第115話 ダンジョン探索
「入場料は受け取った、あとはこの契約書に目を通してサインをここにしてくれ」
ダンジョン入り口に立つ屈強な体つきの兵士から一枚の紙を渡され、入り口横の机と椅子が並べられている場所へ誘導された。
言われるがままに契約書を受け取って席まで移動。
仲間も全員席について契約書に目を通している。
まず、感動したのが異世界の文字が読めること。といっても裸眼では意味不明な記号の羅列にしか見えないが、宝玉を手に取り翻訳機能を起動させると、光が発せられた部分の文字が翻訳されて宝玉に映し出される。
バイザーがスマホを模倣した魔法と科学力の粋を集めたアイテムだ、と豪語していたが実際大した物だ。
ええと、何々。自己責任で挑むこと。中で死亡しても苦情は一切受け付けない。兵士が定期的にダンジョン内を見回っているが、死体が見つからない場合もある。探索者同士での殺し合いを禁じるが、襲われた側の正当防衛は認める、と。
他は細かい注意事項があるな。こういう書類って流し見するかほとんど読まずにサインだけする人って結構多くて、後々問題になったりするけど。
自分は隅から隅までチェックするタイプだが、一人怪しい人物が頭に浮かんだので隣に視線を送る。
「文字が多い! ちゃちゃっとサインだけすればいいんでしょ」
やっぱり。負華は適当に読み飛ばしてサインだけをしている。こういう輩が詐欺に騙されたり、不良品掴まされたりするんだよな。
まあ、今回は俺たちが真面目に読んでいるから大丈夫だけど。負華は一人で暮らさせるのが不安になる生活力のなさ。当人もそれを認めて寄生を望んでいるのも、正しい生存本能なのかもしれない。
契約書の内容に問題がなかったのでサインをすると、紙が一瞬だけ赤く輝いた。
「それは魔法の契約書だからな。違反行為をすれば契約書が光り、兵士たちにバレるんだよ。この国では女王ヘルム様の影響もあって、契約に関してはかなり厳しく取り締まっているから気をつけろよ」
今更、忠告を口にするバイザー。
背後からずっと眺めていたのなら事前に教えてもいいだろうに。
全員がサインしたのを確認して兵士に手渡す。
「ふむ、問題はないようだ。三階層までは滅多なことがない限り死ぬことはない。危険だと感じたら迷わず戻るように。いいな」
「ご忠告感謝します」
お礼を口にしてダンジョンの入り口前に立つ。
そこから奥の方が見えるのかと期待していたのだが、白い霞のようなものが視界を遮っている。
「俺様の見送りはここまでにしとくぜ。国の方針が変わっちまったから、色々やることが山積みでな。まあ、頑張りな」
バイザーは背を向けると手を振りながら去って行った。
彼が忙しくなった原因は俺たちなのだが、この結末は互いに望んでいたこと。
なので、文句を言いながらもその足取りは軽く見えた。
「それじゃあ、行きますか」
一歩踏み出して、ダンジョン入り口の境目を越える。
すっと体を何かが通り抜けたような違和感と、少し肌寒いぐらいの温度に加えてひりつくような感覚。空気が一変したのを肌で感じた。
「うひぃ。なんかぬるっ、すっ、って感じがしませんでした?」
独特の表現だが負華の言いたいことはわかる。
「なんというか、外とは空気感が違うような」
「具足殿もそう思いましたか。拙者もなんというか妙な感じがしたでござるよ」
明と喉輪は洞窟内を興味深げに観察している。
声には出していないが雪音も立挙も似たようなことを感じたようで肌をさすっている。
中は巨大な半球状の空間になっているが、岩肌がむき出しで天井からはつららのように垂れ下がっている石が見えた。
「鍾乳洞っぽいようだが。天井からは鍾乳石が伸びているな」
あのつららみたいな石は鍾乳石というのか。勉強になるよ明。
洞窟内で人工的な灯りが見当たらないのに、ここは不思議と明るい。
「入り口で立ち話をしている訳にもいかないから、取りあえず先に進もうか」
いつまでもこうしていると後続の邪魔になる。先頭に立ち奥へと進んでいく。
ダンジョンの地面は意外にも平坦で凹凸もない。入り口付近の巨大な空間の先にあるのは岩肌をくりぬくように作られたトンネルのような通路が三本。
どれも天井高も横幅も五メートル以上はあるようだ。三人ぐらい横並びで暴れてもぶつかることはないぐらいの広さが確保されている。
三つの穴を取りあえず覗いてみた。
一番右は石畳が引いてあり壁や天井も石のブロックで補強されていて、人工的な手が加わっているように見える。あと、壁際にランタンが点在していて明るさが確保されている。
真ん中はこの空間と同じよう岩肌がむき出しのトンネル。灯りが存在しないので真っ暗。
一番左は壁と天井にびっしりと苔らしき植物が生えている。地面には三センチほどの雑草が敷き詰められていて自然豊かな感じだ。
「で、どっちに行きたいか取りあえず指差してみようか」
六人もいるのでいちいち話し合いをしていたら時間がかかる。まずは初見の印象で判断しようかと思い提案した。
全員が無言で思い思いの場所を指し示す。
一番多いのは右端の石造りの通路。俺と明と雪音が選んだ。
真ん中の岩肌むき出しは負華と立挙か。立挙は雪音と違うのを選んだことが悔しかったのか、直ぐさま右端に指先を移動している。
一番左は喉輪だけ。
「多数決により右に決定、でいいかな?」
「あの自然豊かな道の方は、植物系の魔物が出てきそうで面白そうだったのでござるが」
残念そうではあるが喉輪は大人しく従ってくれた。
負華は文句一つなく俺の背後に並ぶ。
「先頭は俺と……」
「はいっ、はいっ! 僕も先頭がいい」
勢いよく挙手をしてアピールをしている雪音を相棒に任命する。
真ん中に負華と立挙を挟んで、最後が喉輪と明という陣形で進むことに決まった。
第一階層は子供でも踏破できると聞いているが、警戒するに越したことはない。ゆっくりと慎重に歩を進める。
二時間が経過した。
出てきた魔物は確かに強くはなかった。木製のマネキンみたいなのは動作が鈍く、動く度にカタカタと音がするので不意打ちの心配もない。
防御力もほとんどなく《バリスタ》の一撃であっさり砕け散る。威力がありすぎたので、次は《棘の罠》で突き上げたが、やはり一発で砕けた。
こうなると耐久力が気になったので、喉輪に頼んで手頃の大きさの投擲ブロックを製作してもらい、投げつけてみた。
二発目が命中すると倒れた。確かに子供でも倒せるレベルの魔物だ。
次に現れた魔物の強さは大したことがなかったが、問題はその見た目。
巨大な虫なのだ。一メートルに満たない全長の蟻はマシだったが、同じ大きさの蜘蛛が現れたときは女性陣から悲鳴が上がった。
アレはダメだ。手の平サイズの蜘蛛ですら勘弁して欲しいのに、人並みの大きさがある蜘蛛はヤバすぎる。一人だったら恐怖のあまり足がすくんでいたかもしれない。
今は守るべき人がいるので、なんとか自分を奮い立たせて立ち向かえたけど。
意外だったのは一番怯えていたのが――明だったこと。
「虫は、虫だけはダメだ! は、早く倒してっ!」
背を向けて膝を抱えて震えている。
これだけ感情を露わにして取り乱す明を見たのは初めてで、驚くよりも少し安心した。女の子っぽいところもちゃんとあるのだと。
この状況下で一番の問題は戦闘可能な人物が俺と喉輪のみ。互いに腰が引けているが、なんとかやるしかない。
飛び道具や直接攻撃が可能な加護を所有しているのは女性陣。残された俺たちの加護は《矢印の罠》《デコイ》《ブロック》となる。
「またブロックを投げつけるしか……って、そんな猶予なさそうだ!」
考える時間を与えてくれず、蜘蛛が八本の長い足を蠢かしながら俺たちに迫ってくる。
「「「「ひいいいいいいっ!」」」」
正直、《矢印の罠》で逃げ出したかったが、この程度の敵で逃げていては話にならない。
まずは蜘蛛の足下に罠を設置して遠ざけて時間を稼ごう。
手をかざして罠を発動しようとすると、喉輪が一歩前に進み出て「ここは拙者が」と頼りになる発言をする。
「拙者の新たな力、刮目するがよいでござる!」
大げさに両腕を振り上げ、その手を勢いよく地面に付ける。すると、地面から一本の杖が伸びてきた。
先端に大きな宝石が付いた杖。この罠には見覚えがあるぞ。
「ビーム発射!」
先端の宝石から放たれた一条の光が蜘蛛の頭を貫いた。
一撃で葬ることに成功した喉輪がドヤ顔で俺を見ている。何も言わないが、その横顔が褒めて褒めてと要求してきている。
「今のは闘技場で戦った相手の加護か」
「そう、《光の杖》でござる」
色々ありすぎてすっかり忘れていたが、闘技場で戦い勝った者は対戦相手の加護を手に入れていたのだった。
確か喉輪と戦った元ナンバー2は他にも《重力の罠》と《マキビシの罠》を所有していたはず。そうか、かなり強化されたのだな。
「わああ、喉輪さんカッコイイ! 凄く強くなっているじゃないですかー、このこのぉ」
素早く立ち直った負華が喉輪の脇腹を肘で突き、褒め称えていた。
満更ではないようで喉輪の目元が緩んでいる。
「今までは喉輪さんが断トツで役立たずだったのに。うかうかしてられませんよ、要さん」
「うぐっ!」
喉輪を褒めているつもりのようだが、初めの一言は余計だと思うぞ。言葉の棘が突き刺さって胸元を押さえているじゃないか。
「でも、確かに強く……いや、待てよ。対戦相手の加護を得たのは喉輪だけじゃないのか」
ゆっくりと仲間の顔を見回すと勝ち誇った笑みを浮かべている。
負華は言葉の意味を理解したようで、すっと血の気が引いた顔で俺を見た。
震えながら俺を指差すのは止めてくれ。余計なことは言うなよ。
釘を刺すよりも早く負華が口を開いた。
「えっ、ということは要さん以外は……加護も増えて強くなっている、と」
「負華も俺と一緒だけどな」
「私にはバリスタちゃんと鉄球ちゃんがいますぅ」
勝ち誇った顔に苛ついたけど反論ができない。
確かに直接攻撃の手段がないのは俺だけか。あ、いや、立挙もそうだ。
助けを求める視線を向けると、立挙は《応援》を発動して役に立つアピールを露骨にしている。
「ふふっ。ダンジョンでの攻撃は私たちに任せていいんですよ。後ろで指をくわえて……じゃなくて、ゆっくり傍観していればいいでちゅよぉ」
赤ちゃんに話しかける口調で俺を煽る負華。
滅多にないマウントのチャンスを得て調子に乗っているな。
「おっと、そこまでにするでござる。また蜘蛛が出てきましたぞ」
二度目で距離があることで女性陣も落ち着いてきたようで、今度は負華が《バリスタ》を発動させて構えている。
「要さんは、そこで見ていてくださいねぇ~」
大矢が発射される前に俺は久々に《デコイ》を出して《矢印の罠》で特攻させた。
巨大な蜘蛛に頭から突っ込んでいく《デコイ》の姿を見て、さっきよりも大きな悲鳴が響き渡った。
「私をぶつけないでえええええっ!」
負華に化けた《デコイ》が蜘蛛と激突して討伐完了。
地面に座り込んでいる負華の肩にそっと手を置き、笑顔を向ける。
「立派な飛び道具が俺にもあるだろ?」
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