第121話 喉輪、たった一人の防衛戦 その2
突如現れたのは身長が低めで、がっしりとした体型をした男だった。
黒のTシャツに迷彩色のカーゴパンツにブーツという出で立ち。そして見覚えのある顔。
まさか、こんな場面で彼と再び相見えることになるとは。
「なぜ、神速の勇者である
拙者が問いかけると無言で《ブロック》を蹴りつけるために掲げていた足を下ろした。
そして、肩をすくめると小さく息を吐く。
「状況からしてわかるだろ。あんたらを殺しに来た」
予想していた答えの一つではあったが驚きが隠しきれない。それでもなんとか動揺を押し殺して平然を装う。
「何故に? 我々とは友好的な関係であったはずでござる」
西の国とは敵対関係にある間柄だが、神速の勇者である刃紅牙殿と再生の勇者、
リヤーブレイスとの戦いでは協力までしてくれた間柄。なのに、今になって敵対する意図が掴めない。
「すまねえが、こっちも色々と事情があってよ。恨むな、なんて言わねえ。好きなだけ恨んでくれて構わねえから、死んでくれや」
自嘲するような薄笑いを浮かべると同時に姿が掻き消えた。
高速で周囲を移動しているようで、残像は見えているが目で追える速度じゃない。
時折、激突音と振動が伝わってくるのは、周囲を防御している強化ガラス製の《ブロック》を蹴りつけた際に生じる衝撃。
今のところ《ブロック》の強度が勝っているが、既にいくつも亀裂が入っている。
このままでは一分も持たないだろう。何か訳ありで話し合いの余地はあるのかもしれないが、それどころではない。
疑問が消えないまま戦闘に突入してしまったが、まずは身を守る為にも相手を撃退する必要がある。
手を抜いて戦っていい相手ではない。どんな事情があるにせよ、全力で撃退しなければ倒されるのはこっちだ。
更に《光の杖》を増やして、移動場所を先読みして放ってみるが……かすりもしない。それでも諦めずに数発撃ち込むが虚空を薙ぐだけ。
光線がいくら早くても、拙者の目が相手の動きを捉えられなければ意味がない。
「無駄だぜ。本気出したオレを狙い撃つなんて芸当は誰にもできやしねえ」
刃殿の声はするが高速移動しながらなので、どの方向から聞こえてきたのかすら判断できない。
亀裂が徐々にガラス全体へと広がっている。あと数発で完全に破壊される。その前になんとかしなければ。
「手間取らせないでくれ。こっちには時間の猶予もねえし、あんたを苦しませたくもねえ」
拙者を気遣うような発言だが、自分が負けることは少しも考えていないようだ。
それもそのはず、こちらの攻撃はすべて外れ、相手の蹴りは着実に《ブロック》へとダメージを蓄積している。
誰の目から見ても圧倒的に有利なのは刃殿で間違いない。
逆境でこそ、人は輝ける。漫画、アニメで学んだことの一つ。
絶体絶命のピンチ。
死中に活を求める。
――夢にまで見た最高の見せ場じゃないか。ここで奮い立たなければオタクは名乗れない!
考えろ、考えろ。今まで物語から何を学んできたんだ。起死回生の策を思いついて大逆転が醍醐味だろ!
強化ガラスが破壊されていく音が焦りを誘発するが「これは場を盛り上げるための演出、演出でござる」と自分を強引に騙し、頭を高速で回転させる。
……一つだけ妙案を思いついた。悩んでいる時間すら惜しい。やらずに後悔するぐらいなら、やって後悔した方がマシだ。
何処に何をどう配置するかを一瞬で頭に思い浮かべて、それを実体化するために強く念じ発動する。
次々と《ブロック》が現れ、思い描いた通りに置かれていく。
「おっと、それで逃げ道を防いだつもりか? てめえの逃げ道もなくしちまったんだぞ」
目視で状況を確認したのだろう、刃殿の小馬鹿にする声がした。
拙者を中心として刃殿ごと取り囲むように《ブロック》の壁を配置し、更にその上を完全に《ブロック》の天井で覆う。外から見れば円柱の建物に見えるはずだ。
直径十メートルの円形の室内に拙者ごと閉じ込められる形になった刃殿だったが、その声からは焦りは感じられない。
「何をしたいのかは知らねえが、このまま一気に倒せば同じ事だっ!」
強化ガラスにぶつかる音が更に大きく激しくなる。
決断が早い。こちらが仕掛ける前に倒せばいいと判断したのか。
交渉する猶予はない! ならば、実行して物理的に黙らせるのみ!
「材質変化!」
口にする必要はないのだけど、あえて大声で言い放つ。それが男の……オタクとしての流儀だから!
「なっ⁉」
異様な光景を目の当たりにした刃殿の驚く声がして攻撃が止む。
外の様子を確認するために目元の《ブロック》だけは強化ガラスのままだが、それ以外の《ブロック》はすべて材質を変化させた。
「そこら中にオレがいる……これは鏡か!」
今、三百六十度、ぐるっと見回せる範囲のすべてに刃殿が映し出されている。
「そう、全部鏡に変えました。刃殿、負けを認め降参してくれませぬか?」
これで準備は整った。あと一手加えるだけで勝敗が決する。
勝ちを確信した拙者が提案をすると、刃殿は「はっ」鼻で笑った。
「何を言ってやがる。こんなのただの虚仮威(こけおど)しじゃねえか。オレがこの世界の住民なら、びびるかもしんねえが、ただの鏡だろ。こんなの蹴りで一発だ」
確かに神速の蹴りを放てば一発で粉砕可能。
だけど、これは防御を捨てて攻撃に特化したスタイル。
「聞き入れてはもらえぬと? 死んでも恨まぬように」
「あんたに攻撃を仕掛けた時点で殺される覚悟は終了してるっての」
その言葉を聞いて迷いを吹っ切れた。
彼が守護者である我々のようにデスパレードTDをクリアした者なら、現状のヤバさに気付いただろう。だが、彼は同じ日本人ではあるが、タワーディフェンス好きの同志ではない。
「残念でござるよ。発射」
《光の杖》を三本新たに配置すると光の幅を細くなるように調整して、刃殿は狙わず《ブロック》の鏡面に向かって発射した。
「何処に向けて――なっ、何っ⁉ 光が反射してっ! うううおおおおおおぉぉぉぉっ!」
覗き穴代わりにしていた目元の《ブロック》も鏡に変えて、暗闇の中で音だけを拾う。
何かが貫く音と大きな悲鳴だけが聞こえていたが、十秒も経たないうちに何も聞こえなくなった。
鏡から強化ガラスに戻し、外の様子を確認する。
全身にいくつもの穴を開け血まみれで転がる、刃殿の姿があった。
鏡面に反射した光に四方八方から襲われては、いくら俊敏さが自慢の彼でも避ける術はない。
できるだけ殺さないように威力と光線の大きさを絞ってみたが、もう長くはないだろう。大量の出血に荒い呼吸。医者でなくてもわかる。この状況で助かる術はない。
普通なら即死状態だが、勇者としてこの世界で鍛え上げられた体が辛うじて命をつなぎ止めている。
すべての《ブロック》を消滅させて、彼の元へと歩み寄った。
「刃殿、何か言い残すことはありますか」
反撃の可能性はないと判断して、近くで膝を突くと耳を傾ける。
言動から察するに何か裏があって仕方なく敵対したようだった。理由は不明だが、このような凶行に走った理由があるのなら知っておきたい。
ただ、大まかな見当は付いている。
刃殿は最後の力を振り絞って伸ばした手を拙者は力強く掴む。
血の気の失せた顔色だが、その瞳には今もなお強い意思の光が見える。
「完敗だ……。すまねえな、要にも謝っておいて、くれ。あと、美空をロウキの手から……助けて……やって、くれ。こんなことを、頼めた義理じゃ……ねえのは……」
そこで事切れると、掴んでいた手の力も失われる。
何か事情があるのは予想していたが、今の言葉ですべてを理解した。彼のパートナーである鞘美空殿が人質に取られていたとは。
彼女は体を両断されても再生する加護を所有しているので殺される心配はない。だが体が死ななくとも心や尊厳を傷つける手段はいくらでもある。
勇者ロウキは彼女を捕縛して刃殿を手駒にした。たった一度しか遭遇していない相手だが、彼ならやりかねない。そう思わせる危うさと傲慢さがあった。
愛する人を人質に取られ、自分の意思に反して敵対する。
――漫画、アニメでは定番の展開。そういうシチュエーションはむしろ好物で、設定が重ければ重いほど心が揺さぶられる名作だ、なんて絶賛していた。
だけど、実際にリアルで目の当たりにすると……心が締め付けられる、なんて表現が生ぬるく感じるほどに、心が痛い。
彼の悔しさと憤りが伝わり、手が、体が震える。
「さぞ、無念だったでござろう……。その願い聞き入れましたぞ。刃殿の無念、晴らさずにおくべきか」
仲睦まじい高身長差カップルだった二人。
拙者は独り身だからこそ、相思相愛の二人がとても羨ましく、眩しく見えた。
《ブロック》を操作して棺を作り出すと、そこに刃殿の遺体を横たわらせる。カッと目を見開いたままの目蓋を閉じさせると、棺の蓋を閉める。
何度か深呼吸をして高ぶる気持ちを落ち着かせると、現状の確認をした。
敵の姿はない。
ダンジョンへ逃げてくる国民の姿もない。
入り口は鉄の《ブロック》で覆っているので安全は確保されている。
「拙者がここにいる必要はもうないはず。ならば――」
どうするべきか。選択肢は二つ。
魔王城へ向かった要殿たちを追うか、何処かに逃げた雪音殿たちの後を追うか。
「考えるまでもござらんか」
実質、選択肢は一つ。
一切の迷いなく、魔王城へ向かい全力で駈けていく。
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