく……?」

「ああいう奴は、一度冷静にさせる必要があろう。こちらが手を差し伸べて甘やかしては、何も成長はせん」


 一つため息を吐くと壁に寄りかかり、腕を組んで彼女はこれからについて答えた。


「リョースの、時間が惜しい。私は奴らに関しての情報を集める。貴様にはもう一人の阿呆を頼みたい」

「……わかりました。でも……」

「……なんだ?」

「あそこまで沈んだエイリークさん、初めてだから……。僕の言葉にも全然反応しないあの人を、僕で立ち直らせることができるでしょうか」

「その点においては、私は何も危惧してはおらん。貴様の言葉でしか、あの馬鹿は立ち直らんよ」

「グリムさん……」


 不安で彼女を見れば、グリムは小さく笑っている。人間が嫌いで常にクールである彼女はいつも言葉少なめでも、ケルスとの間にはこうした確かな絆がある。ケルスは彼女に対して、小さく笑う。


「ありがとうございます、グリムさん」

「……思ったより時間をつぶしたな。私はもう行くぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 それだけ言うと、グリムは再びケルスに背を向けて歩き出した。ケルスは一度俯いて、そして祈るように夕暮れ時の空を見上げるのであった。

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