第36話 潜入捜査

 数分、暗闇に佇んでいたが変化がない。

 目が少し闇になれてきたので、周囲の状況が少しだけ見えてきた。

 闇の中を見渡すと周辺にベッドらしきものがある。手を伸ばして触れてみると、シーツの手触り。

 やはり、これはベッドなのか。

 そのまま慎重に逆方向に進むと足に何かが触れた。

 再び手を伸ばすと金属の感触と冷たさ。そのまま手探りで全体をなで回す。


「これもベッドか」


 どうやら、部屋の中にはいくつかベッドがあるようだ。

 等間隔に綺麗に並べられているので、配置が容易に想像できて闇の中でも動きやすい。

 かなり広い空間のようだけど、灯りが欲しい。切実に。


「宝玉……やっぱ出ないな。で、ここは何処かって話だけど」


 まずこの状況はおそらくバグだろう。ゲームをやっていたら一度や二度は遭遇する。

 ましてや、これはテストプレイ中。完成していない状態なので遭遇率は高い。

 そこから考察するに、ここは未実装エリアか本来は入り込めない建物や障害物の中。

 あとは……隠しイベントか?

 特定の状況下のみで発生するイベントがあって、その条件を偶然に満たした、という可能性もある。


「どっちにしろ、何もしないわけにはいかないな。まずは探索してみよう」


 これがバグなら運営側が気づいて対応するか、強制ログアウトさせてくれるだろう。

 ただ、これが実は隠しイベントで迂闊な行動をして死亡、ゲームオーバーになったら洒落にならない。できるだけ安全に行動することを心がけよう。

 まずはこのベッドがあるだけの空間から移動したいところだけど。灯り、灯り、何処かにないかな。

 闇に目が慣れたとはいえ限度がある。


 ベッドを避けながら移動しようとした、その時。いきなり、左側が一斉に輝いた。

 咄嗟に伏せると、ベッドの下に潜り込む。

 そっと、ベッドの隙間から光った方向を観察すると、どうやらこの空間の片側に大きな窓がずらりと並んでいて、灯りの付いた廊下に面しているようだ。

 自分がいる部屋は想像以上に広い空間で、ここからだとベッドと椅子の脚しか見えないが、ざっと数えただけで五十、いや、もっと倍近くあるか。


「病院っぽいけど」


 だけど部屋の仕切りもないなんてあり得るか?

 何処かでこういう光景を見た覚えがある。……確か、野戦病院だ。

 殺風景でベッドが無数にある状況。映画やドキュメンタリー番組で何度か観たことがあった。

 廊下側から忙しなく走る足音が聞こえてくる。数からして二人、か?


 扉の開く音がして、足音がこっちへ向かってきている。

 バレないようにベッド下の中心部に移動して声を潜めた。

 隙間から二人分の足が見える。一人はサンダル、一人はハイヒールのようだ。両方女性らしい。


「もしかしてここかと思ったのですが。やはり、いませんか。これは大問題ですよ」

「ねえねえ、マジで何処に居るかわかんないの? 超ヤバくない?」


 声からして片方は生真面目そうで、もう片方はギャルっぽい。


「ポーさん、ヤバいなんて次元ではありません。体内にあるはずの宝玉が排出され、本体が行方知れず。宝玉がなければ何処にいるのか調べようがありません」

「あの宝玉がないと居場所の確認とー、盗撮とー、盗聴ができないもんね」


 不穏な単語のオンパレードだ。

 もしかしなくても、この二人が探している人物は俺で間違いない。

 話の内容からして、ここは未実装エリアではなく隠しイベントで確定か。

 異世界に召喚されたプレイヤーは、召喚した国の連中に宝玉を通じて監視されていた、という設定だとしたら納得がいく。

 今は憶測よりも、集中して二人の話を聞き逃さないようにしよう。


「ルドロン、ワダカミっちはどうなったんだろ?」


 はい、俺のことで確定。

 この二人は生真面目そうなのがルドロンで、ギャルっぽいのがポーか。覚えておこう。


「わかりません。《転送の罠》に巻き込まれた際に不具合が発生して、何処かに飛ばされたようですが」

「宝玉だけは、えっと他の人と一緒に同じ場所に飛んだんだよね?」

「そうですね。それはバイザー様が密かに回収していますので」


 俺の宝玉はバイザーが拾ってくれているのか。後で合流したら返却願おう。

 しかし、様付けに加えてゲームキャラがバイザーの名を語っている? 制作側のテストプレイヤーでありながら、ゲーム内でも関係者という立ち位置なのか?

 あんなキャラなのに重要人物っぽいな。

 新たな疑問が生まれたが、それは後回しだ。

 自分の状況と世界観が少しわかってきた。もう少し、突っ込んだ話をしてくれると助かるのだけど。


「ワダカミっちがいなくなったら、あちしらはお役御免だね」

「それどころか、責任を取らされるかもしれませんよ。この一件は計画を大きく揺るがすことになりかねません。いっそのこと、何処かで死んでいる方が……」


 おいおい、酷い台詞を言っているな。想像以上にシビアな世界観なのか?


「ルドロン! そんなこと言っちゃダメだよ! 異世界人が憎いのはわかるけど、ワダカミっちは巻き込まれただけでしょ。最終的には殺されるとしても、担当のあちしらだけは最後の瞬間まで味方でいてあげようよ」

「そう、でしたね。すみません」


 ポー、なんて良い子なんだ。オッサンに優しいギャルは実在したのか! いや、ゲーム内だから架空の人物か。

 しかし、気になる点がいくつもあった。

 異世界人を恨んでいる?

 俺の担当?


 どういうことだ。魔物や隣国に攻められ疲弊している小国が、最後の手段として召喚したのが……俺たち守護者のはず。

 感謝されることはあっても恨まれる覚えはない。

 ゲーム開始時にヘルムが伝えたストーリーに偽りがあった?

 ……なるほど、裏設定がてんこ盛りで考察のしがいがある世界観なのか!

 俺たちが召喚された理由も立場も疑ってかかった方が面白そうだ!


「でもさ、騙して互いに競わせて、殺し合いさせるって酷いよね……。すべて知ったら恨むよね、あちしらのこと」

「そうね。でも、私たちが生き延びるためには必要なことなの。手段なんて選んでられない」

「くよくよしても、始まらないか。よーっし、まずはワダカミっちを見つけるよ!」

「私は監視室に戻って調べ直してみます」

「じゃあ、あちしは同僚にワダカミを見かけたら教えてもらうように頼んでみるね」


 二人の足音が遠ざかっていく。

 もう少し詳しい話を聞きたかったが、下から顔を出して質問するわけにもいかない。

 一つ残念なのが二人の顔を確認できなかったことだ。

 靴と足首しかわからないので、どんな顔をしているのか興味がある。

片方は間違いなくギャル風だろう。もう一方は眼鏡をかけた秘書っぽい人だと嬉しい。


 静かになったのを確認してから、ベッドの下から這いずり出る。

 そっと立ち上がり、改めて辺りを見回す。

 廊下の明かりがあるおかげで、室内を正確に観察できる。

 無数にあるベッドの脇には椅子が備え付けられ、ベッドにも椅子にも誰もいない。

 廊下以外の壁には窓一つなく、出入りは廊下側の前と後ろにある扉からのみ。


 彼女たちは前の扉から出て行ったので、そっちに向かってみるか。

 廊下から見つからないように中腰状態で《矢印の罠》を使い一気に移動。

 扉をそっと少しだけ開けて、顔を出す。

 真っ直ぐに伸びた長い廊下。床も壁も天井も白で統一されている。


「病院みたいで、世界観とあっていないような」


 今までは中世ヨーロッパ風だったのに、ここは日本と同レベルの時代設定に思える。

 だけど、近未来風のダンジョンや古代の超科学文明も定番のパターン。ゲームならよくある設定の一つだ。

 右を向くと廊下の先が左右に分かれている。

 左を向くと廊下の突き当たりに両開きの扉がある。


「さてと、どっちに行くべきか」


 俺の立場からして捕まったら危険だというのは理解できた。

 ただし、相手は俺を探す術がない状況。まずは、ここがどういう場所なのかを把握しなければ。

 二人の会話内容から察するに、俺たち守護者を見張っている施設っぽい。この部屋のベッドに守護者を寝かせているような口振りだったが、それもよくわからない設定だ。

 俺たちはこの世界を探索して、ログアウトをして現実に戻る。そして、再びログインするとログアウトした状況からの再開。

 このベッドに寝ているタイミングなんてないはず。


「何か勘違いをしているのか?」


 喉の奥に小骨が引っ掛かったような違和感。

 胸がチクリとする痛みともどかしさ。それに微かな不快感。


「大きな見落としがあるのか?」


 いや、余計なことを考えるのはよそう。情報が少なすぎる。

 デスパレードTDオンライン(仮)はゲームシステムだけじゃなく、ストーリーも作り込まれているだけ。

 こうやって真剣に考察させること自体が、制作陣の思う壺なのかもしれない。

 まずは情報収集。この施設を探索して、このゲーム世界の謎を解ければ最高。

 加えて、ここからの逃亡手段を見つける。


「それでどっちに進むかだけど」


 ここで迷っていても時間の無駄なので、二人が移動した左の両開き扉に向かう。

 少しだけ開いて先を確認。

 また廊下が続いているが、廊下の脇にいくつもの扉が並んでいた。

 廊下、壁、天井は石造りで年季を感じる。さっきまでの病院風から、砦内と同じような建物内部へと様変わりしている。


「この扉を境にタイムスリップしたみたいだ」


 なんて感動している場合じゃない。一番手前にある扉まで移動すると、ドアノブに手を掛ける。

 この扉もノブも鉄製でかなり頑丈そうだ。

 ドアノブを回してみるが開かない。鍵が掛かっている。


「雪音ちゃんがいたら、入れたのにな」


 こういったミッションには《落とし穴》がかなり便利。潜伏や侵入はお手の物。いざとなったら逃亡にも使える。

 普通のタワーディフェンスなら敵を落とすしか使い道がなかったけど、何でもありのゲーム性だと利便性が高い。

 《矢印の罠》もそうだが、威力だけでTDSを判断すると痛い目を見る。

 何も考えずに威力重視の人物が頭に浮かんだが、邪魔なので振り払う。


「みんなの足を引っ張ってないといいけど。……人のことより、まず自分か」


 気持ちを切り替えて、次の扉の前まで進む。

 今度は扉が開いた。

 中を覗き込むと居室になっていた。ベッドに椅子と机。それに洋服タンスがある。六畳ぐらいの大きさで人の住んでいる形跡が至る所にある。

 ベッドの毛布の乱れ具合、机の上に置きっぱなしのカップ。


「不用心だな」


 素早く部屋に入って、扉を閉める。

 これで少しは落ち着けそうだ。まずは家捜しでもするか。

 汚部屋とまでは言わないが、整理整頓が行き届いているとはお世辞にも言えない。

 どういった人物が住んでいるかを調べるために両開きの洋服タンスを開ける。

 これはワンピースか、それに女性のスーツも。更に裏地が真っ赤なマントまでも。


「女性の部屋だったのか」


 下の引き出しには下着類が入ってそうなので、そこは見ないでおく。

 ゲーム内とはいえ、そこをあさるのはよくない。このゲームなら細部にまで作り込んでいる可能性が高いのでやめておこう。


「他に何かめぼしい物は」


 テーブルの上に置きっぱなしのノートらしき物を見つけたので開いてみる。


「読めない……」


 この世界の言語らしく全くわからない。

 それでもペラペラとページをめくると、一枚の写真が出てきた。

 満面の笑みで写る二人の人物。

 二人ともハロウィンか何かなのか、凝った衣装を身にまとい楽しそうだ。

 頭に二本の角を付けた、魔王のような姿の大男には見覚えはないが、もう一人の顔は覚えている。


「司会進行役のヘルム……だよな」

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