第十四節 旅路を見守る仲間
アウスガールズ最北端の港街エルツティーン、港入口。
やはりというか予想可能回避不可避ともいうべきか、エイリークは船酔いして船から降りる際も足元が覚束なかった。レイに支えられるように体を預け、ゆっくりと桟橋を渡る。地面に足が付くと、安堵感から徐々に顔色がよくなっていく。
「大丈夫ですか?ここは医療の街でもありますし、一度診てもらった方が……」
「大丈夫~。これね、もう生まれつきのようなものなんだぁ……」
「そんな。それこそ、一度診てもらった方がいいんじゃ?」
心配するレイに、エイリークはまた今度とはぐらかす。この街の総合病院の院長であるリゲルは、顔見知りだ。自分の身体のことも診てくれることだろう。
しかし最早この船酔いとは、一生の付き合いで、治せないものなのだろうと考えている。それにこうして地面の上に立っていれば、気分も良くなっていくのだ。もう一度大丈夫とレイに伝えれば、彼も無理強いすることはしなかった。
さて、とケルスが持つ契約書をアウスガールズ本国へ渡しに、一行はそちらへ赴こうとする。そんな彼らに声をかけた人物がいた。アウスガールズ本国にいるはずのニルキースである。彼はケルスたちを見ると歩いてきた。エイリークがレイに、彼がどう言った人物なのかを説明する。
「おお、陛下。これは奇遇ですな」
「どうしてエルツティーンに?」
「この街の市長との外交にございます。今しがた終えまして、あとは本国に戻るのみとなります」
「そうだったのですね。僕が留守の間に、苦労を掛けますね」
「いえいえ、寧ろやる気に満ち満ちております。こちらにおられるということは、ユグドラシル教団との協定は無事に終えられたのですか?」
「はい。あ……では、これを本国に持ち帰ってくれませんか?」
ケルスは契約書をニルキースに手渡す。彼はこのあとは本国に帰るだけだというので、そこに記されてある記述を読むように伝える。
その依頼にニルキースは快く引き受けた。協定内容については、ケルスの顔を見たら結果が分かったのだろう。一言、お疲れ様です、とだけ言葉を添えた。ケルスも彼に、ありがとうございます、と返した。
その様子を、エイリークは一歩後ろから見守っていた。国王陛下って大変な仕事なんだなと、ケルスの責務の重さを気遣わしく思う。
それでもリョースアールヴ族が掲げる、争いのない世界平和という目標に取り組む彼の姿勢は、尊敬に値する。そんな彼を、愛おしく思う。この綺麗な白い花を、守りたい。
「エイリークさん?」
ケルスに呼ばれて我に返る。思い耽っていたようで、何やら会話をしていたらしいケルスたちの声が全然耳に入ってなかった。しどろもどろにどうしたのかと尋ねれば、これからのことを話したい、とのこと。慌ててそうだね、と返事を返せば思った以上に声が大きかったようで。港で屯していたヒト達の視線が刺さる。
バルドル族にリョースアールヴ族、加えてデックアールヴ族という、まるで奇妙な集団であるエイリークたちは、意図せず注目の的になってしまう。視線の中には訝しむような視線も混ざっていて、彼らはそそくさと逃げるように──グリムはケルスに手を引っ張られながら──その場を立ち去った。
街の中の人目が少ない場所まで走る。道の端に設置されてあったベンチに腰掛け、肩で息をする。特に悪行を働いたわけでもないのだが、あのような視線はどうにも好きになれない。思わず逃げるように走ってしまった。
「ご、ごめんねレイ……巻き込んで」
「いえ、大丈夫です。ちょっと、楽しかったですし」
ふふ、とレイは笑う。息が落ち着いたところで、今後の行き先を考える。
レイは教皇ウーフォに告げられた通り、ミズガルーズにあるユグドラシル教会へ赴く。その道中の護衛を、エイリークたちが行う。ユグドラシル教会に、ヴァナルへの警戒を強めるよう警告をしに行くためだ。これは確定事項である。
次にそこまでの道のりだ。ミズガルーズがある大陸、アウストリ地方へ行くには船による航海しかない。現在地である港街エルツティーンから、大陸の内陸部にあるミズガルーズまでは当然直行便はなく、まずは港街エルツティーンから近い場所にある港町を目指すことに。
場所は港町ノーアトゥンより南下した場所、北ミズガルーズ地区の漁港の街キュステー。その街と平行に直線を結んだ先に、ミズガルーズはある。日数にすると二日ないし三日ほど。
船を使うとのことでエイリークは気落ちしたが、空でも飛べない限り大陸間の移動は船しかないことも事実。腹を括るしかない。
今後の予定が決まり出発しようとして、くきゅう、と気の抜けるような切ない鳴き声が響く。周囲を一瞥すれば、レイが顔を真っ赤にして気恥ずかしそうに俯く姿が目に入る。一瞬、間を置いてから音の出処の張本人は。
「ごめんなさいでも聞かなかったことにしてくれませんか!?」
必死の音についての弁明するのであった。
時刻は昼前。朝食を食べてきたとはいえ、腹の空く時間だ。港街エルツティーンの港の組合事務所の待合室に、確か食堂も併設されてあったはず。出向時刻を確認しに行くついでに、そこで昼食も済ませてしまおう。
話がまとまった一行は、港の組合事務所へと足を運ぶのであった。
******
昼時ともあってか、食堂は少し混雑していた。グリムは人間にまみれるのを嫌うためか、組合事務所の外にいるとのこと。エイリークたちは食堂に入り、看板に書かれていた文字を見上げた。
島国であるアウスガールズは、港から直行で卸される鮮魚類が名物と聞く。新鮮な魚を使ったお刺身は勿論、サンマの蒲焼にカツオのステーキ、港から直行だからこそ食べられる、アジの漁師飯など。どれもこれもが目移りするものばかり。
こんなに美味しそうなのに食べないのが勿体ないと、エイリークは内心グリムのことを憐れんだ。
そんな風に昼食を決めあぐねていたエイリークたちに、一人の男が声をかける。
「おーい」
その声に誰だろうと振り向く。振り向いた先にあった見覚えのある草原の色に、エイリークは記憶を辿りその人物を呼んだ。笑顔で答え、手を振る。
「ラント!」
「よっ、久し振りだなエイリーク」
その人物の顔を見るのも、実に二年振りだ。アウスガールズ南端の村、ガッセ村で出会った考古学者のラント・ステル。ガッセ村で別れて以来の、久し振りの再会だ。
「奇遇だね、ラントもここにお昼食べに来たんだ?」
「そうそう。ここの魚はどれも美味しいからな!出航前に食べなきゃ損だろ」
「はは、だよね」
楽しそうに談笑する自分たちの様子に、首をかしげて見守るケルスとレイ。ラントはエイリークの連れ人にレイがいるとわかると、声をかけた。
「久し振りだなレイ!その服装、ユグドラシル教団騎士になったんだな。夢への一歩じゃないか!」
嬉しそうに話すラントだが、当のレイは困惑したような表情で彼を見る。レイの反応にラントも疑問符が浮かんだのか、表情を少し硬くして尋ねた。
「どうした?」
「……すみません、どちら様ですか?」
レイの反応に衝撃を受けたのは、ラントだった。最初にラントが自分に声をかけたとき、レイが反応しないことでもしかしてとは思っていた。レイには、ラントとの記憶もないのではないかと。
その予想は、レイの言葉で裏付けられてしまった。理由を知らず動揺するラントに、食べながら事情を話すと告げる。ひとまずは各々昼食を購入し、空いていたテーブルに腰を落ち着かせた。
そしてゆっくりと、しかし丁寧に告白し始める。信じられないような内容の話でもラントは茶化すことなく、真剣に耳を傾けてくれた。全部聞き終わると、なるほどなと彼はため息を吐く。覚えていないことに対して謝罪しようとしたレイに、謝るなと釘を刺す。口を噤むレイに、ラントは気にするなと笑った。
「そうか……それで、レイの記憶が戻らないかどうかって、ミズガルーズに」
「うん。ひとまずここから出る船で、北ミズガルーズ地区の漁港の街キュステーに向かおうって話してたんだ」
エイリークの言葉に何かを考える仕草を見せ、やがて決めたと口の中で呟いた。
「俺も同行するぜ、その旅路」
「え?」
「俺はこう見えて考古学者ではあるけど、若干医療の知識もかじってるからな。何か役に立てるかもしれないぜ」
ラントの実力は、確かに折り紙付きだ。それはエイリークも心得ている。
しかし──。
「でも……考古学者としての仕事とか、放っていいの?」
そう、ラントは考古学者として旅をしているのだ。その旅の邪魔をしているように思えて、少し心苦しい。そう告げればラントは、からっとした気持ちのいい笑顔で、大丈夫だと話す。
「旅は道連れ世は情け。いいんだよ、そんなこと。それよりも友達に力になりたいって思いの方が、強いからな」
「ステルさん……」
「だから、俺の心配なんざしなさんな。大丈夫だから」
言い切ったラントに、これでは断る方が失礼だと結論付ける。顔を見合わせたケルスも頷いて、賛同した。エイリークはラントに向き直る。
「じゃあ、一緒に行こうラント。これからよろしく!」
「ああ、こちらこそよろしくな!」
こうして、一行にラントも加わったエイリークたち。そのまま北ミズガルーズ地区の漁港の街キュステーへと、向かうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます