第37話 潜入ミッション

 写真をマジマジと観察する。

 ヘルムは高身長だったが隣の大男はもっと背が高い。二メートルは軽く越えている。

 彫りが深く濃い顔をしているが渋めで格好良いな。日本人っぽさがなく、特定の外国も思い浮かばないような顔付き。

 たぶん、様々な人種の血が入っているのだろう。

 頭に二本の角に王様のようなマント。ド派手な衣装。普通なら浮くような格好だというのに、妙なぐらい様になっている。

 それどころか写真越しでも威厳を感じる程だ。笑顔だというのに圧が凄い。


 そんな男性と笑顔で並ぶヘルム。見慣れたスーツ姿と違って、見事に着飾っている。

 スリットの入ったイブニングドレスなのだが、特徴的なのが頭と背中。隣の大男と同じような二本の小ぶりな角があって、背中には四枚の羽根。

 上の二枚は真っ白な天使のようなデザイン。

 下の二枚は漆黒のカラスのような羽をしている。

 コスプレにありがちな安物感がまったくない。


「この写真から読み取るとしたら……ヘルムと隣の大男は何処か似ている。角の形状もそうだが、目元に大男の面影がある。とするなら、家族なのか?」


 こんな匂わせな写真を挟んでおいて、コスプレ会場でたまたま知り合った人、なんてオチはないはず。

 父娘と仮定して考えてみるか。世界観からしてコスプレもあり得ない。

 さっきの二人組の話とこの写真。司会進行をしているヘルム。

 角が生えて、背中には四枚の羽根。

 ここから導き出される答えは……ヘルムは人間ではなく魔物で父親っぽいのは魔王。

 この衣装、如何にも魔王っぽい。というか、この存在感で下っ端や平社員はありえないだろ。


「そう考えると、しっくりくるな」


 俺たちを召喚したのは人間ではなく魔物。

 それに加えポーとルドロンは異世界人を憎み、仲間が殺されたようなことを口にしていた。


「となると、他にも異世界人がこの世界に召喚されていて、魔物たちを殺している? ……それに対抗するために俺たちは喚ばれた?」


 異世界人で同士討ちさせるために……。

 ただの憶測と少ない情報での考察だが、想像以上にしっくりきた。

 ジグソーパズルで難解なパーツがはまったかのような感覚。


「確信はないから、今のところは一つの仮定としておこう」


 写真が挟まっていたノートらしき物をパラパラとめくる。

 やはり言葉は理解できないが、どうやら日記帳らしい。

 毎回ページ頭の部分に日付らしい文字と記号があり、変化のない数字っぽい記号が毎回書かれている。

 たぶん、これが月で、これが日。で、これが曜日か?

 わかるのはこれぐらいで、あとは意味不明。たまに、デフォルメされた魔物の絵が描かれている。


「結構、上手いな」


 愛嬌のある外見をしていて、様々な種族の魔物が登場している。


「勧善懲悪ではなく魔王側に人間味がある設定か」


 一方的に魔王軍が悪く、人間は被害者。

 この設定なら、なんのためらいもなく魔物を狩れるのだが、さっきの二人も含めた裏側を知ると、ゲームだとわかっていても手を出しづらい。

 特にリアルと遜色のないこの世界だと。

 他にも情報を得るために色々と調べたいところだが、女性の部屋をこれ以上物色するのはアウトか。


「でも、魔王の娘ポジションだと仮定するなら……庶民的すぎないか、この部屋」


 改めて部屋を観察してみるが、ワンルームマンションの一室にしか見えない。

 トップの娘にこんな部屋が与えられるか? もっと広々として高級そうな家具に囲まれているのが基本だろ。

 庶民派なのか? ゲームクリアー後でもいいから開発者に訊いてみたい。

 よっし、気持ちを切り替えて別の部屋も探索しよう。


 扉を少しだけ開けて廊下の様子をうかがう。

 姿、気配、物音はないな。

 そっと扉から出て隣のドアノブを掴むが開かない。等間隔で配置されている扉を次から次へと試してみるが、全滅。すべて施錠されている。

 扉の向こうがヘルムと同じ造りなら、ここはこの施設に住んでいる者たちの居室と考えるのが妥当か。

 こんなところでモタモタしていたら、誰かと遭遇する確率が上がっていく。


 廊下には扉があるだけで一本道。逃げ場も隠れる場所もない。天井高は……五メートル、いや、もっとあるな。

 上の方は暗いが、突起物もなく真っ平ら。

 隠れるどころかぶら下がることすら不可能だ。


「ここで見つかったら最悪――あー」


 口にすると現実になる、なんて言うが……足音が聞こえてきた。

 俺が来た方向とは逆側から足音が響いてくる。

 まだかなり距離があって廊下の曲がり角から聞こえてくるので、見つかってはいないが時間の問題。

 どうする⁉ ヘルムの部屋に戻るか⁉

 《矢印の罠》で一気に移動すればギリギリ……いや、入るところを見られたら逃げ場がない!






「はあ、肩の凝る仕事だ。常に気を張っているのも楽じゃない」


 大きなため息を吐き、右肩をぐるぐる回しながら愚痴をこぼしている。

 真っ赤な髪から二本の角が突き出た頭。それにスーツ姿。

 この最悪なタイミングで、よりにもよってヘルムがやって来るのか。


「しかし、あのワダカミという人間は何処に行ったのだ。バイザーは俺様に任せろ、なんてキャラになりきって豪語していたが。あやつは、あの姿になってから言葉遣いが悪くなりすぎだ。我は一応、最高責任者なのだが、困ったヤツだ」


 ヘルムの独り言が止まらない。

 俺も仕事で不満やストレスがたまっていると部屋や浴槽でよくやる。気持ちは痛いほどわかるよ。

 と、同感していると落ちそうになったので、慌てて体勢を整える。

 しかし、この方法は酔いそうだ。

 俺はさっきからヘルムの上……天井にぶら下がっている。

 指を掛ける出っ張りすらない天井でどうやっているのかというと、《矢印の罠》を二メートルの間隔を開けて、矢印が向かい合うように設置。


 天井に貼り付いている罠に触れる。二メートル横移動。

 重力に従って落ちる前に罠に触れて二メートル横移動。

 これの繰り返し。高速で視界がぶれるぶれる。

 タイミングを一瞬でもミスったら落下確定。あと、罠の回数制限も忘れてはならない。

 罠が消えたら補充して同じ場所に貼り付ける。これが一番辛い。


「あれ、鍵が開いている。また閉め忘れていたのか。これがバレたらリヤーブレイスにまた小言を言われてしまうな。もっと大きな部屋に移動させられ見張りも付けられてしまうかもしれん。黙っておこう」


 そんなうっかりさんアピールはいいから、さっさと部屋に入って欲しい。

 こっちは頭の上でさっきから反復横跳び中なんだよ。

 わざと見つかって相手のリアクションを楽しんでみたい気もするが、ゲームオーバー確定だよな。大人しく我慢しよう。

 ヘルムが部屋に入ったのを確認してから、廊下に降り立つ。

 直ぐに出てくる可能性があるので、ここは立ち去るのが得策か。

 速度重視で《矢印の罠》を発動。一気に廊下の突き当たりまで移動できた。


 ここで左右に道が分かれている。ヘルムとの遭遇もそうだが、これ以上施設内をうろつくのは危険だ。探索よりも逃走を優先しよう。

 左はさっきの廊下と同じように見えるが、右はかなり明るい。少し先に窓があってそこから光が差し込んでいる。

 それも人工的な灯りではなく、日の光が。


「外に繋がっているのか」


 なら迷う必要はない。

 右へ進んで窓際の壁に貼り付いた。身をかがめながら、そっと窓の外を覗く。

 視界に広がるのは大海原。見渡す限りの水。

 巨大な湖の可能性もあったが、微かに漂う磯の香り。海で間違いない。


「海を背に建てられている」


 これが孤島にポツンと建造された施設なら逃げ場がない。

 祈る気持ちで廊下の反対側にある窓から外を見る。

 こっちは中庭のようで芝生が敷き詰められ、石畳の道の脇には休憩用なのかベンチが設置されていた。

 他は施設の壁があるだけで、上部は何もなく薄い雲のかかった空があるだけ。

 誰もいなかったので、窓から中庭に飛び出すと《矢印の罠》で隅の方に移動する。

 視線を上に向けると、頭上に障害物もなく真っ直ぐに壁が伸びていた。


「ここがいい感じだな」


 《矢印の罠》を壁に貼り付けて、一気に上昇。

 六個目の《矢印の罠》を発動したところで屋根の上に到達した。

 施設の一番高い場所なので見通しがいい。ここからなら全貌が明らかになる。

 ここは施設の端にある四角い塔のような建物で、最上部は少し傾斜の付いた屋根。

 この程度なら油断しなければ滑り落ちる心配もない。


「んー、風が心地良い」


 敵に見つかる心配がない場所でようやく人心地つける。このまま空を眺めながら昼寝をしたい気分だが、まずは現状の確認。

 屋根の縁に立ち眼下の景色を見る。


「おい、おい、おい」


 まず目に飛び込んできたのは重厚な城。

 外壁が鈍くくすんだ黒をした巨大な城。城壁が取り囲み、外側には大きな堀。

 壁の内側には入り組んだ道があり、斜面を登り進んだ先にこの城がある。

 城壁の向こう側には町並みが見える。距離があるので詳細はわからないがかなりの規模だ。


 人の姿を目視で確認は無理か。もっと近づかないと詳細な情報は得られない。

 城下町には無数の建物があり、更に先には町を取り囲むように城壁がある。

 壁の向こう側は自然が豊富な大地が広がっている。


「二重の壁に囲まれた城。後ろは断崖絶壁で海」


 太陽の位置からして北に海を構えた城と城下町。

 自分が何処に飛ばされたのか、はっきりと自覚できた。


「たぶん、というか、ほぼ確定で魔王城だろ……」

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