第三十二節 戦いに飢える者
エイリークはグリムや、味方の海賊複数人と一緒に相手の船へ乗り移り、攻撃を仕掛けていく。相手の海賊を倒していくことで、気付いたこともある。
「バルドルの、気付いたか?」
「うん。コイツら全員、自我を持ってない。それに、よく見たら全員にグレイプニルが嵌められてる……!」
切りかかってきた相手の海賊を切り伏せる。グリムも同じように大鎌で敵の首を次々に狩り落としていく。死体に目配せすれば、腕や手首など嵌められている場所はまちまちではあるが、全員があのグレイプニルを装着していた。さらに、
「女神の
「女神を許すな……!」
彼らの口々から発せられるのは、運命の女神や女神の
彼らの目的は、ユグドラシル教団の破壊に、運命の女神に付随するあらゆる出来事の消去。絶対に、一人たりとも女神の
「殺せ……!」
「うるさいよっ!!」
向かってきた海賊の一人を両断する。強さはそれほどでもないが、数が多い。
「まったく、ゾンビみたいに次々と!」
「だがこやつらは生者だ。殺せばただの肉塊と変わりなかろう」
そう答えるグリムは当然というかやっぱり、容赦がなく。それでも一応、味方の海賊には手を出していないあたり、彼女なりにアルヴィルダの指示には賛同してくれているのだろう。
このまま強力な敵でも現れないだろうと考えていたが、現実は予想を裏切るものである。上空から降ってくる殺気に気付き、大剣を構え衝撃に耐える準備をした。直後に大剣全体に何かが激突し、ビリビリと痺れんばかりの衝撃が手に伝わる。それを振り払い、前を見据える。
「ハハッ!やはり会えたなバルドル族ゥ!」
「バーコン……!いい加減、しつこい!!」
狂気を身に宿して使役するヴァナルの一人、バーコン。彼の眼には今、エイリーク以外の人物は映っていないようだ。どうしてそこまで自分に固執するのか。それを問うても、理解のできない言葉を並べるのだろう。もっとも、理解するつもりもない。
エイリークはグリムに耳打ちする。彼は自分が相手をする、と。
「できるのか」
「うん。きっとアイツとは、俺が決着をつけなきゃならないんだ」
「……そうか」
彼女はエイリークの返事を聞くと、数歩後退して戦場の別の場所に移動した。口の中で小さく礼を告げる。
「やぁっと、俺を見てくれる気になったか……?俺と昂りたくなってくれたか!」
「どっちも違う!俺はお前なんか、興味ないよ!でも前も言ったように、俺の仲間に手を出すのなら、全力でお前を倒す!!」
「そうかぁ……それがお前の戦う理由なのか……。ククッ、笑えるぜ!狂戦士族のバルドル族が仲良しごっこか!!」
バーコンが飛び出す。手に装着している鉤爪を伸ばすが、そんな単純な攻撃は通らない。鉤爪に撫でさせるように、大剣の位置を変える。
バーコンはエイリークの対応に対し動きを変化させるわけでもなく、エイリークの狙い通りに鉤爪で大剣の面を撫でた。
そこを好機と睨み、大剣にマナを付与させる。
「
風のマナを纏った大剣で、バーコンを両断するように勢い良く振り下ろす。凪いだ剣風がマナの変化で刃の如く、荒れ狂う渦となるこの技。ゼロ距離ならば、まず回避することはできないだろう。実際に、バーコンの体を切る手応えを感じた。
しかし、エイリークは足元の状況に混乱を覚えた。
確かに大剣はバーコンを捉えた。技も問題なく繰り出され、彼は直撃を受けた。つまり本来なら、体が腰の部分から両断されているはず。
それなのに足元のバーコンの体は今もしっかり繋がっており、ダメージといえば船体の床が衝撃で割れたくらいだ。
「なんだぁバルドル族……随分甘い攻撃じゃねぇか。砂糖菓子より甘い!!」
振り向きざまに鉤爪を向けられる。咄嗟に体を捻って躱そうと試みるが、それはエイリークの左頬を掠めた。混乱するが、後退してバーコンから距離をとる。
確かに身体を斬る感覚はあった。なのに何故。
「不思議か?不思議に思うよなぁ、そうだろう!?」
「どうして……!」
「こいつぁな……俺が殺してきた人間たちの皮や骨を、何重にも何重にも重ねて作られた呪いの防具だ。これはオレが攻撃を受ければ受けるほど、硬度を増す。そういう風にアディゲンの野郎が術を組み込んだのさ!!」
再び猛進を仕掛けるバーコン。彼の言葉は理解出来ない。なんとか防ぐが、お互いの武器が鍔迫り合う。ギチギチ、と武器が鳴る。
「オレはオマエの皮で包まれたいんだよバルドル族!さぞ心地良いんだろうなぁ、胸が高鳴るぜ!」
「冗談じゃない……!!そんなの願い下げだ!」
「オマエの意見は聞かない!!オレがそうしたいからそうするんだよッ!強くなるためなら誰だって殺す!それこそ国王だろうが女神の
「ッ!!」
頭に血が上る。そんな自己満足のためだけに仲間に手を出そうとするなんて。
バーコンが、こちらの顔を見て笑う。
「イイ顔だ。そうだよバルドル族、オマエはオレと同類さ。戦うことでしか満足できない、そういう生き物だ!そうだそうだ、昂れ!!もっと!!」
バーコンがエイリークの顔面に被せるように手を広げる。しまった、と思うもすでに時遅し。マナが彼の手中に集まる。目の前が赤く煌めく。
「
ゼロ距離での魔術による攻撃。ヘッドショットを食らったエイリークは宙を舞い、船体にドシャリと叩きつけられる。
「バルドルの!!」
その様子に気付いたらしい、グリムの声が遠くに聞こえる。目の前では未だにバーコンが楽しそうに笑っていた。まともに攻撃を受けたせいか、意識が遠くなる。
確かに衝撃はすさまじいものだ。
だが……それがどうした?
エイリークはゆらり、立ち上がる。
体の痛みに反して、頭の中がクリアになっていく。頭に上っていた血が、身体の方へ戻っていくようだ。思考が単純になる。別に何を考えるまでもない。
目の前の敵を殺せば済む話だ、そうだろう?
「どうした、怒れ恨め!オレと上り詰めようぜバルドル族!!」
「……うるせぇ、黙れクソ人間」
三度突撃しようとしたバーコンに向かって、エイリークは手を広げる。その手に大量のマナが収束していく。赤く揺らめくそれは、果たしてマナの炎か。
「……
ぐ、と突き出していた手を握る。一瞬間を置いてから、突如バーコンの身体から炎が噴き出た。悲鳴を上げるバーコンは、船の床でそれらから逃げようとのたうち回る。
そんな彼を、エイリークは冷静に見下ろす。
「砕けねぇ鎧だろうと、テメェ自身は柔な人間の身体だろう?弱ぇ人間のよ!!」
「あぁああ、いてぇ熱い燃える焼ける爛れる!!」
「その炎の出所はテメェの心臓だ。俺の術はソイツに作用させて脈を早め、その熱を体外に排出させようとする際に、炎となって内側から全身を焼き尽くす。狂戦士族のバルドルに喧嘩売ったんだ。それぐらい耐えて見せろやクソ人間」
今、表に出ているエイリークの人格は、戦闘を好む凶暴な性格の方だ。バーコンがそうしたように、もう一人のエイリークがバーコンを見下ろしている。苦しみ喘ぐ彼の姿は嫌に滑稽で、それが楽しい。
「……さて、んじゃまぁ始末するか」
もう一人のエイリークが大剣を掲げる。振り下ろそうとして、その身体がビタリと止まった。まるで金縛りにあったかのように。その原因は──。
『やめろ!!』
人格の裏に追いやられていた、優しい人格のエイリークによる抵抗だった。凶暴な人格のエイリークは忌々し気に舌打ちをしてから、己の人格を裏へと返す。
身体の所有権が戻った優しい人格のエイリークは、衝撃と身体の反動に思わず膝をついて、荒く呼吸を繰り返す。そんな自分の近くに、グリムが寄ってきてくれた。
「っ……危なかった……」
「……何があった」
「感情に、飲まれそうだったんだ……。意識がなくなって、自分の身体が自分のものじゃなくなるような……」
エイリークは目の前の光景に視線を移す。未だに身体から炎が噴出し、痛みに苦しむバーコンの姿が目に入る。今は確かに好機だが、身体が言うことを聞かない。思っていた以上に、自分もダメージを受けていたようだ。
そんなとき、ノーヴァ号からアルヴィルダの声が響く。
「全員、すぐにその船から避難しな!!全身がアイスシャーベットになるよ!」
何か準備をしていたのだろうか。立ち上がろうとするも、思うように身体が動かない。そんなエイリークに、グリムが肩を貸してくれた。素直に彼女に甘え、エイリークたちは敵の船から脱出するのであった。
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