第38話 城下町

 海に沈む夕日を眺めながら独りごちる。


「こんな場所じゃなかったら、もっと感動したのにな」


 視界を妨げる物が一切ない、城の最上部に当たる屋根の上にいる。

 日当たり風通し共に最高で、見つかる心配のない安全な場所だが……腹が減った。

 今日は色んなことがありすぎだ。楓を確保、砦での戦いに乱入、罠に巻き込まれてこんな場所に。


「そういや、砦に入ってから食べてない」


 昼前ぐらいから口に何も入れてない。ここに来るまでそれどころではなかったので、空腹を感じる暇も余裕もなかった。

 落ち着いた今は何もせず無策で、ぼーっと無為な時間を過ごしていたわけじゃない。

 日が完全に落ちて夜が訪れるのを待ちわびている。


「そろそろ、動こうか」


 闇に包まれる前に城から出る必要がある。暗闇に乗じて逃走が妥当な手段だが、真っ暗な状態で高所移動はきつい。

 足を踏み外したら一巻の終わりだ。






「しっかりした町並みに、ランダムな動きをする住民。さすがの作り込みだな」


 《矢印の罠》を多用して城から脱出した俺は、迷うことなく城下町へとやって来た。

 城からの脱出は意外にも容易で、あまりにも呆気なすぎて逆に警戒が増したぐらいだ。

 民家の屋根を伝って移動しながら、闇夜に紛れて観察を続けている。

 建物の大半は石造りで稀に木造っぽい建造物も存在している。屋根には瓦が敷き詰められているのだけど、石で出来た瓦のようだ。

 確か、洋瓦というのだったか。

 住居らしき建物は二階から三階建て。平屋の建物がほとんどない。

 整備された石畳の道の両脇には街灯。道に落ちているゴミも少なく、清潔で治安も悪くないように思える。


「これだけ見ていると、海外の町をモチーフにしたテーマパークっぽい」


 ○○村とか名前の付いた場所に遠足で行ったことがあるのだけど、その光景と雰囲気に似ていた。

 だが、似ても似つかぬ点がある。住民の姿だ。

 服装は質素で飾り気のない素朴なデザイン。もちろん、ロゴの付いた服なんて存在しない。

 如何にも中世ヨーロッパ風ゲームのモブが着てそうな衣装、といった感じ。

 ただ、その服を着ている本体が違う。


 上半身は人間だけど下半身が馬や蛇。

 体は人間だけど顔が牛や鳥。

 見た目は人間と同じように見えて、額に三つ目の目。もしくは頭から角。

 背中から羽が生えている者がいれば、追加で二本の腕が生えた四本腕も存在する。


「二足歩行の動物もいるのか。あの猫可愛いな」


 姿形は動物そのままで人間のように歩き会話をしている。

 魔物や亜人の住む町。ここが魔王軍の管理下であるのは確定か。

 町を行き交う人々の表情は明るく、活気もある。夜だというのに繁華街らしき場所は賑やかだ。

 詳しい情報収集と食料を確保するために、俺は屋根から裏路地に降りる。

 長袖シャツにジーパンは悪目立ちするので、ベランダに干していたフード付きのマントを無断で拝借して身にまとう。

 フードを目深に被れば紛れられる。実際に人とほぼ変わらない種族も多いようなので大丈夫……と信じたい。


 意を決して路地裏から一歩踏み出す。

 夜だというのに煌々と灯りがともった大通り。街灯の光量は相当なもので、この明るさなら細かい文字の本でも読むことができそうだ。

 行き交う人々の表情は明るく、店の呼び込みをする者や働いている人たちに活気もある。

 これがすべて人間なら違和感なく溶け込めそうだけど、全員魔物なんだよな。

 耳を傾けると様々な声が聞こえてきた。


「いらしゃい、いらっしゃい。今日は店長のオススメの逸品がまだ残っているよ!」

「おい、今日はどの店に行くか?」

「ちょっと昨日使いすぎてさ。お手頃なところにしないか」

「遅くなっちゃったわね。早く帰ってご飯作らないと」


 何処にでもありそうな会話。

 それでいて誰一人、同じ言動をしていない。

 キャラクターの造形もすべて違う。同じ種族だと基本は似てはいるが細かいディテールが異なっている。

 そう、誰一人として同じではない住民。


「凄まじいクオリティーだな」


 砦を攻めてきた人間もそうだったが、キャラクターの使い回しが一切ない。

 今までのゲームであれば名もないモブキャラは、必ずといっていいほど使い回されていた。

 登場キャラが少ないゲームならまだしも、こんな何千、何万人も存在するゲーム内で全員に別の体を――。

 ぐうぅぅぅぅぅ。

 考察の邪魔をするタイミングで腹が鳴った。

 一日、食事を抜いたぐらいでは人は死なない。だが、思考力や行動力、やる気が減っていく。何か腹に入れないと、考えがまとまらない。


 いい香りが漂ってくる飲食店がいくつもある。先に見える広場周辺には露店も立ち並んでいる。

 串焼きやお好み焼きのようなもの、パンや、シチューを売っているところもあるのか。

 異世界の料理が選び放題な状況だが……先立つ物がない。

 つまり、金がない。一円もない。この世界の通貨単位はわからないけど、銭がない。

 無意識に足が動き、串焼きを売っている露店の前で立ち止まる。

 何の肉かはわからないが、肉が焼ける匂い、脂の弾ける音。

 これでもか、というぐらい食欲が刺激される。


「おっ、兄ちゃんどうだい。美味しいぜ」


 額にバンダナを巻いた牛が話しかけてきた。

 俺より頭一つ大きい、牛の頭に人間の体をした生き物。ファンタジーでは定番の魔物ミノタウロス。

 色は黒毛和牛なのに、ホルスタイン柄のエプロンを着けているのは高度なギャグなのだろうか。


「生憎、お金がなくて」

「なんだ、そりゃ残念だな。懐に余裕があるときにまた来てくれや」


 哀れんで一本恵んでくれる、なんて都合のいい展開はなかったか。

 愛想笑いを浮かべている牛の店員に苦笑いを返し、その場を後にしようとした。


「文無しかよ。じゃあ、俺様が奢ってやるぜ」


 俺の肩に腕が回され、親しげに肩を組んできた男。

 その声、口調を俺は知っている。顔を確認するまでもない。


「なんで、ここにいるんだ……バイザー」


 ゆっくりと顔を向けると、軽薄そうな笑みを浮かべる見知った男がいた。


「よう、また会ったな強敵ダチよ」






 あれから俺は奢られた串を手に、少し離れた噴水広場まで移動する。

 大きな噴水の中央部には両手から大量の水を噴出している、ドラゴンのような角と尻尾を携えた女性像があった。

 その噴水の縁に腰を掛けて串焼きをかじる。


「なかなか、いけるな」


 塩と少し辛い香辛料の味。シンプルでありながら後を引く、癖になりそうな味付けだ。


「そんなに腹が減っていたのか。喉に詰まるぜ」


 あっという間に一本を平らげた俺に、バイザーが木のカップに入った飲み物を差し出す。

 受け取ると中身の確認もせずに飲み干した。

 酸味のある柑橘系の絞り汁を薄めた味。さっぱりしていて後口もいい。


「助かったよ。それで、質問の答えをそろそろもらえるか?」

「俺様がここにいる理由、ねぇ」


 ここまでの移動中、いくつものパターンを考察はしていた。

 だけど、憶測で考えるより直接答えを聞いた方が早い。

 こんな場所に、こんなタイミングで現れたバイザーに対して警戒を解くわけにはいかないが、どこか安心している自分もいる。

 緊張の連続に見知らぬ場所。心細かったのか、俺は。


強敵ダチはこの状況をどう思ってんだ?」

「質問を質問で返すな、って習わなかったのか」


 俺も質問で返すと肩をすくめておどけている。

 先に答えろってことか。


「TDSのワープに巻き込まれた際にバグか不具合が発生して、俺だけ本拠地に飛ばされた」

「本拠地とは?」


 俺から訊き出しはするが、自分は答えない気か。


「俺たち守護者を呼び出した国の本拠地がある城」

「守護者を喚んだのは?」


 質問と言うより尋問を受けている気分になってきた。

 詰問調ではなく、穏やかな口振りなので嫌な気はしないが。


「魔物の国。魔王の娘とその配下ってところか」

「わかってるじゃねえか。ちゃんと理解できてるぜ。花丸満点をプレゼントフォーユー」


 城の内部で得た情報を照らし合わせれば、誰だってこの答えにたどり着く。

 バイザーは笑顔でわざとらしく大きく何度も頷いているが、目が笑っていない。


「なかなか、凝った設定をしているだろ。ストーリーを考えるのも苦労したみたいだぜ。異世界召喚をした相手が実は魔族や魔物で、自分たちは人類の敵側だった! 意外性があってよくね?」

「ラノベとか漫画でたまに見かける設定だけどな」

「辛辣ぅー」


 指輪だらけの指で俺を差すな。

 いつも通りの軽いノリにおどけた言動。これまでなら、当たり前のように受け取っていたが。


「なあ、バイザー。それは本当に――設定なのか?」


 腹も膨れたことで考察が捗ってしまった。

 ずっと引っ掛かっていたポイント。ゲームだと割り切っていたからこそ、あえて考えないようにしていた、こと。


「どゆこと?」


 表情、態度、共に動揺は見えない。

 本心は見えてこないが質問を続ける。


「自分でも馬鹿げているとは自覚している。だけど、ここは、ゲームの世界じゃなく……本物の異世界じゃないのか?」


 本物と遜色ない風景が広がる世界。

 五感が完全に再現された世界。

 人と同じように考え行動する生き物が存在する世界。

 もし、俺の考察が正しかったら、すべてが覆る。


 ゲームだから楽しめた。

 ゲームだから無茶もできた。

 ゲームだから魔物を殺せた。

 ゲームだから――人を殺そうとした。


 ……頼む、頼むから否定してくれ。

「ダチは馬鹿だな」って一笑してくれ。

 俺の想像力が暴走して、ありもしない物語を脳内で勝手に作り出した。「ただの妄想だ」と罵倒してくれ!

 目を閉じ、祈るような気持ちで返事を待つ。

 隣を見ることができない。

 どれぐらい沈黙していたのか、バイザーが重い口を開いた。


「その答えに到達してくれて感謝する」


 肯定する言葉が俺の心に突き刺さった。


「バイザー……ここはなんなんだ。それに、お前は何者なんだ」


 必死に振り絞った声。

 掠れて囁くような声だったがバイザーには届いたようで、真剣な眼差しが俺を捉えている。


「俺様は……いや、私は――」

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