第118話 後の祭り

 ダンジョンの天井を《落とし穴》でぶち抜いて上っていくという強硬手段を実行した。

 さすがに《落とし穴》一つでは長さが足りずに、三つ重ねることで天井兼、上の階層の床を貫通することに成功。

 あとは《ブロック》を穴の縁まで縦に並べて側面に《矢印の罠》を貼り付けて移動。

 想像よりも上手くいき、一階層につき五分もかからずに通過可能となった。

 順調とはいえ、穴の開いた先に魔物が待ち構えている可能性もあるので、穴を開けたら《デコイ》をまず移動させて安全の確認をする。そのあと、念のために俺が先に上って周囲を警戒する。

 これを繰り返していた。

 今も階層の安全を確保した後に仲間へ手招きをしたところだ。


「すっごく簡単に十階層まで戻れちゃいましたね」


 穴からひょこっと顔を出した負華が手を伸ばしているので、掴んで引っ張り上げる。


「何度か魔物に遭遇したけど、驚いている隙に倒せるからあっという間だしっ」


 突然、地面に穴が開いて、こうやって人が出てきたら誰だって驚く。

 直ぐさま《デコイ》に攻撃を仕掛ける者もいたが、予め貼っていた《矢印の罠》で攻撃を逸らされ、体勢を崩したところに不意打ちか、そっと上った俺が背後から穴に突き落とす方法で、あっさりと倒せた。


「これなら、相手の時間稼ぎも無駄無駄ってやつぅ」


 穴の縁に座り込んでジャージについた土を払う負華。

 ちなみに俺たちは異世界に来た当時の格好のままに見えるが、実は今着ている服は同じデザインだけど材質がまったく異なっていて、魔物の皮を使い特殊な魔法を施しているので頑丈さが桁違いになっている。

 折角だから、異世界風の格好に着替えようかという提案もあったが、見るからに守護者とわかる格好の方が魔王国では何かと都合がよく恩恵も受けられるので、見た目は極力変えないようにしてもらった。

 あと、異世界の服を身にまとうことで迎合しているように思われるのも癪に障るので、日本人としての小さな抵抗でもある。


「確かに相手の予想に反してかなり早く帰還できるが、それでも潜る際に二週間は経過しているのを忘れてはならない」


 次に穴から顔を出した明が真面目な顔で忠告している。


「確かにそうだね。俺たちが潜って直ぐに仕掛けたとしたら……」


 敵の戦力にもよるが総力戦を挑んできたと仮定するなら、二週間はあまりにも長すぎる。

 東か西のどちらがちょっかいを掛けてきたのかは不明だけど、どちらにせよ勇者を投入して総力戦を挑んできたなら、砦は既に陥落して魔王城近くまで敵が迫っていてもおかしくはない。


「でもさ、っと。ほら、守護者が二人も残っているし、魔王国にも戦力はあるわけだし。立挙さん、手を伸ばして」

「すみません、ありがとうございます」


 穴から飛び出して優雅に着地した雪音が、立挙の手を掴んで上がるのを手伝っている。


「しかしでござるよ」


 最後に穴から出てきたのは腕組みをした状態で上ってくる喉輪だった。

 この登場シーンの演出にはなんの意味もないが、気分の問題なのだろう。


「魔王国の最大戦力であり、他国への抑止力でもあるリヤーブレイス殿は大怪我を負って療養中でござろう」


 喉輪の指摘を耳にした仲間の視線が俺に集中する。

 いや、そんな目で見られても困る。確かに両足切断の原因は俺だけど。


「女王ヘルム自ら最前線に赴くのは無理がある。敵国からすれば守護者が闘技場で半分に減り、強敵のリヤーブレイスが負傷中。更に俺たちがダンジョンに入ってしばらく出ないとなると……絶好のタイミングだ」

「自分が東か西の指導者であれば、この好機を逃すような真似はしない。西の国であれば、まだ対応も可能であろうが、東の勇者だとすれば厄介なことになる」


 明の言う通り脅威度で言えば西よりも東の国。

 圧倒的な力を誇る勇者ロウキの存在が大きすぎる。味方の犠牲をいとわず兵士を使い捨てにするどころか死者までも利用してくる。それだけでも厄介なのに一番問題なのが勇者ロウキ自身の強さ。

 圧倒的な魔力量と様々な魔法。あの時は手も足も出なかった。

 今も正面からぶつかったら……勝てる未来が見えない。


「じゃあ、西の国からのちょっかいか、すべてが気のせいで心配して損したー、ってオチが最高ってわけね」


 あまりにも楽観的すぎる意見だけど、負華が口にした展開になるのが一番望ましい。

 杞憂で済めばそれでいいのだが。


「でもさ……他の国が襲撃を仕掛けてきて魔王国が窮地に陥っていたとしても、僕たちはなんにも困らなくない? もう、この国を助ける必要も理由もないんだし」


 軽い口調で意見を口にした雪音だったが、その目は笑っていなかった。

 隣で肩を並べて座っている立挙も同じ目つきで黙っている。

 魔王国に対して怨みはあれど、救う義理なんて俺たちにはない。強制的に連れてこられて騙され、自爆の脅しをかけられて従わされていた立場だ。

 特に雪音や立挙にとっては大切な人の仇でしかない。滅んだところで何も困らないどころか、復讐心が満たされるだけ。


「気持ちはわかるが、魔王国が滅んでしまえば我々の帰る術がなくなってしまう。最低でも帰還用の装置だけは守り切る必要があるのではないか」


 感情を入れずに淡々と話す明に二人からの鋭い視線が向けられるが、意に介さず平然と受け止めていた。

 楓を日本に送り返した研究室のような場所。あそこにあった半透明の巨大な宝石のような装置が重要なアイテムで、あれが壊されてしまうと日本への帰還は絶望的になる。


「あのぅ、でもでも、勇者も日本人なら帰還に必要なアレは壊さずに確保しようとするんじゃないかな」

「あっ」


 失念していた。言われてみればその通りだ。負華はたまに鋭い意見を口にするときがある。ほんと、稀にだけど。


「今までの懸念が的中していると仮定するのであれば、敵の情報収集能力は確かなはず。ならば、日本へ戻るのに必須な装置の存在を知っていても不思議ではない。それに両国とも日本人を召喚した実績があるのを忘れてはならない。似たような施設や魔法陣が存在しているはずだ」

「前に西の神速の勇者から聞いた話だと、あっちの魔方陣は一方通行で日本に戻る方法はないらしい。アトラトル姫にも同じ質問をしたら、西と同様に戻る方法はないとの話だったよ」


 日本に戻る手段が他にあるなら、俺たちが魔王国に執着する必要がない。だから、万が一の可能性に望みを掛けて訊いてみたのだが、期待していた答えは返ってこなかった。


「じゃあ、魔王国の施設を使えば日本に帰れる、ってことを知ったら……」


 雪音の呟きを耳にした全員の顔色が変わる。

 是が非でも手に入れようとするはず!


「速度を上げるよ。ここからは休憩はなしでいくぞ!」






 一気に第一階層まで移動した俺たちはダンジョンの入り口を目指して駈けている。

 いつもなら、この階層では小遣い稼ぎ目的の国民をちらほら見かけるか、本格的なダンジョン探索を仕事としている連中とすれ違うぐらいなのだが、今日に限っては様子が違う。

 誰もいない。誰とも遭遇していないのだ。


「……不気味だな」


 みんなも不審がっているようで表情が優れない。

 それでも声には出さず黙々と進んでいく。

 通路を抜けてダンジョン入り口前の広場に足を踏み入れた瞬間、目の前に広がる光景を目の当たりにして愕然とした。

 さっきまでの光景が嘘のように広場が魔王国の住民で埋め尽くされていたのだ。

 足の踏み場がないぐらい人であふれかえっている。それもダンジョンには似つかわしくない子連れの親子も多く、着の身着のままの格好で怪我をしている人が半数以上。

 うめき声や悲痛な叫びが充満していた。

 懸命に怪我の治療をしているようだが、どう見ても人手が足りていない。


「なんで、人間たちが急に王都に攻め込んできたんだ」

「軍は何をやってんだよ」

「守護者はどうした! あいつらが守ってくれるんじゃないのか!」

「みんな死んだ。みんな、私を残して……」


 耳を防ぎたくなるような怨嗟の声がそこら中から聞こえてくる。

 悲痛な叫びを拾い集めて繋げていくと、答えが見えてきた。

 どうやら、最悪な予想が的中してしまったようだ。


「この場にいては危険だ。早めに外に出よう」


 俺の耳元で明が囁く。

 怨みの声は俺たち守護者に向けたものが多く交ざっていた。

 表向きは命を助けてやる代わりに国を守る契約を結んだ、ということになっているので、それを信じている住民が多くいる。

 なので現状に対する不満の矛先を守護者に向ける輩がいて当然ではあった。

 今のところは混乱している状況と、自分のことで精一杯で俺たちのことは見えていないようだが、この場に居続ければこの服装で直ぐにバレてしまう。


 一度、通路に戻ってから喉輪の背後に回った。

 喉輪が背負っているアイテムボックスから毛布代わりに使っていた布を取り出すと、全員が全身を覆うように巻き付ける。

 その格好で再び広場に入ると、できるだけ目立たないように壁際を進んでいく。

 誰にも気付かれることなく入り口付近まで移動できたが、次々とダンジョンに飛び込んでくる住民が後を絶たない。

 その流れに逆らうようにして俺たちはダンジョンの外へと踏み出した。

 まず理解したのは今が夜だということ。


 ダンジョンでは昼も夜もないので時間の感覚が乱れてしまう。宝玉で時間の確認はできるのだが、ずっと潜っていると疲れたら休憩をする、という生活が当たり前になって日数は気にするが時間経過はさほど気にしなくなってしまう。

 夜空には月のような大きな星が二つ浮かんでいるおかげで、動くには困らないほどの光量は確保されているが、それでも昼間に比べればかなり暗い。

 まず目についた夜空から視線を下に向けると、次に目にしたのは兵士たちの後ろ姿だった。


 いつもの見張りをしている兵士だけではなく、十数名の兵士がダンジョンの入り口に立ち、逃げてくる住民を中へ入るように誘導している。

 兵士たちの先に見えるのは必死の形相で駆け寄る住民。全員が魔王城と首都の方向から来ているようだ。

 逃げ惑う者たちの後方を目撃して、思わず息を呑む。

 赤々と燃えさかる炎が魔王国の町を呑み込んでいた。

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