第116話 ダンジョンで密談
あれから大きな虫型魔物を何体か倒して、苦戦することなく三階層に到達した。
ここまでの道中で遭遇した敵は基本、虫や動物が巨大化するか少し見た目が変化したタイプの魔物ばかり。馴染みのある見た目と能力なので今のところは問題ない。
「ここで休もうか」
ダンジョン内の各階層には休憩所が設けられていて、俺たちはそこに到着した。
十畳ぐらいの広さがある石造りの部屋で壁際にかまどと水場が設置されている。ベッドや椅子といった家具はないが、食事や休憩を取るには適した空間だ。
「お邪魔しまーすって、誰もいませんね」
「休憩所は何カ所もあるみたいだからね、負華お姉ちゃん。一グループで貸し切りみたいな感じかな」
頭を下げて休憩所に入った負華を、後ろから押すようにして雪音も入った。続いて立挙もやってくると雪音の側に寄り添っている。
貸し切りか。実際、別の休憩室に入ろうとしたときに先客がいたので、俺たちが気を利かせて別の部屋に移動したなんてことがあったな。
「苦戦はしていませんが、どっと疲れたでござる」
「集中して緊張していたからな。無理はない」
喉輪が壁際に腰を下ろし、明は室内を見回しておかしな点はないか調べている。
「さーて、休憩しながらでいいから話を聞いて欲しい。ここなら何を話しても大丈夫だから」
宝玉を取り出してバイザーに連絡をしてみるが繋がらない。
よっし、想定通りだ。
「要さん、大丈夫ってなんですか? もう、私たちは見張られてないんですよね?」
俺の言葉が理解できずに首を傾げる負華。
「女王ヘルムの言葉を信じるなら、ね」
宝玉の便利機能は残して、自爆だけではなく盗聴、盗撮といった監視目的の機能も削除した、と断言していたが事実である確証はない。
「もし、宝玉に監視する機能が残されていても俺たちには見抜くことはできないだろ」
宝玉を取り出し、まじまじと見つめる。
異世界の技術を解読することは不可能。何年か真面目に学べばある程度は理解できるかも知れないが、今の状態では知る術がない。
「そっか。じゃあ、この宝玉捨てた方がいいんじゃ?」
負華の言う通り、宝玉を捨てれば監視の心配はなくなる……が、手放せない理由がある。
「マップや翻訳機能や様々な機能が使えなくなるのはかなりの痛手だ。それをヘルムもわかった上で好きにさせているのだろう」
やはり明は理解していたか。
現代社会で例えるなら言葉の通じず治安の悪い外国に、スマホも持たずに行くことができるのか、という話だ。
……いや、それよりも難易度は上か。
文字の翻訳もそうだが異世界の言葉が通じるのも、この宝玉を通じて脳内で同時翻訳されているからだそうだ。
「めっちゃ不便になりますよねぇ」
「一応、翻訳のオンオフ機能を付けてはもらったけど、試しにオフにしたら全く言葉が通じなくてね」
異世界と日本の言葉が共通、なんて都合のいい展開は残念ながらなかった。
それでも、少しずつ異世界の言葉を学ぼうと努力はしている。簡単な挨拶ぐらいはできるようになったが、まだまだ先は長い。
「で、話を戻すけど。ここだと監視の目を気にしないで安全に話すことができるんだよ」
「どういうことだ、要」
明はいつものように無表情なのだが、その目には好奇心の光が宿っている。こういった、ちょっとした表情の違いを見抜けるようになっているのが少し嬉しい。
「ダンジョンに入った瞬間に妙な感覚がしなかったかい?」
「あの、ぬるっすってヤツですね」
「その言い回しはどうかと思うけど、ダンジョンは現実世界とは別の空間らしく、中に入ると外の世界との接点が絶たれるらしい」
「つまり?」
負華の首が限界まで右に傾いている。考えている振りをしているが、実際は考えることを完全に放棄したポーズだ。
「ほら、結界の勇者が作った《結界》に閉じ込められたときがあっただろ、あのときと同じように宝玉の監視システムが完全に遮断されるんだよ」
そこまでの説明を聞いて合点がいったのか、全員が納得した表情になった。
「レベル上げと魔力集めも目的の一つだけど、本命はこれ。ここならヘルムの目を気にすることなく本音で語れるから」
「あっ、そっか。あれ? もしかしてみんな、そういうの気にして話していたの?」
そんな心配は一切していなかった負華が慌てて仲間の様子を窺っている。
明と雪音は頷き返し、喉輪と立挙はすっと目を逸らした。
仲間を見つけた負華は笑みを浮かべると、喉輪と立挙の間に入り込み肩を組んでいる。二人は心底迷惑そうな顔をしているが振り払ったりはしない。
「ということで、今後どうするか本格的な話をしようか。このままヘルムに従い魔力集めをしながら魔王国を守るのか。表向きは従った振りをして魔王国に反旗を翻すか。それとも別の道を探すか」
三つの選択肢を提示すると全員が沈黙した。
今まではレベル上げをしながら魔力を集めることを目的としてきた。だから、本来の目的を隠したまま、こうやって自ら進んでダンジョンに来ている。
だが、それで本当にいいのか、という葛藤はある。自分たちを騙し、貶めて、殺し合いをさせた輩を守る必要があるのか、と。
「僕は聖夜を殺したこの国の連中を……許せないっ! 特に女王ヘルムと幹部連中は!」
真っ先に意思表示をしたのは雪音だ。
ずっと押し込めていた感情を曝け出し、憎悪の言葉を吐き出している。
雪音の言葉は予想通りだった。大切な兄を失ったのだから、恨んで当然だ。
「私も雪音さんと同じ意見です。三人の命を奪った償いをさせないと気が済みません」
強い意志を込めながらも静かに語る立挙も同じ意見か。雪音に依存して追従しているわけではなく、これは心からの言葉。
彼女は大切な友達を失い、ゲームだと信じて自らの手で止めを刺した。その悔しさ憤りはどれ程のものなのか。
「女王ヘルムに関しては国を守る立場として苦渋の決断をしたようだが」
明がヘルムを庇うような意見を口にすると、二人がキッと睨む。
「早合点をするな。理解はできるとしても許されるかどうかは別の話だ。実際、我々も殺されかけたのだ。今はこうして運良く命を拾えたが本来なら死んでいた。このような状況で相手を許せるほど慈愛に満ちてはおらん。それに度量も大きくなくてな。大人しく魔王国に尽くす気は毛頭ない」
淡々と感情を抑えている明はフードを目深に被り、本音を口にした。
フードで表情がわからないが、あの下の顔は怒りに満ちているのか、それとも悲哀に満ちているのか……俺には判断ができない。
「拙者は生きて日本に帰るためには、妥協も必要だと思っているでござる。ここはぐっと耐え忍んで、まずは日本に帰ることを目指すべきではなかろうか」
この状況で異なる意見を口にするのは勇気がいっただろう。それでも喉輪は自分の意見を曲げなかった。
喉輪の主張も正しい。生き延びる、ということに重きを置くならそうするべきだ。それが一番の安全策で現実味のある建設的な意見。
まだ発言をしていないのは俺と負華のみ。自分は最後に言うつもりなので負華に視線を向ける。
腕を組んだ状態で頭を左右に振り続けていた負華だったが、俺の視線に気づいて頭の運動が止まった。
「えっと、戻るにしても魔王国に一泡吹かせるにしても強くなる必要はありますよね? だから、今結論を出さなくてもいいんじゃない、か、なと。このまま鍛えて強くなったら新たな選択肢が現れるかもしれません、し……って、な、何ですかその目は⁉」
理にかなったまともな意見を言う負華の顔をまじまじと見つめてしまった。仲間も同じ気持ちだったようで、驚いた視線が負華に集中している。
「お姉ちゃん、まともな意見が言えるんだね」
「私も驚きました」
「思考力を投げ捨てて生きているはずでござる」
「ふむ。知恵が残っていたか」
散々な物言いだが、これも日頃の行いのなせる技だ。甘んじて受け止めような。
「酷くないですかっ⁉ 要さん、ガツンと注意してくださいよ! ……って、なんでそんな優しい目で見るんですか。もしかして、求愛行動ですか⁉」
混乱して意味不明なことを口走っている。負華の情緒がぐっちゃぐちゃだ。
「見事なまでのパニック状態だな。ちょっと落ち着け」
負華が意表を突いてまともな意見を言ってくれたおかげで空気が和んだ。突拍子もない言動が目立つけど、結果として場が収まるという展開がよくある。
これはある意味、負華の生まれ持った才能なのかも知れない。……というのは褒めすぎか。
「じゃあ、表向きはレベルアップと魔力集めを頑張ろうか。前と方針は変わらないけど、みんなの本音が聞けてよかったよ。これからもダンジョン内では忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
話を閉めて今度こそ休憩を取ろうとして床に寝転んだが、全員の視線が俺を捉えて放さない。
何か言いたげな目をしているな。
「ええと、なんでしょうか?」
「みんなに話すだけ話させておいて、要さんの本音を聞いてないんですけど?」
負華の追及を聞いて仲間が頷く。
バレたか。上手く誤魔化したつもりだったのに。
仕方がないので寝転んだ状態から、あぐらを掻いて座り直す
「まあ、あれだよ。正直なところ判断がつかなくてね。魔王国に従うのは癪に障るし、かといって刃向かうにはリスクが大きすぎる」
感情と理性、どちらを取るかという話だ。
「俺たちを陥れ、聖夜を殺した連中を許す気はない。それが本音だよ。だけど、復讐するには力が足りないし、日本に無事に帰ることを目標にした方がいい、とも思っている」
雪音と立挙の目つきが鋭くなる。
復讐を目的としている二人にとっては聞き入れられない意見だよな。
「まず、力を得るという当初の目的はこのまま続けよう。それで、魔力を集めて日本へ帰る手段が整ったときが最大のチャンスだと思う。俺たちが妥協して帰ることを決めた、と思い込ませたその瞬間なら、一矢報いることも可能なんじゃないか?」
復讐を諦め、日本へ帰ることに決めて、やっと日本へ帰ることができることに歓喜する俺たち。帰還する直前の一瞬なら相手は油断をするはずだ。
今までの努力をすべて無駄にして、反旗を翻すなんて思いもしないだろう。
「それが俺の考えた作戦の全貌だよ。どうだい、提案に乗ってみるかい?」
ずっと考えていた、仲間を納得させる策を。
これなら互いの意見をくみ取り、一応は納得してくれるはずだ。
ただ、これが成功するとは限らないし、実行するとも限らない。臨機応変と言えば聞こえもいいが、作戦なんて状況に応じていくらでも変更すればいいだけの話。
今、この時点で渋々でもいいから了承が取れればいい。
みんなを守るために最良の選択肢を選ぶ必要がある。進むべき道はいくつも分岐していて、どれを選ぶのが正しいかなんて結果論でしかない。
間違えることもあるだろう。だけどその時は《矢印の罠》を使ってでも強引に別の道に誘導してやるさ。
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