第31話 判断

 密室の中で佐伯を取り囲む男女五人。

 この状況に観念したのか、佐伯は逃げようともせず抵抗の一つもしない。


「ちなみにオッチャンは、なんでボッチでこんなとこにおるん?」

「それが……逃げてきたんだよ。ここで殺し合いが始まる前に腰が引けてしまってね」


 ばつが悪そうに頭を掻く佐伯。


「オッサン、情けないなー」

「折角のゲーム、楽しまないと損ですよ」

「そうだ、そうだ」

「面目ない」


 双子に責められ、負華に便乗して煽られ、佐伯は苦笑している。

 年下からきつい言葉をぶつけられているのに、怒った素振りもないどころか……少し安堵しているように見えた。


「でさ、このオッサンどうする? 人質にしてみる?」

「弾よけぐらいにはなるのでは?」


 聖夜と雪音は同意見のようだ。

 佐伯の活用方法は俺も考えていた。人質か……人質ね……。


「あー、悪いんだけど私にそんな価値はないよ。リーダーは容赦なく仲間を見捨てるタイプみたいだし。寡黙で淡々と行動するからね。力で支配しているから、誰も逆らえないけどさ」


 課金TDSを持ったフード付きコート姿の人物か。


「リーダーが二人いてややこしいから、片方は名前で喉輪。もう一人は名前がわかんないから……フードコートにしない?」

「それ、飯食うところやんけ!」


 楓が即座に負華へツッコミを入れた。

 それは俺の役目が多かったから、楓が加入したおかげで助かる。


「でも、わかりやすくていいんじゃないか。じゃあ、そっちのリーダーはフードコートに命名」


 本人に知られたら怒られそうだ。


「命名はそれでいいけどさ、結局、このオッサンどうすんの。やっちゃう?」

「処分しちゃいますか」

「我々の糧となってもらいましょう、ふはははは」


 双子と負華の三人が悪い顔をして佐伯の周りをぐるぐると回っている。

 楽しそうな三人を遠巻きで眺める楓。呆れ顔でため息を吐きながら。

 絶体絶命のピンチなのだが佐伯に動揺はなく、むしろ……安心していないか。

 その表情が気になるが、一番重要なことを訊いてなかった。


「佐伯さんのTDSってなんですか?」

「私のは残念ながら外れだよ。《振り子の罠》。前作にもあったから知ってるよね」

「「「「あーー」」」」


 負華を除いた四人の声が重なる。

 あれか。《振り子の罠》天井から鎖に繋がった巨大な斧状の刃が揺れている罠。威力も高く、通路に置いておけば敵を連続して倒すことが可能。

 前作デスパレードTDでは重宝していたが、大きな欠点が存在する。

 室内マップでなければ使用不可なのだ。天井からぶら下げる必要があるので天井がなければ使えない。


「外に放り出されて始まったときは絶望してね……はああああぁぁ」


 魂が抜け出そうなぐらい大きなため息を吐き、肩を落とす。

 《矢印の罠》を引いたときは脱力したが、佐伯の方が悲惨だ。


「私はここで終わりのようなので、少し苦労話を聞いてくださいよ。小さな洞窟を見つけて入り口に設置したら、運良く敵を何匹か倒せまして。レベルが上がったので設置場所を増やしました。天井しかなかったので、試しに地面にも置けるようにしたら……地面に鎖が繋がった状態で横たわっている刃が出てきただけで。……微動だにしないんですよ。ははっ、滑稽でしょ」


 死んだ目でぽつりとこぼす佐伯。

 ほんと苦労されたようだ。


「私を倒してTDSを奪うなら好きにしてくれて構いませんが、一つだけ忠告を」


 命乞いの一つもせず潔い態度の佐伯だったが、さっきまでの諦めきった表情が一変して真剣な面持ちになった。


「皆さんから見えない場所か距離を取って殺してください」

「……どういうこと?」


 負華が思わず口にした疑問は全員が思ったことだ。

 助けを請うわけでもなく、脅すわけでもない。声から優しさや気遣いが感じられる。


「皆さんは誰かプレイヤー……守護者を殺し……倒しましたか? もしくは倒されるところを目撃しましたか?」

「俺と負華、それに佩楯兄妹も倒してない。他の守護者と戦ったことはあるけど倒されるところは見てない。三人とも同じだよ」


 名を出された三人が頷いている。


「うちもまだやで」


 楓も未経験のようだ。


「それはよかった。私は砦防衛戦でゲームオーバーになった守護者を何人か目の当たりにしたのですよ。皆さんもご承知の通り、このゲームグロ規制がないので守護者の死体もそのまま残ります」


 その言葉を聞いて想像してしまう。

 俺はコップリンを直接メイスで倒しているので、死んだ敵がどうなるかを知っている。

 まじまじと見てはいないが、目を逸らしたくなるぐらいグロテスクな死体だった。それが人間に置き換わるのか。


「私は仕事柄、人間の死体を見る機会があったのですが、実際の死体とほぼ同じなのですよ。それに、それだけじゃない。死んでいく際の断末魔、もがき苦しむ姿……あれは見ない方がいい。なんで、そこまで作り込んでしまったのか、理解できません」


 死体を見る機械がある職業が気にはなるが、それよりも人間の死体か。

 ここはリアルと遜色ない世界。人の死に際の様子ですら現実に近づけている、と。


「特にそこの女性と若者はやめた方がいい。下手したらトラウマになりかねないので」


 話を振られた四人がしかめ面になる。

 さっきまでの勢いが完全に消え、口をキュッと結んで黙り込んでしまった。


「あっ、すみません。余計なお世話でしたね。所詮ゲームです。見えない場所で倒したら何の問題もありませんので。個人的な願望としては、スパッと一瞬で殺ってくれると助かります」


 笑って誤魔化しているが、その話を聞いた後だと踏ん切りがつかない。

 ゲームだと割り切って楽しむなら、ルールに従って倒しTDSを奪えばいいだけの話。


「オッサン、考えたな。そう言えば僕たちが躊躇すると思ったんだろ」

「私たちはホラー映画もスプラッターも平気ですから」


 腰に手を当てて仁王立ちしている双子にはグロ耐性があるのか、それとも強がっているだけなのか判断が難しい。


「見えへんところで、やっちまえばええんやったら《落とし穴》に放り込んで倒せばええんとちゃうん」

「木にくくりつけて、遠くから私が射撃すればいいのでは?」


 全員動揺しているように見えたが、結局はゲームだと判断したのか。

 誰一人として佐伯を見逃そう、という結論に達しなかった。


「くっ、会心の出来だと思ったのですが、失敗しましたな。あはははははは」


 自分の額をぺちぺち叩きながら、豪快に笑う佐伯。


「これ以上、一人に時間を取られるわけにはいかない。悪いけどゲームオーバーになってもらう」

「私には可愛い妻と子供がっ」


 悪ノリをして定番の命乞いをする佐伯。

 その表情は笑っているので、説得力は皆無だけど。


「妻と子供がおるんやったら、ゲームなんかしてへんで、かまったらなあかんのとちゃうん」

「妻にも同じ嫌味を言われました」


 このやり取りで張り詰めていた空気が完全に霧散した。

 佐伯を連れて歩くのにも問題があるので、やはりここで倒しておくべきか。


「一番の問題は誰が倒すかだよね。倒した人がTDSをもらえるわけだし」

「あの罠ですか。別にいらないかも」

「うちもどっちでもええで」

「よくわからないです」

「俺も別に……」


 全員が《振り子の罠》に魅力を感じていない。


「あ、あの。屋外では無用の長物でしかないですが、この砦のような室内戦では結構お役に立つこともあるかと。廊下に設置するだけで敵の移動を阻害することも可能! そして、当たればかなりの高威力! どうですか、お試しに使ってみるのは」


 佐伯が命乞いどころかプレゼンを始めている。

 《振り子の罠》の不人気さに黙っていられなくなったのか。


「オッサン、もしかして辞めたがってる?」


 聖夜に指摘された佐伯は微笑みを返した。


「バレましたか。このゲームリアルすぎて心も体も疲弊するのですよ。オジさんには結構キツくて。もう少し若ければ楽しめたと思うのですが、ちょっと肌に合わないので」


 ゲーマーとして……痛いほどわかる。

 期待が大きければ大きいほど、想像した内容でなかったときの失望と脱力感が半端ない。

 俺は神ゲー認定してかなり楽しんでいるが、このゲームの仕様が気に食わない人もいて当然だ。


「正直、ここが潮時かなと。テストプレイを途中で投げ出すのも失礼な話なので続けていましたが、ちょうど良かったですよ」

「だったら、余計なことを言わなかったらいいのに」


 聖夜の鋭い指摘。

 グロに関する忠告がなければ、あっさりとゲームオーバーになっていただろうに。


「それもそうですな。ついゲームの批評をして欠点を指摘したがるのが、古参ゲーマーの悪いところですね」


 その言葉は俺にも突き刺さる。肝に銘じておこう。


「倒すにしても俺の罠じゃ直接ダメージが与えられない」

「僕のは電撃に串刺しかー」


 聖夜の言葉を聞いて心底嫌そうな顔をする佐伯。


「私なら穴に落として四方八方から焼却ですね」


 顔のしわが増え渋面に磨きが掛かる佐伯。


「うちは沼に沈めるか矢を撃ち込むかやね」


 佐伯の顔が絶望に染まっていく。


「じゃあ、私かな! 《バリスタ》でドカーンと吹き飛ばすか、大きな球でプチュと潰れるか選べますよ」

「是非とも《バリスタ》でお願いします」


 手を差し出して頭を下げる佐伯。

 負華がその手を握り返して契約が成立した。……って勝手に話を進めているな、この二人。

 だが、消去法と佐伯の望みを尊重するなら、負華が適任か。

 室外から響いてくる破壊音が大きくなってきている。あちらも本格的な戦闘を開始したのだろう。これ以上のロスは避けたい。


「じゃあ、撃っちゃいますか!」

「やめろ、やめろ!」


 照準を合わせて《バリスタ》を放とうとする負華を仲間と一緒に止める。


「この部屋でそんなもの撃ったら血肉が飛び散るし、壁が崩れるだろ! 爆音で敵にもバレる!」


 俺に怒鳴りつけられた負華はこめかみに指を当てて、頭をぐるぐると回し「てへっ」と舌を出した。


「聖夜、廊下に誰かいる?」

「えっと……誰もいないね」

「じゃあ、廊下の端まで《矢印の罠》で強制移動させて、離れた場所から狙撃するのはどうだろう」


 グロがヤバいなら距離をとればいい。

 ちょうど廊下の先には窓もあるから、そこを開ければ貫いた矢は外に飛び出していくはず。

 《バリスタ》で倒したなら罪悪感も薄い。


「良いですね。それなら楽に死ねそうだ。私のリーダー……ええと、フードコートは屋上に陣取っていて、喉輪は三階から責める構図になってますので、邪魔は入らないかと」


 自分の処刑方法についての話なのに助言をくれる佐伯。

 もしかしなくても、いい人なのではなかろうか。


「佐伯さん、今更ですが仲間になる気はありますか?」

「本当に今更ですね。さっきも言いましたが、このゲームは私に向いてないので先に離脱させてもらえると助かります。このTDSもどうせなら、皆さんのような人たちに使ってもらえたら嬉しいので」


 本人に続ける意思がないのであれば仕方がない。


「有効活用させてもらいますよ」

「皆さんは引き続きゲームを楽しんでくださいね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る