第126話 ピンチに登場

 頭をボリボリと掻きながら、怠そうにあくびをしているバイザー。

 そんな彼に向かって俺はゆっくりと歩み寄る。

 仲間は俺が戦うことを止めなかった。

 火力では明と負華に劣り、総合力ではおそらくヘルムが一番強い。

 だが、俺には対応力と……数々の強敵を打ち破り、生き残ってきた実績がある。


「信じてます! 絶対に勝つと信じてますから!」

「要なら勝つ。期待しているぞ」


 負華、明の仲間二人の心強い声援を背に浴びる。


「我が戦いたいところだが《無効化》を失うわけにはいかぬ。すまないが、頼んだ」


 俺たちを騙して利用した憎むべき敵である女王ヘルムが、頼み事を口にしている。

 女王として、自国の民を救うために苦渋の決断をしたヘルム。

 どれだけ悩み、後悔し、反省しようと現実は変わらない。だけど、彼女の立場は理解できる。その想いに答えてやる義理はないが……無言で右腕を掲げた。

 こうやってバイザーと敵対するのは久しぶりだ。魔王国側でありながら、陰から俺たちをバックアップしてくれた恩人。もう二度と戦うことはない相手だと思っていたが、運命とは皮肉なものだ。


「まあ、仕方ねえよな。俺様は操られちまっていて、強敵ダチは戦わざるを得ない状況だ。まあ、どっちが死んでも恨みっこなしで、よろよろー」


 いつも通りのおどけた態度に安堵した。その、いつもらしさが心の負担を軽くしてくれる。


「あんたとは戦いたくなかったんだが、仕方ないよな」


 前に一度戦ったときは、レベルも低くほぼ初期状態。

 だが、今は違う。レベルも上がり、加護もかなり強化されている。あの頃の俺と比べたら段違いの強さを手に入れた。

 とはいえ、バイザーも強くなっている。それに、あの時は本気を出していなかったはず。彼の正体は何千年も生きたレイス。以前の戦いで見せたのは体を借りている守護者としての能力のみ。

 そこに本来の実力が加わると……どうなるのか。


「ぶっちゃけ、俺様は結構長生きしたから、手を抜いて殺されてやってもいいんだけどさ。支配されている現状だと全力で戦わなくちゃいけなくてよ。まいったな」


 手心を加えてくれることを期待していたが、その期待は無残にも砕け散った。

 本気のバイザーと戦わないといけないのか。……勝率がぐんと下がったのを自覚して、内心はかなり焦っている。だけど、動揺は表に出さない。

 指定された場所に到達したので足を止めて、呼吸を整える。

 そんな俺を見てバイザーはくるりと背を向けた。


「おーい、主様よ。本気出して一対一だと、俺様は圧勝しちまって面白くないけどいいのか?」


 バイザーは大声でロウキに向けて訴えている。

 相手の実力を測る術はないが、彼の言っていることに誇張はないのだろう。千年以上生き、知識を求め続けたレイスが弱いわけがない。


「ふむ、一理ある。一方的な殺戮ショーはこの目で腐るほど見てきたからな」


 ロウキは顎に手を当てて、何やら考え込んでいる。

 今までの自分の戦いを顧みているのか。圧倒的な力を手に入れ、ろくな反撃も受けずに蹂躙してきたであろう、勇者ロウキ。

 勝敗の決まっている戦いなんて嫌というほど体験してきたはずだ。


「よし、ただの暇つぶしにしろ、見せ場がなければつまらぬ。肩上だったか、お前らはもう一人増やして構わぬ」


 一対一ではなく二対一の許可が下りた。

 たった一人の増員しか認めないのはけち臭いが、勝率はかなり上昇した。相手の実力が不明なので、それでも勝利を収める割合は一割程度かもしれないが。

 となると重要になるのは相棒の選択。

 まず、女王ヘルムは除外だ。背中を預けるには信用度が足りないし、ロウキを倒す切り札である《無効化》の加護を失うわけにはいかない。

 となると、明か負華の二択になる。うん、明だな。

 即決。その選択に迷いは一切なかった。


「今、私をスルーして明さんを見ましたよね!」


 負華は自分が視界にすら入ってないことに気づいたようだ。妙なところは鋭いよな。


「まあ、必然的に当然か。では――」


 明が頷き立ち上がると、手すりに手を掛けた所で何処からともなく音……声? がした。


「ジャジャッジャー、ジャージャジャッ、ダダダダ、ウィーンバンッ!」


 こ、この戦隊物風の音楽は……いや、楽器の音を口で再現して奏でているのか⁉ それも恥ずかしげもなく大声で!

 小さく息を吐いてから、かなりの声量を遺憾なく発揮している発生源に目を向けた。

 それは闘技場の壁の上で腕を組み、胸を張った状態で今も堂々と声を発している。


「ダッダッダッ! 仲間の窮地に颯爽と参上でござる! とうっ!」


 壁から飛び降りる際に空中で一回転をしてから華麗に着地をした。

 それも片膝を突いて、右手を真横に伸ばしたポーズで。

 さっきまでの緊張感や緊迫した空気が完全に霧散したぞ。

 派手な登場シーンを自分で演出した人物の名は言うまでもないが。


「おかえり、喉輪」

「ささっと登場でござるよ、要殿! パートナーは拙者で決まりでござろう!」


 白い歯を見せつけるように爽やかな笑みを浮かべている。


「ふははははははは! 良い、良いぞ! 見事な道化っぷりではないか! 面白い男だ気に入った! 貴様の参加を認めよう!」


 両膝を叩き、声を上げて笑うロウキ。

 その言葉に嫌な顔一つせずに右手を大きく振って応える喉輪。


「あの者はこういう演出を好みそうでしたので」


 喉輪がこそっと耳打ちをした。

 そこまで考えた上での登場シーンだったのか。


「拙者も一度やってみたかったので、大満足でござる」


 ……願望と需要が一致しただけか。ま、まあ、それでも喉輪の登場は助かるよ。

 明に話したら「このご時世に男女差別か」と怒られそうだが、彼女たちを戦場に連れ出すのには躊躇いがあった。それもこんな分の悪い賭けに。

 喉輪なら危険に晒してもいい、というわけじゃないが、心の負担はかなり減る。


「うら若き女性からの応援があれば百人力でござるよ」

「そうだな」


 俺の心情を察したのか、今から遊びに行くかのようなノリで話す喉輪。

 気負わずに背中を預けるには最高の相棒だよ。


「では、そちらの選手はそれで決定か。ならば、試合を始めるがいい。暇つぶしとはいえ、楽しませてくれよ」


 言われるがままに戦うことに苛立ちはあるが、生き残るには言うことを聞くしかない。

 まずは生き残る。それが最優先。

 以前のように銅鑼の音が鳴ることもなく、静かに戦いの幕が上がった。


「初めにネタばらしをかますが、俺様の加護は二つのままだ。だが、無数の魔法が扱える」


 いきなり手の内を明かしてくれるのか。バイザーの所有する加護は《鉄の剣士》《振り子の罠》の二つ。

 これは既に体験しているので能力も把握済み。問題は魔法だ。

 魔法といえば勇者ロウキも使っていたが、あれは威力が桁外れで参考にならない。バイザーも同程度の魔法が使えるなら絶望的だが、さすがにそれはないと信じている。


「まあ、主様ほどの威力はねえから安心しな」


 懸念が顔に出ていたのか、バイザーが的確なフォローを入れてくれた。


「盛り上げることをご所望みたいだから、まずは魔法でも披露しますか」


 バイザーは肩をすくめて両腕を広げると、右手の平に赤、左手の平に青白い光が灯る。

 右が炎で左は冷気、なのか?


「ベタだが、炎と氷属性の魔法だぜ。さーて、防げるかな?」


 野球のピッチャーのようなモーションからまず、右手の炎を投げつけるバイザー。直ぐさま構え直すと、続けて左投げで氷の魔法も放り投げた。

 《矢印の罠》で避けるのが妥当か。そういえば体に貼り付けた《矢印の罠》は魔法にも効き目があるのだろうか。気にはなるが、実戦で試す度胸はない。


「ここは拙者に任せるでござる! シールド!」


 目の前に半透明の巨大な《ブロック》が現れ、魔法と激突する。

 二回衝突音が響いたのは炎に遅れて冷気の魔法がぶつかったからだ。

 魔法を防いでくれた《ブロック》だったが、今にも崩壊しそうなぐらい無数の亀裂が全体に走っていた。


「ふうぅぅ。見栄えのために強化ガラスにしたのでござるが、ギリギリでしたぞ。鉄にしておけばよかったでござるな! はっはっはっは」

「笑って誤魔化そうとするな」


 こめかみから冷や汗を流しながら強がる喉輪に、思わずツッコミを入れる。


「ひゅー、やるじゃねえか! バリアっぽかったぜ!」

「わかってくれるでござるか!」


 称賛するバイザーと喜ぶ喉輪。

 命懸けの戦いだというのに、この組み合わせは別の意味で危険すぎる。シリアスと集中力を維持するのが何よりも困難だ。

 ちらりと横目でロウキの様子を窺うが、身を乗り出して楽しそうに観戦している。……好評のようで何より。


「では、次はこっちの攻撃の順番でござるな!」

「おうよ。俺様が魔法を見せたのだから、次はそっちだな!」


 いつからターン制バトルになったんだ。

 この二人の相性が良すぎて、まるで付き合いの長い友達のように会話が噛み合っている。

 正直、ついていけないノリなので少し疎外感が。


「ピンチに陥ったときの王道といえば……巨大化でござる!」

「巨大化っ⁉」


 話半分で聞いていたのに、意外すぎる言葉に思わず過剰反応してしまった。

 そんな俺を見てニヤリと喉輪が嬉しそうに笑う。


「そう、巨大化! 負けそうになったらまずは巨大化。それが戦隊物のおきまりでござるよ!」

「熱弁を振るっているところ悪いが、それって特撮の悪役側の切り札じゃね? それに巨大化の加護なんて、守護者の誰も持ってなかったぜ」


 数年日本で過ごした経験があるバイザーは特撮にも理解があるのか。的確な指摘だ。

 しかし、巨大化ってどうやるつもりだ。喉輪の加護ブロックと吉原から奪った《マキビシの罠》《重力の罠》《光の杖》だけで。

 もしかして、俺が知らないだけで他の加護も所有していたのか?


「ふっふっふ、甘い、甘い! 砂糖にハチミツとメープルシロップを混ぜてコトコト煮込んで濃縮したよりも甘いでござる」


 例えがくどい、とツッコミを入れたくなったが、ぐっと我慢。


「刮目するでござる! 巨大化の術を!」


 胸の前でピンッと伸ばした左指を右手で包み込むように掴み、更に右手の人差し指を伸ばしポーズをとる。

 あー、忍者がそんな感じで印を結ぶのをアニメで観たことあるな。

 そんなことを思いながら黙って見物をする。

 すると、喉輪の足下に《ブロック》がいくつも現れ組み合わさっていき、その上に乗っていた喉輪が地上からどんどん離れていく。

 見る見るうちに組み合っていくブロックを眺めていると、数十秒でその動きが止まった。


「そう、これが巨大化の術でござる!」


 胸を張って語る喉輪が星明かりの逆光で眩しく、目を細めて見上げている。

 彼が今いる場所はブロックが集合して作り上げられた、人型の上。黒で統一されたデザイン性が皆無の角張った棒人間の肩に乗って自慢げだ。

 顔も手もないので手抜き感が半端ない。


「まあ、なんて言うか……百歩譲って巨大化と認めてもいいけどよ、巨大化は負けフラグじゃね?」

「た、確かに!」


 バイザーの的確なツッコミに大きく仰け反る喉輪。

 なんか、蚊帳の外じゃね、俺。

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