第百十九節  碧玉におやすみなさい

 ミズガルーズ国内。今日も忙しい一日だったと、溜息を吐く。今日も長い一日だったな、と思いながら帰路についていると、背中から衝撃が。


「ジーヴルッ!」

「かっふ!?」


 突然の衝撃。思わず転びそうになるのをどうにかこらえる。恨めしい視線を投げかけながら、激突してきた人物の名前を呼ぶ。


「ヤク!お前はまた、そうやって……!」

「あはは、ごめんよジーヴル。ちょっと力加減忘れてた」

「まったく……私たちもいい年だろうに、恥ずかしいぞ」

「僕は恥ずかしくないもんね。ジーヴルの反応が面白いからつい~」

「はぁ……。双子なのに、何故こうも性格に違いが出たのか……」


 自分に突撃してきた人物は、自分の双子の兄弟であるヤクだった。一卵性双生児であったらしく、顔は似ているのに中身は全く似ても似つかないのだ。自分はどちらかといえば理性的な性格であり、ヤクは自由奔放な性格だった。

 からからと笑いながらヤクは歩き始める。そんな彼の隣に並ぶ。二人とも今は同じ家に住んでいる。帰り道は一緒だ。


「双子なのに本当に不思議だよねぇ。得意分野も違うし」

「そうだな。私は医術に関してはからきしだからな……。お前みたいに、人に医療魔術や治癒術をかけることはできん」

「それを言うなら、僕はジーヴルのような強力な攻撃魔法は使えないよ。人を敵から守れる力で、最前線で戦うことができない」

「結局、私たちが似ているのは顔だけということか」

「まるでもう一人の自分がいるみたいだよね。それはそれで面白いけど」


 自分とヤクは、それぞれミズガルーズ国家防衛軍の魔導部隊と救護部隊に所属している。自分たちがこの国の軍に所属したのは、自分たちの命の恩人に恩返しをするためだ。


 自分たちは、親の顔を覚えていない。今更どうとも思わないが。自分たちは"世界保護施設"という場所に売られ、アウスガールズにあったとある研究所で、実験動物のように扱われてきた。幼少期に自分たちは死を覚悟したが、とある人物が自分たちを救ってくれたのだ。

 その後その人は自分たちの保護観察者となり、何かと面倒を見てくれている。自分たちの命の恩人。その人が所属していたのが、ミズガルーズ国家防衛軍だった。アウスガールズからミズガルーズに連れてこられ、自由な生き方を選べると言われたが。自分もヤクも、思いは同じだった。その人の役に立ちたい、と。しかし得意分野が違ったために、所属が別々になったのだ。


「でも、嬉しいなぁ」

「なにがだ?」

「だって明日からジーヴルは、魔導部隊の副部隊長だよ!?それって物凄いことじゃないか。ジーヴルの嬉しいことは、僕にとっても嬉しいことなんだよ?」

「そうか……。長かったな、ここまで」


 そう、ようやくここまで来た。明日、自分に辞令が下るのだ。ずっと目標にしていた、ミズガルーズ国家防衛軍、魔導部隊の副部隊長になれる。命の恩人であるその人は今、魔導部隊の部隊長を務めている。ようやくその人の手助けが出来る日が来るのだ。そう思うと、これまでの苦労なんて笑って水に流せるというもの。


「ジーヴルは、ずっと頑張ってたんだもん。それが認められたんだ、もっとどーんと胸を張りなよ」

「胸を張るって、お前はまた……」

「そうだ、今日はお祝いしよう!ジーヴルの副部隊長就任の前夜祭ってことで!」

「また唐突だな」

「今思いついた!ごちそう作って、あの人も混ぜて三人でお祝いしよう!」

「急にそんなことに誘うなんて、あの人も迷惑だろう。それにお祝いなんて、私はそんなのは──」

「あ!見つけた!ルーヴァさーん!!」

「ヤク!」


 たたたっと走るヤクの背中を追いかける。救護部隊に所属しているが、やはり軍人というべきか。彼の走る速度は一般人のそれよりも早い。鍛えているんだな、とその背中を追いかけながらそんなことを思う。

 追いついた先では、ヤクと命の恩人──ルーヴァ──がすでに話していた。


「ヤク!!」

「おお、噂をすれば!ということでルーヴァさん、もしお暇でしたら一緒にパーティーしませんか?」

「またお前は!ルーヴァさんの事情も考えろと何度言えば……!」

「えー?僕は純粋に、ジーヴルのことおめでとうって祝いたいだけなんだけど?」

「それだってお前が勝手に決めて……!」

「まぁまぁ、落ち着きなよ二人とも」


 言い合いに発展しそうなところで、ルーヴァが仲裁に入る。落ち着くようにと肩に手を置かれ、二人して思わず彼を見る。ルーヴァは優しく微笑みながら、諭すように言葉をかけた。


「ジーヴルは、僕のことを考えてくれたんだよね。ありがとう。でも僕もヤクと同じで、キミの昇進を祝いたいんだよ。今日は予定もないし、一緒にパーティーしようよ」

「そんな、無理にそんなこと……」

「無理じゃないよ。僕も純粋な気持ちから、祝いたいんだ。それとも、僕たちのお祝いは欲しくないのかな?」

「そんな、ことは……ありませんが……」


 俯きながらそう呟けば、ルーヴァは自分の頭に手を置き、にこりと笑う。


「決まりだね」

「ジーヴルってば、素直じゃないんだから」

「う、うるさいぞ」

「じゃあ折角だし、食材の買い物してから帰ろうか?」

「いいですね!それと、僕ジーヴルのアップルパイが食べたい!作ってくれる?」

「私が作るのか?」

「ジーヴルが作るのがいいんだよ。僕あれ大好物だし!」

「ああ、あれは美味しいよね。久々に僕も食べたいな」

「はぁ……そこまで、言うのなら。わかりました」


 そんな会話を交えながら、食材の調達に商店街へと向かう。その時に、二人のことを一瞥しながらふと思う。

 闘いの日々の中での、つかの間の平和。こんなに笑いあえる日々を送ることができるなんて、実験動物として生きていた頃は夢にも思わなかった。自分がいて、ヤクがいて、そして大好きな命の恩人がいる。


 ──私は今、とても幸せだ。


 今日のアップルパイは、少し変わったものを使ってみようか。いつもは真っ赤に熟したリンゴを使うが、何故か今日は瑞々しい青リンゴに目を惹かれた。まるで宝石の翡翠のように、夕日に照らされてキラキラと光る青リンゴ。

 店主に聞いてみれば、普通のリンゴよりも味に酸味はあるが、アップルパイに使うには青リンゴの方が相性がいいとのこと。なら、それを使おう。


 食材調達も終わり、改めて三人で帰路につく。あまりにも大量に買い込んでしまったために、思った以上に荷物が多い。少し休んでいこうと、家の途中にある大通りから少し離れた高台で、一休みすることに。そこは閑静な場所であり、街を一望できる場所。その高台にあるベンチに荷物を置き、手摺りを掴んで街を見下ろす。夕陽が、街全体を照らしている。穏やかな時間が流れている。

 頬を撫でる風が気持ちいい。ふう、と息を吐く。そんな自分の隣にルーヴァとヤクが来て、同じように街を見下ろす。


「それにしても、ジーヴルが副部隊長かぁ。なんだか鼻が高いよ」

「その……私は、ルーヴァさんの力になりたいんです。だから、その……」

「うん。頑張ってたんだよね。偉い偉い」

「えらいえらいー」

「ふ、二人ともやめてくれ頭を撫でないでくれ恥ずかしい……!」


 くすくすと笑うヤクとルーヴァ。この年になって頭を撫でられるというのは、存外気恥ずかしい。そんな自分に優しく微笑みながら、ルーヴァは遠くを見るような顔をして、感慨そうに呟く。


「もう、随分と時間が経ったんだなぁ」

「ルーヴァさん?」

「ねぇ、ジーヴルは覚えてるかい?僕たちが出会った時のこと。どうして、僕たちは出会えたのか」

「どうしたんですか、ルーヴァさん?」


 ヤクと二人して尋ねてみるも、彼はただ微笑むだけ。一度ヤクを顔を見合わせてから、ルーヴァに向き直り答えを告げることにする。


「もちろん、覚えてますよ。ルーヴァさんが私たちを──」


 答えを言おうとして、急にその言葉がブツリと途絶える。

 急に頭の中に靄がかかったようになる。


「ジーヴル?」


 心配そうに声をかけてくるヤク。

 なんだ、これは。おかしい、何故。覚えているはずだ。ルーヴァと出会った時のことを。なのに、言葉が出ない。


 そんな自分に、畳みかけるようにルーヴァは言葉を紡ぐ。


「……ジーヴル。その名前は本当に、キミの名前?」

「えっ……」

「キミが隣にいなきゃいけない存在は、本当に僕たちかい?」

「なに、を……ルーヴァさん……?」


 ルーヴァは一度ベンチまで戻ると、荷物の中から青リンゴを一個取り出す。

 そして、それを自分の方へと放った。


 夕陽に照らされ、反射で輝く青リンゴ。

 とても綺麗に、翡翠色に輝いて──。


「あ……」


 自分の好きな、翡翠色の瞳。


 いつも自分を守ってくれた。いつも自分の隣にいてくれた。私の、たった一人の、幼馴染。孤独から自分を救ってくれた、本当の命の恩人。


 あの黒髪の男性を、そのリンゴに見た。


「スグ、リ……」


 青リンゴが手中に収まる。

 スグリ・ベンダバル。私が、誰よりも愛しているその人。大切なものを失っていたばかりの自分の隣に、いつもいてくれた存在。


 顔を上げれば、やはり微笑んでいるルーヴァが、そこにいる。、その人が。これは、今までのは、夢だったのか。


「ルーヴァ、さん……」

「……もう起きる時間だよ、ヤク」

「っ……私、は……」

「うん、大丈夫。全部、わかってる。それでも、戻りたいんでしょう?」


 その言葉に一つ頷く。それがどんなに残酷なことかわかっていても、自分はそれを選びたいのだ。目の前のルーヴァは己のその選択に、叱ることなく微笑む。


「なら、もうキミは行かなきゃ。待っているよ、みんなが」

「ジーヴル?ねぇ、どうしたの?ルーヴァさんも……」


 不安そうに、自分とルーヴァを交互に見渡すジーヴル。そうか、これが彼が成長した姿なんだな、と。手に持っていた青リンゴを彼に渡す。


「……ジーヴル?」

「……すまない、ヤク。私は、行かなければならない……」

「……」

「だから、アップルパイを作ることは、できない……」


 彼の顔が見れない。ぐ、と拳を握る。そんな態度の自分に、ヤクは。


「……そっか。行かなきゃならない場所があるなら、急がなきゃならないね」


 にっこりと笑い、自分に声をかけた。


「ヤク……」

「大丈夫!ジーヴルのレシピ思い出しながら、僕が作ってみるから!だから帰ってきたら、食べて感想聞かせてね?」


 そんな風に笑うヤクを見たら、泣きそうになってしまうから。思わず彼のことを抱きしめ、言葉をかける。彼は最初は驚いたものの、背中に腕を回される。


「……ああ。ありがとう、ヤク」

「うん。いってらっしゃい、ジーヴル」


 その言葉を聞き届け、ゆっくりと離れる。最後にルーヴァを見て一礼してから、彼は一気に駆け出した。夢から覚めるために。

 その背中が小さくなり見えなくなるまで、ルーヴァとジーヴルは見守って。そして夕陽の明かりが、すべてを包み込むのであった。

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