第122話 タワーディフェンス
「これでいいんですよね」
城下町を突っ切るように《矢印の罠》で高速移動をしている最中に負華がぽつりと零す。
俺は無言で飛ぶように過ぎ去る周囲の光景を凝視している。
周囲には無数の死体が転がり、家々が無残に破壊されるか燃えるか既に灰となっている。原形を留めている家は見当たらない。
今のところ生きている住民には一人も遭遇していない。代わりに敵国の兵士を何度か目にしているが、ほとんどはそのまま無視して通過するか、進路方向に立ち塞がり邪魔をしようとした敵は《雷龍砲》の一撃で消滅させた。
今も雷により三人の兵士が吹き飛ばされている。
「東の兵とは違い鎧がスケイルメイルか。おそらく、西の兵だろう」
自分の攻撃で三人を殺害した直後だというのに、冷静な判断力で考察内容を口にする明。
多くの修羅場を乗り切り、多くの魔物を手に掛け、多くの死体を目の当たりにしてきた俺たち。そして、既に人殺しも経験済み。
普通の人の振りをして殺害行為に対して心を痛める権利は……もうない。
「この先に魔王城正門があるはずだけど、そこには敵が密集しているはずだから迂回して城壁を上ろう」
以前、一人だけ魔王城に飛ばされたときに脱出したルートを逆走したら大丈夫なはず。
「えっと、確か城下町から魔王城って少し離れていて、一本道で繋がっていましたよね?」
魔王城から見えた景色を必死になって思い出そうとしているようで、負華が両方のこめかみに人差し指を当てて、唸りながら左右に振っている。
「そうだな。高台に建てられていて城に行くには一本道だが、くねくねと蛇行した道を通る必要がある。時間がかかる面倒な道のりではあるが、防衛手段として考えるならかなり有益だ」
明の言う通り、直線の道にすれば移動時間は短縮されるが敵が侵攻してきた場合、あっさりと魔王城まで到達されてしまう。
しかし、わざと蛇行させることで相手の進行速度を落とすことができる。それも高台はかなりの高さであり、城への道は石を積み上げた坂道なので、進路を無視して真っ直ぐに移動することもできない。
もし、強引に真っ直ぐに進んだら、十メートルの高さがある地面へと落下するだけ。
「作るの面倒だったんだろうなー。絶対、工事を担当した人は愚痴をこぼしてましたよ。真っ直ぐ作ったら楽なのにぃ、って」
負華は当時の人を真似したつもりなのか、口を尖らせて文句を口にしている。
実際、かなり面倒な作業だっただろうな。でも、そのおかげで守りに適した城が完成した。
魔王城の背後は海で断崖絶壁。側面は崖。進路方向は正面に絞られる。
「だが、無駄に曲がりくねった道というのはタワーディフェンスあるあるだ」
「確かに」
ニヤリと笑う明に追従して俺も笑みを浮かべる。
ゲーム内ではどう考えても通行には不便な入り組んだ道が何度も現れた。真っ直ぐ一本道だと戦略もワンパターンになるし、難易度が跳ね上がってしまう。
なのでゲームとしては正しいのだが、実際に見てしまうと連想して思わず苦笑してしまうのは仕方ないよな。
城下町を抜けたところで脇道に入り、右に迂回しつつ魔王城を目指す。
魔王城周辺は視界を妨げる物がないので、離れた場所からでも現場をはっきりと見ることができた。
高台に立つ魔王城へ向かい、多くの人間が進攻している。
さっき、明が倒したスケイルメイルを着た西の兵士と、全身を覆う金属鎧を着た東の兵士が肩を並べている異様な光景。
蛇行している道に到達していて、先頭集団は真ん中辺りを越えたところか。
「やはり、東と西が協力して攻め込んでいると見て間違いないようだ」
「うーん、でも明さん。なんか、東の兵士っぽい人の動き変じゃないですか? 西の人よりのたのたと歩み遅いような」
額に手を当て、じっと目を細めて観察している負華が疑問を口にする。
「東の兵はおそらく動く死体ではないか。あの時と同じように」
あの時とは俺たちがゾンビのような動くアンデッドの群れから砦を守った戦いのことだろう。
東の勇者ロウキが自国の兵士や魔王国の死体を死霊術とやらで操り、襲ってきた一件。
「じゃあ、東の兵士はほとんどがアンデッドで生きている人がいない、ってことですか?」
最悪の想像をしたのだろう。負華は自分の体を抱きしめている。
「さあな。距離があるので正確な判断はできぬが、遠目で見た感じでは東の兵士はすべて歩みが遅く、西の兵士は少し距離を取っているように見える。……腐臭が気になるのかも知れぬな」
明が指摘したように、西の兵士が東の兵士を避けているように見える。互いに敵対していた間柄なのを前提に考えれば当たり前なのだが、それにしても露骨に距離を開けているように見えた。
「もしそうだとしたら、あのロウキとかいう勇者は兵士を全員殺して魔法で操っている、ってことに?」
「以前戦って魔王国に亡命したセスタスたちのように、数名は生身の人間が紛れているのかも。どちらにしろ距離がありすぎて確認できないけど」
あえて明るい口調で返す。
深刻な場面だが重い空気に呑まれて実力を発揮できない、なんて展開は避けたい。
現在は魔王城からの一方的な攻撃が降り注ぎ、敵軍が削られている。
無数の矢と魔法の光が降り注ぎ、為す術もなく駆逐されていく兵士たち。やられた兵は通行の邪魔になるので、容赦なく通路脇の崖下へと落とされているようだ。
俺たちが手出しをしなくても一方的に蹂躙できる有利な戦況に見えるが、問題は東側の兵士。俺たちの予想したとおりアンデッドのようで、体に矢が刺さろうが魔法で吹き飛ばされようが、立ち上がり黙々と前に進んでいる。
そんなアンデッドを盾にして西側の兵士も後に続いていた。
矢の数には限りがあり、魔法も魔力を消耗する。敵の兵士は数える気がおこらないぐらい、うじゃうじゃといくらでもいる。それに勇者ロウキは死霊術を使えるのだ。死んだ兵士を新たな兵として復活させれば、物量で押し切られるのは魔王軍の方。
――急ぐ必要がある。
敵軍を遠目に迂回していた俺たちは魔王城側面の高台の下にたどり着いた。
首が痛くなるぐらい見上げる必要のある、ビルの十階ぐらいの高さは確保している切り立った崖。
その上に城壁がぐるりと囲んでいて、内側に魔王城が建っている。
正面以外から攻め込むのは至難の業だな、これは。
本来ならこの崖を登るのも一苦労どころの騒ぎじゃないが、俺にはこれがある。
「《矢印の罠》で一気に上るよ。覚悟はできた?」
「できてませんが、やっちゃってください!」
緊張した顔で敬礼をして、自分を鼓舞するために大声を張り上げる負華。
「ああ、頼む」
冷静に淡々と返事をする明。
両者の反応は真逆だが、了承は得ることができた。
切り立った崖に手を突き《矢印の罠》を設置。そこに二人が手を触れたのを確認してから起動する。
体が一気に急上昇して、一旦動きが止まるが、再び《矢印の罠》を貼り付けて発動。それを繰り返して城壁の上へと到達した。
城壁は四メートルを超える厚さがあり、その上を魔王国の制服を着た職員や鎧を着た兵士が忙しそうに駆け回っている。
「矢の在庫は何処にある!」
「今、持ってこさせている最中です!」
「魔力が尽きた者は入れ替わり休憩を取れ!」
「魔法のポーションです! こちらで休憩を」
特に正門の上部にある城壁の上では命令と怒号が飛び交い、慌ただしく人が行き交っている。
「貴様ら、何者……あっ、これは守護者殿!」
見張りの兵士に槍を突きつけられたが、直ぐさま槍を下ろすと敬礼をした。
闘技場での戦いをほとんどの国民が見ていたので、一目で守護者だとわかったようだ。
「ヘルム様は今どこに?」
「はっ、こちらにいらっしゃいます」
兵士に促されるまま後に付いていくと、赤い髪を振り乱し兵士たちに命令を下している女王ヘルムの姿があった。
赤い鎧を身にまとい、頭の角と背中の羽を隠すことなく凜々しい表情で立つ姿。
その雄々しくも美しい姿と振る舞いに一瞬だけ目を奪われたが、大きく息を吐き平静さを取り戻す。決して、隣で睨む負華が怖かったわけじゃない。
まさか、正門の城壁の上で指示をしているとは。こういう状況でも国の長は王の間でふんぞり返っているイメージがあった。だけど、彼女は最前線で指揮を振るうことを選んだのか。
「ヘルム様、守護者様がいらっしゃいました」
駆け寄った兵士がその場で膝を突き、俺たちのことを伝える。
戦場を睨んでいたヘルムがこちらに振り向くと、厳しい顔が破顔して笑みへと変わった。
「よく来てくれた、守護者よ! 喜べ! 守護者が加勢に来てくれたぞ!」
ヘルムは大声を張り上げ、俺たちの到着を兵士たちに伝える。
絶叫のような歓喜の叫びが広がり、この場に居る全員の士気が上がったのが目に見えてわかった。
「三人も来てくれるとはな。正直、見捨てて逃げるものだと思っていたが。……本当にありがとう。心からの感謝を」
俺たちを見て人数が足りないと責めるのではなく、やって来たことを素直に喜び兵士の前だというのに深々と頭を下げる。
巻き込まれた守護者たちが魔王国を守る義理はない。それは俺たちだけではなく、女王ヘルムも重々承知していた。
自らの行いを悔やみ反省しているのは、言葉を交わした際に伝わってはいた。だが、それが本心かどうかは判断が付かなかったのだが、今……確信できた。女王ヘルムも悩み苦しんでいたのだ、と。
だからといって俺たちを貶めた行為が無かったことにはならないが、反省しないよりする方が何倍もマシだ。
「この城が落とされて帰還する設備が壊されると日本へ戻れないから。今だけは城を守ることに協力させてもらう」
お前たちを許したわけじゃない、という思いを込めて「今だけは」の部分を強調した。
「それで充分だ、共にこの城を守ってくれ。多くの国民が城へと避難している。ダンジョンにも逃げるようには伝えたが、大半の国民がここにいるのだ」
ダンジョンにも多くの国民が逃げ延びてきたが、総人口に対してほんの一部にしか過ぎない。
どれ程生き残りがいるのかは不明だが、残りの国民はすべてここに集まっているのか。
「要。無駄話をしている時間も惜しい。動くぞ」
「そうだね。明と負華は城壁の上に加護――TDSを設置して」
あえて加護をTDSと言い換える。
これはリアルな戦争だが俺たちは、そもそもの切っ掛けはタワーディフェンスをする為だった。ならば、この防衛戦はタワーディフェンスとして本気を出させてもらう。
今までゲームで培った知識テクニックを駆使して、魔王城を守りきる!
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