第百四節   遠いあの日の兄弟喧嘩

 エイリークたちを逃がしたツェルトは、不満いっぱいといった様子で目の前を見据えていた。ラントはそんなツェルトと相対するため、地面から沸き上がった盾の陰から出る。ツェルトの放った銃弾を全て防いだ盾は、ヒビ一つ入っていない。

 不快感たっぷりな表情を微塵も隠さないツェルトが、物陰から出てきた自分にこれでもかと恨みの視線を投げる。


「……なんで邪魔したの、兄さん」


 その口から発せられる恨みがましい言葉に、ラントは決まっている、と答える。


「今までにケリをつけるためさ」

「ケリ?馬鹿言わないでよ、何カッコつけてんの?」

「本当だ。俺がそうしたいって言ったら、みんないいって言ってくれたんだ」

「それは裏切った兄さんのことを厄介払いしたかっただけじゃないの?」


 僕のために二年間も裏切ってたんだから、とツェルトは言葉を紡ぐ。彼の言葉の容赦のなさに、以前のままだったら何も言えなくなって口を噤んだだろう。しかし今はツェルトの言葉が薄っぺらく感じる。何故なら心から信頼してくれる仲間と、守りたい、大切な存在ができたからだ。自分を許してくれた、みんなが。小さく笑って、兄が弟に教える。


「そうでもないぞ、これが。こんな俺のことを受け入れてくれた仲間だからな」

「……」

「それに俺には……仲間とは別に、大切なものもできた。俺を心から信頼してくれて、愛してくれる物好きな奴だ」

「……んだよ、それ……」

「俺は確かにお前のためを思って、仲間を欺いて裏切ってきた。けどそれも、もう全部おしまいにする。そのために、ツェルト。俺はお前を止める」


 前を見据える。我ながら、自らのしたことを棚に上げすぎだと自覚している。しかし弟を蘇生させて人殺しにさせてしまったことも、そのために仲間たちを裏切っていたことも、全部己の間違った選択から起きたことだ。その落とし前は、しっかりと自らつけねばならない。

 ツェルトはラントの言葉を聞き終わると、噛みつくように吠えた。


「ふざけるなよ!何がおしまいだ、何がとめるだ!全部、兄さんがしてきたことじゃないか!僕を蘇らせたのだって、僕のためじゃなくて自分のためでしょ!?」

「そうだな……それは、認める。俺がお前に死んでほしくないって思ったから、お前のことを蘇らせてほしいってルヴェルに頼んだ」

「それなのに、どうして僕のことを切り捨てるようなこと言うのさ!!そんな自分勝手になんでもかんでも!僕の意思はどうなるんだよ!?」

「……ごめんな、俺の勝手にお前を何度も巻き込んで」

「そうだよッ!!僕だって死にたくなかったのに!何度も思ったよ、あの事故で死んだのが僕じゃなくて兄さんだったらよかったのにって!」


 でも、とツェルトは一呼吸おいてから立て続けに叫ぶ。


「言わなかったのは、兄さんのことが大好きだったから!僕がこんなこと言ったら兄さんが悲しい顔するってわかってたから!」

「……そっか」

「でも、もういい……。兄さんが僕のことを捨てるっていうなら、僕はそれに全力で抗って兄さんを殺す。そして僕も死ぬ。死んだ後に、大好きな兄さんと添い遂げるためにね」


 カチャ、とツェルトがホルスターから銃器を取り出してラントに突きつける。


 それが本当なら、自分はなんて酷い兄貴だろうかと心の中で自嘲する。

 ツェルトの言う「好き」がどの定義なのかは、ラントには分かりかねる。今告げられた言葉が兄と弟という括りではなく、一人の人としての言葉だとするならば。ラントにはもう唯一無二の、愛する存在がいる。だから彼の想いに応えることは、一生できない。

 弟の人生を勝手に終わらせて勝手に生き返らせて勝手にその想いを踏みにじる。それがいったい、どれだけの業だろうか。しかしそれでも、ラントにだって譲れないものがある。


 だから──。


「悪いなツェルト。まだ死んでやることはできないんだ」


 弓を構える。いつでも動けるようにと、体勢を整えた。


 ──終わらせよう、全部を。


 静寂が二人を包む。きっと最初で最後の殺し合いにまで発展する兄弟喧嘩だ。大事に戦ってやらないと。


 弟のため、なんて言い訳はもうしない。

 これは、自分自身のために始める自分勝手な戦いだ。


「ッ!!」


 ツェルトの銃が雄たけびを上げた。彼が手に持っているのはサブマシンガン。複数初の弾が向かってくる。


 初手を躱して、できるなら物陰に隠れたい。矢をセットすることは一度諦め、自らが作り出した岩壁の盾の裏へ避難する。

 当然、ツェルトがその盾を破壊しようと集中砲火を浴びせにかかった。岩壁から背中へ伝わってくる振動が、弾数の多さを物語る。


 わかっていたが、分が悪い。相手は銃器、こちとら弓一つ。しかもツェルトがどんな銃器を使用するか、ラントはわからない。かといっていちいち確認しながらなんて戦えるはずもない。簡単に足元を掬われかねない。ならばどうするか。


 狙うはまず、超接近戦に持ち込むことだ。幸いなことに、そのための準備は仕込んである。なるべく被弾しないように心掛けるが、もし失敗しようものなら自分の体は蜂の巣。


「隠れてないで出てきなよ兄さん!!そんなに僕が怖いのかな!?」


 ツェルトの声がやたら響く。……銃声が収まった?何故──。


 理由を考える前に、耳にひときわ大きな発射音が届く。

 まずい、離脱せねば。


 危険を感じたラントは急ぎ岩壁の盾から離れ、なるべく距離を置く。そこから離れた直後、盾には大きめの銃弾が命中。盾は粉々に砕け、その衝撃で岩の塊となり拡散。こぶし大の大きさになった岩の塊なんて身に浴びたら、ひとたまりもない。


 一つ一つ避けていくが、完全には躱しきれなかった。横っ腹に岩が掠める。

 いったい何を放ったんだ。ちらり、一瞥して冷や汗をかいた。


「ランチャーとか……。冗談キツいぜ」

「あは、ようやく出てきてくれたね!まだまだ終わらないよ!?」


 楽しそうに二発目を発射させるツェルト。直撃を受けるわけにはいかない。


 その場から離脱を繰り返しつつ、どうにかツェルトの意識を逸らせないかと矢を構える。狙う場所は彼の足元。


"水光接天"ヴァッサーグレンツェン!!」


 水のマナを付与させた矢をツェルトの立つ地面に向かって放つ。なんとか、爆風に巻き込まれずに突き刺さる。瞬間矢は光り輝き、太陽の光に反射させるような効果を発動させた。視界を奪う目くらましのような技だ、通じるといいんだが。


 その時、軸足に激痛が走る。


「ッ!?」


 思わず片膝をつく。撃たれた個所からは血が流れている。撃たれた?それにしてはこれはランチャーの弾に当たった、という感覚ではない。

 じくじくと痛む足を押さえつつ前を見据えれば、ツェルトはランチャーを地面に投げ捨ててハンドガンを構えていた。危ない危ない、とからから笑う彼。


「兄さんの技なんて把握済みさ。咄嗟にランチャーを光除けにして目を守って、正解だったね」

「おいおい……物はちゃんと大事にしないとダメだろ?」

「だってこれもう使えないんだもん。だから捨てるんだ。でもこれは僕のお気に入り!オート式のハンドガン、カッコいいでしょ?もちろん威力も申し分ないよ」


 どうやらそうらしい。撃たれた足から血が止まりそうにない。

 それにしても、よりにもよって片足を潰されるとは。いい性格している。


 それに──。


「というか……そんなに沢山の銃火器使いこなすなんて流石だよ。お前、昔から器用だったもんな……」


 複数の銃火器を操るツェルトの腕前に、正直脱帽すらする。しかしそんな風に、銃器を使いこなせるように弟を変えてしまったのは、己なのだ。幼い頃の彼は、どちらかと言えば争いごとが嫌いだったというのに。なんとも皮肉なものだ。


 しかしラントの賞賛の言葉を、ツェルトは喜ばないでいるようだ。むしろ敵意のような、怒りさえ感じられる表情カオになっている。どうして。


「……器用だなんて簡単な言葉で、片付けるなよ……。僕は、最強なんだ!!」


 ラントの言葉がツェルトの逆鱗に触れたのか、彼は銃器を乱射し始める。


 足が使えない今、回避は不可能。防御するしかない。再び矢を構え、己の目の前に放つ。出現したのは、先程と同じ岩壁の盾。


 そこへ遠慮なしに降り注ぐ銃弾の雨あられ。まるでツェルトの怒りを体現しているようだ。


「僕は強いんだ!器用貧乏なんかじゃない!なんでも使える才能の持ち主だ!それなのに、あのカーサのムカつく奴も!兄さんも!僕を馬鹿にしやがって!!」


 ツェルトの咆哮が銃声と共にコーラスを上げる。幾発もの銃弾を受けていた岩壁からピキリと悲鳴が、コーラスに重なって聞こえてきた。あと数分もすれば、またこの岩壁は破壊されるだろう。


 それにも拘らずラントは目を閉じて、冷静にに取り掛かる。


「もう誰も、僕を馬鹿になんてさせるものか!!まずは兄さんを殺して、それを証明してやるんだぁあっ!!」


 岩壁の盾が、音を立てて崩れる。

 その崩壊に巻き込まれれば、ひとたまりもない。


 でもツェルト、俺はまだ生き埋めになる気なんて、ない。


「っ!?」


 ごう、と突如嵐が吹き荒れる。

 風に巻き込まれた岩の塊は舞い上がり、やがてラントを囲むように落下する。


 嵐の中心にいたラントは、追加の怪我もなくしっかりと立っていた。


 その両手に、を握りしめて。

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