第34話 共同作戦

 喉輪の立てた作戦を要約するとこうだ。

 屋上への本格的な進軍を開始する。そのタイミングで俺たちはどうにかフードコート陣営の側面か背後に回り込み挟撃。


「フードコートの裏っていうと、食材を配達にきた人みたいですよね」


 わざわざ耳打ちして小声で何を言うのかと思えば……俺も一瞬だけ頭をよぎったけど、負華は黙ってような。


「手段は肩上殿たちにお任せします。どうかどうか、お頼み申す」


 机に両手をついて大袈裟に頭を下げる喉輪。

 口調からして時代劇じみてきた。


「挟み撃ちか。ちなみに敵は屋上にどんな布陣で待ち構えているのか、教えてもらっても?」

「バイザー殿、あれを」

「ふむ、承知いたした」


 何故か服の下から巻物を取り出すと、長机の上に広げる。

 さすがバイザー。この場の空気に合わせてきたな。

 巻物には屋上の見取り図が書いてあった。そこには小さな○と✕が点在している。


「敵兵を○、罠を✕表示してござるよ」

「わかっている範囲だけどな」


 敵兵の数は二十一名。

 確か砦戦の生き残りが五十一名。

 喉輪チームは二人倒されて、現在十八名。

 引くと……十人足りてない。

 ということは階段付近や塔内部に残りが潜んでいるのか。


 屋上は真っ平らで四隅に塔がある。その内の二つだけ屋上に上がることが可能で、残りの二つは屋上へ繋がる扉が存在していない。

 屋上へのルートは喉輪チームが一つ確保。もう一つはフードコートチームが確保。

 その出入り口を囲むように扇形で陣を敷いている。


「屋上の四分の一ぐらいの範囲に敵がいる、と」


 TDSは屋上全域に配置されていると思った方がいいだろうな。この見取り図についている印はあくまで確認できたものだけ。参考程度に考えた方がいい。


「その罠の配置を調べたのは俺様の《鉄の剣士》だぜ」

「意外と汎用性高いよな、羨ましい」


 自慢げに語るバイザーに対して、素直に称賛をする。

 その方法なら誰も犠牲者を出さずに安全に調べることが可能だ。


「なあ、なあ。この屋上に繋がってない塔は中どうなってんの?」


 今まで黙って話を聞いていた聖夜が二つの塔を指差している。


「他の二つと同じようにらせん階段になってござるが、最上部には窓も扉もなく、行き止まりでござったよ」

「ふーん」


 聖夜はそれだけを聞くと背もたれに体を預けて、隣にいる雪音を見た。

 雪音が頷くと二人は口元に笑みを浮かべる。さすが双子。声には出さないが考えが伝わったようだ。

 おそらくだが、雪音の《落とし穴》を使えば通行可能だと思っているのだろう。

 確かにその方法は……ありだな。候補の一つに入れておいて、後で検証してみるか。


「なあ、うちも一つ言いたいことがあるんやけど」


 楓が小さく手を上げて発言の許可を求めている。


「なんなりと遠慮なく言ってくだされ。忖度はなしでござるよ」

「ほな、遠慮なく。そのきっしょい喋りどうにかならん?」


 椅子から立ち上がると、侮蔑を隠そうともしないで、吐き捨てるように言う楓。

 シーンと場が静まりかえる。

 俺も少しは……いや、かなり気になってはいたけど、そんなにハッキリ言うとは。


「そこのご婦人は拙者の口調がお気に召さないと仰るので?」

「仰るのや」


 淡々と返す喉輪にキッパリ言い切る楓。


「私は別に気にならないけどなー。ネットでたまにいるし」


 隣でぼそっと呟く負華。

 確かにネット掲示板とかのチャットで、そんな口調で書き込んでいる人を見かけることがある。


「エセ関西弁を話す関東人にもムカつくけど、その侍なんか忍者なんかオタクなんか、ようわからん話し方を聞いているとむず痒くなんねん」

「わぁー、ネットのノリが理解できない陽キャの発想」


 今度は楓に聞こえるような音量で呟く負華。

 無言で睨み合ういつもの二人。

 ほんと、この二人は馬が合わないようだ。


「気に障ったのであれば申し訳ありません。貴女の前では極力使わないように心がけますね」


 口調をガラッと変えて、好青年風に謝罪を口にする喉輪。

 さっきまでのギスギスしていた空気が霧散して、爽やかな空気に入れ替った気がする。


「ま、まあ、わかってくれたら、それでええんやけど」


 そっぽを向いて勢いよく着席する楓。

 少し頬が赤いな。


「では、話がまとまったところで本格的な作戦会議を始めましょうか」


 なんで負華が場を仕切るのかが不明だけど、この場は話を合わせておくか。






「慎重に音を立てないように細心の注意を払って」

「「了解」」

「わかったで」

「深夜、両親に見つからないように食料をあさるのは得意だったので、任せてください」


 俺たちは今、塔の一つを登っている最中。

 喉輪チームとフードコードチームは対角線上の塔を守るように陣取っているので、俺たちは北の方角にある誰もいない塔を進行中。

 足音を立てないように注意しながら歩を進めている。

 全員からの返事を聞いて……負華のは複雑な心境になったが、今のところ問題はないようだ。


 階段を上りきると光が一切差さない円形のホールにたどり着いた。

 灯りの確保は宝玉から放たれる光で補っている。

 周囲の壁を触ってみるが、分厚く頑丈な石造り。ちょっとやそっとの衝撃では崩れないだろう。


「私のTDSなら破壊可能ですけどね!」


 負華が胸を張って威張っているが、その通りなのでツッコミは無用だな。

 この面子だと壁を壊せる可能性があるのは負華の《バリスタ》のみ。もう一つの《鉄球の罠》は斜面が下ってないと使えないという欠点が大きすぎる。

 速度が乗ればかなりの破壊力が期待できるが、今のところ使い道が難しい。

 とはいえ物は使いよう。考えがいくつかある。


「あとは合図を待って行動開始だけど暇だね。待つのは慣れているけどさ」

「モデルの仕事は待ち時間の方が長いなんてざらですから」


 芸能活動をやっているだけあって、双子は落ち着いた態度で壁にもたれ掛かっている。


「密室の暗い場所っていいですよねぇ」


 負華も落ち着いているようで何より。


「うちは狭っくるしくて、じめっとしてんの苦手なんやけど」


 楓は落ち着かないようで、壁際を歩き回っている。

 俺はどちらかと言えば暗闇に安心する方だ。寝るときは真っ暗で無音にしている。

 とはいえ、楓の気持ちもわからなくはない。


「雪音、ここの壁に小さな《落とし穴》出せる? のぞき穴ぐらいの」

「調整したら可能ですよ」


 TDSはオプションで細かい設定が可能で、大きくするのはポイントを消費しなければならないが、小さくする分にはオプションをいじるだけで済む。

 雪音が壁に触れると、親指の第一関節ぐらいの大きさしかない穴が二つ空いた。

 一つには楓が飛びつくように駆け寄り、覗き込んでいる。

 もう一つは俺が利用させてもらう。


 穴から見える景色はだだっ広い屋上。

 正面には扉のない塔。左の塔付近には《鉄の兵士》が五体。右にはフードコートチームが十名見える。


「あれが《雷龍砲》とフードコートか」


 日の光を受けて金色に輝く龍の頭。

 大きく開かれた龍の顎は喉輪たちがいる塔へと向いている。

 その背後に仁王立ちしているのが相手チームのリーダー。

 確かにフード付きのコートを着込んでいる。距離があって目深に被っているので顔がわからない。あれだと性別も判断できないな。

 よほど自信があるのか陣営の先頭に立ち、堂々と姿を晒している。


 屋上の対角線上に両陣営があり、塔と塔の距離は百メートル以上離れている。射程距離も長い《雷龍砲》だが、さすがにこの距離は届かないらしい。

 負華の《バリスタ》は射程が五十メートル。ここから相手陣営には届かない。半分以上は距離を縮める必要がある。

 覗くのをやめて仲間に振り向き、再確認をしておく。


「みんなも重々承知しているとは思うけど、このゲームで重要なのは敵を倒すことではなく生き延びること。最後に立っていればいい。漁夫の利で美味しいところだけ掻っさらえたら最高だけどね」


 そこを履き違えてはならない。

 敵を倒してTDSを奪う、というのはゲームの一要素に過ぎない。本来の目的は最後の一人になること。

 過程はどうでもいい。結末が重要だ。

 それにバイザーから教えられた縛りプレイにも興味がある。他の守護者を倒すのは二の次でいい。


「なので、危なくなったら逃亡で構わない。あと、どちらかのチームが勝利を収める前に逃げる。これも徹底しておこう」

「あのー、フードコートが勝ったら逃げる、のはわかるけど喉輪チームが勝ったら一緒に喜んだらいいだけじゃ?」


 負華の言いたいことはわかる。

 本来なら共に勝利を喜ぶシチュエーションだろう。

 だけど、これは――


「お姉ちゃん、バトルロイヤルなの忘れてない? 最後に生き残るのが重要って、さっき要さんも言ったじゃん」

「そうですよ。最大の敵を倒して大量のTDSを得た喉輪チームが、次に狙うのは誰だと思います?」

「胸にばっか栄養がいって、頭には届かんかったんやな」

「あっ、そっか。みんな良く考えているんだー。そこのは余計だけど!」


 全員に責められ怯む負華だったが、楓の言葉にだけは噛みついている。


「俺たちの表向きの目標は喉輪たちに力を貸して、フードコート側の殲滅」


 うんうん、と全員が頷いている。


「だけど、本来の目標は……この場を荒らすだけ荒らして、敵戦力を削り取る!」

「仲間の振りをして裏切るなんて酷くないですか?」


 いつもの言動は酷いくせに、たまに良識的なところを見せる負華。


「喉輪もこちらの狙いには気づいていると思うよ。作戦会議が終わって去り際に「お互いに目一杯ゲームを楽しみましょう」って言っていたからな」


 特にバイザーは俺の考えを完全に読んでいるはずだ。

 一度本気でやり合って言葉を交わしたからわかる。アイツはそういうヤツだと。


「じゃあ、遠慮もいらないね」

「タワーディフェンスは罠にはめてこそですし」

「騙される方がアホなだけや」


 三人は後ろめたさを微塵も見せず、割り切った態度だ。

 負華はまだ少し不満があるようだけど、反論は口にしなかった。

 本来なら安全策をとって防御に徹するのが俺のスタイルだが、ここはゲームの世界。仲間のやる気を削ぐような消極的な真似は避けた方がいいだろう。


「そろそろ時間だ。作戦通りにいこう」


 俺が手を伸ばすと、手の甲に次々と手が重ねられる。


「あわよくば、勝利を勝ち取ろう」

「せめて、勝利を掴もうぐらい言いません? 要さんらしいけど」


 負華に釣られて全員が苦笑する。


「じゃあ、一応それっぽく。漁夫の利で勝つぞー!」

「「「「オウ!」」」」

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