第128話 ハッピー or バッド エンド
《雷龍砲》の一撃がしがみ付いたヘルムごとロウキの体を打ち抜く、五分前。
俺は巻き上がった砂埃に紛れて、観客席から闘技場内の通路へと移動していた。
それも一人ではなく、明、ヘルムを連れて。
「ワダカミよ。我々が席を立ったことにロウキが気付けば、アトラトル姫の身が危ういのではないか?」
闘技場の通路内を見回しながら、ヘルムが小声で心配事を口にしている。
「大丈夫だよ。俺と二人の代わりに《デコイ》を置いてきたから。あれだけ熱心に見物していたら気づかないはず」
近くから見ても当人と違いがわからないぐらい精密な《デコイ》。それを遠距離で夢中になっている状況だと見抜くことは困難だろう。
それに二人はずっと大人しく戦いを見守っていた。なので、静かに座っているだけの状態でも違和感はない。
「それで、どういう理由で連れ出したのだ?」
「それは移動しながら説明するよ」
明の問いに対する答えは後回しにして、まずは《矢印の罠》で移動を始める。
バイザーから事前に提供されていた闘技場の図面は頭に入っている。万が一のために逃走ルートを探す目的で図面を覚えたのだが、思わぬ所で役に立ってくれている。
闘技場の中は人っ子一人おらず静かなもので、時折、喉輪たちの戦う音が響いてくる程度だ。
「今、ロウキは二人の戦いを楽しんでいて注意力が散漫になっているはず」
「それは間違いないが。……まさか、その隙を突いて倒そうと考えているのか? ならば、止めた方がいいぞ。ロウキには魔法がある。魔法の中には感知魔法が存在しているのだ」
ヘルムの指摘を聞いて、少し作戦の変更が必要になりそうだ。
確かに俺は相手の隙を突く予定だった。しかし、それであっさり倒せるという楽観的な考えではなく、どうにか人質であるアトラトル姫を救えないか、というものだった。
「ちなみに感知魔法とはどんな魔法なんだ?」
「術者を中心として球状の不可視の膜を張る、といった感じか。そして、その膜内に誰かが入ると術者に伝わる。ロウキほどの実力者であれば、半径十メートルぐらいは範囲内と考えるべきであろう」
「感知できる場所って地面の中とかも?」
「地面であろうが障害物があろうが、感知可能だ」
最悪だ。近づくことすら困難なのか。
そんな魔法があるから、周囲に気を配らずに暢気に戦いを楽しめる、と。
一から作戦を練り直す必要がありそうだ。しかし、喉輪たちの戦いがいつまで続くかもわからないし、戦いの最中にロウキが飽きてしまう可能性だってある。
仕掛けるなら、今が好機であるのは間違いない。
「だがな、ワダカミ。我の《無効化》なら感知魔法にも引っ掛からぬぞ」
俺の肩に手を置き、自信ありげに笑うヘルム。
そうか、その加護があれば接近することも可能。
「光明が見えてきたようだが、問題はまだある。魔法を防げたとしても視界に入れば誰でも気がつく。闘技場の観客席には視界を妨げる物がない」
確かにずらっと席が並んでいるだけなので、身を隠して近づくのは不可能と言っていいだろう。
――普通なら。
「その点に関しては考えがあるよ。なあ、雪音」
俺が《矢印の罠》を解除して立ち止まると、通路にある柱の影から雪音と立挙が姿を現した。
「な、何故、二人がここに?」
予想外すぎる登場人物に戸惑う明。
ヘルムも驚いた顔をしているが声には出していない。
「宝玉のマップ機能を使えば仲間の居場所は確認できるからね」
「そうではなく、二人はダンジョン前で袂を分かったではないか。何故、今、ここに」
明の疑問はもっともだ。あの時、二人は別の道を歩むことを選んだ。
なのに、どうしてここにいるのか。理由は単純明快。
「何故って復讐のためだよ」
そう言ってヘルムを睨みつける雪音と立挙。
そんな二人の前に一歩踏み出すヘルム。
「我を倒すタイミングを計っていたのか。こうやって人気の無い場所に連れ出し、仲間と共に討つと」
抵抗する素振りを見せずに、少し寂しそうに笑うヘルム。
あの笑みに含まれている感情は怒り、悲しさ、諦め……のどれとも違う。俺には微かに喜んでいるように見えた。殺されることで女王であることを求められ続けた重圧や責務から解放されることを、彼女は望んでいるのではないか。
ふと、そんなことを思ってしまう。
「あんたは仇だけど、最後に殺すべき相手だ。今はまだ利用価値がある」
雪音の吐き捨てるような放つ言葉を聞いて、ヘルムの顔から表情が消えた。
「僕たちの仇は他にもいるだろ。死者を操り、聖夜を殺したアイツがっ!」
強く拳を握りしめ、憎悪の言葉を吐く雪音。その隣には唇を噛みしめ、今にもこぼれ落ちそうな涙を堪える立挙の姿がある。
「勇者ロウキか」
すべての原因はヘルムにあるが、聖夜や立挙の友達が死んだ直接の要因はロウキの生み出したアンデッド。
ロウキがいなければ四人は死んでいなかった。
「監視の目を欺くために、僕たちはダンジョン前で別れた。そして忍びながら要さんたちの動きを追っていたんだよ」
「なるほど、別れの際の素っ気なさが気にはなっていたが、そういうことだったのか」
明があの時のことを思い出して納得している。
俺は二人を引き留めることもせず、別れの言葉すら掛けなかった。再び出会うことがわかっていたから。
「最高のタイミングだよ。これで計画に移せそうだ」
急遽、予定していたいくつかのポイントを変更して、新たに作戦を組み立てると考えを口にする。
「明、ヘルム、雪音はこのまま勇者ロウキの足下の通路まで移動してもらう。もちろん《無効化》で感知されないようにして」
観客席はすり鉢状に並べられているので、特別観客席の真下は通路になっている。それは事前に確認済み。
「そして、三人に立挙さんの《応援》を与える。俺が合図を送ったらアトラトル姫が座っている席の真下に《落とし穴》を開けて、用意しておいた《デコイ》と交換する。宝玉を通じて合図するから聞き逃さないように」
この宝玉があれば戦闘中の喉輪とバイザーとタイミングを合わせることが可能だ。
注意を逸らすための、ド派手な演出を頼むとしよう。バイザーはロウキの命令に逆らえないが、こちらの頼みを聞くな、とは命令されていない。
俺たちと戦え、という命令のみをこなしている。ある程度の自由が利くのは、バイザーの魔法に対する強い耐性があってこそらしいが。
「その後、席に戻った俺がロウキを挑発して、相手を動揺させて隙を作る。あとは説明しなくてもわかるよね?」
ここのいるのが負華だったら、懇切丁寧にすべてを話す必要がある。だけど、この場にいるのは頭がキレる者ばかり。
この説明ですべてを察してくれた。
「僕がロウキの周辺に《落とし穴》を設置」
「まず、我が《落とし穴》から飛び出し、ロウキの能力を無効化」
「そこを《雷龍砲》で貫く」
「私は二人に《応援》して能力を底上げする」
理解が早くて助かるよ。
「素早く飛び出せるように《矢印の罠》を発射台として上向きに設置しておくから」
相手の場所は通路の壁際なので、壁に貼り付けておけば素早く上がることができる。
時間がないので移動しながらの会話だったが、目的地に到着。
罠の仕込みを終えると探知魔法の範囲外まで全員で移動して、俺だけが離脱した。
そして――今に至る。
「バカなっ! ふざけ、がはあっ! なっ、よっ! この僕が、死ぬというのか! あり得ない!」
胴体に大きな風穴が空き、大量の血が噴き出しているロウキ。
血をまき散らしながら叫び続けている。
本来なら即死で声を発することなど不可能な大怪我。それでも、この異世界で力を付けて人を超えた身体能力を手に入れたことが、彼の生を長らえさせている。
とはいえ、助かることはあり得ない。その穴の位置は心臓があった場所だから。
すべてが計画通り、と言いたいところだが《雷龍砲》の一撃はロウキだけではなくヘルムも貫いてしまっていた。
事前の打ち合わせでは《無効化》の力でヘルムには光線が通じないという話だったのだが。
ヘルムの方は既に事切れていて、その顔は穏やかで満足しているように見えた。
彼女はわざと自分への《無効化》を発生させずに喰らい、その重すぎる責任と罪から解放されたのか。
「勝手に逃げやがって!」
「卑怯者っ!」
ヘルムの死に顔を見て侮蔑の言葉を吐き捨てる、雪音と立挙。
殺したい程に憎い相手が自殺したような状況。彼女たちの心境は複雑だろうな……。
「認めぬ、認めないぞ! 僕が死ぬなんて……僕は我はこの世界の王となる男、だっ!」
俺たちから逃げるように後退っていたロウキは、観客席の手すりに背中をぶつけるとそのまま、後ろへと倒れていく。
「あっ」
と情けない声をあげて、視界から消えるロウキ。
後を追って覗き込むと、闘技場の地面に大量の血をまき散らし絶命したロウキの姿があった。
俺たちは全員闘技場の中心に降り立ち、少し離れた場所からロウキの死体を確認する。
「まともに戦えば勝ち筋のない相手だったけど、なんとか勝てたか……。誰が欠けていても、この勝利はあり得なかった。みんなありがとう」
俺が感謝の言葉を伝えると仲間は笑顔を浮かべ大きく頷いてくれた。
「私は何もしてない気もしますが、礼には及びませんよ!」
確かに負華は直接戦闘には関わってないが、その明るさと存在に助けられた。
「いや、充分に役立っているよ」
「ツッコミを期待していたのに、褒められると、なんか照れますね」
頬を赤らめて頭を掻いている負華。
そういや、負華を素直に褒めることなんて滅多になかったな。
「いちゃいちゃは、夜にベッドの上でやってくれや。今はロウキの確認をしねえと。俺様の支配も切れているから死んでいるはずだが」
バイザーが死体の傍らで跪いて脈を取っている。
そうだった、油断は禁物。日本での常識を異世界の基準にしてはならない。何があるかわからないのが、この世界だ。
「念のために《雷龍砲》で跡形もなく消滅しておこう」
「そうだな。それがいいんじゃねえか。死者の王になるとかほざいていたからな。念のためのダメ押しは――」
振り返りいつもの軽い口調で同意していたバイザーの言葉が途切れる。
バイザーのおどけていた表情が一変して目を見開くと、その視線が胸元へと向けられた。
釣られるようにして視線を下に向けると、その胸の中心から血塗られた手が生えている。
「ふはははははは、我は叶った! 最後のピースである我の死と、大量の魔力。あははははは、感謝、感謝するぞヘルム! 共に死んでくれて! 手間が省けたぞ!」
貫いたバイザーはそのままにゆっくりと立ち上がるロウキ。
右手にバイザーの死体をぶら下げたまま、ロウキは天を仰いでいる。
全身からは漆黒の煙があふれだし、足下に広がっていた血は意思を持つように蠢き、地面に図形や記号を描いていく。
「これは魔法陣か⁉」
ロウキを中心として描かれる血の魔法陣から逃げるように俺たちは距離を取る。
その際に《矢印の罠》を二つロウキの足下に置く。強敵を倒してきた股裂きの刑だ。
罠が発動してロウキの足が左右に分かれるが、足の付け根から両足が千切れ飛び地面を滑っていく。
それでも意にも返さず天に向かい狂ったように笑い続けている。
宙に体が浮いたまま血を垂れ流し、歓喜の表情で哄笑する異様な姿に、俺たちは目が離せないでいた。
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