第33話 リーダー

 肩を並べて歩く俺とバイザー。

 頭上から聞こえてくる音が徐々に大きく鮮明になってくる。

 戦場にかなり近づいているようだ。


「相手のリーダーがヤバいの持ってるからよ、迂闊に近づけないんだわ」

「《雷龍砲》だよな」

「おっ、知ってたか。無闇に突っ込んだ仲間が二人やられてから、小康状態の小競り合いって感じだぜ」


 さっきから聞こえてくる騒音がそれなのだろう。

 喉輪チームが三階から屋上へ攻めあぐねて、屋上のフードコートチームは陣を固めて待ち構えている、と。

 タワーディフェンスは守りが圧倒的に有利。当然、TDSも攻めより守りに特化している能力が多い。

 なら、打開策として俺たちを受け入れる可能性は……低くない、のか?


「そういや、強敵ダチらは守護者を誰か倒したか?」


 佐伯と同じような質問をしてきた。


「いや、誰も倒してないよ」

「そっか……」


 バイザーの俯いた横顔は真剣で、何かを考え込んでいる。

 しばらく黙ったまま歩き続けていたのだが、急に足を止めて視線を合わせた。


「俺様は強敵ダチを気に入っている。だから、一つ忠告というかアドバイスしとくぜ。……守護者はできるだけ殺すな」

「おいおい、ゲームの根本を揺るがすようなことを言うなよ。冗談だとしても面白くないぞ」


 デスパレードTDオンライン(仮)の売りだろ、バトルロワイヤル要素は。

 守護者を倒して相手のTDSを奪う。ゲームの醍醐味を否定するような発言をバイザーがするとは。意外にも程がある。


「まあ、そういう反応になるよな。実はここだけの話、俺様はゲーム開発者の一員でな。テストプレイヤーとして内密に参加してんだよ」


 俺の耳元に口を寄せて、とんでもないことを暴露してきた。

 ――テストプレイ期間に開発者が実際にプレイしながら、不具合や問題点がないかチェックする。

 当たり前の行動なのだが失念していた。そうか、守護者側に関係者が潜んでいてもなんら不思議じゃない。

 ただ、それがバイザーだとは思いもしなかったが。


「TDSを集めれば集めるほど有利で強くなる、って考えてそうだが実は違う。能力を絞って強化、進化させた方が強い……かもしんねえ」

「そこは断言してくれよ」


 首を傾げるバイザーに呆れてしまう。


「開発陣でも意見が分かれていてな。多くのTDSをかき集めて状況に応じて使い分けた方がいい、って主張の数こそ力派。それと、一つの能力を極めた者が最強派がいてな。俺様はどっちかというと後者だ」

「その割に佐伯を倒していたようだけど」

「関係者だからな。不具合を調べるのも仕事の一つだ。多くのTDSを集めて検証しないといけない。社畜は辛いぜ」

「なるほど、ご苦労様」


 社会人としてその苦悩はよくわかる。俺たちのように純粋にゲームを楽しめないのはもったいない。

 ただ、《鉄の剣士》があるのは恵まれている。このTDSはかなり有益な能力だ。

 正直、俺の《矢印の罠》……は、まだいいとして《デコイ》と交換して欲しい。

 あれ、ちょっと待て。まさかと思うが。


「もしかしてガチャで制作者権限を発動させて《鉄の剣士》を」

「おいおい、めっちゃ疑いの眼差しを向けるのはやめろって。完全に運だぜ、そこは」


 頭を左右に振って否定しているが、真意が明らかになることはないだろう。


「ちなみにだが……隠し要素として、TDSが少ない人にはそれなりの恩恵を用意しているぜ」

「マジか」

「マジマジ」


 隠し要素。……やり込みゲーマーの心を激しく揺さぶる文言だ。

 気に入ったゲームは隅から隅まで遊び尽くすのがモットー。隠し要素狙いは基本二週目からなのだが、テストプレイは今回の一回きりだろう。

 初回から隠し要素を暴き、一人だけ優位に立つ。そんな展開に憧れないと言ったら嘘になる。


「正直、開発者側としては様々なプレイスタイルを試して欲しい、ってのが本音だ。データは多ければ多いほどいいからな。それに強敵ダチは縛りプレイとか好きだろ?」


 うっ、見抜かれている。

 確かに最高難易度に加えて罠縛りやアイテム縛りとか好物です。


「なるほど、考えておくよ」

「おうさ。まあ、強敵ダチを気に入ったから話しただけだ。どうするかは任せるさ」


 会話内容のすべてが本当だという保証はない。

 関係者だというのも嘘で、すべて作り話で俺をからかって遊んでいる可能性だってある。

 ……だけど、隠し要素に惹かれてしまっている。話に乗ってみるのも悪くないかも。






 廊下の端に階段が見える。

 四隅に塔があってそこから上下階に移動できるのは知っているが、階段の前に見張りらしき男性が二人立っていた。

 服装、顔付きからして……目立たない地味な大学生のような外見。

 俺の姿を確認して警戒しているのか、少し腰を落として身構えている。


「バイザー、そいつは?」

「敵の一味を捕まえたのか?」

「一斉に訊かれても困るぜ。こいつは部外者の第三勢力ってヤツだ。他にも数人仲間を連れていてよ。俺たちに協力したいそうだぜ」


 軽い口調で説明をするバイザーと俺を交互に見比べて、疑惑の眼差しを向けている。

 この戦況で都合良く増援が現れる。まあ、疑って当然だ。


「どっちにしろ決めるのはリーダーだろ。通してもらうぜ」

「そうだな。喉輪さんに任せれば安心だ。通っていいぞ」

「俺たちは従うのみ」


 ほう。ここのリーダーは慕われ信頼されているようだ。

 詳しい事情を説明することもなく、あっさり通された。

 らせん階段をゆっくりと上っていく。

 カツンカツンと足音だけが響く中、数人の守護者とすれ違った。

 俺に一瞬、視線を向けるだけで何も言ってこない。


 塔の最上階に到達すると円形の空間になっていて、多くの守護者が屋上へと繋がる扉付近に集まっている。

 下の見張りが二人、らせん階段の途中に五人。ここに……十一人か。

 防衛戦で倒された人数を引いても、喉輪チームよりフードコートチームの方が多い。

 扉の脇には鉄格子の入った窓があり、そこから屋上を観察することが可能なのだが、その前に人が並んでいるので俺からは外の様子が見えない。


「喉輪、ちょっと話がある」

「おかえり、バイザー。話というのは、そちらの方に関係しているのかな」


 名を呼ばれて振り返ったのはスーツ姿で高身長の男性だった。

 身長は百八十を越え、清潔感のあるスーツ姿。スーツの上からでも鍛え上げた肉体が見て取れる。

 俗に言う細マッチョ。髪は短く刈り揃えられていて、好青年を絵に描いたような顔付き。

 イケメンという程ではないが、顔面偏差値は低くない。


「そうだぜ。ちょっと強敵ダチの話を聞いてやってくれ」

「了解。バイザーにダチと呼ばれる、そのお方に興味津々だよ。初めまして、拙者は喉輪のどわ じゅんと申します」


 ……拙者? 

 なかなか、個性的な一人称だ。

 バイザーにしろ、このチームに所属するメンバーは一人称を被らないようにするルールでもあるのだろうか。


「私は肩上わだかみ かなめです。以後よろしくお願いします」

「ほほう、肩上殿ですか」


 ……殿? 

 話し方に特徴がありすぎて、余計なことばかりが気になってしまう。

 見た目は爽やか好青年。声も澄んでいて聞き心地が良い。だけど、癖がありすぎる。


「拙者はこのチームのリーダーをやってござる」


 ……ござる?

 一昔前のアニメに出てくる忍者っぽい。いや、どちらかというと……誇張されたオタク口調なのか?

 昔のアニメでこんな口調のオタクキャラを何回か見たことがある。


「喉輪は生粋のオタクでな、この口調も狙ってやっているそうだ」

いにしえのオタクはこのような話し方を好んでいたようですので、拙者も真似をさせてもらっているでござる」


 バイザーと同じくロールプレイングを大事にするタイプか。

 気にはなるが今はスルーしておこう。


「私は他に仲間が四人います。一時的にですが協力関係を結びませんか、という提案をしにきました」

「なるほど、なるほど。拙者共も状況を打破する切っ掛けを求めていたところ。かなり嬉しい申し出でござるが、みんなはどう思う」


 この場にいる仲間に意見を求めているが、全員が無言で頷くのみ。

 喉輪にすべてを委ねているのか。


「ふむ。拙者に決断しろということでござるか。では、そのお言葉に甘えさせていただこう」


 笑顔で握手を求めてくる喉輪を断る理由がない。

 力強く握り返し、笑顔を返す。


「よろしくお頼み申す、肩上殿」

「こちらこそ、よろしく喉輪さん」


 ひとまず、これで同時に二チームを敵に回すことはなくなった。

 話がまとまったことだし、仲間たちと合流して連れてこないとな。






 仲間を引き連れて三階の一室に移動してから、本格的な顔合わせをする。

 この部屋は元々会議室か何かだったようで、長机に椅子も揃っていた。

 入り口の扉から向かって右手に俺と仲間四人。

 左手に喉輪、バイザーが座っている。どうやら、バイザーは副リーダーのポジションらしい。

 扉を挟むように二人の見張りはいるが、喉輪チームは思ったより人数を割かなかった。

 これは俺たちを信用している、というよりかは……。


「四対五ですね。これなら戦いになっても勝てちゃいますよ」

「うん、頼むからやめてくれ」


 隣の席にいる負華が不穏なことを囁いている。

 対面の二人にも聞こえたようで、バイザーは意味ありげにニヤリと笑い、喉輪は陽気な笑みを崩していない。


「おそらくだけど、この部屋に罠を張り巡らしているんじゃないかな」


 《落とし穴》のように他人から視認できないTDSが他にも存在しているはず。

 俺たちが不穏な動きを見せたら容赦なく発動してくるだろう。


「どうでしょうな」


 喉輪の余裕の笑みが肯定しているようなものだ。


「だから、ほんとに、マジで、余計なことはせずに大人しくしておこうね」

「はーーーい」


 小さい子に言い含めるように対応すると、負華は少し不満げな顔はしているが納得してくれた。


「自己紹介はもう必要ないでしょうからズバリ、拙者からの要望をお伝え申すでござる」

「おう、テンプレジャパニーズ侍or忍者」


 ほんと、黙ろうな負華。

 喉輪に届いているはずだが嫌な顔一つせずに話を続けた。


「数刻後に拙者らが一斉攻撃を仕掛けるので、肩上殿には背後からの強襲をお願いしたいでござる」

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