第三十三節  戦いの後のご褒美

「アルマ!全員退避したよ!!」


 アルヴィルダの声が聞こえる。レイは収束していたマナを開放する準備をした。互いの船を繋いでいたロープが切り落とされ、ノーヴァ号は敵の船と距離をとる。


「(師匠のようにうまく出来るかわからないけど……!)」


 レイが収束していたのは氷のマナ。己の師匠であるヤクが得意とした凍結の術。レイはその中の一つを発動させようとしていたのだ。彼のように、うまく出来るかはわからない。それでもアルヴィルダにやると言い切ったのだ。やれるかどうかではなく、やらねばならない。

 杖の核に十分に氷のマナが集まったことを確認して、レイは術を放った。


"抱擁せよ氷の華"ライフウムアルムング!!」


 それは対象の物質を凍結させる術の一つ。絶対零度にほぼ近い超低温のマナを対象に纏わせ、活動を停止させる術だ。広範囲で発動できない代わりに、確定している対象に対しては最も有効的な術でもある。

 レイの杖の核から放たれた氷のマナが放物線を描き、敵の船に次々に直撃する。直撃を受けたところから、凍結が徐々に広まっていく。船も帆も、船上で苦しみ藻掻いていたバーコンですら。船全体が凍結されていった。

 そして全てを凍結し終えたレイが、アルヴィルダに声をかける。待っていたと言わんばかりに、彼女の命令が響く。


「撃てーーッ!!」


 ノーヴァ号から次々放たれたのは大砲だ。その攻撃になす術がない敵の船が、直撃を受け物の見事に破壊されていく。遠慮のない大砲攻撃に、やがて敵の船は元の形から大きく損傷した状態で沈没するのであった。

 無事に術を発動できたレイは、安心か疲労からか見張り台の上で膝をつく。隣にいた海賊の一人が心配したのか、声をかけてくれた。


「兄ちゃん、大丈夫かい?」

「はい……。うまくいって、良かったです」


 立ち上がって、下を見下ろす。味方の被害状況を確認していたアルヴィルダがレイの視線に気付くと、にこりと笑いこう告げる。


「お疲れさん!アンタのお陰で余計な犠牲を出さなくてすんだよ、ありがとね!」

「……はい!」


 自分の考えた案で誰かを守れたことが嬉しくて、返事を返すものの。それでも彼は頭のどこかで、彼らに対して罪悪感を感じてしまっていた。何故なら、彼らの目的は女神の巫女ヴォルヴァの殺害。ひいては自分が目的だったのだから。アルヴィルダたちは本来無関係なのに、巻き込む形となってしまった。そのことが、レイの心に影を落とすのであった。


「それにしても、アイツらはなんだったのかねぇ。女神の巫女ヴォルヴァとかなんとか言ってたけど、アタシらはそんなお宝はまだ盗っちゃいないよ」


 怪我人の治療をしていたケルスの手伝いをしようと船上に降りたレイに聞こえてきた、アルヴィルダたちの会話。ふと彼女がいる方を見れば、エリイークが膝をついていた様子が目に入る。


「大丈夫ですか……?」

「うん、なんとかね。ありがとう、レイ」


 慌てて近付き、彼に治癒術を施していく。アルヴィルダはレイたちに、女神の巫女ヴォルヴァについて何か知っているかと尋ねる。その問いに、レイは思わず閉口した。しかしそれを見逃すアルヴィルダではなかった。


「知ってるなら、言ってみな」


 まるで、隠し事は許さないと言われているようだ。関係ないといえばそうではあるが、今回は彼女たちを巻き込んだようなものだ。言わないわけにはいかない。


「……敵の狙いが、女神の巫女ヴォルヴァの殺害だというのは、気付かれましたか?」

「まぁそれくらいはね。うわ言のようにずっとそんなこと言ってたし」

「その、女神の巫女ヴォルヴァは……俺のこと、らしいんです」

「らしいって、随分と歯切れの悪い言い方だね?」


 彼女の疑問に、エイリークが答えた。彼はレイが記憶喪失であることや、そのためにどういう旅をしていたのか、搔い摘みながら説明する。全ての説明を聞き終えた彼女は、成程ねと納得したようだ。思わず目を逸らす。だって自分が──。


「アルマ。ひょっとしてだけど、自分のせいだとか思ってないかい?」

「だって、そうじゃないですか……」

「……あのねぇ、いちいちそんなことで落ち込んでんじゃないよまったく」


 彼女はレイに近付くと、しゃがみこんで彼にデコピンをお見舞いした。突然のその行動に真意が読めず、少し痛む額を抑えながら彼女を見る。


「アタシらは海賊で、人から恨まれることなんてしょっちゅうさ。誰か一人が目的で追い回されたり攻撃を受けるなんてのも、ざらにある。それでもアタシらは、イチイチ考えたり抱え込んだりなんてしないのさ」

「どうして、ですか……?」

「それは、アタシらが全員が仲間であり家族だからさ。苦しいこともつらいことも過去のことだって、全員で分かち合う。一人への恨みは全員への恨みだって、共有するんだよ。だからアタシらは、アタシらに喧嘩売りに来た奴は全員ぶっ潰す」


 仲間も一種の財宝だからね、と笑うアルヴィルダと海賊たち。その言葉が、自分のことを許すと言ってくれたようで、慰められた気がした。


「ありがとう、ございます……」

「うん。さぁて、この話はしまいだ。疲れたし、今晩は久しぶりに宴会でもしようかね野郎共!」

「いいんですか姉御!?」

「おうさ!今日は無礼講だよ!」


 彼女の声を皮切りに、途端に船上が騒がしくなる。料理番らしい海賊は、腕が鳴るなど楽しそうに語っている。あれよあれよと準備を手伝わされ、気付けば太陽はすっかりと水平線へ沈んでいたのだった。


 船上に明かりが灯され、宴会の中心ではケルスが琴で一曲奏でている。アルヴィルダが彼に依頼したのだ。海の上にいる人間に気持ちいい音を届けてほしいと。ケルスも、琴を奏でているのを楽しんでいるようだ。海賊の歌声に合わせて、即興で曲を奏でていたりもしている。

 ちなみにエイリークは海賊たちに絡み酒をされていて、グリムは一人で酒を楽しんでいる。ラントに至っては、海賊たちと飲み比べ大会なんてことをしていた。レイは少し離れた場所で一人、ケルスの曲を聴いていた。初めて聴くが、とても心地よくて安心感さえ覚えるような曲だ。そんなレイに、アルヴィルダが声をかける。


「なんだい、一人さみしくこんなところで。こういうのは楽しまなきゃ損だよ?」

「ありがとうございます。でも俺まだ未成年ですし、お酒はちょっと」

「なんだいツレないねぇ。そんならさ、ちょっとアタシに付き合いな」

「え?」


 レイの返事を聞く前に、彼女はレイの手を取り船長室へと向かう。いったい何をされるのだろうか。戦闘後はあのように言っていたが、やはり何か拷問的なことをされてしまうのだろうか。いや彼女に至ってそんなことはないだろう。そんな風に自問自答している間に船長室まで連れられ、適当に座りなと声をかけられた。


「何も取って食いなんてしないよ、安心しなって」

「ごめんなさい」

「とりあえず乾杯しようじゃないか。アンタはレモン水だけどね」


 ほら、と目の前にジョッキを傾けられる。返事をするように、レイは手に持っていたジョッキをこつん、と合わせる。そして互いにレモン水とラム酒を呷った。そしていつの間にか掻っ攫ってきたのか、料理を食べなと勧められる。

 初めて見る料理だ。数種類の肉や魚、野菜に果物も一緒に盛り付けられている。


「初めて見るかい?こいつはサルマガンディーっていうのさ。アタシら海賊のご馳走なんだよ」


 アルヴィルダは説明すると鶏肉を頬張る。あまりにも彼女が美味しそうに食べるものだから、レイも鶏肉を食べる。塩コショウの塩梅がよく、マスタードの風味もあるからか、くどさもなくいくらでも食べられそうだ。


「美味しい……!」

「だろう?これが酒に合うんだよねぇ」


 ぐい、とジョッキを呷るアルヴィルダ。ぷは、と息を吐いてジョッキをテーブルに置きながら呟く。


「それにしても、アンタがあの女神の巫女ヴォルヴァだったなんてねぇ。改めて、世界が広いと感じたよ」

「……黙っていて、ごめんなさい」

「気にしなさんな。聞けばアンタ記憶喪失なんだろ?それなら仕方ないさね」

「……」


 コト、とテーブルにフォークを置く。彼女になら、なんとなく今の自分の心の内を話せるかもしれない。答えが聞きたいわけではなかったが、レイはぽつりと話し始めた。


「……俺、自分が記憶喪失だなんて思ってなかったんです。普通に暮らして学園を卒業して、騎士団で修練を積んでいた。そんな時、フランメさんたちが俺に会いに来て、俺の知らない俺のことを話して。でも俺は、それに対してなにも答えられない。だって知らないから……知らないって、思っていたから」


 アルヴィルダはレイの話を、肯定も否定もせず黙って耳を傾けている。そんな彼女の対応が心地よくて、レイは続けて話す。


 自分が女神の巫女ヴォルヴァだってことも、知らなかった。しかしエイリークたちは、自分は女神の巫女ヴォルヴァだと言いきった。

 世界を救う力を持ち、平和へと導く存在。ユグドラシル教団が探しているそんな存在だってことを、全く知らなかった。自分がそんな存在だとするなら、それはとても大切なことで、思い出さなければならない。


「だけど俺、怖いんです。女神の巫女ヴォルヴァとしての記憶とか力とか取り戻したら、どうなるのかわからない。このまま、記憶喪失だっていうのならそのままでいたい。でもそれじゃいけないってことも、わかってるんです」


 だから、と拳を握りしめる。


「俺はこれからどうしたらいいか、わからないんです……!」


 俯いて、目を閉じる。そうだ、怖いのだ。とてつもなく。

 アルヴィルダはレイの心の叫びを聞くと、彼に語り掛ける。


「……なぁアルマ。少し、昔話をしようじゃないか」

「昔話……?」

「ああ」


 一人の女海賊の話をね、と彼女は告げた。

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