第120話 喉輪、たった一人の防衛戦 その1

「皆の衆、必ず生き残るでござるよ……」


 立ち去る仲間の背に向かって呟く。

 肩上殿、草摺殿、具足殿は魔王城へ向かい《矢印の罠》で地面を滑るように移動している。かなりの速度が出ているのであっという間に姿が見えなくなった。

 かなり危険な状況であるのは間違いない。無事に帰ってくるのを祈るばかりだ。


「じゃあ、僕たちも行くよ。喉輪さん、いざとなったら見捨てて逃げて。こんなヤツらの為に死ぬことなんてないんだから」

「そうですよ。殺し合いに加担した連中を助ける意味がわかりません」


 佩楯殿と立挙殿は逃げ惑う魔王国の住民を冷めた目で眺めながら、本音を口にしている。

 二人の気持ちは痛いほどわかる。大切な人を彼らのせいで失ったのだ。仇を助ける義理なんてなくて当然だ。


「まあ、そうでござるな。しかしながら、皆は優しいですから。肩上殿たちだけではなく、お二人も」


 肩上殿たちは見捨てたことをずっと後悔して生きていくことになるだろう。目の前の二人は完全に割り切っている……ような態度だが本音は違うはず。

 直接手を下して決断をした女王ヘルムやリヤーブレイスに関しては見捨てたところで罪悪感はない。それは拙者も同じ。だけど、力なき傷ついた民や担当していた関わりのある職員たちを見殺しにするのは話が別だ。

 仲間は皆、心根が優しい人ばかり。彼らの迷いをなくし重荷を少しでも軽くするには、誰かがここを守る必要がある、と判断した。

 そして、適任なのが拙者だと。


「喉輪さんが何を言いたいのか意味不明だよ。こんなヤツらを庇って死んだら、絶対に後悔するよ」

「そうです。今からでも一緒に逃げませんか」


 二人から差し出された手。なんて魅力的な誘惑だろう。

 この手を掴み共に逃げたところで、ダンジョンに隠れている魔王国の住民に恨まれるいわれはない。

 だけど――


「ありがたい誘いではござるが、拙者はここに残ると決めたのですよ。男子たる者、一度口にした言葉は曲げませぬ」


 某アニメ主人公の名言を借りて、きっぱりと断る。


「そっか。……あいつらはどうなってもいいけど、喉輪さんには生き延びて欲しいから守れることを祈っているよ」

「残念ですけど、頑張ってください」


 手を引っ込めた二人が真剣な眼差しで拙者の顔を見つめている。

 また揺らぎそうになる感情を押し込めて、無理矢理にでも笑顔を作った。


「拙者、この戦いが終わったら結婚するでござるから! そうそう、これを預けておくので次に会った時に返して欲しいでござる」


 ずっとポケットに忍ばせていた、お気に入りのキャラ缶バッチを佩楯殿に託す。

 戸惑いながらも受け取ってくれた。これで心置きなく戦えそうだ。


「その死亡フラグを連立させるのやめようよ」

「ふっふっふ。最後になるかもしれぬので。やりたいこと、言いたいことはすべてやっておかねば!」


 拳を握りしめて力説すると、二人が呆れ顔で笑った。


「別れは笑顔であるべきでござるよ。お二人ともお体に気をつけて」

「うん。喉輪さん……じゃあ、またね」

「では、後ほど」


 佩楯殿は背を向けて手を振り、立挙殿は深々と頭を下げて立ち去っていく。

 二人の姿が見えなくなるまで振り続けていた手を下ろし、大きく息を吐いた。

 こんなやり取りをしている間も次々と魔王国の住民がダンジョンに逃げてきていたのだが、もう生き残りがいないのか人波が完全に途切れた。

 さっきまでの怒号、悲鳴、叫びが完全に聞こえなくなる。

 深夜の静寂の中に微かに聞こえるのは――複数の足音。それも何百もの。

 辺りを見回すとダンジョン前には兵士と関わりのあった職員たちが何名か残っている。


「ここは拙者に任せるでござる。巻き込まれないように、皆の衆はダンジョン内に批難してくだされ」


 拙者が大声で指示を出すと兵士は敬礼をして、職員たちは頭を下げてからダンジョンへと消える。

 闘技場での戦い振りを目の当たりにした影響が大きいのだろう。あっさりとこの場を任して引き下がってくれた。

 これで独りぼっちだ。


「ソロ防衛。タワーディフェンスでは基本ですが、いざとなると中々に心細いものでござるな」


 一人なのだからこの口調を止めてもいいのはわかっているが、守護者として振る舞い続けるには必要な行為。

 《ブロック》をダンジョンの入り口に並べ重ねて、誰も出入りできないように蓋をする。材質は鉄に変えたので、そう簡単には破られないだろう。

 これで防衛戦に集中できる。

 《光の杖》を三本設置。更に《マキビシの罠》を周辺にばら撒く。

 ダンジョン前は広場になっていて、少し離れた場所に店が並んでいる。背後は切り立った崖なので前方と側面にだけ注意を払えばいい。

 緊張と若干の興奮で握りしめた手が汗で濡れる。

 正面を見据えたまま深呼吸を繰り返す。

 焦るな、恐怖するな。喉輪史上、最大の見せ場が今。

 無観客なのが少し残念だけど、この思い出は一生の宝物として自分のメモリーに記憶しておこう。


「生き残れば、だけど……で、ござる」


 無数の足音が徐々にハッキリと大きく聞き取れるようになってきた。

 自分の頬を挟むようにして強く叩いて気合いを入れ直すと、視界に飛び込んできた人影の姿を確認して《光の杖》から光線を放った。

 胸に大穴を開けられ鮮血をまき散らしながら崩れ落ちる複数の兵士。

 鎧は東の国の兵士が着ていた金属製の全身鎧ではなく、無数の金属片を服に縫い付けたスケイルメイルを着用していた。おそらく、西の兵士だ。


「ふぅぅぅぅ」


 鎧を着た人間だと確認した上で放った一撃。

 殺人行為による動揺はほとんどない。前に闘技場で彼を殺した経験が生きているようだ。


「もう、普通のオタクには戻れぬでござるな」


 自嘲気味に呟くが、素早く気持ちを入れ替えた。

 反省も後悔も恐怖もすべて後回しだ。今は守り抜くことだけを考えろ。

 仲間をあっさりと殺された兵士たちの足が止まっている。ざっと見た感じだが視界に映るのは二十を超える兵士。

 だが、それはさっきまでの話で次々と兵士が現れ、瞬く間に百を超えた。

 腰が引けた兵士たちは一定の距離を保ったまま近づいては来ない。兵士たちの顔に怯えの色が見える。


「何をしている! それでも勇敢なるエルギルの兵士か! 相手が守護者であろうがたった一人、数で押しつぶせ!」


 兵士たちの後方から現れた、くすんだ金色のスケイルメイルを着た上官らしき人物が檄を飛ばしている。命令に従い、盾を構えた兵士たちが一列に並んでじわじわと距離を詰めてきた。


「エルギル、つまり西の国の兵士でござるか」


 地面にばら撒いた《マキビシの罠》を剣や槍で払いながら進んできている。吉原殿が《マキビシの罠》を役立たずだと嫌悪していた気持ちが今になってよくわかる。

 このまま黙って見守っていては不利になるだけなので、再び《光の杖》を起動して盾ごと前衛を貫いた。

 光線はかなりの威力で、盾、鎧、人体を貫通。更に後ろにいた兵士にも深手を負わせる。

 一人なら軽く貫き、更に二人から三人を巻き込める威力。


「吉原殿に感謝せねばなりませぬな」


 拙者の《ブロック》だけだったら時間稼ぎが関の山だった。

 容易く人を葬る光線に恐れを成した兵士たちだったが。


「貴様ら! 退くことは許さぬ! 一歩でも下がった者は反逆者としてこの場で処刑をする!」


 上官からの更なる叱咤と脅迫により、絶望の表情を浮かべた兵士たちが「うああああああっ‼」と奇声を上げて突っ込んでくる。

 《光の杖》三本程度では処理しきれない物量。鬼気迫る表情で押し寄せてくる兵士たちを目の当たりにしたら、普通の人なら怖じ気づくだろう。

 だけど、残念ながら拙者たちはもう普通の人ではない。

 《ブロック》をダンジョンの入り口を中心にして扇状に配置。それも、膝上ぐらいの高さに大きさを調整して。

 普通の大人なら軽く乗り越えられる高さだが、鎧を着た状態だとかなり苦戦する。

 実際、足が止まりなんとか乗り越えようと必死だが、ブロック塀の上にはずらりとマキビシを並べておいた。


「うがっ!」

「くそっ、邪魔だっ!」


 怒号が飛び交い動きが止まったところに光線が突き刺さっていく。

 タワーディフェンスにおいて、罠同士を組み合わせて相手をはめるのは基本中の基本。見事なまでにハマってくれている。


「ええい、弓だ! 矢を放て!」


 業を煮やした上官が後ろに控えていた弓兵たちに指示を出す。

 大きな盾を構えた兵士たちの後ろにずらりと弓兵が並び、一斉に矢を放つ。

 《ブロック》を並べれば容易に防ぐことが可能なので、自分を取り囲むように配置した。

 カンカンと固い者同士がぶつかる音が響く。


「ヤツが防いでいる内に一気に攻めろ。視界が妨げられていてはあの光線も放てまい!」


 怒鳴り散らす上官は無能なように見えて意外と考えている。

 《ブロック》なら矢程度はいくらでも防げるが、その間は《ブロック》が邪魔で前が見えない。


「少し前までなら有効な手段だったでござるが」


 ブロック塀をなんとか乗り越えた兵士たちが次々と光線の餌食となる。


「ええい、適当に放っているだけだ! 怯むな!」


 焦りながらも叫ぶ上官の声に従う兵士たちだったが、光線は一発も外れることはない。

 それもそのはず、こちらからはハッキリと見えているから。

 《ブロック》を解除したわけじゃない。今も拙者の周りはしっかりと覆われている。ただ顔付近の材質を強化ガラスに変更しただけ。


「あの空いている箇所を狙え! 顔の辺りだ!」


 相手からだと《ブロック》防壁の一部分に穴が開いているように見えたのだろう、いくつもの矢が強化ガラスにぶつかっては弾かれる。

 わざわざネタばらしをする必要もないので粛々と倒していき、最後に残った上官の頭を吹き飛ばした。


「これにて一件落着でござるか」


 目を凝らして辺りを見回すが、このままでは見通しが悪いので《ブロック》をすべて強化ガラスに変更した。

 無数の死体が転がっている。一番近い死体でも五十メートルは離れた位置でうつ伏せに倒れていた。

 完勝と言っていい勝ちっぷり。

 耳を澄ましてみるが夜風で木々のざわめく音がするだけ。


「はあああぁぁ。流石に疲れたでござるな」


 大きく息を吐いて深く息を吸うと、血の臭いが流れ込み気分が悪くなる。

 これで終わりとは限らない。さてと、ひとまずアレをやるとしますか。


「そこにいるのはわかっているでござる! 隙を突くのは無駄でござるよ!」


 暗闇に向けて大声で怒鳴る。

 しばらくの沈黙が続くが、拙者は気を抜かずにその時を待ち続けた。

 一瞬、視界の隅で何かが動いた気がした、と思うと同時に右側面から激突音が響き、強化ガラスにひびが入る。

 引っ掛かったな。なんの根拠もなかったけど、こういう場面で定番の台詞を叫んだのは正解だったようだ。

 視線を向けると、回し蹴りを放ったポーズのままニヤリと笑う小柄な男――神速の勇者、紅牙と目が合った。

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