第35話 乱戦
塔の壁に《落とし穴》を設置した状態で時を待つ。
隣から「ふごーふがー」と鼻息の荒い負華が気にはなるが、軽い興奮状態なだけで緊張はしていないようなので声は掛けずにおく。
覗き穴から屋上の様子をうかがいつつ身を潜めていると、爆音が響いた。
あれは《鉄の剣士》が《地雷》を踏んだ音だ。
その合図を切っ掛けに塔の外へと一斉に飛び出す、喉輪チーム。
迎え撃つフードコート側も大量の守護者が塔から現れている。
バイザーが予め大量に召喚していた《鉄の剣士》十体が敵陣目がけて特攻していく。
地雷で吹き飛び、地面から現れた丸鋸に切断され、地面から噴き出した冷気に氷付けにされ、次々と《鉄の剣士》が壊されていくが、残された数体がかなり敵陣の近くまで切り込んでいる。
その背後には歓声を上げながら続く喉輪チームの守護者たち。
「僕たちも参加していいんじゃ⁉」
「美味しいところ全部持っていかれてしまいますよ!」
今にも飛び出しそうな双子を手で制する。
「まだだ。今じゃない。急いては事をし損じるって言うだろ」
「……念仏?」
「諺、な」
負華が相変わらずな受け答えをしてくる。
こんなやり取りに気を取られている間に、戦況に大きな変化が生じようとしていた。
《鉄の剣士》二体がTDSの密集エリアを抜けて、屋上の半分を走破したようだ。
そこから先は罠が少ないようで何の妨害も受けずに猛進していく。
だが、その姿が一瞬にして掻き消える。
目も眩む閃光に包まれた《鉄の剣士》が一瞬にして消滅した。
「これが《雷龍砲》の威力か」
射程に踏み込んだ途端、放たれた強烈な一撃が《鉄の剣士》を一掃する。
「どうだ、見たかうちの切り札を!」
「これさえあれば、楽勝よ!」
沸き立つフードコートチーム。
「みんな、それ以上は近づいてはならぬ! 命大事にでござる!」
大声を上げて仲間に指示を出す、喉輪。
相手チームとは正反対に、勢いと足が止まる喉輪チーム。
両者が睨み合い、すべての視線が一カ所に集まっている。
「ここだな。行くぞ、みんな!」
「「「「了解!」」」」
壁に大きな穴が空き、そこから外へと進み出た。
まず、負華が《鉄球の罠》を発動させる。
屋上は平らで傾きがないので鉄球を出したところで転がらない。
それを理解した上で鉄球に手を加える。
「雪音ちゃん、よろしく」
「お任せください」
雪音は鉄球に向かって手を伸ばし、意識を集中する。
すると、鉄球の上部に円錐の上部を切り落とし、金属製の短いホースのような蛇腹が繋がっているような形状の、奇妙な物体が現れた。
「《火炎放射》設置完了です」
そう、あれは《火炎放射》。本来は壁に設置して炎を噴き出す罠なのだが、今回は鉄球に六つ埋め込んだ。
ただ、鉄球の上に置いたのではない。《落とし穴》で鉄球に小さな穴を開けて、そこに《火炎放射》を仕込んでいる。
「TDSにTDSがくっつけられるのは、面白いですよね」
「《デコイ》に《矢印の罠》を貼り付けられたから、いけるとは思っていたよ。それじゃあ、よろしく」
俺がニヤリと意味ありげな笑みを浮かべると、雪音が同じ表情で笑う。
「二人ともえげつない顔してんで」
「うわぁ。ゲームの小悪党が浮かべる嫌な笑い方してるぅ」
楓と負華がわざとらしく声を潜めて、こっちを指差している。
日頃は仲が悪い癖に、こういう時は息がぴったりなんだな。
そんな二人を完全に無視して、雪音が一歩踏み出すと大きく右手を振る。
「出発進行!」
掛け声と同時に鉄球の上部から火炎が飛び出す。
炎の柱が三本噴出される勢いに押されて、鉄球がゆっくりと回り始めた。
この組み合わせは鉄球の上部だけではなく、反対側の下部にも仕込まれている。
上に三つ、下に三つ。それが同時に炎を噴き出すことによって鉄球が回転する仕組みだ。
「名付けて、燃える魔球!」
どうかと思うネーミングセンスを堂々と晒す負華。
「クソだっさいわ。二点」
「僕はわかりやすくて嫌いじゃないかも。でも、五点」
「ほとんど私の力なのに自分の手柄みたいに言うので、一点」
みんな採点が厳しいな。
じゃあ俺もツッコミ入れておくか。
「野球部が舞台の乙女ゲーやった?」
「残念、ボーリング同好会でした!」
いつものやり取りをしている間に、鉄球は回転を始め敵陣へ向けて進み始める。
初めは俺たちが歩く速度より遅かったが、徐々にスピードを増して十メートルを過ぎた辺りで、かなりの速度に到達していた。
鉄球は屋上に配置されているTDSを蹴散らしながら、フードコートチームへと爆走している。
そこでようやく気づいた守護者たちは、炎をまとった巨大な鉄球が迫ってくるのを見て……軽くパニック状態に陥っていた。
「なんだ、あのデカいのは⁉」
「巨大な火の玉よ!」
「誰かあれを止めろ! このままじゃ、ヤバいぞ⁉」
横合いから、いきなりあんなのが転がってきたら、そりゃ怖いに決まっている。
何人かがTDSで迎撃をしているが、勢いの付いた鉄球に為す術がない。
《鉄球の罠》は使い勝手がすこぶる悪いが、耐久力と破壊力はずば抜けている。
加えてあの大きさ。足止めに適したTDSがあったとしても、三メートルもある鉄球の前では無力。
「リーダー、なんとかしてください!」
切羽詰まった男の助けを求める声に反応して、フードコートが片腕を右に振る。
腕の動きに応じて《雷龍砲》の砲口が鉄球に向けられた
「穿て」
龍の顎から金色の咆哮が放たれ、鉄球を迎え撃つ。
炎と雷が正面から激突し、火花が飛び散る。
あれほどの勢いがあった炎の鉄球が徐々に速度が弱まり、完全に動きが止まった。
それどころか鉄球の表面にひびが入り、亀裂から光が漏れ出している。
「これはヤバいな」
「退避、退避ー! おたおたしとらんと、早よ逃げんか!」
「ぎょわわわわああああああ!」
楓の怒号と負華の悲鳴がここまで聞こえてくる。
鉄球が爆音と共に砕け散ると同時に《雷龍砲》の光も消えた。
前作のデスパレードTDでは罠と罠が接触するようなことはなかったが、正面衝突すると《雷龍砲》に軍配が上がるのか。
しかし、さっきの衝撃で周辺のTDSが消滅したようだ。
爆発の余波でフードコート側の数名が吹っ飛ばされて、気を失っている。
更に嬉しい誤算なのが、ド迫力の光景を目の当たりにした数名の腰が引けて、戦闘意欲を失っているように見えた。
リアルすぎる音と光の演出に恐怖を覚えたか。
「怪我をした役立たずは下がって震えていろ。邪魔だ、さっさと連れて行け。無能は出しゃばらずに、有能な者に任せておけばいい」
仲間に対して見下した物言いで、淡々と指示を出すフードコート。
初めて声を聞いたが、声が中性的で想像より若い。双子と同年代か少し上ぐらいかもしれないな。
まあ、声だけで年齢を把握するのは難しいので予想に過ぎないが。
ちなみに俺は今、フードコート陣営の背後にある塔の上に潜んでいる。
混乱に乗じて胸壁を飛び越えて屋上から離脱。《矢印の罠》で壁に張り付くように移動。
何とか背後に回り込んで塔の上に到達。
そして、高みの見物と洒落込んでいる。
「ここまでは予定通り。負華たちは……ちゃんと撤収している」
既に負華たちの姿は何処にもない。
無事、塔の中に逃げ帰ったようだ。
フードコート側はリーダーの指示に従い、混乱が収まりつつあったのだが、こんな大きな隙を喉輪たちが見逃すわけがない。
様々な色の魔法や飛び道具がフードコートたちの場所へ飛来している。
……って、ここにいる俺もヤバくないか⁉
しゃがんだ格好の俺とそっくりな《デコイ》を出して、目の前に置く。
すまないな、俺。弾除けになってくれ。
流れ弾が何発か《デコイ》にぶつかる。自分の姿をした物が傷つけられていく様は、胸に来るものがある。だけど、これを消したら俺がただでは済まない。
というか、結構ピンチじゃないかこれ。
当初の目的ではここで両陣営を観察しつつ、《矢印の罠》でフードコートを屋上から排除する予定だった。
しかし、今は顔を出すことすらできない。想像以上に攻撃が激し過ぎる。
現状は喉輪チームの圧倒的有利。不意打ちの混乱に乗じて攻めに転じたおかげだ。
リーダーは仲間の回収と敵へのけん制に精一杯。このままの流れだと喉輪チームの勝利は確定か。
「もう、どうにもならん! 全員、撤退するぞ。倒された者はどうしようもない、捨て置け!」
リーダーのフードコートは判断が早い。
強力なTDSを所有することで傲慢になり、引き際を間違えて追い詰められたところを、俺が止めを刺して《雷龍砲》をゲットして逃亡。
作戦上はこうなる予定だったが、この状態で手を出すのは利口じゃない。
俺もとっとと逃げますか。
塔の屋上に《矢印の罠》を設置しようとした瞬間、周囲から青い光の粒子が立ち上ってきた。
「なんだ、この青い光」
光に触れているが痛みや違和感もない。
TDSの何かだとは思うが、嫌な予感がする。急いで罠を――
《矢印の罠》を発動すると同時に視界が青で染まった。
「はあぁっ?」
視界を妨げる青い光が消えると、そこは暗闇だった。
ど、どういうことだ? お、落ち着け。
まずは現状の把握だ。
当たりは光のない黒一色。両手を周辺に伸ばしてみるが何もない。
耳を澄ますが……無音。
匂いを嗅いでみるが……無臭。
目を凝らしてみても何も見えない。
宝玉を出して、その灯りで周囲を確認しようとしたが……出ないぞ。
おいおい、バグか。あの青い光が何かは不明だが、おそらくワープ系の罠だろう。
フードコートの撤退命令からして、ワープ系の罠で仲間を離脱させようとした。それに巻き込まれた俺は何処かに飛ばされた、と。
ならば、フードコートチームと同じ場所にワープした筈なのだが、暗闇でボッチプレイ。
たぶん、ワープ時に《矢印の罠》も同時に発動することで、バグが発生。俺だけ別の場所に飛ばされた線が濃厚か。
宝玉が使えないのもそのせいだろう。
時折、忘れそうになるがこのゲームはテストプレイ中。不具合があるのは当たり前で、それを見つけて直すためにテストプレイをしている。
どうしようもないので、その場に座り込む。
ログアウトしようにも宝玉がないから、やりようがない。開発者が早めに気づいて対処してくれるのを祈るしかないか。
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