第十三節   変わらないもの

「どうして、俺を助けたんですか?その……昨日も言いましたが、俺は貴方のこと何も知らないし、貴方と旅をしたかどうかも分からない。それなのになんで……」


 知らない、分からない、その言葉にやはり幾ばくかの痛みを覚えながら。それでもエイリークは笑って、レイに向き直る。


「仲間を助けるのに、理由はいらないよ」

「仲間……?」

「レイは覚えてなくても、俺は覚えてるから。キミは俺の仲間で友達のレイ・アルマで、そんな仲間がピンチなら、俺が見える範囲でなら絶対に助ける。そこにどうしてだとかなんでだとか、そんなややこしくて難しいことなんていらないよ」


 エイリークの言葉にどう返していいのか、わからないのだろう。レイはただ茫然と彼を見ている。彼の言葉の意味が分からない、そんな様子が見て取れる。そのことにショックを感じないわけではない。それでもエイリークは続ける。


「二年前、キミと初めて出会った時にレイが言ってくれたんだ」



 ──俺とお前、種族とか一切無視してさ、そこに何か違いがある?



 二年前初めてレイと出会った、あの時。自分がバルドル族であるために、レイは自分が借りていた宿から追い出された。それなのにそのことに一切文句を言わず、かえってバルドル族だからとエイリークにいちゃもんを付けた村人に対して、愚痴を零していた。

 バルドル族であるがために、自分と一緒に行動していたら彼に迷惑がかかる。エイリークがレイに伝えて返ってきたのが、その言葉。種族の違いなんて大したことじゃないと言ってくれた、レイの懐の深さ。それに救われたから今の己がいるのだと。


「それに、キミはこうも言ったんだ。俺は俺の意志は誰にも邪魔されたくないってね。俺はレイのこと守りたい。そう思う気持ちはレイにも邪魔されたくない。キミが覚えていなくても、俺がレイのこと仲間だって思うなら、レイは俺の仲間で友達だから」


 言い切ったエイリーク。しばし呆気に取られていたレイだったが、やがてくすくすと笑う。しかし堪え切れなくなったのか、破顔する。何か支離滅裂なことを話してしまっただろうか。恐る恐る尋ねる。


「れ、レイ?」

「はははは、ごめんなさい。なんだかおかしくって。バルドル族なのに考え方がとても人間臭くて、でも懐かしいようなむず痒いような、そんな感じがして。貴方は変人染みたバルドル族ですね」

「え!?変人染みたってひどくない!?」

「だって、そんな風に考えるバルドル族がいるなんて思わなくて。あの馬鹿にはしてないんですけど、面白くて」


 いっそのこと晴れやかに笑うレイに、思わず脱力する。再会してから初めて彼の笑顔を見たことで、文句の言葉が頭から抜けてしまった。ようやく笑いを収めたレイに、冗談めかしくひどいと突っ込みを入れる。するとどこからともなく、聞き覚えのある二つの声が聞こえた。


『へぇ、久々に爆笑してたな』

『知ってる。笑うのは身体にいい』


 この声は昨日出会ったカラスたちだ。声に答えるように、レイが目線を壁の上に移す。つられるようにそこを見れば、塀の上に留まっていたモワルとパンセが、自分たちを見下ろしていた。


「何処に行ってたんだ?さっきレイが大変な目に遭うところだったのに」


 懐いているこの二羽がいれば、自分が到着するよりも前にレイを助けられたかもしれない。そう思うと自然と、不満を口にしてしまっていた。エイリークの抗議の声に、二羽はふい、とまるで楽しむように顔をそむける。


『オレたちはアルマが必要な時には出ない』

『ボクたちはアルマが不必要な時に出るの』

「なんてひどい天邪鬼なんだ!?」

「フランメさん、いいんですよ。この子たちは昔からそういう、あべこべな子たちだったから」


 彼が納得しているのならば、自分も納得せざるを得ないと。エイリークは一つため息を吐いてから、先程のことについて尋ねた。一瞬逡巡してから、レイはユグドラシル教団の教団騎士について説明し始める。


 ユグドラシル教団騎士の騎士たちは、その殆どが貴族階級や政治家の子息だ。勿論一般人からの募集もかけているし、そういった人物も所属している。しかしユグドラシル教団騎士は必ずしも、実力主義ではない。大抵が金にものを言わせ、その地位が決まったりもする。部隊のトップはそうとは限らないと話すが、以前は教団に金を積んだ貴族に、見返りとして相応の地位につかせる働きなんかもあったそうだ。

 そんな金に汚いやり方が横行していたからか、貴族階級の騎士たちは一般人選出の騎士を見下している節があるのだと。手柄の横取り、厄介ごとの押し付け、果ては貴族階級の騎士たちの性欲処理。家畜よりも劣る扱いを受けることも。


「まさかレイも!?」

「いえ、俺はそこまで酷い扱いは受けてないですけど……。でも、同僚だった子はそれで心を壊して、退団しました。聞いた話だと、自殺したとかなんとか」

「そんなの腐ってるじゃないか!何が教団騎士だよ……!」

「まぁその、言ってしまうとユグドラシル教団は閉鎖的ですから……。自分たちの守るものだけ守れれば、それでいいんですよ」

『騎士たちは一応女神を崇拝してるからな』

『それに訓練もしてる。辞めさせる理由がないんだよ』


 そういうことです、と小さく笑うレイの後ろ姿が、ひどく孤独に見えてしまう。反論の言葉が収まりそうにない。


「でもだからって……!」

「それにあの人たちはただ単に、俺のことが気に食わないんだと思います。貴族でもなければ政治家の子供でもない、一般人の俺が特別に任務に向かうことが」

「でもそれはレイのせいじゃないじゃんか!ただの八つ当たりで嫉妬だよ!」

「……」


 振り返った彼が、待ち合わせ時間になりますよと笑う。どう言葉をかけていいかわからず、拳を握りしめることしかできなかった。どうしてレイは、二年前からそうやって本当に言いたいことを隠すんだろう。二羽のカラスと会話をしているレイを見ながら、こみ上げる悔しさと遣る瀬無さを飲み込もうとしたエイリークであった。



 路地裏から出て歩いていると、一人の人物がこちらに向かって歩いてくる。纏っている服装は、見るからに徳の高そうなものだ。レイはその人物に敬礼する。エイリークたちを目視した人物は、にこやかに笑うと声をかけてきた。


「おはようアルマ教団魔法騎士。こんな時間から巡回とは、精が出るな」

「勿体ないお言葉です、レーヌング枢機卿」

「そちらは、昨日ケルス国王とともに参られた護衛だな?」

「は、はい!エイリーク・フランメと申します!!」


 相手の厳格な雰囲気に、思わず畏まる。背筋を伸ばし自己紹介をしたが、急なことだったため声が少し裏返ってしまった。それを特に気にも留めず、レーヌングと呼ばれた人物は自分たちをじっくり観察する。どうも何かを調べられているようで少し、居心地が悪い。なんて言葉は口が裂けても言えない。


「ああ、いやすまぬ。客人であるのに思わず見入ってしまっていた、許せ」

「あ、その、いぇ!」

「そんなに畏まらなくとも良い。お初にお目にかかる、バルドル族の青年。我が名はレーヌング・ミステール。教皇ウーフォの補佐、枢機卿団の一人である」

「すうき……?」


 頭にエクスクラメーションマークを複数浮かべ首をかしげるエイリークに、レイが説明する。


 枢機卿とは教会全体にかかわる日常的な職務について、教皇を助ける役職の名称であり教皇の最高顧問であるのだ。教皇の補佐役として教会の重要問題に対処したり、教皇特使として世界各地での外交も行っているとのこと。そんな枢機卿が七名集まった集団が、枢機卿団と呼ばれるものである、と。


 そんな人物がなぜ、と顔に張り付いていたのだろうか。日課の散歩の途中だったと告げられた。


「聞いたぞアルマ教団魔法騎士。大国ミズガルーズの教会へ、巡回に赴くのだと」

「はい。……ですがその、自分には荷が重すぎるような気がするのですが」

「何を言う。それは教皇様がお前の可能性を見込んでのこと。胸を張るがよい。それにお前の記憶も戻るやもしれん。羽を伸ばしに行く気分で遂行すればよいのだ」

「は、はい」


 行き先を尋ねられ、まずはアウスガールズ本国に向かうため船に乗り、アウスガールズ最北端の港街エルツティーンへ向かうと報告する。一つ頷いて、レーヌングは思い出したように懐から懐中時計を取り出す。


「おお、もうこのような時刻か。あまり足を止めさせるのも悪いな」

「いえ、そんなこと」

「羽を伸ばしに行く気分とは言ったが、最近はやたらと物騒だ。其方らも、道中は心するようにな」


 それだけ言うと、レーヌングはレイたちの横を通り過ぎていく。エイリークとレイも、ケルスとグリムを待たせるわけにはいかないと、正門へ急ぐのであった。

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