第二十九節 真の意味でのお宝
島に降り立ったエイリークとグリムは、先導するアルヴィルダの後ろを置いて行かれないように歩いていた。今のところ魔物の類もいない。まったくもって平和そのものだ。こんなところにお宝なんてあるのだろうかと、疑問を持ってしまうほどに。
「なぁ二人とも、この島にお宝はあると思うかい?」
「何故私が答えねばならん?」
「ちょ、グリム!」
彼女のいつもの態度に些か愕然としつつも、窘めようとする。しかしエイリークの心配は杞憂に終わる。普通ならそんな態度をされたら反感を持つところだろうが、アルヴィルダは愉快そうに笑う。
「あはは、いいねぇその敵意丸出しな感じ!アンタ筋金入りの人間嫌いだねぇ」
「え?」
「けどねセレネイド、そういった殺気ってのは安売りするもんじゃないよ。本当に向けたい相手に放ってこそ、価値が生まれるってもんだ」
「……」
「何があったのかは聞かない。けど、アンタは折角いい目と知恵を持ってるんだ。あんまり自分自身で、己の価値を下げなさんな」
そう語る彼女の背中が大きく感じる。そんな彼女に何を思ったのか、グリムの纏う雰囲気も少し和らいだような気がした。
「まぁ、心に留めておこうか」
「そうかい」
アルヴィルダは彼女の返答に満足したみたいだ。そして再び先程と同じ質問をエイリークたちに問いかけた。この島にお宝があるかどうか。
あるとするならば、それはとても浪漫に溢れている話だ。ただし今回はお宝があるかどうか、わからない状態で散策している。もしお宝がないとすれば徒労に終わるのだ。そんなことを考えてしまう。
「もし本当にあったら、嬉しいとは思いますけど……」
「ははん?これだけ歩いても見当たらないからって、自信がなくなってきたかい?」
歯切れの悪い答えに、アルヴィルダは鋭く本心を言い当てた。口には出していなかったのにと、エイリークは思わず体を硬直させる。それでも彼女は咎めることなく、笑って言葉を続けた。
「こういうのはね、行動した結果ってのが大事なのさ。もし財宝が見つかれば、アタシの目はまだ曇っちゃいないって確認できる。見つからなくても、それは自分たちの判断力の鈍さが露呈して、新しい課題として、経験っていう財宝が手に入る」
「あ……」
「つまり、財宝を探すための行動ってところに意味があるんだよ。モノは乱暴に言えば付属品ってことさ。勿論、モノが手に入るんなら万々歳だけどね」
財宝を探すための行動。彼女の紡いだ言葉を口の中で反響させる。その言葉を噛み砕きながら、一つ気付いたことがある。
そもそも彼女は財宝が見つからない、なんて最初から考えてないのだ。必ず財宝を手に入れられるという、絶対的な自信をもって彼女はこの島に挑んでいる。揺るがない自信と経験は、一朝一夕で得られるものではないだろう。彼女の、海賊であることの誇りが、それらを持たせているのだろうか。
「どうしたら、そんなに自信を持てるようになれるんですか?」
彼女の姿に羨望を抱いたからか、自然と零れ落ちるように疑問が紡がれた。
「んー、そいつは難しい質問だねぇ」
「えっ?」
「だってそうじゃないか。アタシとアンタでは種族も違うし性格も違う。生まれも環境も、何もかもね。アタシをお手本にしたって、アンタの中で答えが嵌らなければただの聞き損だ。それにそういうのは、自分で探して見つけてこそさ」
自分自身の中で宝探しをするなんて、中々に面白いじゃないか、と。なんだか答えをはぐらかされたような気がするが、答えないのならば仕方ない。
しばらく歩いていると、急にアルヴィルダが立ち止まった。匂いを嗅ぐような動作をしてから、見つけたと小さく呟く。
「ビンゴだ二人とも。この先に財宝のニオイがするよ」
「そんなものがあるんですか?」
「ああ。ちっとばかり風のニオイが変わった。匂いが変わるということは、何かがあるって証拠だよ。行ってみようじゃないか」
彼女の言葉を信じて、方向転換をする。森を抜けた先の開けた空間に出ると、エイリークたちはまず感嘆の息を漏らした。
そこには、大破されているものの、辛うじて形を成していた大型の船の残骸があった。陽に照らされていたからか、船体に使われている木の板は黒く日焼けをしている。さらには森の草木が、船体を守るように覆われている。そこに蔦も茂っていることから、かなりの年代物だということが伺えた。
「す、すごい……」
「……こりゃ、難破船だったみたいだな。ひょっとすると、第三次世界大戦で使われていた船なのかもしれないね」
「第三次世界大戦って、五百年前の?」
「ああ。しかもこれはユグドラシル教団の船じゃないか。見てごらん。少し砕けているけど、船首像に象られてるあれは運命の女神を模したものさ」
元々は金で出来ていたんだろうけどねぇ、と呟いたアルヴィルダ。海の人間たちにとっても、運命の女神は守護神的な存在だと、彼女は説明した。
航海に良い運命が訪れますようにと、願掛けの意味合いも含まれているのだ、と。
本当は岸に座礁したのだろうが、世界戦争の影響で大陸が割れ、別大陸と一つになって、このような島の奥に最終的に落ち着いたのだろう。そうアルヴィルダは自身の推測を話す。
「まぁ立ち話もなんだし、中に入ってみようじゃないか」
アルヴィルダを先頭に、大きな口を開けている船体部分から入り、中を探索し始める。彼女が言うには、自分たちが入ってきた場所は船底部分だろう、とのこと。ここまで破壊されているようじゃ、当時の荷物はなさそうだが、はたして。
「こういう時は船長室を目指すのさ。大抵、そこに財宝の一つや二つはあるもんだよ」
「わかりました」
エイリークは胸が高鳴っていくのを感じていた。こんな冒険は、そうそう体験できるものではない。古くなっている船体のため、足元を踏み抜かないよう、細心の注意を払いながら進んでいく。やがて船体の上層部へ辿り着き、いかにも豪華な造りの扉を発見する。間違いない、ここが船長室だ。
扉に手をかけようとして、エイリークはもちろんその場にいる全員が気付く。この扉の奥に、殺気を感じるのだ。明らかに何かいる。グリムが詠唱を唱え、アルヴィルダが銃に弾を装填する。エイリークも大剣を左手に持ち、ゆっくりと扉を開いた。
「キィイイイ!!」
開けた先にいたのは、巨大な蝙蝠だった。まさか魔物の住処になっていたとは。とはいえ、こちらはすでに、グリムが詠唱を唱え終わっている。
相手の時間を奪う術
「バルドルの」
「ありがとうグリム!」
蝙蝠の魔物が彼女の術によって硬直する。
その瞬間を狙い、エイリークは駆けた。壊れかけている船体で大技を繰り出せば、船をもろとも破壊してしまう。ただ、自分の武器は大剣だ。特段術を使わないままでも、十分な威力は出せる。振りかぶり、薪割りをするように大剣で一閃する。血飛沫が舞う。
「そら喰らいな!」
トドメに、アルヴィルダの銃撃が魔物の頭蓋を貫いた。術が解除されると、呆気なく蝙蝠の魔物はその場に倒れ伏す。術を解除しても、魔物が動く様子はない。無事に倒せたようだ。
「さて、と。んじゃまぁ探すとしますかね」
アルヴィルダは早速、机の上などを調査していく。エイリークも物を壊さないように慎重に辺りを捜索する。本棚のようなものに目をつけ、塗装がそこまで劣化していない一冊を手に取る。表紙にも背表紙にもタイトルらしき文字はなく、不思議に思い開いてみた。
所々掠れているが、どうやら日記のようなものらしい。しかし悲しいかな、エイリークにはそこに何が綴られているのか、読み解くことは出来なかった。
「グリム〜」
泣きつくようにグリムに見せてみれば、溜め息をつきながらも彼女はそこに目を落としてくれた。
「……書かれている文字は古代語だ。私もそこまで詳しくは知らん」
「読める部分、ある?」
「……女神……聖なる地の碑文、ここに記すは、導き……。これ以上は読めん」
女神に碑文とは、どういうことだろうか。一人考えるが、ない頭で考えるなとグリムに指摘されてしまう。脳がないことは自覚しているが、バッサリ指摘されると少々気落ちしてしまう。
とほほ、と肩を落とすエイリークにアルヴィルダが声をかけた。
「そっちは何かあったかい?」
「えっと、船長の日記……のような、ものですかね?こんな本を見つけました」
エイリークが見せた本を、興味深そうにまじまじと凝視するアルヴィルダ。彼女に収穫を尋ねてみれば、満足そうに笑って二つの物体を見せられる。
当時の大陸も記された海図に年代物の羅針盤だ、とのこと。金銀宝石をイメージしていたエイリークは少し拍子抜けしたが、アルヴィルダが言うには最高のお宝に相当するらしい。
「さて、財宝も見つけたし戻ろうか」
「はい。あの、この日記持っていってもいいでしょうか?」
「それを海賊のアタシに尋ねるのかい?持ち主なんてとうの昔におっ死んでるんだから、勝手に持っていけばいいじゃないか」
早い者勝ちだよ、と言われれば途端に手放したくなくなるものである。それでは遠慮なくと、エイリークはその本を持ち帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます