第30話 団体戦

 塔内部はらせん階段になっていて、俺を先頭に一番下まで降りた。

 ここの扉は鍵が掛かってなかったので、音を立てないように慎重に扉を少しだけ開ける。

 隙間から周囲をうかがうが誰もいないようだ。


「ここから先は中庭になっているから見つかりやすい。遮蔽物も見当たらないから姿が隠せない」

「帰りましょう」

「お姉ちゃん、戻る選択肢はないよ」

「負華さんだけ置いて行きましょうか」

「それええな」


 即効で帰還を希望した負華に対して、全員で責めている。

 まだ戦う気にならないのか。ここまできたら腹をくくって欲しいもんだ。


「あそこに砦の扉が見えるから素早く移動して、鍵が開いてなかったら雪音ちゃん、お願いできるかな」

「さっきの要領ですね、任せてください」


 俺がその扉までのルートに《矢印の罠》を設置する。これなら高速移動が可能。

 見つかる確率はぐんと減る、と思いたい。


「じゃあ、俺から行き――」


 踏み出そうとした瞬間、くぐもった爆音と微かな振動が足裏に伝わる。

 全員の姿勢が負華に向いた。

 驚いた表情の負華は慌てて両手と頭を左右に振っている。


「冤罪です! まだ何もやってませんって!」

「今のは砦の中から聞こえたんちゃうか?」


 耳を澄まして音を探ると、続けて何かの音が連続で響いてきた。


「これは……始まったかもな」


 砦内で褒美の争奪戦が開始したか。


「要さん、絶好のチャンスじゃないか⁉」

「動くなら今では!」


 双子が興奮状態で迫ってくる。

 この二人、意外と好戦的なゲーマーだよな。

 確かに、今なら混乱に乗じて侵入が可能なはず。


「よっし、行くか!」


 扉から飛び出して《矢印の罠》を踏む。

 瞬時に砦の扉前に到着。ドアノブを握り祈りながら引っ張ると、開いてくれた。

 俺が振り返って手招きしようとしたが、既に全員が俺の背後にいる。

 扉の隙間から顔だけ覗かせて内部を確認。

 そこは長い廊下になっていて東と西に通路が伸びている。窓際と逆方向に扉が四つあるな。廊下の幅は三メートルぐらいか。


「一番近い扉の中を確認して、取りあえず中に潜もう」


 見通しのいい廊下にいたら直ぐに見つかってしまう。

 扉の脇まで移動すると、なんとなく壁に張り付いてみる。最近見たスパイ映画でそんな動きをしていたから。

 ここの扉は……鍵が掛かっている。

 雪音に目配せをすると《落とし穴》を発動してくれた。

 全員が中に滑り込み、内部を見回す。

 ここは倉庫のようで壁際に棚があり、隅の方に木箱がいくつも積まれている。


「誰もいないな……侵入は成功したけど、ここからだ。まずは――」


 まだ開いている壁の《落とし穴》から顔を出して廊下を再確認。


「この廊下に罠を張り巡らせようか。今後の計画はそれからだ」






 廊下に無数の罠を設置してから、部屋に引きこもる。

 扉を少しだけ開けて廊下の見張り役を一人配置。その重大な人選は……負華に決めた。

 決して「作戦会議には必要ない、どころか足を引っ張る」と判断したわけではない。

 ちらっと様子をうかがうと「ふんふふーん」鼻歌交じりに体を揺らしている。

当人も楽しそうなので良しとしよう。


「さっき見つけた砦の図面を見て欲しい」


 空き箱の上に、手触りも悪く色あせている建物の図面を広げる。

 たぶん材質が紙じゃない。羊皮紙みたいに動物の皮から作った物ではないだろうか。

 こういった細かいところにも、ゲームのこだわりが感じられる。


「各階の窓際にぐるっと廊下があって、四隅に外壁と同じように塔がくっついていて、その中に他の階へ繋がる階段がある。一階から三階まで似たような造りになっているみたいだ」


 図面上は一階から三階までほとんど同じに見える。

 各部屋に文字が書かれているが異世界の文字なので読めない。


「廊下沿いに部屋がいくつもあって、西側に真ん中へ繋がる短い通路がある、と」

「通路の先は大きな部屋になっているみたい。会議室とかお偉いさんの部屋、とかでしょうか? 事務所の社長室はこんな感じで配置されていますよ」


 双子の事務所か。この地図と似ている規模なら立派なところに所属しているようだ。


「敵がめっちゃくる東側と反対の西側からしか入れない部屋、っちゅうことは重要な場所かもしれんな」


 楓の指摘に感心して、思わず頷く。

 跳ね橋は東側にあり、中心の部屋には西側からしか入ることができない。


「で、どないしよ。この部屋にずっとおってもしゃーないし。さっきから、なんかドンパチ激しくやっとるみたいやで」


 楓が両耳に手を添えて音を拾っている。

 確かに上の方から鈍い音が微かに届く。戦場は一階ではなく上の階らしい。

 廊下の罠には未だに誰もかかっていないので、移動した方がいいか。


「でもさ、移動するにしても廊下を進んで上にいくのは、さすがに目立たない?」

「そうよね。階段を確保して戦っている可能性も考慮した方が」


 双子が危惧するのもわかる。

 俺ならまず階段を確保してから戦闘を開始する。部屋に転がり込んだとしても、逃げ場を失い追い詰められるだけ。

 こっちは逃走手段があるから、部屋に籠もっても安心だけど。


「敵に見つからずに移動する方法ならあるよ」


 全員が俺に注目しているので、人差し指を天井に向ける。

 床から天井まで三メートル以上あるが問題ない。


「雪音ちゃん、壁際の天井に《落とし穴》を頼めるかな」

「あー、なるほど。わかりました」


 何がしたいか伝わったようで、扉と反対側の壁際に立つと天井に《落とし穴》を貼り付けてくれた。

理解力が早くて助かるよ。


「上に落とし、穴?」


 負華は一人だけわかっていないようで、首を傾げて天井を見つめている。


「そして、この壁に《矢印の罠》をセット」

「そういうことですか! 手動エレベーターで上の部屋に移動するんだ!」


 嬉しそうに瞳を輝かせて、スッキリした顔をしている負華。


「そういうこと。問題は上に誰かいないかだけど、まあ、いたらいたで相手は驚いて戸惑うだろうから、一気に不意を突こう」

「じゃあ、《落とし穴》の数も増やしますね」


 壁際の天井に《落とし穴》を五つ。その下に《矢印の罠》を並べた。

 軽く打ち合わせをしてから全員がその前に並んで、呼吸を合わせる。


「三、二、一、ゼロ!」


 《落とし穴》の蓋が一斉に開き、俺たちは《矢印の罠》に手を触れた。

 全員が上の階へと飛び上がり、着地する。もちろん《落とし穴》の蓋は閉まっている。

 部屋の規模は下の階と同じ。だが、倉庫ではなく空き部屋だったようで、床にうっすらと埃が積もっているだけで何もない。


 ――大きく目を見開いてこっちを凝視している中年男性を除けば。


 センター分けで黒縁の眼鏡をかけて、少しお腹の膨らんだ、上下スウェット姿の男性が腰を抜かしている。……休日のお父さんファッションだ。

 年齢は俺より数歳上ぐらいか、四十手前に見える。


「⁉⁉」


 いきなり現れた五人組に驚きすぎて声も出ないようだ。

 扉は閉まった状態でここにいるのは一人だけ。


「確保ー!」


 俺の指示と同時に聖夜が動いた。


「あばばばばばばばばばば」


 男の足下に置いた《電撃床》で感電している。

 バチバチと散っていた火花と光が収まると、男が倒れた。


「やはり、不意打ちは最強」


 相手のTDSがどれだけ強力であろうと、発動させずに倒せばいいだけの話。


「イエーイ」

「聖夜、お見事」

「ぴくぴくしてるー」


 双子が互いの手を叩き、負華が中年男性を突いている。


「うちのときも思ったんやけど、あんたら結構エグいっちゅうか、容赦がないっちゅうか」

「効率重視と言って欲しい」


 呆れ顔の楓にキッパリと言い放つ。

 前回と違い、聖夜も罠の調整が上手くいったようで中年男性の意識はあるようだ。


「な、な、なん、な、ん、だ。ど、ど、どこ、か、から」


 痺れが取れないのか呂律が怪しい。


「話は小声でお願いします。あと、質問に答えない、返事が遅れる、余計な発言があった場合は……」


 事前の打ち合わせ通り、中年男性の目の前に巨大な《バリスタ》を設置。

 更に取り囲むように《棘の罠》も置き、鋭い棘が上下に動いている。

 中年男性は状況から判断して諦めたようで、肩を落として大きなため息をついた。


「わ、わかった。なんでも話す」

「では、お名前と現在、この砦で何が起こっているかの説明を」

「佐伯だ。現在ここでは緊急クエストの褒美争奪戦が始まっていて、大きく二つのチームに分かれて争っている」


 ここまではいい。予想した展開になっているようだ。

 重要なことをいくつか先に訊いておくか。


「佐伯さん。争っている守護者は総勢何人ですか?」

「臨時クエストの時は六十三人いて」


 半数以上がこの砦に集合していたのか。

 俺たちの守った砦に人が来なかったのも納得だ。

 ……六十三人の防衛戦か。壮絶だっただろうな。くそっ。参加、したかった!


「だけど、クエスト中に十二人がゲームオーバー。残り五十一人で褒美を分けようって話になったけど、話し合いがまとまらなかったから、バトルロイヤルが始まる三日目に争奪戦をしようって二チームに分かれたんだ」


 双子が山頂で盗み聞きした話と一致。

 今のところ嘘を吐かずに話しているようだ。


「チームのリーダーと人数の配分は?」

「えっと、一人は……のどわ? って名乗っていた。高身長で引き締まった体のスーツ姿の男だ。もう一人は……名前知らないな。焦げ茶色のフード付きのコートを着ている」


 リーダーの特徴を覚えておこう。

 スーツとフード付きのコート。この姿の相手は要注意人物だ。


「私は名前がわからないフードの方についたんだよ。そいつのTDSが強力だったから」

「ちなみにどのようなTDSだったのですか?」


 俺もそうだが仲間も興味津々で、男を取り囲んで答えを待っている。

 強力なTDSか、なんだろうな。今のところ《バリスタ》が最も優れた罠のように思えるけど、それを越えてくるのだろうか。


「全員、デスパレードTDクリア済みなら知っているはず。《雷龍砲》だ」

「おいおい、課金罠も実装しているのか」


 前作で課金した者にだけ与えられる救済処置。

 これがあれば最終難易度の攻略が楽になると言われていた。

 見た目は装飾過多な大砲の先端に、龍の頭がくっついたような形をしている。色は金色。

 あまりの衝撃に全員が黙り込んでいる。――いつも通り一人を除いて。


「そのらいりゅうほうって何? 強いの?」


 うつむいて黙っている俺たちの視界に、にゅーっと負華が割り込んできた。

 一人だけ脳天気で羨ましい。


「お姉ちゃん《雷龍砲》は高威力で射程も長い。貫通性能もあって食らった相手は麻痺のおまけ付き。チート武器だって騒がれていたんだよ」

「アレを使ったら難易度がツーランク下がる、って言われるぐらいです」

「うちは課金もったいないからやってへんけど、動画で観たことあるわ。あれはえげつなかった」


 デスパレードTD好きには有名な話で、俺はクリア後に課金して使ってみたが、あまりの威力と使い勝手の良さに驚愕したのを覚えている。


「アレがあれば勝ったも同然だから、私もそっちについたんだよ」


 佐伯の判断は理解できる。

 敵に回すには恐ろしすぎる罠だ。それに――


「一旦、仲間になっておけば混乱に乗じて《雷龍砲》を奪えるかもしれないから、とか?」

「な、なんのことかな」


 目を逸らして、とぼける佐伯。

 図星か。

 相手のTDSと人数が把握できたのは大きな一歩だが、今後の予定を大きく変更する必要があるかもしれない。

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