第27話 夢のようなゲーム
「最近めっちゃ機嫌いいよね」
紅茶を入れて、ご飯をよそったところで姉が起きてきた。
今日は和食な気分だったので、お味噌汁と玉子焼きの調理は終えている。
「姉さん、もうちょっと格好どうにかしたら」
黒のタンクトップに柔らかい布地の短パン。露出度が高すぎる。
「お姉様の魅惑のボディーにドキドキしちゃう?」
リビングの床で四つん這いになってグラビアモデルみたいなポーズをとっている。
「思春期の子供じゃねえよ。いい年して何やってんの。まだ夏には早いし、風邪引くぞ」
「くっ、お姉様の魅力が伝わらないとは哀れな子じゃのう」
「何キャラだよ」
「お互いに恋人がいなくて寂しいからって、禁断の関係はダメよ」
温かそうなスウェットの上下を着た母が会話に乱入してきた。
ほんと、性格も服装も対照的な二人だ。
「母さん、話をややこしくしないでくれ」
二人が並んで食卓に座り、対面に俺が陣取る。いつもの光景。
「でも、お姉ちゃんの言う通り、要ちゃん最近ご機嫌よね。仕事帰りはむすっと不機嫌なときが多いのに、ここ数日はニヤニヤしてるし。……もしかして、彼女でもできたの?」
「えっ、嘘でしょ⁉ この裏切り者! 一方的な独身同盟の破棄は認められない!」
目を輝かせて期待の眼差しを注ぐ母と、食卓に身を乗り出して俺の襟首を掴む凄まじい形相の姉。
「違うし、そんな同盟を結んだ覚えはない!」
「一生独身で、一緒に孤独死をしようって誓ったじゃない!」
「なんだその最低な誓いは!」
なんとか姉を振りほどき、少し伸びた首元を撫でる。
「恋人もいないし、同盟も破棄してないって。ゲームだよ、ゲーム」
「ゲームキャラに……ガチ恋?」
「お母さんは、お母さんだけはわかってあげるからね」
ドン引きしている姉にティッシュで目元を拭う母。
「話が進まないなあ! って、もうこんな時間じゃないか。ああ、くそ、朝食を食べそこなった。行ってきます!」
冷えてしまった味噌汁だけは飲み干してから家を飛び出す。
いつもの通勤路のいつもと変わらない風景。
電車内は空いていて珍しく座ることができた。ちょっとした幸運だけど嬉しい。
最近は何かとついている気がする。自販機で買ったら当たりでもう一本もらえた。限定商品のラスト一つが残っていた。いつも並ばないと食べられない人気の飲食店でスムーズに入れた、等々。
「あんな、最高のゲームにも出会えたし、運が向いてきたのか」
上機嫌で会社に到着後は作業着に袖を通して仕事をこなす。
昼休みは同僚の直井を適当にあしらいながら、デスパレードTDオンライン(仮)に思いを巡らす。
ゲームのことを考えるとあっという間に退社の時間となり、今日も残業はないようなので帰宅する。
家族団らんを終えて風呂に入り、すべて準備は整った。
VRゴーグルを装着して、ベッドに寝転ぶ。
「さあ、ゲームを始めるぞ」
「そうか、ここからだったな」
緑の匂いを含んだ風が吹き抜ける崖の上からスタート。
眼下には如何にも頑丈そうな造りをした砦が見える。
鬱蒼と茂った森林に囲まれ、東には流れの速い大きな川が。川には石造りの立派な橋が架かっているが、砦近くには橋がない。
本来は跳ね橋が下りていて、行き来が可能なのだが今は橋を上げている。
敵は川向こうからしか攻められないようなので、ここを攻め落とすのは至難の業だろう。
今後について一人で悩んでいると近くに三つの光が噴き出した。
「今日は一番乗り無理だったか。早いね、要さん」
「こんばんは……ここだとおはようございます、ですね」
双子が揃って声を掛けてきた。
金髪碧眼でスタイルもよく、シンプルなデザインの服を(スポンサーから提供された高級ブランド)嫌味なく着こなしている。
俺は知らなかったが、若者の間で「
「おはよう、
この二人は並んでいるだけで絵になる。
向かい風に眼を細め、なびく髪を軽く手で押さえる。そんな仕草ですら、広告のワンシーンに見えてしまう。
「はあー眼福眼福。スマホがあったら写真撮って自慢するのにぃ」
緩んだ顔で悔しがっているのは
胸と尻は立派な体型でスレンダー美人の雪音とは違った魅力がある。
ずぼらな性格で一人暮らしをしている兄の家に転がり込み、引きこもりニート生活を満喫しているそうだ。
「あっ、そうだ、ちょっと聞いてくださいよ。兄にゲームのことを話したら、めっちゃ羨ましがられて絶対に生き残れ! 死んだらお小遣いなし! とか言うんですよ。酷くないですか!」
頬を膨らませて、怒り心頭とばかりに地団駄を踏んでいる。
確か二十二歳だったよな……負華は。
そんな彼女を見て大きく息を吸って断言する。
「「「酷くない」」」
双子も同意見で声が被った。
「だ、誰も私の辛さを共有してくれない……私は悲劇のヒロイン」
負華は大げさによろめくと膝から崩れ落ちた。
そんな負華に双子は歩み寄ると、肩に手を置く。
「慰めてくれるの?」
期待の眼差しを向けられた双子は優しく微笑む。
「お姉ちゃん……働け」
「労働は国民の義務です」
「いやっ、そんな正論聞きたくない! 私は一生楽して寄生するの!」
最低な宣言をして頭を激しく左右に振る負華。
そんな彼女を取り囲んでぐるぐると周囲を歩きながら「僕の年収はね」「私は今月、自分のお金で」と現実を突きつけている双子。
「ひいいいぃ……。でも、美形二人の言葉責め……悪くないかも……ああっ、二人がかりで美形にいたぶられる、わ、た、し。うふふふふ」
ニヤつきながら頭を抱えているな。
この状況を脳内変換して楽しめるとは、中々の猛者だ。
「はいはい、三人ともじゃれ合うのはそこまで。今後についておさらいするよ」
「「はーい」」
「一方的な虐待の間違いでは⁉」
双子は俺の対面に揃って座り、背後から匍匐前進でやってきた負華は俺の隣でふてくされている。
「本日の予定。ここから砦周辺を観察しつつ、各個撃破可能な相手を見つけたら不意打ちで倒す。ここまではいいかな?」
双子が大きく頷き、遅れて負華が頭を上下に激しく振っている。
「ただ、聖夜君と雪音ちゃんの情報によると……あの砦を守った守護者たちは二つの勢力に分かれていて、砦に合流した後に臨時クエストの褒美を賭けて戦闘が開始される。ってことでいいんだよね?」
二人に話を振ると、双子は一瞬だけ目を合わせて聖夜が口を開いた。
「そうらしいよ。山頂で何人かがそんな話をしていたから。リーダー格の二人が仲悪いらしくて、仲間も対立しているみたいだよ」
「リーダーの一人はカリスマ性があるらしいです。もう一人は凄く強くて、他の人は仲間と言うより取り巻きって感じですね」
一人は魅力があり人徳で仲間を得た。
もう一人は力を見せつけて支配するタイプか。
他人の評価だし、詳しいところがわからないから断定はするべきじゃないけど。
「だとしたら、余計な手出しをして戦力を削らずに、同士討ちしてもらった方がいいかも?」
「要さんに賛成」
「私も聖夜と同じく」
双子がすっと手を上げる。
残された負華は腕を組んで「うーん」と唸っているだけ。
「負華、考える振りをしているだけだろ」
「な、何、言っちゃってるんですかー。ちゃんと話は聞いてましたよ! 私も同じです」
ビシッと勢いよく手を上げた。
これで全員の意見は一致した。
「しばらく様子見はするけど、個人的には片方に肩入れして恩を売っておきたい」
今後のことを考えると、敵を作るより仲間を増やしておいた方がいい。
最終的なバトルロイヤル対策はもっと人数が減ってから考えるべきだ。
「わかる。力で支配する方はここで潰した方がいいよ」
「聖夜、それは逆じゃない? そっちは内部から瓦解しそう。力で押しつけても反発されるだけだし」
珍しく双子の意見が対立しているな。
聖夜は雪音に比べて感情的なところがあり、雪音はしっかり者で冷静な判断ができる。
「そうですよね、わかりますー」
負華は何度も頷いてはいるが、建設的な意見は一切口に出さない。同意はしているがさっきから目が泳いでいる。
適当に話を合わせているだけだ。
感情的には聖夜に賛成なのだが、雪音の意見はまさに俺が考えていたことと一致している。
「リーダーの人となりも状況も人伝に聞いた話でしかないから判断が難しい。詳しい事情を知るためにも……まずは一人捕獲しようか」
「「賛成」」
「はい、私も!」
双子から少し遅れて負華も承諾してくれたので話を進めよう。
『こちら雪音。足音が近づいてきます、どうぞ』
宝玉を通じて頭に直接声が響く。
これはパーティーにのみ使える会話機能の《念話》で、遠距離でも電話のように使うことができる。
電話との大きな違いは宝玉を握って念じるだけで、直接脳内に届きパーティー以外の人には聞こえないことだ。
『了解、その場で待機。接近したら合図をよろしく』
『わかりました』
現在、雪音は地面に《落とし穴》を設置して、その中に潜んでいる。
そこは森の中に一本通った獣道で、砦に向かうルートの一つだ。
他にもいくつか道を見つけたのだが、道幅が大きく舗装されている道を通る守護者は複数人ばかりでリスクがあった。
ここなら視界も悪く、道幅が狭い。
他人の目を警戒して単独行動をしているなら、ここが最適だろうと判断した。
俺たちは森に潜んでいるが罠を仕掛けた位置から離れているので、正確なタイミングを掴むために雪音には潜んでもらっている。
『敵、接近中。やはり、一人のようです』
木の陰から覗き見する。格好からして女性のようだ。
『あと少しで範囲に入ります。カウント開始。五、四、三、二、一、今です』
雪音の合図と同時に《矢印の罠》を複数起動。
矢印の向きは一カ所に集まっている。
「えっ、うわっ、なんや⁉」
女性の驚く声が聞こえたので、木の裏から飛び出す。
目的地まで強制移動させられる姿が目視できた。
『ホールインワン』
そして、足下にポッカリと空いた《落とし穴》に吸い込まれていく。
「なんなんやああああぁぁ!」
『更に追い打ち!』
聖夜の声が聞こえると同時に穴から光があふれ出す。
「な、な、な、な、おおおおおおおおおぉぉぉぉ」
バチバチと何かが弾ける音と点滅する光が消えると、辺りは沈黙に包まれる。
俺たちはそっと《落とし穴》に近づくと、白目を剥いてピクピクと痙攣している女性がいた。
呼吸もしっかりしていて生きてはいるようだが、完全に気を失っている。
「聖夜、《電撃床》やりすぎじゃないか?」
「あ、いや、これでも威力落としたんだけど」
ばつが悪そうに頬を指で掻く聖夜。
「バトルロイヤルで容赦は必要ないのでは」
雪音の言う通りなのだが、この姿を見ると申し訳ない気持ちになる。
「あれ、この人……ああああっ、私と戦った人だ!」
穴の中を指差して大声を上げる負華。
それを聞いて俺も思い出した。
負華の不意打ちを食らって反撃しただけなのに、濡れ衣を着せられて加害者みたいに言われた人か。
この人……とことんついてないな。
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