第125話 最強から最凶へ

 衝撃の発言に言葉を失ってしまう。

 つまり、勇者ロウキは倒した敵の有りと有らゆる加護を得ることが可能になった、ということだ。


「ただでさえ厄介な相手だったのに……最悪だ」


 絶望、がこんなにも相応しい状況は類を見ない。


「ロウキが今になって西の勇者たちを殺したのも……その為か。ヤツらの加護を得ることができる今なら殺す価値がある、と」


 ヘルムは鋭い目でバイザーを睨みつける――正確にはその目を通して見物しているロウキを。


「ご名答。そもそも、西の勇者第一位とロウキは繋がっていたらしくてよ。現状でも手足のように操れたらしい。だけどよ、完成した宝玉を手にしたら、もう必要ないわーって……あっさりこれよ」


 バイザーは自分の首に手刀を当てて、勢いよく横に引く。

 必要がなくなったから処分され、加護だけ奪われたと。


「なんか、すっごい魔力と全属性魔法と相手の能力を奪えるって……ベタベタじゃないですか? 時代遅れの異世界転生勇者みたい」


 珍しく負華とまったく同じ意見だが、それを声に出す危険性まで考慮して欲しかった。

 ここでの言動はすべてロウキに筒抜けなんだぞ。負華には悪気はほとんどなく素直な感想を口にしただけなのはわかっている。

 だけど、負華の性格を知らない相手から見れば、煽って挑発しているようにしか見えない。


「あーーー。主様が苛ついてるぞ。これ、めっちゃヤバくね?」


 虚空を見つめながらロウキと通信をしていたバイザーが、その場をぐるぐると歩き始めた。

 そこでようやく自分の失言に気が付いたのか、負華が慌てて俺の背後に隠れる。

 うん、知ってたこの展開。


「あっ、終わった」


 絶望の言葉を呟き、俺たちに振り向いたバイザーの顔に浮かぶのは諦めの感情。

 バイザーはゆっくりと空を見上げると、両目から赤い光があふれだす。目も眩むほどの輝きに耐えられず目を閉じた。

 目蓋の裏からでも感じる赤い光が消えたのを確認してから、そっと目を開ける。

 バイザーの頭上には白銀の鎧を着込み、赤いマントを翻しながら俺たちを睥睨するロウキがいた。


「高みの見物を決め込む予定だったが、あえて挑発に乗ってやったぞ。感謝するがいい」


 苛ついた表情で睨みつける視線の先にいるのは、俺。――正確には背後で震えている負華を凝視している。

 最悪の状況だが、最悪な展開ではない。

 転移室で戦闘になっていたら、戦闘の余波で宝珠が壊れる可能性が高い。そうすると、俺たちは日本へ帰る手立てを失ってしまう。


「とはいえ、ロウキとの戦いは最後に回したかったな……」


 思わず本音が漏れる。

 せめて目の前にいるバイザーをなんとかして、作戦を練って準備を整えてから挑みたかった。


「ごべんなざいぃぃぃぃ」


 いつもの涙混じりの謝罪が聞こえたので、ロウキから目を逸らさずに右手を後ろに伸ばし、負華の頭を撫でる。


「面倒事に巻き込まれるのはいつものことだ。でも、反省はしような」

「ぶぁい」


 過去を後悔したところで現実は変わらない。前に進むことだけを考えるべきだ。

 母と姉を失ってから現実から目を逸らして、ずっと足踏みをして過去を引きずり成長をしてこなかった……そんな俺だから言える。


「前を向いて、やるべきことをやろう。守るべき人を守るために」


 負華に向けてというよりは、自分自身への言葉。


「ふむ、遺言はそれでいいのだな? 我が糧になるのだ喜ぶがいい。アンデッドの王となった暁にはこの国も支配してやるとしよう。魔王を名乗り、この大陸を手中に収め、更にこの世界を征服してやろう。……永遠にな」


 不死となったロウキが王として君臨する、最低最悪の未来。こんな男が永遠に支配する世界。想像しただけでゾッとする。


「とはいえ、アンデッドの王となるにはまだ生け贄が足りぬ。……おっと、ここに上質な贄があるではないか! お主らの魂と魔力を糧にすれば十二分に足りるであろう」


 大げさでわざとらしい三文芝居を見せつけるな。と、文句の一つもぶつけたかったが、圧倒的な力量差を前に迂闊な言動は控えておく。

 それは皆同じようで、誰も言葉を発することなく黙って相手の一挙手一投足に集中していた。


「ふむ、ノリが悪いぞ。まあ、いい。では、死ね」


 ロウキの顔から邪悪な笑みがスッと消え、無表情で手を振るう。

 その瞬間、悪寒が背中を走ると同時に総毛立つ。

 本能が危険だと叫んでいるが、ここは城壁上だ。逃げ道なんてない!


「全員、こっちにこい!」


 そう叫びながら駆け寄ってくるヘルムの方向に、矢印の先端を向けた《矢印の罠》を足下に配置する。俺だけではなく明やアトラトル姫一行にも。

 一瞬にしてヘルムに接近すると、まるで湯船に浸かるような温かい何かで包まれる感覚があった。


「ギリギリで間に合ったか」


 ヘルムは周囲を確認して忌々しげに顔を歪めると、上空を睨みつける。

 その視線の先にいるのは言うまでもなくロウキだ。

 俺もヘルムの視線に釣られて辺りを見回すと、城壁の上にいた兵士たちが全員うつ伏せで眠るように倒れていた。

 確認はしていないが……全員死んでいるのだろう。

 今この場で息があるのは、俺、負華、明、ヘルム、アトラトル一行。それにロウキとバイザー。

 俺たちが無事なのはヘルムの加護無効化の力。当人だけではなく、ある程度の範囲をカバーできるようだ。


「はっ。相変わらず、面倒な加護だ」


 俺たちの無事を確認して、怠そうに呟くロウキ。

 圧倒的な力を有していながら、魔王国を滅ぼせなかった最大の要因がヘルムの加護。

 これがなければ、とうの昔に魔王国は滅んでいたはず。


「とはいえ、その《無効化》はどれだけ維持できるのだ? 数分、一時間、それとも一日中か。さすがに一年出しっぱなしとういうわけにはいくまい。……いや、それでも構わぬか。魔族は飲み食いせずにいつまで生きていられるのだ?」


 こいつ、持久戦に持ち込むつもりか。

 攻撃が一切通じないなら《無効化》が解けるまで待てばいい。《無効化》が消えなくても、食料を絶たれては生き物である限り確実に死ぬ。


「こちらは収納魔法もあり、なんならアンデッド共に運ばせれば済む話だ。何日でもお付き合いしようじゃないか」


 そう言ってロウキが指を鳴らすと、頭の真横の何もない空間に黒い渦が発生した。

 そこに手を突っ込むと、中から焼き菓子を取り出し、こちらに見せつけながら囓り始めた。


「性格、わっるぅ」


 今度は相手に聞こえないように、微かに俺へ聞こえるぐらいの声量で呟く負華。

 気の長い戦法だが効果的なのは間違いない。相手は無尽蔵の魔力を保有していて、おまけに無数のアンデッドを使役。更にバイザーまで配下にいる。

 こちらが圧倒的に不利な状況なのは間違いない。

 現状を打破したいと気持ちは焦る一方だが、打開策が思いつかない。

 《矢印の罠》で接近……する前に魔法で殺される。

 無策で攻撃を仕掛けても避けられるか防がれて終わりだろう。


「とはいえ、硬直状態では暇だな。よし、少し遊ぶとするか」


 ロウキが焼き菓子を食べ終わって軽く手を払うと、周囲の光景が一変した。

 ぐるっと周囲を壁に囲まれた円の中心に俺たちはいるようだ。足下は固められた地面。

 視線を上げると、壁の向こう側には何層にも並んだ観客席。


「またここに来たのか。性格だけでなくセンスまでも最悪なのだな、あの男は」


 明が直ぐに現状を察し、忌々しげに侮蔑の言葉を吐き捨てる。

 俺たちがいるのは、あの――闘技場だ。

 何人もの守護者が命を失い、リヤーブレイスと激闘を繰り広げた場所。


「暇つぶしには最適な舞台だとは思わないかね」


 声が聞こえてきた方へと顔を向けると、以前、ヘルムたちが座っていた特別観覧席でふんぞり返っているロウキと目が合う。


「一人では寂しいので特別に彼女も招待したよ」


 ロウキの隣で驚愕に目を見開き、忙しなく辺りを見回しているのはアトラトル姫。

 騎士たちが観覧席にいる彼女の姿を目の当たりにして、慌てて自分たちの隣にいたはずの守るべき主の姿を探しているが、当然、いるわけがない。

 いつの間にアトラトル姫を連れ去った……。《無効化》の範囲内にいたはず。だというのに、転移させられた際に動揺した一瞬の隙を突いたのか。


「姫は本来私の妻になる筈だったというのに、無断で魔王国へ旅行するなんて酷いではないですか」


 隣に座っているアトラトル姫の髪をゆっくりと撫でるロウキ。


「…………っ!」


 アトラトル姫は言い返そうとしているようだが、言葉も動きも封じられているようで、悔しそうに顔を歪める程度の抵抗しかできないでいる。


「貴様! 姫様から離れろ!」


 その光景に激高した老騎士グレイヴが剣を抜き、ロウキに向けて怒鳴りつけると走り出した。他の騎士たちも武器を手にグレイヴの後に続く。


「ダメだ、私から離れるなっ!」


 慌てて止めに入るヘルムだったが、その言葉が届くよりも早く、視界を埋め尽くす火炎に騎士たちは呑み込まれた。

 炎が消えた後にあるのは黒焦げになり、折り重なった騎士の死体。


「拾った命をわざわざ捨てるとは。姫、あのような愚か者は邪魔になるだけ。我が処分しておきましたのでご安心ください」


 両目を見開いて涙をボロボロとこぼす姫の横で、口が裂けそうなぐらい口角を吊り上げ、醜悪な笑みを晒しているロウキ。

 見るに堪えない。あまりのおぞましさに恐怖を感じるよりも、怒りがこみ上げてくる。


「さて、前座にしては面白味に欠けるが、文字通り場があたたまったであろう。では、本格的な暇つぶしを始めるとしよう。まずはバイザー、お前に戦ってもらうぞ」

「へーーーい」


 ロウキの後ろで控えていたバイザーが前に進み出ると、心底嫌そうな表情で返事をしている。

 のろのろと階段を下り「よっこらしょっ」と言いながら闘技場の地面に降り立った。


「悪いな。命令は絶対でよ」


 こんな状況にもかかわらず緊張感が一切ないバイザーの振る舞い。

 覚悟を決めているというよりは……呆れているように見える。


「どうせなら、一対一の方が見応えがあるか。そうだな、よし。お前らも誰か一人を選出しろ。予め言っておくが拒否権はない。断っても構わぬが、そうすれば暇つぶしの対象がこの姫になるぞ。我はそれでも構わぬが」


 人質を取っての脅し。

 最低最悪の外道だとは認識していたが、俺の評価を更に下回ってくれる。

 アトラトル姫は少しの間、同行しただけの間柄。仲間とどちらを取るかなんて比べるまでもない。……なんて、割り切れる性格をしていたら負華もとっくに見捨てていたよ。

 自分の甘さにうんざりするが、こんな状況でも人間らしさを捨てられずにいる自分に少しほっとした。


「んー、赤の他人を脅しに使うのは弱いか」


 考え込んでいたのを見捨てたと勝手に判断したのか、ロウキは首を傾げている。


「では、そうだな。刃向かえばこれを壊す、というのはどうだ」


 左腕を真横に伸ばして指を鳴らすと、ドンッという鈍い音が響くと同時に半分が欠けた巨大な石――宝珠が観客席を押しつぶして現れた。

 こいつ、宝珠までも転移させたのか。


「ちなみに我は日本への未練は皆無だ。これを壊すのに躊躇いは……ない」


 姫と宝珠。弱みを二つも握られてしまった。


「対戦中は手出しをしないと誓おう。日本人として観戦マナーは心得ているつもりだ」


 その言葉にどれ程の信用があるのか。

 ヘルムの側から離れることは死に繋がる。それは理解している。だが、それでも、俺は――。


「要さん、やってやりましょうよ! 見捨てたら絶対に後悔しますし、宝珠壊されちゃったら雪音ちゃんたちが悲しみますよ!」


 こういう場面でいつも背中を押してくれるのは負華だ。

 明るく暢気に励まして、俺を鼓舞する。


「時間を稼げるのは悪くない。どちらにせよ今の状況では光明が見えぬ」


 明も戦うことを推奨している。


「決断は任せる。どのような判断をしても従おう」


 ヘルムも異論はないようだ。なら、決まりだな。


「俺がバイザーと一対一で戦う。できるだけ時間を稼ぐから、その間にいくつか策を考えておいて欲しい。本当は俺を見捨てて逃げて欲しいけど……どうせ、言うこと聞いてくれないよね?」


 俺が問いかけると、全員が笑みを浮かべて大きく頷いた。

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