第百十六節  終止符を打て!

「みんな……!」

「間に合ったようだね、よかった!」


 レイの言葉に、エイリークが笑顔で返事をする。目の前に現れてくれたエイリークたちと、エインから解放されたエダたち。その姿を見たレイは、駆けつけてくれた仲間の姿を見渡す。そこでレイは、あることに気付く。

 人数が、一人足りない。ラントの弟ツェルトが、見当たらないのだ。エインである彼の魂も解放できたのなら、ここにいるはずなのに。ラントを見上げると、彼もレイが何を言いたいのか、わかっていたのだろう。一つ苦笑して、彼は告げた。


「まぁ、あとでな」


 何より今は、するべきことが残っているじゃないか、と。前を見据えているラントの背中から、感じるものがあった。彼が後で言うと約束してくれたのなら、今は無理に聞く必要はない。余計な考えを切り替えて、レイも前を見据える。

 確かにラントの言うとおりだ。まだ戦いは、終わってはいない。


 ヤクとスグリの殺害に失敗したルヴェルは、頭を押さえながらぶつぶつと呟く。


「おのれ、おのれ!たかだか駒の分際で生意気な!!」

「どうやら、計算が狂いに狂っているようだねルヴェル」

「我らを使役しようとした時点で、貴殿の計画は狂う運命さだめだった、それだけよ」

「この、ただの傀儡の分際で!!」


 激高するルヴェルに対して、レイに治癒術をかけていたエダが反論する。


「いいえ。最早私たちは、貴方の傀儡ではありません!私たちの魂を勝手に操る権利など、貴方にはないのです!」

「黙れ死に損ない共!最早問答は無用。私直々に貴様らに鉄槌を下してくれる!」


 鬱憤を晴らすかのようにルヴェルは吠えると、彼は己の身体を掻き抱き、力を放出する。やがてルヴェルの足元から淀んだ力の塊が噴出し、彼の全身を覆う。

 彼の身体は黒く染まると、それからボコボコと蠢き、その体積を広げていく。謁見の間の天井まで膨らむのではないか。そう思わせる程に増えた体積。

 黒い力が吸収されて現れたのは、巨大な亡霊だった。すでに瞳のない骸骨の面に、体中を覆う死面の鎧。腕は六本も生えており、それぞれの手には様々な武器が握られている。これが、ルヴェルの本当の正体なのか。


『さぁ殺してくれようぞ、弱小な駒共!!』


 骸骨が咆哮する。最終決戦が始まろうとしている。

 レイも相対しようと構えるも、まだ身体にダメージが残っていた。思うように身体を動かせないもどかしさの中で、エイリークが声をかけてきた。


「一人で無茶しすぎないで、レイ。今は少し休んでてよ」

「でも……!」

「大丈夫、きっとレイの力を借りる時が来る。だからその時のために、万全の準備をしていてほしいんだ」

「エイリーク……」


 名前を呼ばれたエイリークは、笑顔で一つ頷く。彼の言葉に、レイは甘えることにした。感謝を述べれば、お互い様だよと返ってくる。

 アマツとルーヴァが、ヤクとスグリをエダの隣に寝かせる。意識がいまだ戻らない二人。顔色は悪くなさそうなのに。


「エダさん。二人のこと……お願いします」

「ええ、引き受けます」

「ケルスも、ヤクさんとスグリさんのこと、お願い」

「わかりました」

「ケルス陛下……よろしく、お願い致す」

「任せてください、アマツさん」


 準備を整える仲間たち。これで、すべてを終わらせるために。


「行くぞっ!!」


 エイリークの掛け声を合図に、仲間たちがルヴェルに向かっていった。


 ******


 まずはエイリークとアマツの二人が先陣を切った。


「アマツさん!」

「任されよ」


 アマツは亡霊の足元へ、エイリークは飛び上がり亡霊の身体へと移動する。

 まずはアマツの抜刀術が繰り出される。


「"抜刀 紅蓮"!」


 抜刀し、足元を一閃。

 その際に炎のマナを付与させることで、相手を業火で包む技。

 続けてエイリークの攻撃。


"炎よ焼き払え"クレマシオン!!」


 炎を大剣に纏わせ、亡霊の身体を斬りつける。攻撃を受けた相手に、裂傷と炎熱による熱を与える技だが。

 苦しい顔をするエイリークとアマツ。


 確かに、攻撃を与えることはできている。

 武器を持つ手に、確かに切った感覚を感じたはずなのに。


 攻撃した際の追加効果として、火傷などを負わせるまでには、至っていないようだ。効いているためしが、まるでない。二人は一度離れる。

 次に攻撃を仕掛けたのはラントだ。彼はすでに矢にマナを付属させていた。


「二人とも離れろ!」

「ラント!」

「行くぜ、"疾風迅雷"シュタイフェ・ブリーゼ・ブリッツ!!」


 矢に雷のマナを付与させて放つ、ラントの技。矢は放たれた瞬間から雷のマナを増幅させ、音速に似た速さで一閃に駆ける。その矢が、亡霊を守るように取り囲んでいた巨木の幹を吹き飛ばす。


 ラントたちの目の前に、一本道が出来上がる。

 追撃のチャンス。

 次に攻撃を仕掛けたのは、アヤメとルーヴァだった。


「行くっすよルーヴァ!お姉ちゃんに合わせるっす!」

「了解だよ姉さん。行って!」


 アヤメが、ラントの作り出した一本道を駆け、亡霊へと向かう。向かっている間に彼女は「"風遁 胡蝶蘭"コチョウラン」を展開し、自身をコピーさせた。そのまま複数人で向かう彼女を、ルーヴァが補助する。

 札を展開。そのうちの一枚を発動させる。


「事象顕現!"判を下す者"シーツリヒター"正転"ゲナウ!」


 発動した札からマナが放出され、アヤメに付与されていく。「"判を下す者"シーツリヒター」の正位置の効果は、復活や祝福。つまりマナを対象の相手に付与させることで、その力を倍増させることができるのだ。

 アヤメたちが印を結ぶ。全員が同じ忍術を展開する。


「"水遁 水仙"スイセン"繚乱"リョウラン!」


 指の先に水の弾のような塊が出現し、とある一点に放たれていく。そこで弾同士が合わさって、一つの巨大な銃弾に変化する。完成したそれをアヤメたちが放つ。

 亡霊に水の銃弾が直撃。銃弾は破裂して水の柱となり、亡霊を包み込む。水流の勢いで攻撃している間、相手の身動きを封じ込めるという術だ。

 アヤメはそれを狙っていた。上を見上げ、彼女の名前を叫ぶ。


「グリム!!」


 飛び上がり、水の柱の出口付近で構えていたグリム。

 彼女は手に持つ大鎌に闇のマナを付与させる。十二分に刃にマナが貯まったところで、亡霊に向かって勢いよく振り下ろす。


"漆黒は白を塗り潰す"ボワールオプスキュリテ!!」


 大鎌を振るった時に生じた軌道と風圧に乗じて、黒い刃に変化した闇のマナが衝撃波となる。衝撃波は亡霊へ向かい、確実に捉えた。

 アヤメ、ルーヴァ、グリムの三人のコンビネーション攻撃を受けた亡霊は、ひとたまりもないだろう。誰しもがそう思ったが。


『ぬるい……まるで生温いわ!!』


 怒りに満ちた叫びと共に、水の柱が一閃される。その奥には、そこまで深くダメージを負っていないであろう亡霊が、自身の武器を構えている光景が見えた。


 動いたのはケルス。竪琴を爪弾き、仲間たちを守るための術を展開しようとする。


 しかしケルスが術を展開する前に、亡霊の武器の一部が床へ振り下ろされた。

 衝撃波がエイリークたちを襲うが、彼らは間一髪でそれを躱す。とはいえその影響か。エイリークたちを取り囲むようにして、地面から槍の尖端が突き出る。

 一見すると無害そうなそれらの先から、バチバチと小さくマナが溢れていく。

 亡霊の狙いに気付いたグリムが叫ぶ。


「いかん、離れろ!!」

『遅い!!』


 亡霊が残りの武器を振り下ろす。


"轟くは怨嗟の嘆き"ゲシュペンストッ!!』

"状態変化付与"トランス "地神の加護"ガルディアン!!」


 亡霊の攻撃が炸裂する。見たところ、槍の尖端から溢れたマナを暴走させ、相手に砲撃する術なのだろう。対象を槍で取り囲むことで逃げ場をなくし、相手を雷で焼き付くすような技だ。


 そんな攻撃が発動するギリギリのタイミングで、ケルスの術が展開。味方の周囲に膜を張る防御の術。

 相手の攻撃を弾くことに特化されている術だが、ルヴェルの放った攻撃の威力が予想以上のものであり、押されつつある。そのうえ完全に相手の攻撃を弾けているわけではないらしく、多少なりともエイリークたちにダメージが貫通している。


 ケルスはどうにか踏み止まり術を展開していたが、逆にその術が弾き返されてしまう。反動でケルスは地面に倒れた。

 くわえて弾き返されたことで、ケルスの防御膜が消滅。エイリークたちは亡霊の攻撃を、一身に受けることになった。


「うわあっ!」

「ケルス!」


 地面に倒れたケルスに近寄る。

 やがてエイリークたちを襲っていた攻撃が止まる。雷が消滅すると、彼らはその場に倒れこんでしまった。


「みんな!!」


 レイが叫ぶ。

 エイリークたちは倒れたままだが、恨めしそうに亡霊ルヴェルを見上げる。その瞳の光は、まだ消えていない。


『惰弱だな駒共!!その程度の力で私を倒すとは、片腹痛いわ!!』

「ぐぅ……!」

『せめてもの情けだ、全員まとめて殺してやろう!!』


 亡霊が武器を掲げる。力が集束していく。


『さぁ幕を引いてやろう、この全てに──』



「いいえ、それは叶いませんよ」



 静かに、凛とした声が聞こえる。

 その瞬間、亡霊のいる場所から無数の光の鎖が出現。それらが亡霊に巻き付き、雁字搦めにする。何が起きたのか理解できないらしい亡霊が、狼狽えながらこちらを見据える。

 亡霊の視線の先には、手を翳しているエダの姿があった。


『な、なにをした!?』

「お忘れですか?元とはいえ、私も女神の巫女ヴォルヴァです。その力の性質を理解していて、当然でしょう?」

『なにぃ!?』


 女神の巫女ヴォルヴァの力は神聖なもの。つまり邪悪なものに対しては、その力が倍増される。さらにエダは、精神や魂に直接作用させる術を得意としている。

 淀んだ魂たちで形成された亡霊である今のルヴェルにとって、彼女の術は最も有効的であり最大限の弱点だ。実際、亡霊のルヴェルは全く身動きが取れないでいる。


 そしてこの場にいる女神の巫女ヴォルヴァは、彼女一人だけではない。

 今代の、奪われた力を取り戻した女神の巫女ヴォルヴァが、ここにはいる。


 エダの奥で、その人物──レイは、すでに詠唱を完了させていた。

 ルヴェルにとどめを刺す、その一撃を。


 まずいと亡霊が思っても、時すでに遅し。

 レイの杖が、振り下ろされた。


"護封剣よ、悪を消し去り降り注げ"ブリッツェンレーゲングスッ!!」


 亡霊の上空に展開させた魔法陣。

 そこから幾本もの光の槍を一斉に放った。

 邪悪を一切消し去る光の槍。それらは亡霊に容赦なく降り注ぎ、穿ち、その体を崩壊させていく。

 威力もさることながら、レイが扱う光魔法の中でも最大級の広範囲攻撃魔法。


 身動きのできない亡霊は、光の槍に焼かれることしかできないようだ。断末魔が謁見の間に木霊する。

 ボロボロと砕かれていく死面の鎧。破壊されていく魂たちの成れの果て。


 亡霊の一切合切を消し去るようにと、レイはさらに力を込めた。

 最後に一際強力な光の槍を魔法陣に錬成し、もはや人の形に戻っていたルヴェルに向けて放つ。


「これで……終わりだっ!!」


 本当の最後の一撃。直撃を免れなかったルヴェルは攻撃を一身に浴び、やがて力尽き地面に倒れ伏すのであった。

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