第123話 守護者

 眼下には蛇行する道を進む兵士とアンデッドの群れが見える。

 俺たちが立っている場所は正門の真上。正門は両開きの鉄扉でその大きさは高さと横幅が五メートル程度。

 道幅と正門は同じ大きさなので敵はこの正門を破壊するか開けなければ魔王城に入る術がない。

 扉の厚さは一メートル以上あるので破壊するのは至難の業。ならば城壁を上って内側から開けさせるという手段もあるが、城壁の高さは十メートルを優に超えている。

 もし、上る手段を選んだとしても絶好の的でしかない。


 そもそも、敵の先頭集団はまだ正門まで到達していない。どうにか近づこうとしているが、降り注ぐ矢と魔法に加えて、参戦した明と負華の《雷龍砲》《バリスタ》の凶悪な破壊力によって次々と吹き飛ばされていた。

 防衛している側が圧倒的に有利な状況。立地と二人のTDSとの相性が見事に噛み合っている。

とはいえ傍観しているわけにもいかないので、俺は胸壁から上半身を乗り出して真下を覗き見た。

 正門前には魔王軍も兵士を配置していない。誰もいないのを確認してから負華たちに振り返り、口を開く。


「ちょっと下りて細工してくるから、間違えて撃たないように」

「善処します!」

「近づけさせないようにしよう」


 負華の元気良すぎる返事が若干不安になるけど、明が見張っているから大丈夫だろう。


「我にこんなことを言う権利はないのであろうが、気をつけてくれ」


 胸を張った立ち姿のまま少し低い声を出すヘルム。国の長としての威厳を失わないように気をつけているのか。

 表面上は頼れる理想の女王を演じられているように見える。だけど、無表情でありながらも落ち着き無く彷徨う瞳が、俺の安否を心から案じているように思えた。


「ああ、気をつけるよ。行ってきます」


 背を向けて手を振ると、胸壁を乗り越える。

 自由落下中に両手の平に《矢印の罠》を貼り付けると、城壁に軽く振れて落下速度を調整しながら地面に降り立った。

 正面を見据えると無数の人々が見えた。だが、全員の目には生気が無く肌もどす黒く変色していて、皮膚が剥がれ筋肉や骨まで見えている者も少なくない。

 先頭集団はアンデッドで固めているようで、西の国らしき兵士も見かけるが、他と同じく死者の顔をしていた。

 どうやら、生身の人間は後方に控えていて危険な前衛はアンデッドに任せているようだ。


「賢明な判断か」


 一方的に倒されている現状。普通の人ならこの絶望的な死の行進に怯え恐怖して足がすくむ。

 だけど、アンデッドに感情はない。仲間が倒されても歩みが止まることはない。従順に前へ前へと進むだけ。

 アンデッド特有のよろよろとした鈍い足取りなので歩行速度がかなり遅く、先頭はまだかなり先に見える。今なら安全に罠を仕込めそうだ。

 《矢印の罠》を道の上にいくつも設置しておく。もちろん、その矢印の指し示す方向は道の脇。十メートル下まで落下してもらおう。

 いくらアンデッドでも、この高さから落ちたら体は再起不能なほどに破壊される。

 逃げ場所がない一本道に敷き詰められる罠。単純だが最も効果的だ。

 矢印だらけの光景に満足したので城壁の上と戻る。


「要さん、お疲れ様でした。お帰りなさい」

「ただいま」


 笑顔の負華にねぎらいの言葉を掛けてもらい、俺も笑顔で対応する。


「今のやり取り、新婚っぽくなかったですか! もう一度やりましょう! ご飯にします、お風呂にします、ってあれやりたいので!」


 瞳を輝かせて鼻息荒く迫る負華。

 いつもの調子を忘れないところは尊敬に値するが勘弁して欲しい。


「やだよ、こんな殺伐とした場所での新婚ごっこ」


 背後には死体の群れ、周囲には魔王国の兵士たち。

 周りを見渡すと、こんな状況にもかかわらず、緊張感のない俺たちに注がれる奇異の視線が向けられていた。


「余裕があるのはいいことだ。さすが、修羅場をくぐり抜けてきた猛者である守護者たちだ」


 ほら、ヘルムが周囲の目を気にして、それっぽいことを口にしてフォローし始めた。

 兵士たちも「さすが、守護者だ」「我々とは違うな」と素直に騙されている。


「今のところ正門が破られる心配はないようだ」


 明が呆れたように小さく息を吐き、俺たちから目を逸らすと敵軍の様子を眺めている。

 未だに一体も俺が配置した《矢印の罠》地帯に足を踏み入れていない。その前に《バリスタ》と《雷龍砲》の餌食になっていた。

 魔王国の兵士と魔法使いは自分たちが手を出すまでもない状況なので、休息を取りつつ見守っている状態。

 このままなら圧勝の流れなのだが懸念材料がある。


「今まで飛行する敵はいなかった?」


 ヘルムに向けて疑問を口にすると、彼女は鷹揚に頷いた。


「うむ。今のところ飛行する敵は皆無だ」


 地上を進む敵であれば蛇行する道と城壁からの攻撃だけで完封するのも可能だろう、だが飛行能力があれば蛇行する道に何の意味もない。

 それこそ正門だけじゃなく、側面や背後の海から襲いかかることも可能なはず。

 海といえば船で襲う手段もあるにはあるが、敵国からここまではかなり距離があり海もかなり荒れているので、海路を利用することができないらしい。


「見張りは立たせているが、そちらからの報告もない。もっとも、海から攻めてくることはあり得ないが」

「船が無理なのは知っているが、空を飛ぶなら海でも関係ないように思えるけど」


 素直な意見を口にするとヘルムはニヤリと笑う。


「魔王国の海には凶悪で巨大な魔物が何体も住み着いていてな。縄張りの上を通過するものは船であろうが上空であろうが、すべてに襲いかかるのだよ。そのおかげで敵に攻められる心配は無いのだが……我々が船で逃げるという手段もとれぬ」


 肩をすくめて頭を振るヘルム。

 守りは強化されているが海への逃走ルートが封じられてしまっているのか。


「城を死守するか死ぬかの二択しかない、と」


 明がきつめの口調で鋭い視線をヘルムに向けるが、意にも介していないのか表情も変えずに無言で頷く。まさに背水の陣か。

 この話を聞いていた周辺にいる兵士たちの表情にも変わりはなく、全員が覚悟を決めて戦いに身を投じているようだ。

 魔王城の背後から襲われる心配は消えたが、他にも大きな懸念材料というか心配事がある。


「そういえば、ずっと気になっていたんだけど……リヤーブレイスは今どこに?」


 大怪我を負って療養中なのは知っているが、だとしてもこの状況で大人しくしているとは思えない。足がなくても圧倒的な魔力があれば戦力になる。

 魔王の命令には従順なので怪我を押してでも防衛戦に参加すると思っていたのだが、その姿は何処にも見当たらない。


「ああ、リヤーブレイスは戦いたがっていたのだが、あの怪我だ、無茶をさせるわけにもいくまい。とはいえ傍観するだけなのは我慢できぬようでな。本人の希望もあって転移室を守らせている」

「転移室って、あの楓が日本に戻るときに使った部屋?」


 話に割り込んできた負華に対して、ヘルムが「そうだ」と返す。

 あの場所をリヤーブレイスが守っているのか。これで心配の種が一つ消えた。

 この攻撃が実は盛大な囮で転移室の装置を奪うのが本命だとしたら、勇者たちが忍び込んでくる可能性がある。

 転移室で勇者と鉢合わせたとしても、負傷しているとはいえリヤーブレイスが負ける姿が想像できない。

 敵に回すと恐ろしいが味方にするとこれほど頼もしい相手もいないな。

 ただ、俺たちが加勢に行ったら、こっちにも襲いかかってきそうなのが……不安でしかない。


「今の状況だけど、西の国と東の国が協力して攻め込んでいる、という認識で間違いない?」


 状況から判断する限り、そうとしか思えないが憶測でことを運ぶのはよくない。この場で一番正確な情報を掴んでいるのはヘルムだ。

 あれこれ考えるよりも直接訊いた方が早い。


「当初はそう思っていたのだが、どうやら違うようでな……。他国に忍び込ませていた密偵によると、協力して攻めてきているのではなく、東の勇者ロウキが西の勇者をすべて殺して、西の国エルギルまでも手中に収めたらしい」

「なっ⁉」


 予想の上をいかれて思わず驚きの声が漏れる。

 それは負華や明も同じらしく、目を見開き驚愕の表情で固まっていた。


「この情報はなんとか窮地を脱して、命からがら逃げ延びてきた結界の勇者の仲間が伝えた情報なので間違いはない。その者は既に息を引き取った、が」


 目を閉じて深く息を吐くヘルム。唇を噛みしめた顔には悔しさと無念がにじみ出ていた。

 結界の勇者が実は魔王国のスパイだったというのは、以前会った時に知らされていた。あの無敵の防御を誇る彼女ですら、ロウキに倒されてしまったのか。


「それだけでも驚くべき事態なのだが……それだけでは済まなかった。勇者ロウキは一部の兵士を除いたエルギルの城と城下町に居た兵士や住民を殺害。すべてをアンデッドにして使役し、我が国へと向かわせた」

「…………」


 衝撃の展開に言葉が出ない。

 アンデッドに囲まれた状況でもエルギルの兵士たちが逃げずに従っていたのは、そうするしか生き残る道が残されていなかったからか。

 この絶望的な攻城戦で、彼らに逃げるという選択肢は残されていない。


「更にもう一つ、残念な知らせがある」


 勘弁してくれ。ここまでの情報だけで腹一杯なのにまだ追加を用意しているのか。

 ヘルムの苦渋に歪んだ表情を目にして覚悟を決める。


「教えてくれ」

「バイザーが勇者ロウキの手に落ちた」


 その衝撃は俺の覚悟をいとも容易く打ち砕いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る