第114話 異世界名物
夢から目覚めた守護者たちは全員スッキリとした表情で満足しているようだった。
負華がちらちらこっちを見て頬を赤らめているのが気になるが、夢の内容をある程度は寝言で把握しているので追及することはない。というか、触れたくない。
その後、全員から礼を言われて朝食を取り、客室へと戻った。
俺、負華、雪音、喉輪、明、立挙の五名。いつも通りのメンバーがソファーに座ったのを確認して話を切り出す。
「今日から早速魔力を集めつつ、レベルアップを狙っていこうと思う」
「修行編でござるな!」
昨日、漫画とアニメの夢を思う存分見たおかげか、喉輪のテンションが爆上がりしている。
「守護者同士の殺し合いは避けられたが、東と西の脅威からこの国を守るためには地力を上げておくべきだ」
「でもさ、明。僕たちはもう、この国を助ける必要も義務もないよね」
「雪音さんの言うとおりだと思います」
明の意見に対して反論を口にする雪音と太鼓持ちのように相づちを打つ立挙。
「でもでも、日本に戻るためには魔力が必要って話だから、仕方ないんじゃないかな。ね、ダーリン」
おっ、珍しく負華が人の話をちゃんと聞いて、まともな意見を口にしている。が、それは俺のことを呼んだのか?
「そのきっしょい呼び方は止めてくれ」
「もう、ダーリンってガアアアアアアアア! 痛い痛い! ストップ! ストップ!」
悪夢の名残でニヤついている負華の顔面を鷲掴みにして物理的に黙ってもらう。
その体勢のまま笑顔で雪音に続きを促す。
「あ、うん。僕はそんなに日本に帰りたいと思ってないし」
「そうそう……えっ! そ、そうなんですか?」
驚いた表情の立挙は日本に帰ることを望んでいるので、この発言に対しては同意できなかったか。
「そうだよ。聖夜がいない日本に未練なんて」
「雪音。今の気持ちはその通りなのだろうけど、時が過ぎて環境が変わるとまた意見も変化する、かもしれない。その時に帰る手段を確保しておいて損はないと思うな」
人の気持ちは移ろいやすく、記憶は年月の経過で風化していく。それに応じて当時抱いた強烈な感情も大切な思い出も……薄れていくから。
「それは、そうかもしれないけど」
「帰る準備だけしておくのは悪くないと思いますよ!」
心が揺れた雪音を説得に入る立挙。
そのまま押し切ってくれ。そっちは頼んだ。
「ということで、まあ取りあえずやってみようよ。ダンジョン探索」
「「「ダンジョン探索⁉」」」
思ったより良い反応をしてくれたのが雪音と喉輪と明だ。
興奮を隠そうともせずに目を輝かせて、思わず立ち上がる三人。
雪音はさっきの反応と違いすぎる自分に気づいたのか、咳払いをしてすっと着席した。
「肩上殿。ダンジョン探索と申しましたか! つまり、この世界には異世界名物のダンジョンが存在すると!」
「ダンジョンとはあのダンジョンで間違いないか。冒険者が挑み、敵を倒しつつ財宝を漁る。異世界アニメで何度観たことか」
「お兄ちゃんは異世界物が大好きで、よく一緒に観てました……てたよ」
なるほど、三人はダンジョンに思い入れがあるようだ。
俺の異世界知識は漫画やアニメよりも、実はweb小説の影響が大きい。
無料でサクッと読める内容の作品が多くて、通勤時間や昼休みによく読んでいた。なので、三人と同じぐらいダンジョンの話を聞いて心躍ったのは秘密にしておく。
「そのダンジョンがあるそうだ。魔王国から東に少し進んだところにあって。入り口の周辺には集落もあるそうだよ」
「ダンジョンの周りに人が集まる、という異世界あるあるは本当でござったか」
「無限の資源が取れる場所だからな。資源がある場所には人が集まって商売が始まり町ができる。それは地球でも同じことだ。探索だけではなく便乗して商売を始めるのも悪くないか。結局、どんな世界でも金は重要なのだろう」
商売人の跡継ぎとしての顔が出たのか、明が腕を組んで何やら考え込んでいる。
「そういや、要さん。僕たちって無一文だよね?」
この異世界に来てから一度も金を稼いでいないので、雪音の不安も理解できる。
だけど、実はそうじゃない。
「いや、結構お金あるよ。昨日、寝る前に女王ヘルムから直接渡されてね。迷惑料というか慰謝料みたいなものらしい」
ベッドの下に手を突っ込み、A4サイズのダンボールぐらいの大きさがある金属製の箱を取り出す。
真四角で黒光りしていて、如何にも重厚そうな見た目をしているが予想以上に軽い。
「この箱は魔法の品でね。箱は異様なほどに軽く頑丈で、中に入れた物は重さを感じなくなる。あと、見た目よりも収納力があって、かなりの量が入るみたいだよ。それと入れた物の時が止まって腐敗することも劣化することもない、らしい」
「「「アイテムボックスだ」」」
またも三人が声を揃えて喜んでいる。三人とも異世界作品が好きすぎだろ。
アイテムボックスとは――異世界作品のいくつかに目を通したら、必ずと言っていいほどに目にする機会がある謎アイテム。
「定番中のド定番でござるな。アイテムボックスか収納魔法のどちらかは異世界の物語には必須でござるよ。もう少しコンパクトサイズの方が理想でござったが、それは贅沢というもの」
「アイテムボックスか。物語としては、常にリュックや荷物を背負っていては見栄えが良くない。それに動きの邪魔となる。となると、邪魔にならない荷物入れがあれば都合がよく、挿絵の描写も楽になる」
「つまり、主人公や作者にとって都合がいい能力なんだよね」
三人のオタク語り考察が始まった。
好きを突き詰めていくとつい語りたくなる心情は理解できる。色々と深読みして考察するのが楽しいんだよな。若い頃はネットの感想掲示板に貼り付いて、熱く語った経験があるので、三人の様子を生暖かい目で見守るとしよう。
「なんで、要さんは
ツッコミを入れてきた負華の顔をマジマジと見てしまう。
「そんな難しい言葉をよく知っていたな」
「乙女ゲーで見ました!」
このやり取りも久しぶりだ。
少し引き気味の負華と、話しについていけない立挙を放置するのは可哀想なので、三人の話に割り込むとするか。
「盛り上がっているところ悪いけど、ここでダンジョンの考察をするより、実際に行った方が好奇心は満たされるよ」
「「「確かに!」」」
声を揃えて一斉に振り向かないで欲しい。
「三人の同意を得たということで、二人もそれでいいかな? 嫌ならここでお留守番してくれても構わないけど」
負華と立挙は顔を見合わして悩んでいたが、結局は同行することになった。
ここに取り残されるのも不安だったのだろう。
「ここがダンジョンか」
大きな岩山の斜面にポッカリと空いた洞窟らしき入り口。
その両脇には見張りらしき人物が二人。金属製の全身鎧を着込み、手には槍を腰には剣を帯びている。
ダンジョンの入り口前は広場になっていて、取り囲むように建造物並んでいた。
石か木製が素材の簡素な建物だが、思ったよりもしっかり作られている。
宿屋、道具屋、武器屋、防具屋、飲食店。ここまでは定番の店構えなのだが保険屋と修理屋といった変わった看板を掲げる店もある。
想像以上に人が多く大規模で店への出入りも多い。たぶん、この集落には商人や従業員も含めれば百人以上の人……魔物がいるのだろう。
「なあ、バイザー。修理屋って武器や防具を直してくれるってことか?」
「おう、そうだぜ。武具のメンテは大事だからな。買い換えるのにも金が掛かるし、思い入れのあるものや、高性能なものもあるだろ。そういったのを整備修理して使い続けるための店だ」
異世界の知識がない俺たちを心配して、ここまで同行してくれたバイザーが、陽気な軽い口調で補足説明をしてくれる。
「じゃあ、保険屋ってなんだ?」
俺と同じく仲間も疑問だった点らしく、全員が聞き耳を立てている。
「保険屋ってのはダンジョンに入る前に加入できるシステムでよ。契約の内容によって変わるんだが、例えば丸一日帰ってこなかったら救助隊を出すとか。あとは死亡が確認されるか、行方知れずになった場合はそいつの遺品や資産を家族や誰かに渡す、とかそういう契約を交わせるんだよ」
「なるほどな。よく考えられている」
命懸けのダンジョン探索に向かう際に、こういった保険屋があると確かに助かる。
生存率も上がるし、残された者への心配も少しは和らぐ。
「そのー、冒険者ギルドはないでござろうか?」
何故か手を揉みながら、声を潜めて質問をする喉輪。
その質問を待っていたよ。俺もさっきから気になっていて辺りを見回しているが、それらしい建物は見当たらない。
異世界作品と言えば冒険者ギルド。ダンジョンがあるなら、あって然るべきだろう。
「あー、それな。そもそも、冒険者って職業が存在しないんだよ、こっちでは」
「「「えー、なんでー」」」
異世界作品に思い入れがある三人が同時に文句を口にするが、明は不満顔の表情を取り繕い、慌てて口元を押さえている。
自分のキャラじゃないことに気付いたようだ。
「勝手にダンジョンに挑んで勝手に稼いでくる連中だ。副業としてぶらっと入るやつもいるし、仲間と組んで本格的に探索するのもいる。入り口で入場料を払い契約書に記入。あとは自由だぜ。あっと、もちろん、国の法には従わなきゃならねえぞ。ダンジョン内だからって無法地帯ってわけにはいかねえ」
ルールは存在するが冒険者ギルドは存在しない、と。
無念そうな表情を浮かべている三人ほどじゃないが、俺も結構ショックを受けている。
冒険者ギルド、見てみたかったな。
登録して下のランクからデビュー。活躍によりあっという間にランクを上げていき注目株としてチヤホヤされる、なんて展開を期待していなかったと言えば嘘になる。
「EランクスタートでSランクまで一気に上り詰める英雄譚が始まるはずでござったのに」
「ランクか。アルファベットのランクには違和感があって好みではない。正直、鉱石や花の名といった他の例えをしたオリジナリティーがあるランク名の方が好みだ」
「明、わかりやすさって重要だと思うよ。凝っているのも嫌いじゃないけどさ」
またこの三人が余計なことで盛り上がってきたので、そろそろダンジョンに入るとしますか。
ここのダンジョンは十五階層まで確認されているらしく、下に繋がる階段を進んでいく方式らしい。
第三階層までは近所のオッサンが武器を片手に潜っても問題ないぐらいの難易度とのことなので、肩慣らしと様子見を兼ねて、今日は三階層制覇を目標にしよう。
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