第32話 強者
「準備OKですよー」
開け放たれた大きな窓を背に立つ佐伯。
手を振り合図を送っている。
今から倒される人の言動とは思えないが、逃げる気はさらさらないようだ。
廊下の角なので、そのまま左に駆け込めば逃走可能だというのに。
「はーい、じゃあ撃ちますねー。三、二、一、発射!」
「記念写真撮るみたいやな」
小声で呟く楓。
ゲームとはいえ緊張感がまるでない。
放たれた矢が凄まじい速度で、ターゲットに目がけて飛んでいく。
穏やかな表情で目を閉じた佐伯に命中する直前――その頭が宙に浮いた。
くずおれる胴体と首の間を抜けて、窓から空へと吸い込まれていった矢は、既に点になっている。
一瞬、何が起こったか理解できなかったが、首を切断され頭と胴体になった佐伯の死体を見て、我に返った。
ちらっと横目で仲間の様子をうかがうと、全員が驚いた顔で青ざめている。
俺たちの視線は佐伯の死体から、その脇に立つ鈍い銀色をした人影に向けられた。
全身鎧を着込んだ何者かの手には血の滴る両手剣。
あれが横合いから割り込み、首をはねたのか。
俺はアレを――知っている。
「まさか、こんなタイミングで再会するとは……バイザー」
俺の呼び声に応じて廊下の隅に姿を現す男。
ラッパー風の格好は相変わらずで、中世ヨーロッパ風の砦にはミスマッチすぎる。
「わりいね。獲物を横取っちゃったみたいでさ」
指輪のはまった指をビシッとこっちに突きつけ、陽気なノリで謝罪している。
「あの横取りさんは要さんの知り合いで?」
いつもの人見知りと、未知の敵に対する恐怖心で俺の背後に隠れている負華。
「前に一度戦った相手だよ」
簡潔に説明する。詳しい内容はもっと時間に余裕のあるときでいいだろう。
しかし、バイザーがここにいる、ということは砦を守った連中の一人か。
他の仲間は警戒しながらも、交渉をすべて託してくれているようで口を一切挟まない。
「ちなみにバイザーはどっちの派閥に属しているんだ?」
「おっ、そこまで知ってるのか。俺様は喉輪派だぜ。そこんとこよろしくー」
リズム良く体を揺らしながら、軽い口調は崩さない。
会話中にもう一体の《鉄の剣士》が現れて、二体で佐伯の死体を拾うと窓の外に捨てている。
現実なら「死者を敬う気がないのか」と、怒る場面なのかもしれないが……死体を目にせずに済むので正直ありがたい。
「俺様は別働隊でね。砦に敵が潜んでないか探している最中だったってわけさ。で、発見、ゲット、って流れ」
敵対しているフードコート側の人がいたから迷わずに倒した。
偶然が重なった結果、このタイミングだったわけか。
「こっちの事情は話したんだぜ。次はそっちじゃね?」
話を振られて、思わず仲間に視線を向ける。
全員が判断に迷っているのか、難しい顔でこっちを見ているだけだ。
負華だけはいつも通りあたふたしている。
「まず、俺たちは敵対している派閥に所属していない」
「知ってるぜ。砦で見たことねえからな。全員の顔はバッチリ記憶済み」
六十人以上いた全員の顔を把握しているのか。
見た目に反して頭がキレる男だというのを忘れないようにしよう。油断はなしだ。
「ここで褒美の争奪戦があるって話を耳にしてね。まあ、ぶっちゃけ現場荒らしと漁夫の利狙いだよ」
嘘で誤魔化すことも考えたが、バイザー相手には偽りなく正直に話すのが最善だと判断した。
「予想もしてなかった第三勢力の参入か。いいねー、そういうの盛り上がるよな!」
この反応、選択は間違いじゃなかったか。
「で、俺様にバレちまった状況でどうすんだ? 数の暴力で黙らせるのありじゃね?」
五対一という圧倒的に不利な状態だというのに、余裕の笑みを浮かべている。
ここからヤツの位置までは二十メートル近く離れている。TDSの配置距離は十メートル。相手の足下に罠を設置するのは不可能。
不意打ちをするにも互いに姿を晒している状態では難しい。
「じゃあ、ドーン!」
膠着状態で互いに考えを巡らしていたタイミングで――負華が暴走した。
真面目な空気に耐えきれなくなったのか、出しっぱなしだった《バリスタ》から矢を発射させる。
俺と仲間が一斉に振り返る。
「何やってんだ!」「何やってんの!」「何しとんねん!」「何考えてるんですか!」
全員で負華を責めたところで放たれた矢が止まるわけもなく、目的地に着弾して轟音を響かせる。
恐る恐るバイザーの様子を確認すると、主を庇うように《鉄の剣士》三体が並んで矢に腹を貫かれていた。
ギリギリでバイザーには届いていない。
「オウ、クレイジーでファンキーな仲間がいるじゃねえか」
額の汗を拭い軽口を叩いているが、声に少し余裕がない。
「すまんな、話し合いの最中に。ほら、謝って、ほら」
「ごべんなざいぃぃぃ。ぢんぼぐにだえられながっだんでずううぅぅぅ」
うつむいて涙声で謝罪する負華。
心から反省しているように見えるが、俺たちがしゃがみ込んで下から顔を覗き込むと、涙を流していないどころか口元に笑みを浮かべていた。
「最悪やこの女」
「みんな、負華を見張っておいて」
放置しておくと何をしでかすかわからないので、三人にお守りを頼んでおく。
「話を戻すが、俺たちは喉輪の方につこうと考えている。だから、あの敵を倒そうとしていた」
「まあ、あのオッサンを倒す直前で横取りしたから、辻褄は合っているか。だけどよ、さっきの攻撃の後に言われてもな。説得力って知ってる?」
「ごもっとも」
巨大な矢を撃ち込んでおいて「仲間になりたい」なんて言われても誰が信用するのか。
「個人的には破天荒な姉ちゃんは嫌いじゃないけどよ。リーダーがどう思うかねぇ」
バイザーが俺から視線を逸らして苦笑しているので、一瞬だけ背後を見た。
楓に羽交い締めされて、左右から双子に何かを囁かれて負華がビクンビクンしている。
……何やってんだ。
「とはいえ、敵勢力に苦戦して小康状態。リーダーは物わかりがいいから、話せば受け入れてくれるかもよ?」
「仲間と相談しても構わないか?」
「ご自由に」
全員を集めると円陣を組む。中心に負華を設置して。
「生け贄ってこんな気持ちなんだ……」
両手を組み合わせて祈りのポーズをしている負華は無視して、話し合いを開始した。
ちなみにバイザーは廊下に寝転んで、新たに召喚した《鉄の剣士》に剣で扇がれている。
「勝手に話を進めて悪かった。皆はどう思う? 負華は待て」
ビシッと手を上げた負華を制す。
「くうーん」
と犬の鳴き声をして丸くなった。
ちょっと可愛いと思ってしまった自分が許せない。
「うちは団体行動が苦手やから、交ざりたくないなぁ」
「僕も人が多いのは苦手」
「人間関係は増えすぎると面倒なだけですからね」
三人は否定的か。
俺もどちらかといえば、少人数のグループで行動したい方だ。
さっきは状況を悪化させないように、その場を取り繕う言葉を並べただけなので、方針が変わっても問題はない。
「あのバイザーって人は信用できるの?」
「見るからに胡散臭いんやけど」
「見た目で人を判断してはいけないとわかっているのですが、ちょっと」
三人が疑問に思うのも仕方ない。俺も第一印象は最悪だった。
外見、言動、どうみても裏切りポジションのキャラ付けだ。当人も狙ってそこを演じている節がある。
「ノリが良くて、悪役プレイが好きらしい」
「プレイ……悪役……鞭、ろうそく……Sえ」
「ん、負華は黙ってような」
負華は俺に釘を刺され、また丸まっている。
話がまとまるまで大人しくしてくれ。
「悪いやつではないよ。話もわかるしね」
バイザーに視線を向けると《鉄の剣士》と一緒にダンスをしていた。
驚くほどリズム感のある、滑らかな動作で踊っている。
《鉄の剣士》は、あんな動きも可能のか。思ったよりも細かく操れるらしい。
「なんとなくだけど、敵に回すと厄介な気がする」
「芸能界でああいうタイプの人は侮れなかったりするのですよ」
双子はバイザーの言動から何かを感じ取っているようだ。
「うちはようわからんわ」
「しゃくですけど、私も大阪弁と同じです」
また二人が睨み合っているが放っておこう。
「じゃあ、ここは俺が決めさせてもらうよ?」
全員が同意して頷いたのを確認してから、バイザーに返答をする。
「バイザー、俺だけリーダーの所に連れて行ってもらう、ってのは可能か?」
これなら信用されずに討たれたとしても、仲間は無事だ。
俺がゲームオーバーになったとしても、パーティーには伝わる。
負華は当てにならないが、残りの三人は素早く察知して判断してくれるだろう。
「
仲間にはここで待機するように指示して、俺だけバイザーへと近づいていく。
緊張感が背中越しに伝わってくる。警戒は解いていないようだ。
腕を組んだ《鉄の剣士》に挟まれている状態でバイザーが俺に手を差し伸べる。
「じゃあ、行くとすっか」
「よろしく」
手を握り返すと、背を向けたまま空いている方の手を仲間に振る。
前と後ろに《鉄の剣士》、隣にはバイザーという並びで廊下を曲がり進んでいく。
仲間からは俺の姿はもう見えない。
「しかし、バイザーが他人の下に付くとは意外だったよ」
「初めは興味本位で近づいたんだが、共同作業ってのもなかなか楽しくてな。リーダーの喉輪は良いヤツだし、居心地は悪くないぜ」
リーダーについて語る横顔は楽しそうで、俺の目には嘘を吐いているようには映らなかった。
バイザーのような曲者が信頼を寄せる相手か。どんな人物なのか楽しみだ。
本来はこういう危険な賭けは苦手だけど、ゲームぐらいは冒険してもいい。
保守的な自分がそんなことを考えることに、少し驚きながらも悪い気はしなかった。
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