第117話 予定はあくまで未定

 あれから二ヶ月が経過した。

 ダンジョン探索は順調で突入してから二週間後には十五階層を突破して、前人未踏の十六階層に足を踏み入れることに成功。

 そこから先は最下層を更新する度に地上へ戻るを繰り返す。

 毎回、一階層から潜って最下層まで進んで、またダンジョンの入り口まで戻るのは食料と労力の無駄に思えるが、そこは便利な機能が存在していた。


 そう、ダンジョンを探索するゲームなら当然の仕様となっている、ダンジョンの入り口まで移動できるワープ機能だ。危険な状況でもこれを使うことで、瞬時に撤退が可能となり探索者の生存率が上がる。

 なんでそんなことが可能なのか疑問に思い、バイザーに訊ねてみたことがあった。

 転移陣とダンジョン独特の魔力がどうとか、一応は説明を受けたのだが仕組みは理解できなかった。魔法が絡んでくると「そうなんだ」と納得するしかない。

 実際、日本で使用していた様々な道具や機械だって仕組みは知らなくても使う分には問題はなかった。だから、この世界の人も「不思議だなー」と思うぐらいで特に気にはしていないようだ。


 もちろん、俺たちもこんな便利な機能を使わないという選択肢はない。おかげで毎日コツコツと攻略をしてダンジョン探索は順調。休息日も入れながら地上に戻っては英気を養いつつ、本日、ようやく二十階層に到達した。

 帰りは楽なのだけど、行きは毎回一階層から潜る必要があって、そこが面倒なのは変わりないので何度も通った道のりだったが、今回はこの最下層まで二週間かかってしまった。

 ちなみに階層ごとに大きな変化がある……ということもなく、どの階層も敵が強くなるだけで天井も壁も地面も似たようなデザイン。土か岩肌むき出しの二択。

 あと、各階層の最後にはボスが待ち受けている……という展開もなかった。


「フロアボスを倒すのがダンジョンの醍醐味ではござらんかっ!」


 と憤っていた喉輪の気持ちが少し理解できる。俺も若干だけど期待はしていたから。

 ボスがいないとはいえダンジョン探索はもっと苦戦するものだと身構えていたのだが、想像以上に俺たちは強くなっていたようだ。

 一方的な遠距離からの射撃や、近づこうとした敵は設置した罠にハマり俺たちに触れることすらできない。ダンジョンは罠を警戒して進むものだと思っていたが、実際は俺たちが罠にはめる側。

 正直、今までは俺なりに活躍してきたという自負があった。だけど、ダンジョンに入ってからほとんど出番がない。


 一応前衛として相手の攻撃を《矢印の罠》で逸らすという役割があるにはあるが、遠距離で一方的に殲滅するので、やることがなくて暇。

 だけど、今になって思う。あくび交じりに、なんだ楽勝じゃないか……と調子に乗っていた過去の自分を殴りたい。

 現在、思わぬアクシデントが発生したからだ。

 二十階層を踏破して満足した俺たちはダンジョンの入り口までワープで戻ろうとしたのだが、ワープが機能せずに――今に至る。


「あれ? なんか、ダンジョンの入り口に戻れないんだけど」


 五階層を攻略した者には見張りの兵士から、一回だけ起動可能な使い捨ての転移石が渡される。これを使ってダンジョンの入り口まで飛んで帰還しようとしたが、発動してくれない。


「もう、笑えない不謹慎な冗談はダメですよ。まったく、こうやったらほら……転移しませんね」


 嘘だと決めつけた負華が代わりに起動させようとするが無反応だ。納得がいかないのか、転移石を振り回しているが、もちろん変化はない。

 他の仲間も試しているようだが全滅だ。


「もしかして、もしかすると、二十階層から入り口まで徒歩帰宅でござるか……?」


 喉輪は今から一階層ずつ上っていく労力を想像してげんなりしている。


「そのようだな。この転移石は不良品だったようだが。もし、そうだとしても……全員の石が不良品というのは明らかにおかしい」


 明が指摘するように、たまたま不良品が交ざっていたとしても、六人全員がそれを掴むなんて事はあり得ない。何か明確な悪意のある誰かの仕業だとしたら……。

 でも、何のためにそんなことをする必要があるのか。


「ここから歩いて入り口まで戻るとしたら、どれぐらいかかると思う?」


 雪音の疑問に全員が考え込んでしまう。

 三階層までは半日ぐらいで楽に走破できたけど、そこからは慎重に進んで一日で一階層突破を目標にして、実際その通りに進んできた。

 その行程を逆走すると考え、最短ルートを進むと仮定して。


「単純計算だと二週間? 早ければ十日ぐらい」


 俺の発言に異論はないようで反論の声は上がらない。


「念のために保存食は大量に持ってきている。節約をすれば一ヶ月は大丈夫だ」


 全員の視線が喉輪の背負っている背負い袋に集まる。

 一見、何の変哲もない少し大きいサイズの背負い袋だが、その中身は四角い箱状の魔法の品、アイテムボックス。正式名称は知らないけど、俺たちが勝手に命名した。

 見た目以上の容量で中の品が劣化することもない優れものなので、飲食品や必要そうな道具をできるだけ詰め込んでいる。

 なので、一ヶ月分の食料と生活用品に不自由することはない。


「餓死の心配はないけど気が滅入るな」


 ため息交じりの愚痴をこぼすと、この場に居る全員が帰り道を想像してしまったようで、大きく息を吐いて肩を落とす。


「面倒臭っ」


 誰もが思っていたがあえて口に出さなかったのに、吐き捨てるように言ったのは負華だった。

 完全に同意するけど、何を言ったところで事態が好転するわけじゃない。


「文句を言ってもどうにもならないから、それは諦めるとして……みんなはこの状況をどう思う?」

「怠いなぁって」


 質問の意図が伝わらなかったようで、負華は顔を歪めて天井を仰いでいる。


「そうじゃなくて、この理不尽な現状だよ。偶然にしてはおかしいだろ」

「えっと、要さんは何か裏があると思っているのですか?」


 おずおずと尋ねてきた立挙に対して小さく頷く。


「考えすぎじゃない? 僕たちをダンジョンから帰さないようにして誰が得するのさ。それに、時間はかかるけど、歩けば戻れるわけだし」


 雪音は状況を重く見ていないようだ。楽観的とまではいかないが、そんなに心配はしていないように見える。


「最深部まで潜り、帰るための転送石が起動しない。それも、一人でなく全員のが。石が不良品なのか、そもそも転送が阻害されているのか。どちらにしろ、ダンジョンの不具合か、人為的な妨害を受けているのかのどちらかではないか」


 明も同じ考えか。この状況を偶然の不幸というには無理がある。


「これがダンジョン側に意図があると仮定するのであれば、階層から戻ることができず先に進むしかない、という展開を何回か見たことがあるでござるよ」


 そう言って、喉輪は左手の方を見た。

 そこにあるのは下へと繋がる階段。二十一階層へと続く道だ。


「あー、あるな、そういうの。最下層にいるラスボスを倒さないと帰れない一方通行」


 戻りたくても戻れない強制戦闘を強いられるパターン。漫画とかよりもゲームの方でありがちだ。

 どんな展開にしろ、試して状況を見極めるしかない。


「一旦、上の階層に戻ろう」


 下へと続く階段は無視して、上の十九階層を目指すことにした。






「普通に通れたな」


 謎の妨害により階段が防がれていた! ……ということもなく、強制的に先へ進むしかないパターンではないようだ。


「ほっとしたけど、これはこれで面倒だよね。今から徒歩で帰るのを考えるとさ」


 雪音が帰り道を想像して完全にやる気を失ったのか、ダンジョンの壁に手を当ててうなだれている。

 みんなも口には出さないが同じ気持ちのようだ。もちろん、俺も。


「外と連絡がつかない状況が逆に足を引っ張ることになるとは」


 明の言う通り、ダンジョン内は外との繋がりが遮断されてしまうので、バイザーと連絡を取ることができない。

 何かの企みに巻き込まれたとしても、現状では知りようがないのだ。


「これが誰かの策略だと仮定すると、どういう考えが予想されると思う?」


 質問を口にしてから仲間に意見を求めるために、まずは隣にいた負華を……スルーして明を見つめる。


「そうだな。我々をダンジョンに閉じ込めるのは無理にしても、かなりの時間束縛されることになった。つまり、何日かは有力な守護者が魔王国に存在しないということになる。そこから考察すれば答えは導き出されるのではないか」


 明はあえて明確な答えを口に出さずに、そこからの考察を俺たちに委ねている。


「西か東の国の謀略ってことか」

「そうなりますよね」


 雪音と立挙は直ぐに気付いたようだ。俺と喉輪もわかっていたが、負華はパッと顔を輝かせると手を打ち合わせて納得している。この反応は予想通り。


「あとは……リヤーブレイスが根に持って嫌がらせを実行した、という線もあるにはあるが、そんな回りくどい嫌がらせをするとは思えぬ」

「具足殿の考察が当たりなのでは。拙者もこれは他国の妨害と考えるでござるよ」


 リヤーブレイスは間違いなく俺たち守護者を嫌っているが、そんな面倒なことをするぐらいなら直接ダンジョンに乗り込んで俺たちを抹殺するはず。


「じゃあ、何のために足止めをしたのか。答えは一つしかない」


 あえて言葉を句切り溜めを作ると、全員が俺に注目するのを待ってから再び口を開いた。


「――一斉攻撃を魔王国へ仕掛ける」


 今まで侵攻を妨害してきた厄介な存在である守護者が不在中に、一気に魔王国を攻め落とす。

 その為に俺たちの帰還を阻害している、と考えるのが妥当だろう。


「この転移石を入れ替えて渡すぐらいのことは容易にできるはず。今思えば、ダンジョン入り口前にいた兵士たちがいつもの人たちと違っていた、ような気がする」


 ダンジョンの入り口を見張っている兵士は常に二人組で、毎回同じ顔ぶれだった。たまに見張りの非番と重なり別の兵士が立っていることもあったが、今回の見張りはそのどちらでもない新顔。

 思い返せば言動に少し違和感があったが、新人で緊張しているのだろう、と都合のいい解釈をしてしまった。


「どんな策略にはまったにしろ、僕たちが地上に帰るのを遅らせたいのは間違いないよね」

「だろうね」


 雪音の言葉がすべてだ。

 何を企んでいるのかは不明だけど、帰還を邪魔するのが目的と考えて間違いないだろう。


「なら、相手の鼻を明かすにはできるだけ早く地上へ戻る、これだな」

「要さんの《矢印の罠》で、ぴゅーっと高速移動して帰るとか?」


 負華が右腕をすーっと伸ばして、勢いよく滑って行く感じを表現している。

 確かにその手段を使えばかなりの短縮は見込めるが。


「でも、お姉ちゃん。それだと無警戒で敵と鉢合わせしたりして危険じゃないかな」

「雪音さんの言う通りだと思います」


 二人が危惧するように、移動速度と引き換えに敵との遭遇が増えてしまう。だから、今までのダンジョン探索でもこの移動方法はできるだけ使わなかった。

 ならば、折衷案でいくか。


「普通に進むなら、だけどね」


 そう言って俺が天井を指差すと、考え込んでいた雪音が手を打ち鳴らして目を輝かせる。


「そういうことか、要さん!」


 さすが雪音だ。直ぐにピンときたか。

 続いて明、喉輪が気付き、遅れて立挙。最後に負華がじっと俺の指先を見つめて渋い顔をしていたが、何かを思いついたようで表情がパッと明るくなった。


「あー、はい、はい! わかりました!」


 勢いよく右手を挙げて、嬉しそうにアピールする負華。

 別に挙手する必要はないのだけど、指先を天井から負華に向ける。


「はい、負華さん。回答をどうぞ」

「前に砦でやったみたいに、天井に《落とし穴》で穴を開けて《矢印の罠》で上る!」

「正解」


 まるでサッカーの試合でゴールを決めた選手のように喜ぶ負華を尻目に、仲間へと向き直る。


「ということで、さっさと帰ろうか」

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