第124話 東の勇者の思惑
「バイザーがロウキの手に落ちた……」
思わずヘルムの発言を繰り返してみたが、自分で口にしても実感が湧かない。
リヤーブレイスと同じく、バイザーの姿が見えないことは気になっていたが、いつもの飄々とした態度で敵陣に忍び込むか、技術者としてバックアップをしているのだろうと都合よく解釈していた。
それがまさか、敵の手に落ちたなんて……。
「つまり、それは、ロウキに捕まったってことなのか? まさか、裏切ったのか⁉」
見た目も言動も胡散臭かったが、守護者の身を案じて奮闘してくれていた。そんなバイザーを疑いたくはないが……。
「そうではない。捕まったわけでも裏切ったわけでもない……支配されてしまったのだ」
「どういうことだ?」
苦々しく呟くヘルムの言葉が理解できない。
「バイザーの正体は知っておろう。あやつはレイス。つまり死霊だ。そして、勇者ロウキが死霊術に執心なのは、この光景が物語っている」
ヘルムが右腕を振るって指し示す方向にいるのは、魔王城へ行進を続けているアンデッドの群れ。
「レイスであることが仇となったのだ。ロウキの膨大な魔力と《万能魔法》の加護。この二つを併せ持つヤツは短期間で死霊術を極めてしまった」
前々からわかっていたが、勇者ロウキはチート過ぎるだろ。
「ということは……死霊術を極めたロウキが魔法の力により、死霊であるバイザーを洗脳、支配している、と」
「あっ、そういうことね!」
明の説明を聞いてようやく理解できた負華が、手を打ち鳴らして納得している。
「って、それって、ヤバくない⁉」
笑顔から驚愕の表情に一変する負華。
ちゃんと理解できたんだな、偉いぞ。と心に余裕があればからかっていたが、そんな軽口を叩ける状況じゃない。
「ああ、かなりヤバい。バイザーは技術者として異世界への転移や宝玉の製作。更にこの城の防衛装置についても一任していた」
バイザーは守護者の召喚やデスゲームに深く関わっているのは知っていたが、魔王国を支える重要人物の一人だったのか。
「城は不可視の膜に覆われているのだが、敵対するものがこの膜の内側に入ると大きく力を損なわれる。それで、ロウキは一度手痛い目を見てから、直接城に乗り込むような真似をしなくなった」
確か城に乗り込んだところをヘルムとリヤーブレイスが撃退した、という話は耳にしている。
だから、ロウキは自らが直接攻め込まずに、アンデッドを使った回りくどい戦争を仕掛けてきた。
「でも、何故、今なんだ。それだけの力があるなら、守護者を召喚して戦力が整った今よりも、もっと前に仕掛けていれば楽に国盗りができたはずだ」
「死霊術を極めたことで好機だと判断したのではないか?」
明の言うことには一理ある。大量の死者を操れば戦力に事欠かない。
実際、かなり厄介な事態になっているし。
「あれじゃないですか。ほら、力のある悪役がよくやるじゃないですか。強くなりすぎてつまらないから、ある程度敵が育つのを待ってから戦うとか。あとはゲーム感覚で楽しんでいる、とか?」
負華の発想は馬鹿げているように思えて、意外と核心を突いているのかもしれない。
圧倒的な力を手に入れた敵が遊び感覚で敵を育てて返り討ちに遭う。これもまた王道の一つではある。
「どれもありそうだけど、憶測でしかないからな。誰か詳しい事情を知っている人がいれば」
「では、私から説明を」
会話に割り込んできた声に反応して振り返ると、城壁の上を歩み寄ってくる一行と目が合う。
男装のアトラトル姫とその背後には老騎士グレイヴと騎士たち。その中には一度拳を交え、後に共闘をしたセスタスの姿もあった。
「アトラトル姫。……まだ城にいたのですか。ダンジョンに逃げるよう指示したはずですが?」
敵国の姫相手なので丁寧な口調になったヘルムだったが、その声には若干の棘がある。
「申し訳ありません。ですが、魔王城が攻め落とされてしまえば同じこと。微力ではありますが防衛戦に参加し、運命を共にしようと決めましたので」
そう言って微笑むアトラトル姫。まだ、若く幼いとも言える年齢だというのに立派な覚悟だ。
「先程の話ですが勇者ロウキが何故、このタイミングで戦争を仕掛けたのか。私は理由を知っています」
ロウキを召喚したのは東の国ウルザム。その国の王女となれば彼の事情に詳しくて当然か。
「訊かせてもらえますか?」
俺がそう言うと、アトラトル姫は静かに頷いた。
「勇者ロウキの本当の狙いは魔王国を滅ぼすことではありません。……不老不死です」
「不老不死……ですか」
どんな衝撃の真実を聞いても大丈夫なように身構えていたが、意外な言葉に驚くというより気勢を削がれた。
「はい。彼が死霊術を極めようとしたのもアンデッドの不死性に目をつけてのこと。自らアンデッドと化し永遠の命を手に入れようと画策したのです」
「なんというか……ベタですよね」
「不老不死など権力者の行き着く先の定番中の定番ではないか。新鮮味がない」
呆れる負華と何故か腹立たしげな明。
地球でも過去、権力者の多くが求めたといわれている不老不死。力を手に入れたロウキも同じ道を歩んだのか。
「ロウキが古今東西から集めた書物の中に、アンデッドの王として進化する秘術も記載されていました。遙か昔、今よりも文明が栄えていた時代の古代人が残した遺物の中に、その伝承が残されていました。特殊な儀式を用いて大量の死者の魂を贄として捧げ、その身をアンデッドの王へと変化させる秘術が」
「そうか、だからこんな真似をしたのか」
アトラトル姫の話を聞いて合点がいった。
「ちょっと、一人で納得しないでくださいよ。私にもわかるように説明求む!」
両手を振り回して駄々っ子のように文句を口にする負華。
面倒だけど、自分の考えを整理するついでに説明するか。
「ロウキは大量の生け贄が欲しかったから大規模な戦争を仕掛けたんだよ。アンデッドを製作して手駒にしたのは戦力の補充でもなんでもなく、生け贄と自分がアンデッドの王となるための実験材料が欲しかっただけ、じゃないか」
言ってしまえば実験材料の再利用。……胸糞が悪い話だが。
「最低……」
「同意する」
「どうしようもない外道だったか」
負華、明、ヘルムからのロウキへの好感度は元から地に落ちていたが、今は更に下の地下深くまで潜ってマントルを貫通する勢いだ。
「強さ、永遠の命を求めた結果が今の現状です。この無駄にしか思えない魔王城への侵攻も戦争の勝敗もロウキにとってはどうでもいいことなのですよ。本命は儀式に不可欠な……大量の死者と絶望と恐怖と血に染り、不浄な者によって汚された魔力に満ちた大地。そのすべてを兼ね備えたのが、この場所なのです」
「アンデッドの王になるための下準備を我が国で行った、というわけ、かっ!」
激怒したヘルムの振り下ろした右手が、勢いよく胸壁に叩き付けられる。
ロウキの身勝手な欲望のために標的となった魔王国。ヘルムの怒りはどれ程のものか想像もつかない。
「今もロウキは何処かで高みの見物を決め込み、多くの死者が生まれ、この地が汚され時が熟すのを待っているのか」
「そゆこと」
怒りに震えるヘルムの声に答えるように、場違いすぎる軽薄そうな男の声がする。
その場にいた全員が声のした左側に振り向き身構えると、胸壁に腰掛けて足をぶらぶらさせている――バイザーが「よう」と手を上げた。
いつものラッパーのような格好で、いつもの暢気そうな表情を浮かべ、いつものおどけた素振りで俺たちを眺めている。
「いやー、めんごめんご。勇者ロウキに支配されちまった」
両手を合わせて何度も頭を下げているが、その声と動作に真剣味は皆無だ。
「抵抗はできないのか?」
「頭の方はわずかな抵抗は可能なんだが……体の方は無理だなー。なんとか足掻いてみたけど、命令には逆らえないみたいでよー。今もロウキの命令に従って動いているわけだしぃ」
操られているとはいえ敵の配下となってしまったバイザー。油断していい相手ではない、とわかっているのだが、いつものノリで話しかけてくるので調子が狂う。
「肝心のロウキは何処にいるんだ?」
辺りを警戒しているが姿もなければ気配も感じられない。
あの性格からして、こんな面白い見世物を黙って見過ごすとは思えない。何処かで必ず監視しているはずだ。
「違う場所から見物しているぜ。俺様の目を通してな」
そう言って自分の右目を人差し指で軽く突くバイザー。
よく見ると瞳に赤い魔方陣が刻まれている。その目を通じて覗き見しているのか。
「その場所を教えては……くれないよな」
ダメで元々、言うだけ言ってみた。圧倒的強者が調子に乗って余計なことまでもべらべら喋るというのは、よくあるパターンなのだが。
「だってよ、ロウキ。どうする、教えてもいいのか? ……へえ、いいんだってよ。その方が面白そうだから、だってさ。うはー、マジで性格悪いなこいつ」
支配されているというのにバイザーの口の悪さは健在のようだ。命令には逆らえないが完全な支配には至っていない。
「主様は今……転移室にいるんだってさ」
「待て、リヤーブレイスはどうした」
今まで黙って話を聞いていたヘルムがすかさず口を挟んだ。
転移室にはリヤーブレイスが控えているはず。あのロウキとはいえ、そう簡単に倒せる相手だとは思えない。
「あー何々。負傷した老兵など相手ではない、だってよ。あと、悪いんだけど魔王城を覆っていた不可視の膜も俺が解除しちゃったから、ロウキは本来の実力を発揮できるぜ」
「最悪の情報をありがとうよ」
嫌味を込めた礼を返す。
防衛装置にも関わっていたという話を聞いたばかりだ。バイザーが敵の手に落ちたことで、この国の守りが手薄になってしまい、そこをロウキに突かれてしまった。
おそらく、転移室まで誰にも見つからないように手引きしたのもバイザーだろう。
「どういたしまして、と言いたいところだが、悲報はまだまだ続くんだなこれが」
肩をすくめてわざとらしく大きなため息を吐くバイザー。
ただでさえ危機的状況だというのに、まだあるのか。
「実はさ、守護者に渡した宝玉にはいくつか秘密があってよ。ほら、倒した守護者の加護は一旦、宝玉に補完されるって話覚えているか?」
「守護者同士の争いではなく、不意の事故や魔物に襲われて死んだ場合、その守護者の加護は宝玉に保存されるって話か。覚えているよ」
この機能があるから、守護者が死んでも加護が失われることがない。だから、後に褒美として他の守護者に与えることが可能だった。
「そう、それそれ。でもそれ、実はちょっち違っていてよ。所有者の宝玉に吸収された加護は、宝玉を通じて転移室にある宝珠に保存されてんだよ」
宝珠って転移室にあった半分ぐらい欠けていた、巨大な宝石のような物体か。
「元々、あの宝珠を砕いて作ったのが宝玉だからな。んでもって、これはヘルム様にも秘密にしてたんだが、宝玉にはもう一つ隠された機能があってよ」
その言葉を聞いてヘルムの眉がピクリと動いたのを見逃さなかった。
さっきまでの話はヘルムも周知していたようだが、ここから先はバイザーだけが知る秘密なのか。
「ほら、加護には二種類あるって言ったろ。人間の加護は善神から与えられ、魔物や魔族の加護は邪神から与えられる。守護者の加護も邪神からなのは前も説明したよな。善神の加護と邪神の加護の大きな違いは、邪神の加護の所有者同士が戦い勝利した場合、相手の加護を奪い吸収できる」
「ああ、その性質を利用して俺たち守護者同士を争わせて、加護を磨き一つにまとめようとしたんだろ」
初めてその告白を聞いたときは驚かされた。だが、それと同時に自分たちの置かれている状況にも納得がいった。
「そう、それそれ。そこで俺様は考えたんだよ。邪神の加護だけじゃなくて、善神の加護も奪えるようにできないか、ってな。んで、実験的に宝玉にそのシステムを組み込んでみたんだが……半分成功で半分失敗って感じでよ」
「もったいぶらずに全部話してくれ」
おどけた様子でため息を吐くバイザーに話を促す。
胸壁から落ちそうになるぐらい上半身を仰け反らせていたバイザーだったが、勢いよく体を戻すと膝に両肘を置いて手を組んで、その上に顎を乗せた。
「倒した相手の善神の加護を宝玉に吸収……は成功。だけど守護者に与えることはできなかった。つまり、加護が保存だけされている状態ってこった。んでよ、俺様がロウキに支配されて、宝玉の秘密やらを洗いざらい白状させられた結果、《万能魔法》持ちの勇者様は宝玉を解析、改造して作っちゃったわけよ」
そこまで聞けば言わなくてもわかる。わかるが、あえて口にした。
「何を作ったんだ……」
「完璧な宝玉を。倒した相手の加護を吸収して、どんな加護も所有者に与えられる宝玉ができちまった」
つまり、勇者ロウキは善神、邪神関係なく倒した相手の加護を得る手段を手に入れた、と。
最悪にも限度があるべきだろ……。
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