第29話 砦侵入

 一時的にだが楓を仲間にして、定位置の崖へと戻った。

 ゲームが始まってから四時間以上が経過。現在は十一時過ぎ。

 ちなみに時間は宝玉で確認することができる。


「ビッチの相手をしていたら、もうこんな時間ですよ!」

「はっ、見た目や生活がだらしない女は男にもだらしないって聞くで?」


 鼻で笑う楓の額に自分の額をぶつけて、睨みつける負華。


「はあああああああ? 男も誘惑できない棒だからって僻まないでくださいー」

「だ、誰が棒やねん! あんたはたまたま脂肪が胸と尻にいっただけやん! 体重教えてみいや!」


 地面に伏せながら罵り合う二人。

 怒鳴り合いながらも声を抑えている点だけは評価したい。

 そんな女性二人を眺めながら、一人我関せずと崖上の岩に腰掛けて足を組む雪音。

 風になびく髪と眩しそうに目を細める姿が絵になっている。


「お二人とも、醜い争いはやめませんか」


 二人は同時に振り返り、余裕の態度で微笑んでいる雪音を見て……悔しそうに唇を噛んだ。


「あかん、理想の体型しとる」

「見た目で競っていたのが恥ずかしくなるぅ」


 笑顔一つでこの場を沈めるとは、やるな雪音。

 全員需要はあると思うが、それをオッサンが口にすると気持ち悪がられそうなので黙っておく。職場で気軽にそういうことを口にするとセクハラ認定されるから。


「で、要さんは誰が好みなんだ?」


 俺の隣に伏せた状態でにじり寄り、好奇心を隠そうともしない顔を向ける聖夜。

 大人ぶっているが高校生だからな。こういう話は好きそうだ。

 しかし、人が避けていた話題を振ってくるか。

 ここは大人として当たり障りのない返答をしておこう。


「全員、それぞれ魅力的じゃないかな」


 うむ、これなら誰も傷つけず、セクハラ認定もされない。


「やだやだ、男の本能を押さえつけちゃって。正直に大きなおっぱいが好きって言えばいいのに」

「おるおる。嫌われへんようにどっちつかずのこと言うヤツ」

「そういう優柔不断な態度って、いつまでたっても、いい人止まりなのですよ」


 三人がいつの間にか俺を取り囲んでいた。

 俺を責めるときは息ぴったりだな。

 ここで勘違いしてはいけないのが、一見、嫉妬しているような構図に見えなくもないが、そうじゃない。誰が一番魅力的なのか、という女のプライドに巻き込まれて罵られているだけだ。

 なら、ハッキリと言ってやろう。


「女心がわからないから、未だに独身なんだよ?」


 友人が次々と結婚していき、回収の予定も無いご祝儀代だけが失われていく。そんなオッサンの現実を知るがいい。

 一斉に口をつぐんだ女性陣が悲しそうに目を伏せた。


「説得力が桁外れっ」

「あかん、それ言われたらなんも言われへんわ」

「あっ、ごめんなさい」


 俺がさらっと言い放つと三人は納得してくれた。

 ……言い負かしたはずなのに負けた気がする。


「コントはそれぐらいでいい? 砦に誰か入っていくみたいだよ」


 自分が話を振ったくせに距離を置いて傍観していた聖夜が、砦を指差している。

 全員が崖の縁まで移動して、指先の示す方向を見た。

 砦はぐるっと分厚い壁で囲まれているのだが、川と真逆に位置する壁の扉を開いて、三人組が入っていくところだった。


「遠すぎてよくわからない……男二人に女一人か」

「たぶん、そうじゃないかな。昼前だけどまだ始まってないみたいだね」


 聖夜の言う通り、争いの音も聞こえないしTDSを使った痕跡もない。


「全員が集まってから試合開始! ってことなのかな?」

「さっきパーティー入れてもろてわかったんやけど、メンバーはマップに表示されるから全員集合するまで待機なのかもしれんな」


 負華と楓の意見が一致している。


「たどり着くまでに倒されたとしても、パーティーに入っていたら表示が消えるでしょうから」


 おそらく雪音の言っていることは正しい。

 幸運にも、こちらは誰もゲームオーバーになっていないので確かめようはないが。


「ルールを事前に決めておいたのかもしれないな」


 と仮定するなら、ここからどう動くか。

 ゲームが始まってから、かなり時間が経過している。もう、全員が集まっていて、そろそろ戦いが始まるかもしれない。


「今後の行動についてだけど、この場でこのまま待機する。砦に忍び込む。誰か砦に近づく人を捕縛する、の三択でどう? 他に何か思いついたなら遠慮無くどうぞ」


 全員が考え込んでいるが、他にこれといったアイデアが思い浮かばなかったようで、俺が提案した三択のどれかを選ぶという流れになった。


「ええかな。まず、近づく人を捕縛はやめとかん? ……また見当違いの相手捕まえたら、時間がもったいないし、可哀想やん」


 実際に捉えられた人が言うと説得力がある。

 楓を見つけて罠を配置して話し合うだけで、かなりの時間を浪費した。もう一度それをやる時間の猶予はないな。


「そうだな。じゃあ、ここで待機か砦に忍び込むかの二択で。話し合う時間も惜しいし、多数決でどう?」


 今にも戦いが始まって決着が付いたら、ここで何を選んでも無駄になってしまう。

 四人が頷き、口を揃えた。


「「「「異議無し」」」」

「よっし、じゃあ挙手で決めよう。ここで待機がいい人」

「はい、はーい!」


 天を突き刺す勢いで手を上げたのは負華、たった一人。

 驚いた顔で俺たちの顔を見回し、両手をぶんぶん振っている。


「なんで⁉ 安全第一でいきましょうよ! 争いは何も生み出しませんよ⁉」

「血の気の多いあんたが言っても説得力ないわ」


 互いの額をこすりつけて睨み合う二人は放っておいて話を進めよう。さっきも見たし。


「じゃあ、砦に侵入がいい人」


 負華を除いた全員が挙手。

 やはり、こうなったか。これがリアルなら慎重な意見を尊重するべきかもしれない。だけど負華を除いた俺たち四人は、タワーディフェンスゲームをやり込んでいるゲーマーだ。

 高難易度の方を選ぶに決まっている。


「ゲームとしての面白さを優先したいよな」

「だね。中に入って掻き回した方が絶対に楽しいって」

「そやそや、ゲームはおもろないと」

「第三勢力の介入により戦場が混乱するシナリオ。楽しそうですよね」


 俺を含めたこの四人は楽しみ方をわかっている。

 嬉々として話が弾む俺たちを、冷めた目で見る負華。

 いつか、キミにもわかるさ。どっぷり肩までタワーディフェンス沼に浸かったら。






 壁沿いまで移動した俺たちは、首が痛くなるぐらい見上げている。

 近くで見るとかなりデカいな、この壁。

 さっき人が侵入していた扉から離れた場所に移動して、辺りを警戒しているが人の気配はない。

 壁の高さはマンションの三階ぐらいか。

 耳を澄ませてみるが壁が分厚すぎて、何の物音も聞こえてこない。


「思ったよりも大きいな」

「ねえねえ、さっき見た扉から入ったらいいんじゃ?」

「負華、そっちは相手も警戒しているはずだ。忍び込むのにわざわざ姿を晒してどうする」


 砦を囲む城壁には西南北に扉があり、東には跳ね橋と両開きの巨大な鉄扉がある。

 西の扉から人が入るのを見たので、森に面していて視界も悪い南側から忍び込むことになった。


「でもさ、どうやってこの壁を越えるの?」

「わかった! 鉄球をぶつけて穴を開けるとか!」


 聖夜の疑問に負華が最悪な答えを口にする。


「あんた、ほんまにアホやな。忍び込むって言うてるやろ。そんな爆音響かせてどうすんねん」


 楓が的確なツッコミを入れてくれるので、俺の負担が減っている。

 ふくれっ面で黙った負華の意見は却下して、さっさと行動に移そう。


「俺の《矢印の罠》を使うよ。まずは俺が先に行って様子を見るから」


 壁に罠を貼り付けて、手を触れる。

 すっと体が上に引っ張られ、二メートル進んだ先でまた罠を設置。壁の縁に手が届いたので両手で掴んだ状態から、少しだけ頭を出す。

 ちょっとキツいが体を鍛えていてよかった。懸垂なら自信がある。

 砦は三階層になっているようで、四角く無骨なデザインだ。鉄格子が付いた窓がいくつか見えるが、そこに人の姿はない。

 素早く城壁の上に登り、腰の高さまである縁の壁に姿を隠す。ちなみに、この凸凹した壁は胸壁というらしい。昨日、ネットで調べた。


「人っ子一人居ない」


 本来なら城壁の上に見張りの一人も立てるのだろうが、彼らは砦内でバトルロイヤルを開始する予定だ。全員が何処かに集まって説明の最中なのかもしれない。

 胸壁の隙間から顔を出して、城壁の内側を覗き込む。

 地面がむき出しの中庭のような空間がある。そこにも見た限りでは誰もいない。

 上った場所に戻って壁際で待っている仲間に手招きをする。

 聖夜、雪音、楓、負華の順番で上ってきた。


「ちょっとしたアトラクションみたいで面白いね、これ」

「うんうん。もう一回やりたいぐらいです」


 双子は楽しそうにしているが、残りの二人は真逆の反応をしている。

 楓と負華は城壁にへたり込んで、顔色が悪い。


「うちは絶叫マシンがアカンから、ちょっと苦手かも」

「3D酔いみたいな気持ち悪さがぁ」

「悪いけど直ぐに動くよ。あっちに塔が見えるだろ。あそこまで行く」


 城壁の四隅には塔があって、木製の扉が備え付けられている。

 構造上、そこの扉から下まで行けるはず。

 《矢印の罠》を使ってこのまま城壁の内側に降りる手もあるが、真下には先端の尖った丸太が敷き詰められている。

 何も知らずに下りたら串刺しだ。

 中腰状態で塔まで移動してドアノブに手を掛けたが、鍵が閉まっている。


「作戦は失敗ですね、帰りましょう」


 開かないのを確認して笑顔な負華。

 心底、嬉しそうないい表情をしている。


「この程度の分厚さなら大丈夫ですよ。《落とし穴》がありますから」


 進み出た雪音が扉に手を当ててTDSを発動させた。

 すると扉があった場所にぽっかり穴が空く。


「こんなこともあろうかと、設置場所に壁を増やしておきました」

「グッジョブ、雪音ちゃん」


 なるほど。《落とし穴》にはこういう使い道もあるのか。


「よ、余計なことを」


 悔しがる負華を促して塔へと侵入した。

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