第127話 特撮バトルの裏で
自称巨大化した喉輪は棒人間の肩の上でご満悦だ。
ブロック製棒人間の高さは五メートルを超えているので、かなり威圧感がある。
「
そっと壁際まで後退して傍観者に徹していたのに、話を振らないで欲しい。
「でもよ、それってただの置物だろ? 動きもしない棒人間。命名するならデクノボウってのはどうだ」
確かにバイザーの指摘は正しい。巨大さ故の迫力はあるが、《ブロック》で組み立てただけの建造物。
実際に今もぼーっと突っ立っているだけだ。
「ふっふっふ、動かないと申したか! 見る目がありませぬな。刮目するでござる! この棒人間、デクノボウが動く姿を!」
あっ、デクノボウを採用したのか。
そう言い放った喉輪はさっきから俺の方をチラチラ見るだけで、デクノボウは微動だにしない。
あの訴えかけ媚びるような目に見覚えがある。困ると全部俺に投げて他人任せにするときの、懇願する負華の表情と重なった。
つまり、俺にどうにかしろ……と。
心底嫌そうにわざとらしく大きなため息をつくと、デクノボウの足下に《矢印の罠》を置いた。
すると、あの巨体が真っ直ぐにバイザーへ向けて突っ込んでいく。
まあ、あれだけの大きさなら体当たりでも威力は出るはず。
真っ直ぐ向かってくるデクノボウを目の当たりにしたバイザーは余裕の笑みを浮かべたまま、避けようともしない。
もう少し進めば激突するタイミングでデクノボウの動きが止まる。
よく見ると巨体の足下に無数の《鉄の剣士》がしがみつき、突進を防いでいた。その数は十体。
「本気を出せば、一斉にこれぐらいの数は出せるんだぜ?」
今までも同時に数体操ることはあったが、これだけの数を一気に召喚できたのか。
巨体だが動けない相手と、体は小さいが数を揃えた可動式の敵。どちらが強いかは言うまでもない。
「くっ、デクノボウクラッシュを止められるとは。しかし、本番はこれからでござる!」
肩の上に乗っかったまま、喉輪は胸の前で指を絡めるように手を合わせると、両腕を大きく掲げる。
すると、驚いたことにデクノボウも同じ動きをしたのだ。
「えっ、マジで動くのか?」
意表を突かれたのは俺だけではなく、バイザーは驚きのあまり目も口も大きく開いて、目の前の光景を凝視していた。
そのまま振り下ろされる両腕の一撃。動きはそれ程早くはないが、巨体から放たれる一撃の迫力が半端ない。
耳を覆いたくなるような激突音。舞い上がる砂塵。足下から伝わってくる振動。
視界は土埃で何も見えないが徐々に収まり視界が晴れてくる。
あっさりと勝負がついたように見えたが、バイザーに攻撃が当たる寸前で《鉄の剣士》が束になって防いでいた。
「へえ、面白いことしてくれるな。んじゃ、俺様もそのノリに付き合ってやんよ!」
バイザーはこんな状況でも満面の笑みを浮かべて心から楽しんでいる。
喉輪は何を思ったのか、攻撃を畳みかけるチャンスなのに距離を取るように後退した。
「これはオタク魂をくすぐるシチュエーション! 奥の手があるのならば是非に!」
喉輪は純粋な好奇心で輝いている子供のような目をしている。
「盛り上がっているところ申し訳ないんだが。喉輪、今のは《重力の罠》で動かしたのか?」
「ご名答! 《重力の罠》をデクノボウの関節部分に予め仕込んでおいたでござる!」
なるほど、加護と加護を組み合わせることが可能なのは実体験で知っている。
しかし、まさか、こんな活用方法があったとは。
凄いんだけど……思いついたとしても俺ならやらない……。
「いいものを見せてもらったぜ! なら、俺様もお返ししねえとな」
大げさな無駄が多い動きで喉輪を指差すと、そのまま腕を半回転させて腰に添えた。
おそらくだが、あの動作に意味はない。
なんで対抗意識燃やしているんだ、バイザー。
「俺様は有りと有らゆる書物を読み漁り学んだが、向き不向きってもんがあってな。一番性に合ったのが錬金術だ」
錬金術。元は大昔にあった学問の一つらしいが、多くの人はマンガ、ゲーム、アニメで一度は耳にしたことがあるはずだ。
「要約すると材料さえ用意すれば、それを組み合わせて好きなように作れるってヤツだ」
俺が知るうろ覚えの知識でも錬金術はそんな感じだった。
どうやら、異世界でも定義は変わらないらしい。
「ってことで、ここに用意した新鮮な《鉄の剣士》が十体。こいつらを魔方陣の上にセットして、こんな感じで――」
突如、地面に描かれる幾何学模様の円陣。すべての線から青白い炎が溢れ、その光に照らされる《鉄の剣士》たち。
バイザーが指を鳴らすと《鉄の剣士》が青い光に呑み込まれ、体が粒子状になる。
その粒子は魔法陣の上をふわふわと浮いていたのだが、バイザーが両手を強く打ち合わせてパンッと音がすると、光の粒子が再び《鉄の剣士》の形に集まっていく。
すべての光が一つにまとめられると弾け、物質化する。
十あった体が一つにまとめられることで、新たに巨大な剣士を一体作り出したのだ。
その大きさはデクノボウよりも一回り大きい。相手がシンプルなデザインの棒人間なだけに、バイザーが創造した巨大剣士の方が強そうに見える。
「吸収合体! 名付けて……えーと、あれだ。ビッグソードマン!」
相手に合わせて即興で作り上げたのはいいが、名前は考えてなかったようだ。
「くっ、まさか敵も巨大化するとは! しかし、デクノボウは負けないでござる! いけっ、デクノボウパンチ!」
「迎え撃て、ビッグソードマン!」
巨体同士の右拳が激突した衝撃で大気が揺れる。
発生した風圧により上半身が仰け反りそうになった。
闘技場の中心で行われるバトル。今までの世界観を無視した展開だが、その迫力に思わず目を奪われる。
両者とも互いが操る巨大ロボ? ……人形の肩の上に乗ったまま戦っているが、絶対に操っている相手を直接狙おうとはしない。
弱点を晒しているどころか、二人とも降りて遠隔操作した方が実用的だよな。振り落とされないように気を配る必要があるので、本来の力を発揮できていないように見える。
「まあ、ロマンとしてわからなくもないけど」
「男の人ってバカですよね……。って、要さん! なんで観客席に戻ってるんですか⁉」
負華の隣に座って眺めている俺にようやく気づいたようで、両手を振り回して慌てている。
明もあの戦いに集中していて俺の存在を今知ったのか、珍しく驚いた顔をしていた。
「いや、だって、あの戦いに割り込めないし」
「それもそうか。下手に手を出すと巻き込まれるだけだ」
今も激しいバトルを繰り広げている二人と二体を見ながら、明が苦笑する。
ヘルムなんて食い入るように戦いを見つめているので、俺には目もくれない。
特別観客席に目をやると、ロウキは心底楽しそうに夢中で見入っている。
注目の的となっているバトルは一進一退の攻防を繰り広げていたが、現在は若干バイザーの方が押し気味に進めているようだ。
「くっ、絶体絶命のピンチでござる。拙者にもっと力があれば! こうなったら最終手段を実行するしか!」
「最終手段だとっ!」
悔しそうに顔を歪める喉輪に合わせて、バイザーが大げさに驚く。
あまりにも大げさな芝居に見ているこっちが恥ずかしくなってきた。こういうのを共感性羞恥心というのだったか。
「出でよ、金色の追加パーツ! 説明しよう! デクノボウが窮地に陥ったとき、内部のオータックエネルギーが激しく燃焼し、新たな力を生み出すのだ!」
地面に現れた無数の
あれが、喉輪の言う追加パーツなのだろう。そのパーツの一つ一つをデクノボウが拾って、自ら体にくっつけていく。
……そこは手作業なんだ。
三分後には全部のパーツを身につけ雄々しく絶つ、新たなデクノボウの姿があった。
見た目は某有名ロボットを三種類混ぜ合わせたようなフォルム。著作権に引っ掛かりそうなデザインだが異世界なので問題はない。
「デクノボウ改め、究極変身、アキバロン爆誕!」
「ここにきて最終形態だと!」
事前に台本を用意して打ち合わせをしたかのように、息がぴったりな二人。
ここまで来ると呆れを通り越して感心する。もう、好きにやってくれ。
しかし、目を引く光景だ。ロボットVS巨大剣士なんて、誰だって気になるし目を奪われてしまう。
実際、この場にいる全員の視線が釘付けになっている。
これはしばらく茶番劇が続きそうだ。
――五分後。《光の杖》を仕込んだビームが巨大剣士を貫くが、同時に放たれたロケットパンチ(自ら左腕をもぎ取って投げつけた)がデクノボウ、もといアキバロンの頭部を破壊した。
つまり、相打ちで倒れた衝撃で肩に乗っていた二人も振り落とされて、なんとか受け身を取ったようだが地面を転げ回っている。
集中力が途切れたせいで加護の制御ができなくなったのか、巨大な二体の姿が掻き消えた。
「なかなか、楽しめた見世物ではあったが、そろそろ真面目に殺し合ってくれないか」
試合が長引きすぎたのが原因なのか、見物していたロウキは飽きてしまったらしく、冷めた声で気怠そうに言い放つ。
「貴様らが時間稼ぎの茶番劇を演じているのは知っていた。そのうえで余興として付き合ってやったのだ。本気を出さぬのであれば、こちらにも考えがあるぞ」
そこまで話すと、ロウキは隣に体を向けて右腕を伸ばす。
涙はとっくに涸れ、それでも気丈に前だけを見つめていたアトラトル姫の頭を、ロウキが鷲掴みにした。
「さあ、さっさと殺し合え。手を抜いたと判断した瞬間に……そうだな、姫の指を一本ずつ千切っていくことにするか」
ゲスな笑みを浮かべ、右手は頭を掴んだまま、左手はアトラトル姫の指を撫でている。
「今時、そんなベタな台詞を口にする悪役がいるなんてな」
戦いの場に戻っていた俺は壁際で見物を決め込んでいたが、最低な言動で俺たちを脅すロウキに向けて侮蔑の態度を隠そうともしなかった。
「貴様は自分の立場がわかっていないようだ。つまり、姫がどうなってもいいと」
凄みを利かせて睨みつけているが、面倒そうに頭を掻きながら相手を見返す。
「どうぞ。好きにしたら?」
俺の言葉が意外だったのかロウキの頬がヒクついている。
驚いているのは仲間たちも同じようで、呆気にとられた表情で俺とアトラトル姫を交互に見ていた。
「……後悔するなよ」
そう言い放つと、ためらいなくアトラトル姫の左手の指すべてを吹き飛ばす。
あまりの光景に仲間たちが目を逸らす中、俺だけは表情すら変えず微動だにしないアトラトル姫を見つめ、ニヤリと笑った。
「ど、どういうことだ! なぜ、痛みに泣き喚かない! なぜ、傷口から血が出ない!」
現状の異様さに取り乱すロウキ。
目の前の現象に理解が追いつかないようだ。このまま、黙って放置するのも楽しそうだが、あえて答えをばらす。更なる動揺を誘発するために。
「それは俺が作り出した《デコイ》だよ」
「バカな! さっきまでは間違いなく本物だった! いつの間にすり替えたのだ!」
説明を聞いても納得がいかないようで、唾をまき散らしながら怒鳴りつけている。
「そりゃ、あんたが二人のバトルに夢中になっている隙にだよ」
二人が人目を引く大立ち回りを繰り広げてくれたおかげで、周りへの注意力が散漫していた。
その隙を突いて《デコイ》とすり替えて置いたのだ。
「あり得ない! 見える範囲には探知魔法を仕掛けて置いた。何者かがそのエリアに入った瞬間、自動で伝わるようになっている!」
やはり、ヘルムの助言通りに魔法を仕込んでいたか。
迂闊に顔を出して攻撃を仕掛けなくて正解だったな。
「そりゃ、入れ替わった瞬間が見えなかったからだろ?」
「貴様、何が言いた――何いっ⁉ お前はヘルムっ! 何をする、離れろ‼」
突如、観客席の床に穴が開き、そこから飛び出したヘルムが抱きつくと同時に、ロウキの体を《雷龍砲》の一撃が貫いた。
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