第28話 ソロプレイヤー
気絶している人を木に巻き付けるように縛り上げる。
ヘソ出しのシャツにショートパンツという露出度が高めの女性を……なんというかいけない気分になりそうだ。
「なんかエロいですよね。どうせなら、亀甲縛りでもします?」
「やめてあげて。あまりにも可哀想過ぎるから」
放っておいたら本気でやりそうな負華を止めておく。
相手はまだ気を失っているので無抵抗だが、目が覚めたらどうなることか。
「お姉ちゃんはこの人のこと知ってるの?」
「さっき、そのようなことを口にしていましたよね?」
二人とも聞いていたのか。
別に隠すようなことでもないのであらましを説明する。
「「この人、可哀想」」
双子が同情の目を縛られている人に向けている。
そして、すっと顔を逸らすと今度は負華を見つめ、侮蔑の視線を突き刺す。
「やめて、そんな目で見ないでええええぇぇ!」
負華は双子から逃れるように縛られている木の後ろに隠れてしまった。
「はいはい、そこまで。ゲーム的にはなんの問題もないからね」
「さすが、要さん! わかってるうぅぅぅ」
反省の色が全くない元気な声だけが聞こえてくる。
「でだ、そろそろ会話に交ざってくれてもいいんだよ?」
俺が捕らわれている女性に話しかけると、閉じられていた目蓋が開いた。
一度、大きく息を吐くと口元に笑みを浮かべる。
「なんや、気づいとったんか」
「まあね」
実は少し前から意識があるのはわかっていた。
だからこそ相手の緊張を緩ませようと、仲間の会話を止めずに傍観していたのだが。
「そこのジャージ女が変なことしたら、はっ倒しとったけど止めてくれてありがとうな」
声も態度も穏やかで捕縛されているとは思えない応対だ。
あきらめているというより、達観しているように見える。
「で、なんでうちはこんな状況になってんの? 倒してTDSを奪うなら、わざわざ捕まえる必要ないんちゃうん」
当然の疑問を口にする彼女。
正直にすべてを話すべきか少しだけ迷ったが、大丈夫だろうと判断した。
「実はこの先にある砦に向かう人を捕獲して、砦の内情を教えてもらおうと思ってね」
それを聞いて彼女は首を傾げている。
視線は空中をぐるぐると彷徨ってから、俺を見据えた。
「もしかせんでも、あんたらも漁夫の利狙ってる?」
「……詳しく」
俺の返答を聞いてニヤリと笑い、話を続ける。
「詳しくもなんも。あの砦で戦っている連中がもめているみたいな話を耳にしたから、争いに乗じてTDSいくつかパクれへんかなーって思うて」
なるほど、同じ考えだったのか。
「騙されたらダメですよ! この人は砦で戦っていた人たちの仲間で、話を合わせているだけです!」
木の裏から飛び出してきた負華が、縛られている彼女の額を人差し指で突きながら意見を口にする。
一度、殺し合いをした相手だからなのか、珍しく強気な態度だ。
「額をツンツンすんな! うちはソロプレイヤーやっ! それにこの人やのうて、
「それは失礼しました、錣さん。俺は
相手が名乗ったのであれば、こちらも名を明かすのが礼儀だろう。
「これ⁉ 前々から私だけ扱い酷いですよね⁉」
「聖夜君、雪音ちゃん。話がややこしくなるから、お願い」
「「はーい」」
文句を口にして迫ってきた負華の前に双子が滑り込む。
そして、左右に分かれて挟み込むと抱え上げて離れていく。
「お姉ちゃん、良い子だからあっちで遊んでようね」
「おいたしちゃダメですよ」
「あああぁぁ、左右から蠱惑的な声があああぁ。リアルASMRぅぅ」
幸せそうな顔をして連行されていった。これで会話に集中できる。
咳払いをして改めて向き直ると、錣は呆れた顔でこっちを見ていた。
「あんたも色々苦労してそうやね。あと、うちのことは楓でええから」
「わかりました、楓さん。ソロプレイヤーとのことでしたが、もしかしてあの高台の砦を防衛した一人なのですか?」
俺の質問を聞いて表情が一変した。真剣な顔で俺をまじまじと見ている。
「あんた、ぱっとせえへん顔やのに頭はキレるんやね。なんで、そう思ったのか聞かせてもろてええか?」
「負華との戦いでTDSを二種類使っていたということは砦を守ったか、他のプレイヤーを倒したかの二択しかない。でも、バトルロイヤルが始まって直ぐ、負華に絡まれていた状態だったので」
「あー、なるほど。続けて続けて」
どうやら、ここの考察は間違っていないようだ。
何が嬉しいのかはわからないが、声が弾んでいる。
「砦の一つは防衛失敗、もう一つは私も参加していた。あの一番大きな砦はたぶん誰もTDSを得ていない。残るは高台の砦のみ、消去法ですね」
「ご名答、やるやん! その通りやで。ご褒美としてアメちゃんやろか? ポケットに入ってるから取ってええで」
「ええと、今はいらないかな」
顎でショートパンツの後ろにあるポケットを指しているようだが、動けない女性の尻に手を突っ込んだら、危ない感じに見えるので遠慮しておこう。
背後から背中に突き刺さっている視線もヤバいし。
ちらっと振り返ると、犯罪者を見るような目が六つあった。
「だから、残念やけどあの砦のことはなーんもわからんで」
「そうか。それは本当に残念だよ」
状況は把握した。
得たい情報は何一つ得られなかったわけだが、さてどうするか。
「少し待っていてください。……みんな、集合!」
楓から少し離れると三人を呼び集める。
全員で顔を突き合わせて、ひそひそと小声で話す。
「皆様、残念なお知らせです。誤認捕縛です」
「だよね、話を聞いていたからわかるけど」
「楓さんって運がない人みたいですね」
「じゃあ、もう《バリスタ》でやっちゃいます?」
俺と双子は同情気味なのだが、負華だけはヤル気満々だ。
「楓さんに対しては血の気が多いのはなんでだ」
「だって、見るからに陽キャでリア充じゃないですか。ああいうの苦手、というか嫌いなんです! 毎日が楽しそうで、男関係も激しいに決まっている! ああ、ヤダヤダ」
ただの偏見を垂れ流して憤る負華と楓を見比べる。
楓は関西弁で陽気。それに加え、露出度の高い服装。
対して負華は引きこもりニート、人見知り。上下ジャージ。
「陰と」「陽」
聖夜、雪音、的確な表現だ。
「つまり、嫉妬というか私怨か」
「一目見たときからわかり合えないと直感しましたからね!」
それにしても嫌悪感が凄まじい。ああいったタイプの人に嫌な思い出があるのかもしれないな。
鼻息が荒い負華をどうにかなだめてから、楓に歩み寄る。
「うちの処遇は決まったんか?」
「正直迷っている。倒したらTDSを得られるのは確かなんだけど……仲間になる気はないかい?」
「何言ってるんですか⁉ ダメですよ、そんなビッチを入れたら! サークルクラッシャーの素質ありありじゃないですか!」
「誰がビッチやねん! うちは処女やっちゅうね……ん……」
勢いに任せて暴露してしまった内容に気づいたようで、声が小さくなりうつむいてしまった。
顔が真っ赤だな。そこには触れないでおいてあげよう。
「ぷぷー、その見た目で処女って。背伸びしてリア充演出ですかー? 男誘ってるのー?」
動けない相手の目の前で反復横跳びをしながら煽り続ける負華。
うつむいたまま、体を震わせる楓。
「うっとうしい。雪音ちゃん」
「はい、没収となります」
俺が何を言いたいのか即座に理解してくれた雪音が、負華の足下に《落とし穴》を設置。
「ひゅあああぁぁぁぁぁ」
悲鳴と共に負華の姿が消えた。
蓋も閉められたので「暗い! 狭い! 土臭い!」という声が微かに届くだけ。
「楓さん、申し訳ない。うちの問題児がご迷惑を」
「うちが言うのもなんやけど、負華やったっけ。あの娘の扱い酷くない?」
あれだけ煽られていたのに、相手の心配をするとは。
根が優しい人のようだ。
「まあ、負華は放っておいて、さっきの提案の返事を聞かせて欲しい」
「仲間かー。うちはどんなゲームも基本ソロプレイでやるんよ。砦の防衛は一時的に組んだけど、その後はTDSもろうて別れたから」
何人でどうやって防衛をしたのか。褒美を誰が得るかで揉めなかったのか。
その点を質問したかったが、今は返事を聞くのが最優先。
「そやな。取りあえず、その砦の一件が終わるまで一時的に協力する、ってのはどう? お互いの相性もあるし……な」
《落とし穴》がある場所を見つめながら苦笑する、楓。
負華と楓の相性は最悪。パーティーを組んだのはいいが、互いに足を引っ張り合う展開になる可能性が否定できない。
楓は我慢できたとしても、問題は負華か。
だからといって負華を見捨てて、楓を取るという選択肢はない。仲間は必ず守ると決めている。
見捨てるなんてことはあり得ない。
「じゃあ、それでお願いするよ。パーティーを組めば同士討ちができない仕様だから、途中でいきなり裏切ることもないだろうしね」
「そうなんや、それは知らんかったわ。これで背中から《バリスタ》でドーン! って心配はせんでいいんや」
俺が手を差し出すと、楓は手を……縛ったままだった。
縄をほどくと縛られていた腕を擦ってから、俺の手をしっかりと握りしめる。
「これからよろしゅうな。要はん」
「よろしくお願いします、楓さん」
「さん付けなんて、やめやめ。気色悪くてしゃあないわ。呼び捨てでええって」
肩をすくめて手を振り、見るからに嫌がっている。
「ゆーるーさーんー」
地の底からうめき声が聞こえる。
地面が盛り上がると、そこから負華が飛び出してきた。
「要さんに呼び捨てにされるのは私の特権ですぅぅ。そんな女ビッチで充分ですよ!」
「なんやこの女。ほんま性に合わんわ!」
互いの額をぶつけて至近距離で睨み合っている。
止めに入るべきかどうか悩んだが、姉と母が喧嘩しているときに仲裁に入っても、ろくな目に遭わなかったことを思い出して放置することにした。
双子も同じのようで、俺の隣に座って諍いを眺めている。
二人の語彙が尽きて大人しくなるまで、かなりの時間が必要だった。
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