第二十八節  海賊団いざ出航

「アルヴ、そっちはどうだい?」

「うん、いい風さアルヴィルダ。絶好の航海日和だ!」

「よーし出航だよ!!」


 海賊たちの声がこだまする。エイリークたちもアルヴィルダに連れられ、甲板に出てその様子を見ていた。


 ******


 エイリークがアルヴィルダを負かしたあとのこと。一度テントの中に戻って、これからの方針を決めることになった。


「それで?アンタらの目的地はどこだい?」


 彼女の質問に、思わずエイリークたちは口を閉ざした。そう、目的はあっても彼らには目的地がなかったのだ。ユグドラシル教団本部へ報告書を渡す、という目的はモワルとパンセに任せてあるが、果たして。実のところ彼らは信じるしか選択肢がないのだが。

 そんな彼らの様子に面食らったようで、アルヴィルダは一つ問いを投げかける。


「まさか、決まってないのかい?」

「まぁその、はい……」

「はぁ、驚いた。思った以上に行き当たりばったりな旅してんだね、アンタら」

「返す言葉もございません……」


 責めているわけではない、と告げるアルヴィルダである。しばらく考えるような仕草をしていたが、その時彼女の後ろにいた一人の男性から、ある提案を持ちかけられる。


「なら目的地が決まるまで俺たちに付き合ってもらう、というのはどうだい?」

「アルヴ?」


 アルヴと呼ばれた男性は、にこりと爽やかな笑みを浮かべると、続けてエイリークたちに話しかける。


「無理に目的地を決める必要はないと思う。そういう時に決めたことって、大抵うまくいかないことの方が多い。自然に決まるまで、こちらの用事を手伝うのはどうだろうか?」

「けどねアルヴ、彼らは一応は客人だよ?」

「分かってるさ。だから、無理に労働はさせない。それよりも、彼らの旅の話を聞くことも、十分なお宝のように俺は思えるよ」


 アルヴの提案に、一理あるとアルヴィルダはため息を吐く。エイリークたちに向き直った彼女は、それでもいいかと尋ねる。エイリークたちも特段断る理由もないので、その提案を受け入れた。


「そうだ、ついでだから紹介しとくよ。うちの海賊団随一の操舵手、アルヴだよ」

「よろしくね、みんな」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」


 各々軽い自己紹介をすると、アルヴは海図を広げる。通常の地図とはまた一風変わったそれに、目を奪われる。


「現在地はここ。スズリ地方の沖合からちょっと入った場所にある、ナハツゾネ群島の一つの無人島。俺たちはここで食料調達をしていたのさ」


 アルヴが指を指したナハツゾネ群島は、島国アウスガールズの南東方向にある。どちらかといえばアウスガールズよりも、スズリ地方寄りだ。

 スズリ地方は一年中太陽が照りつける大陸である。そのため大陸の端では、セレブ御用達なものをはじめとしたリゾート地が。大陸にある火山道を進んだ先にある国、ムスペルースでは温泉街が有名である。またスズリ地方の大陸に点在している鉱山では、今でも多くの宝石の原石の発掘作業が行われている。


 そして、今日から別の島を探索する予定だったのだという。ナハツゾネ群島には未だ謎が多く残る島もあるのだと聞く。財宝の一つや二つでも見つけたいところなのだ、と彼らが話す。その話を聞いて、少し探求心が疼いたことは内緒だ。

 エイリークたちもアルヴィルダたちの目的に異存がない、とのことで出航の準備に取り掛かるのであった。


 ******


 アルヴィルダたちの海賊船、ノーヴァ号が出航する。天候は快晴。アルヴの言うように、良い海風も吹いている。海賊たちは各々仕事をしたりカードゲームに興じていたりと、好きに過ごしていた。エイリークたちは甲板に出て、風景を楽しむ。


「俺、船に乗ったのにこんなにテンション上がったの初めてかもしれない……!」


 広がる水平線を眺めながら、エイリークは感嘆の息を漏らす。船に乗っているのに地上にいる時と変わらない彼の様子に、レイが疑問を投げかけた。


「そういえばフランメさん、船酔いは大丈夫なんですか?」


 エイリークと海と言えば船酔い、というイメージがレイの中では確立しているらしい。無理もない。何せ自分もそうなのだから、と苦笑する。そして懐から、錠剤が入った瓶を取り出して彼に見せた。


「それなんだけどね、この間ソワンさんと再会した時にこれをくれたんだ」

「ソワンが?」

「そうそう。新開発したっていう酔い止めらしくて、臨床実験を手伝ってほしいってね。ソワンさんが所属しているチームで調合したんだってさ」


 瓶を手渡してくれた時のソワンの表情を思い出す。自信に満ちたその顔で、今まで開発したどの酔い止め薬よりも効果があると豪語していた。確かに効果は絶大であると、エイリークは実際に感じていた。薬屋で毎回毎回強力な酔い止めを購入し服用しても、結局船酔いしていたというのに。出航して暫く経っても、今回は吐き気すら覚えない。錠剤にして飲みやすくした点もポイントだ、と言っていた。感謝の一言では尽きない。


「良かったですね、エイリークさん」

「うん。俺、こんな気持ちで船に乗ったの初めてだよ……!」


 談笑をしている中、アルヴィルダが彼らに声をかけてきた。


「どうだい、海賊船の乗り心地は?」

「最高です……!」

「あはは、そいつぁ嬉しいね。このノーヴァ号はアタシらに欠かせない大事な仲間でもあるからさ。仲間を褒められるってのは、アタシも鼻が高いってモンだ」


 甲板の背もたれに寄り掛かり、海を眺める彼女。その様子が様になっていて、まさに"海の女"と呼ぶにふさわしい。


「今日は絶好の航海日和だ。いいお宝に巡り合えそうだね」

「お宝、ですか?」

「ああそうさ。アンタたちも見てみたいかい?」

「見てみたいです!」


 とても好奇心をそそられる話だ。ところで、とエイリークはふと疑問に思う。思い切って訊ねてみることにした。


「海賊のお宝って、やっぱり金銀財宝のようなものですか?」

「やっぱりそう思うのかい?」

「なんかそんなイメージが強くて」

「よし、それを教えるためにも次の島にはアンタも同行してもらうよ。これは決定事項だからね」


 からっと笑うアルヴィルダは、航海を心から楽しんでいるように感じる。まさしく海の女、と呼ぶにふさわしいだろう。妨害もなく航海は順調に進み、やがて見張りをしていた海賊の一人が声を上げる。


「キャプテン、新しい島が見えました!北西方向ですー!」

「先客はいなさそうかい?」

「っす!アルヴの旦那が言ってた未開の島じゃないっすかね?」

「よーし次の目的地はそこだ!アルヴ、取舵いっぱーい!」

「はいよ!」


 途端に活気が湧いた船内に圧倒されるエイリークたち。ひとまず邪魔にならないようにと、甲板の端に固まって彼らの様子を見た。アルヴィルダは操舵しているアルヴの隣まで行き、様子を見ている。彼らはいつでも陽気でいる様で、羨ましささえ覚えるほどだ。

 やがて島に到着し、船を適当な場所に寄せた。


「さて、さっきも言ったようにフランメには一緒についてきてもらうよ。そんでもって、悪いけどアルマとクォーツには留守番を頼みたいんだ」

「どうしてですか?」

「何かあった時は、アルマには阿呆共を守ってもらいたいんだよ。アイツらも戦えるけど、魔術ってやつにはてんで弱いからね。クォーツは聞けば召喚術ってのが使えるって話じゃないか。それでアタシらのことを迎えに来てほしいのさ」


 なんとも合理的な考えだ。それならと納得したレイとケルスである。グリムは自分たちに同行すると告げた。残るはラントだが、あんな風に言い争いをした後でもあり、なんとなく気まずい。お互いに思わず目を逸らしてしまう。


「俺は、周辺の散策をしようかなと」

「ふぅん。いいよ、強制はしないから」

「すみません」

「なに謝ってんだい。そうシケた面してんじゃないよ」


 自分とラントのいつもと違う様子に、不思議そうに視線を送るのはレイであった。しかし今は何もうまく話せそうにないと、それを見て見ぬふりをする。

 船に残る人員と散策の人員を割り振ってから、アルヴィルダは島へと降り立つ。エイリークたちもそれに続いたのであった。

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