第三十一節  海上戦勃発

「おかえりなさい」

「うん、ただいま!」


 エイリークたちがノーヴァ号に帰還する。アルヴィルダとエイリークは手に何かを持っていた。聞けば森の奥に古代の難破船があり、そこで見つけた財宝だという。アルヴィルダは羅針盤と当時の海図を、エイリークは本を一冊。


「それ、どんな本なんですか?」

「これはなんか、当時の船長さんの日記みたいだってさ。古代語で書かれてて、ほとんど読めないんだよ」


 見てみるかと手渡された古びた本。少しの不注意で、簡単にページが破れそうなまでに日焼けされている。古代語で書かれてあるのならば自分も読めないだろう、とレイは何の気なしにそれを捲る。

 ところどころ文字が掠れているが、あるページに目を落とした瞬間に、自然と口から言葉が漏れた。


「そこから乙女が来る……智慧に溢れた三人は、湖からやって来る。その湖は……トネリコの樹の下に、ある。一人はウルズという。二人目はヴェルザンディといい……小枝を刻む……。三人目はスクルドという……彼女たちは法を定め、見初められた巫女たちは我らの……人の子らの命を選ぶ……人間たちの運命を……」

「レイ?」


 エイリークの呼びかけで我に返る。自分は今、何を語ったのだろう。改めてそのページに目を落とす。そしてやはり、そこに記されてある古代語が読めることに驚愕した。何故この文章が読めるのだろう。古代語なんて、大して勉強もしていなかったのに。

 レイの動揺を知ってか知らでか、アルヴィルダが興味深そうに話しかけてきた。


「へぇ。アルマ、それが読めるのかい?」

「意味は分からないんですけど、読めるみたいですね……」

「ふぅん……。なぁ、アンタにその日記の解析頼んでもいいかい?」

「日記の解析……?」


 アルヴィルダが言うには、年代物の日記というのは情報の宝庫らしい。何処に辿り着いたか、どの大陸に上陸したか、それらが記されていることが多いと。

 それを読み解けば、財宝にありつける可能性が高いのだという。当時は実在して今は沈んでしまった島の情報や、当時の地形から作り出された遺跡の場所なども、海図と比較してある程度の場所まで絞り込める、とのこと。

 財宝は早い者勝ちが常である海賊たちにとって、ありがたい物の一つだと語られる。


「そう、なんですね」

「そういうわけ。頼まれちゃくれないか?」


 アルヴィルダに今一度依頼され、思わずエイリークを見る。これはエイリークの持ってきたものだ。それを勝手にしてもよいのだろうか。


「俺のことは気にしなくてもいいよ」

「そうですか……?」

「うん。内容が分かればそれはそれでいいことだと思うし」

「なら……。わかりました。全部は読めないかもしれませんが」

「ありがたいよ。無理して全部読もうとしなくてもいいからね」

「はい」


 アルヴィルダはレイの返事に満足げに微笑むと、部下たちに出向命令を下した。部下たちもそれに威勢よく返事をして、各々準備を始める。新しい島を探索するのだという。慌ただしくなる船内。再び、邪魔にならないように甲板へ移動する。ふと横を見れば、探索を終えたのかラントも戻ってきていた。

 ややあってから準備も終わり、ノーヴァ号が出航する。


「よし、景気付けに大砲一発ぶちかませ!」

「アイマム!」


 返事とともに、耳をつんざくような大砲の音が響く。音の大きさに心臓が飛び出そうになってしまったことは、内緒だ。やがて船はゆっくりと、海へ駆けた。


 島から出て、どのくらい経っただろうか。太陽がちょうど空の天井に着いた頃、見張り台で周囲を見回していた海賊の一人が、声を上げた。


「キャプテン!船が一隻見えます!」

「旗は!?」

「見たことねぇ色です!こっちに向かってきてますが!ただ、軍のものじゃないようです!」

「ならアタシらの同類ってところかな。変化があったらすぐに知らせな!野郎共は準備しとくんだよ!」


 アルヴィルダの号令に、船の各所から返事が聞こえた。途端に慌ただしさを増す船上。彼女は甲板で寛いでいたレイたちの場所まで来ると、あることを告げた。


「悪いけどアンタたち、労働の時間になりそうだ」

「他の海賊が来るんですか?」

「来るとかどうかじゃないんだよフランメ。アタシら海賊は、目に映る他の船はイコール掠奪対象なのさ」


 掠奪、と口の中で言葉を反響させる。仕掛けられてきたら、相手が降伏するまで徹底的に抗戦する。戦いに勝ち、それでも抵抗するなら容赦なく殺す。それが海賊のルールなのだと、アルヴィルダは話す。

 次に彼女は自分たちの戦闘能力について尋ねてきた。


「相手の船の乗り込む人員と、船に残り人員を決めたいのさ。悪いけど、アタシで決めさせてもらってもいいかい?」

「はい。海上戦は俺たちは不慣れなので、指示してくれるとありがたいです」

「そう言ってくれると助かるね。まず、フランメは野郎共と一緒に相手の船に乗り込んでほしいのさ。バルドル族ってのは、人間にとっちゃ恐れの対象だしね」


 同行にはグリムも一緒に、とのこと。自分たちの中では、この二人が一番白兵戦に慣れているから、と。ラントは船に残り相手の船への妨害、ケルスも船に残り負傷した味方の回復役。

 そしてレイは、船に残り相手への牽制などをしてほしいと指示された。見張り台から下で交戦している味方の援護が主な仕事になる。各々それを了承した。


「ちなみに聞きたいんだけどさ、セレネイド。さっき見せてくれたあの、時間を止める術ってやつは、いつでも使えるのかい?」

「できんことはない。が、効果は短いぞ。時間を止めるよりも相手を殺していく方が、海上戦では都合がよかろう」

「んー、それもそうか。それじゃこの作戦で頼むよ。アタシは船から全員に指示を出す。この船の船長を信じておくれよ?」

「はい、もちろんです!」


 作戦内容が決まった直後に、遠方から何かが発砲された音が響く。いち早く察知したアルヴィルダが、操舵していたアルヴに向かって叫ぶ。


「アルヴ!!」

「ああ、わかってる!」


 アルヴが舵を切り、船は急旋回する。直後に、船の脇ぎりぎりを、一つの大砲の弾が通り抜けた。気付かなかったら直撃して、今頃全員、海に四散していただろう。目視でだいぶ近い距離まで近付く。そこで、相手の船の全貌が見えてきた。


「アタシらに喧嘩売ろうってかい、上等だ。……野郎共!!」


 彼女の叫びに続く、地響きのような雄たけび。レイたちも各々配置につく。そして、お互い船に飛び乗れる位置まで近付いた。


「売られた喧嘩はキッチリ買い取ってやるよ、作戦開始だ!!」


 相手の船の乗組員がこちらの船に飛び乗ってくるように、ノーヴァ号の乗組員も相手の船へと飛び移る。その中にはエイリークとグリムも混ざっていた。レイも見張り台まで登り、上から援護をするためにマナを収束させていく。

 やらなきゃならない。味方を守るために。


「吹き荒べ、"風の精の慟哭"シュトゥルムヴィント!」


 味方の海賊に後ろから切りかかろうとした敵の海賊を、風の衝撃波で船の外へと放り出す。助けた海賊から礼をされ、次も頼むと言われる。

 慣れない船上の上での戦いだが、落ち着いて行動すればいつも通りに動ける。よく観察していると、敵の海賊は口々にこんなことを呟いていた。


「殺せ……女神の巫女ヴォルヴァを殺せ……!」

「っ……!」


 女神の巫女ヴォルヴァ。またその単語。ということは、彼らの目的は自分なのか。まさか自分がいるから、この船は襲われているのか。だとしたらこの戦いが起きた原因は、自分なのでは。


 戦場でそんなことを考えていたからか、自分の足元まで敵が来ていたことに、直前まで気付けなかった。近くで銃声がしたことで、我に返る。下を見ると、アルヴィルダが銃口をこちらに向けていた。


「ぼさっとしてんじゃないよアルマ!まだドンパチの真っ最中なんだよ!?」

「は、はい!ごめんなさい!」


 いけない、今はこの戦いに集中しなくては。頭を軽く振るって、再び船上を見下ろし状況を確認する。

 戦況は若干こちら側が有利には見えるが。ちらりと相手の船上を見てみれば、そこにはエイリークたちと対峙しているバーコンの姿があった。ということは、敵の正体はヴァナルだ。そこで考える。この状況で一番の解決策は何かと。

 自分にはエイリークの使うような、強力な炎の術は会得していない。使えるのは主に、光属性の術。しかしそれだけでは役不足。あと使える術といえば──。


「……やるしか、ない!」


 レイは思いついた作戦をアルヴィルダに伝える。それに対し彼女は成功するのかと訊ねてきた。その返答に、レイは。


「成功させます!!」


 力いっぱいに返事をする。満足そうにアルヴィルダは笑い、部下に指示を出す。


「野郎共!術が発動するまで、アルマのことをキッチリ守んな!これは命令だ!」

「アイマム!!」


 海賊たちは彼女の指示に返事を返す。聞き届けたレイは、マナを収束させていった。

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