第119話 どれを選ぶか

 城下町が燃えていた。

 ここからはまだ距離がかなりあるというのに、吹きつけてくる風が熱い。

 現状は不明なままだが、あの燃えさかる炎を見れば切羽詰まった状況なのが嫌でも理解できた。

 詳しい話を訊こうにも兵士たちは人々の誘導で忙しい。逃げてくる者もそれどころじゃない。

 今後どうするか、どうすべきか、いくつもの選択肢が頭に浮かぶ。


「まずはここから少し離れて状況の確認――」

「あーっ、ワダカミっちじゃん! 良かったー、無事だったんだぁ」


 聞き覚えのある声がしたので視線を向けると、大きな胸を揺らしながら俺に向かって激走する女性がいた。

 そして、俺の目の前まで来ると勢いのまま抱きつく。


「連絡が取れないからびびってたんだー。大丈夫、怪我はない?」


 抱きしめていた腕を放すと、俺の体をなで回して怪我がないか確認している。

 そんな彼女――サキュバスのポーは制服姿なのだが、そこら中が煤で汚れていて露出している手足にいくつもの火傷の跡があった。


「心配をかけて申し訳ありません、大丈夫ですよ。それよりも、ポーさんとルドロンさんの方が」


 少し遅れて駆け足で近づいてきたルドロンも同様に体が煤まみれだ。

 更に後方からは制服姿のサキュバスや職員が続いている。仲間たちの担当をしていた職員の姿もあった。


「我々はなんとか城から脱出できました。女王ヘルム様が手引きをしてくださったので。非戦闘員である我々は足手まといになるから、ダンジョンにしばらく隠れるようにとお達しがありました」


 ルドロンの話を聞いて、彼女たちがここにいる理由に合点がいった。

 だが、現状に対する疑問が払拭されたわけじゃない。大事なのはここからだ。


「俺たちがダンジョンに潜っている間に何があったか、教えてもらえますか?」

「はい……実は西と東の国が同時に攻めてきました。それも今までにない大規模な攻撃を仕掛けてきて」


 片方の国ではなく同時攻撃なのか。これは、想定していた中で最悪の展開だ。


「それも守護者の皆様がいないタイミングを見計らって。おそらく、内通者がいたのでしょう」


 後半部分は俺だけに聞こえるように耳元へ口を近づけて囁くルドロン。

 今逃げてきた職員の中に話題の内通者がいる可能性を考慮したのだろう。


「それでね、西と東の砦落とされちゃって。あと、さ……二人の守護者も倒されて、ね」


 話に割り込んできたポーが悲しげに目を伏せる。

 地上に残っていた守護者の二人は死んでしまったのか。少し言葉を交わした程度の相手だが、同郷の者として冥福を祈った。


「でさ、東西からの挟撃であっという間に王国内が蹂躙されて、数時間前に城下町が襲われてなんとか抵抗しているところなの! だから、ワダカミっちたちは魔王城に向かってヘルム様を助けて欲しいんだ! お願い! あちしでいいなら何でもするから!」


 涙目ですがりつくポーをじっと見つめる。

 今、俺はどんな顔をしているのだろう。同情しているのか、それとも無表情で冷たい視線を注いでいるのか。

 ヘルムを助ける義理はない。この国が滅んだところで心は痛まない。……いや、違うな。

 ボロボロの姿で逃げてきた魔王国の住民を見て、同情している自分がいる。

 だけど、まだそれだけなら冷たくあしらい見捨てることも可能だった。だけど、ポーやルドロンといった接点があり助けてもらった恩義がある彼女たちを見ていると、心がざわつく。

 情に流されて彼女たちを助けるにはデメリットが大きい。そんな危険な賭けに大切な仲間を巻き込みたくない。


 最優先事項を忘れてはならない。俺が本当に守りたいのは仲間だ。

 頭ではそう割り切っているつもりだった、だけど必死に懇願するポーを見ていると、迷いを吹っ切ることができないでいる。

 自分でも判断がつかない。彼女たちを見捨てて逃げるべきか、ここで守るべきか、それとも城に向かうべきか。

 深呼吸を繰り返し冷静な判断力を得ようとしたが、呼吸をする度に焼けた空気の匂いが思考の邪魔をする。

 そんな俺の頬に冷たい手が添えられた。

 地面に向いていた視線を上げると、微笑む負華の顔が目の前にある。


「要さん。自分がやりたいようにやればいいんですよ! いいですか、何を選ぼうと結果が悪かったら絶対に後悔するんです! 間違った選択をしても上手くいけば、結果的になんかよかったなーって思っちゃうのが人間です。どうせ後悔するなら、失敗したときに少しでも罪悪感が薄れるように、やりたいことをやるべきです! あと、あと、私や仲間を頼ってください!」


 負華の力強い助言を聞いて、感心するよりも呆気にとられる。


「……乙女ゲーでそんなシーンあった?」

「バスケ部の物語で監督がこんな感じのことを語ってました!」


 胸を張ってドヤ顔で返す負華。

 彼女のおかげで頭の中にあった靄が晴れた気がした。ありがとう。

 うだうだ考えるのはやめだ。悩んだなら自分一人で抱え込む必要はない。負華が言うように俺には大事な大切な頼れる仲間がいるのだから。


「よっし、今後の行動を決めよう! 俺たちにはいくつか選択肢がある」


 声を張り上げて仲間たちの注目を集める。

 ポーやルドロンは離れずにこの場にいるが、このまま話を聞いてもらおう。彼女たちも共に戦った仲間なのだから問題はない。

 右腕を真っ直ぐ前に伸ばし、握りこぶしの人差し指だけを立てた。


「一つ、全力でこの場を離れて安全な場所まで逃げる。本来なら敵が何処にいるかわからない状況で逃げるのは危険を伴うが、《矢印の罠》を使えば見つかったところで振り切れる」


 全員が真剣な表情で黙って聞いている。

 その姿を確認してから次に中指を立てて、話を続けた。


「二つ目はこの場に残りダンジョンを守る。ここはかなり守りに適している立地だ。後方は山だから前方にだけ気を配ればいい。タワーディフェンスにおいて大事なのは進軍方向を絞ることだから。それにいざとなればダンジョンに逃げ込んで、通路に罠を仕掛ければかなり有利に事を運べる」


 実際、俺たちが本気で守りに集中したら、どれだけ敵が来ようが守り切る自信がある。ただし、東の勇者は除くが。

 ここで一息吐いてから、薬指を立てた。


「最後の三つ目は魔王城に向かう。ヘルムを助ける……というよりは日本へ帰るためにあの装置を守る必要がある。ただし、一番難易度が高い。敵は東西の兵士たちに加え東西の勇者。ヘルムと協力すれば勝ち目はある、と思いたいけどオススメはできない」


 俺がそう言うとポーとルドロンの表情に陰りが差す。

 二人には悪いが言葉を濁さずに正直な意見を口にした。

 ずっと黙って聞いていた仲間たちだったが、沈黙の中で口火を切ったのは雪音。

 その顔は無表情で話す言葉からも感情が伝わってこない。


「僕は……この国の住民を守る義理も義務もない。だから逃げるべきだと思う。あの施設を守るのも大事だけど、それは奪われた後に奪い返すこともできるでしょ。なら、まずは僕たちが助かることを最優先にするべきだ」


 きっぱりと断言する雪音。


「私もそう思います。怨みしかない相手をなんで命懸けで助けないといけないんですか! おかしいですよね! 私たちを騙して散々利用してきて、危なくなったら助けてって……ふざけんじゃないわよ!」


 髪を振り乱し、荒い言葉で吐き捨てるように感情を吐露する立挙。

 その言葉を聞いてポーとルドロンは目を伏せる。彼女たちは命令に従っただけで、反省して俺たちに手を貸してくれたが、騙して殺し合いに加担していた……という事実が消えることはない。

 そんな立挙の肩を抱き寄せる雪音の瞳には炎が宿っている。彼女たちの憎しみの炎は消えることなく、町を燃やす炎よりも熱く激しく燃えているのだろう。


「二人の気持ちは理解できるが、それでもあえて言わせてもらうなら、魔王城に向かうべきだ」


 真っ向から反論を口にしたのは明だった。

 その言葉を聞いて俯いていたポーとルドロンが顔を上げて、驚いた表情で見つめている。


「ただ、勘違いをしないで欲しい。ヘルムを助けるためではなく、あくまで日本に帰る手段を奪われないようにするための行動だ。あの施設に籠もりながら戦えば、東の勇者も迂闊には手を出せまい」


 確かに勇者たちも日本へ帰る術を求めているなら細心の注意を払うはず。破壊力のある魔法を放つなんて真似はしないだろう。

 無謀にも思えた提案だったが、勝算があると判断した上での発言だった。


「それにあそこを確保すれば交渉でも有利に立てる。魔王ヘルムだけではなく、他国の勇者に対してもだ」

「明の意見はわかった。負華はどう考えているんだい?」


 ここで話を振ると、自分を指差して口をパクパクさせていた。

 あの目は「このタイミングで私に?」と文句を言っている。目は口ほどにものを言う、とはよくいったものだ。


「えっと、要さんの判断に従います!」


 きっぱりと潔く断言したな。予想していた通りだけど、こんな状況でもその方針はぶれないのか。


「俺は最後に言うつもりだったんだけど、喉輪が先に言うかい?」


 未だに判断を口にしていないのは俺と喉輪だけ。

 そこで話を振ってみたのだが、喉輪は黙って頭を振って右手を差し出し、先にどうぞと促す。


「じゃあ、俺の意見だけど。魔王城を守りたい。といっても死守する気はないから。なんとか防衛して女王ヘルムに恩を売り、敵対する勇者たちと交渉する権利を得たいと考えている。それに――タワーディフェンス好きなら城を守るシチュエーションに興奮しないか?」


 最後のは余計かも知れないが、緊張をほぐすためにあえて言ってみた。

 その言葉を聞いた瞬間、仲間が苦笑して表情が和らぐ。


「もう、要さんはこんな状況でもタワーディフェスバカなんだから。でも、ラスボス戦は城をバックに派手にやったら爽快だよね! 私は要さんについていきます!」


 負華は前言通り俺側に付くようだ。

 雪音、立挙は逃走。

 俺、明、負華は魔王城の防衛。

 残るは喉輪のみ。彼が何を言うのか全員の注目が集まっている。


「そんなに見つめられると照れるでござるよ。拙者は……ここを死守するでござる。このダンジョンを」


 一人異なる考えを表明した喉輪に対して言葉が出なかった。

 まさか、第三の選択肢を選ぶとは。


「皆の衆、驚きすぎではござらんか。各々の意見を聞く前からずっと考えていたのでござる。城を守るにしろ逃げるにしろ、この者たちを見捨ててしまえば心苦しさが残るのではないかと」


 それは正直、危惧していた。

 魔王国の住民で魔物だとはいえ、傷つき怯えた者たちを見捨てることは心が痛む。

 特に世話になったポーやルドロンや見知った連中を見殺しにする後ろめたさは……あった。

 余計なことを考えないように頭から振り払おうとしていた。それでも、この場にいるポーたちを見ていると心が揺らいでしまう。

 成すべき事を成すべきだ、と頭では理解しているが感情が邪魔をする。

 だから、喉輪の決断を聞いて驚きはしたが、同時にほっとしている自分も存在していた。


「貴殿らは優しいでござるからな。それに、このシチュエーションはあの台詞を言う絶好の機会ではござらんか!」


 歓喜の表情で天を仰ぎ、状況と自分に酔いしれている喉輪。

 発言内容に嘘はないのだろうが、俺たちを気遣っての行動であるのは間違いない。それぐらいはわかるよ、生死を共にした仲間なのだから。

 なら、俺の言うことは決まっている。


「ここは任せたぞ喉輪。生き残れよ。また必ず会おう」

「ほほう、死亡フラグがビンビンに立ちまくっているでござるが、ここまで露骨にお膳立てすると逆死亡フラグに変化しますからな。わかり申した。必ずまた、会いましょうぞ! では……ごほんっ! ここは拙者に任せて行くでござる!」


 俺が差し伸べた手を強く握り返す喉輪。

 ただの茶番劇に見えるかも知れないが、これで今生の別れとなるかもしれない。それを互いに理解した上で、同時に笑ってみせた。

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