第39話 バイザーの冒険
俺様――私は山奥の名も無き小さな村で産声を上げた。
酪農と農業を家族で営む、平凡でありながらも幸せな家庭。
そこの三男坊として生を受けた私は体が弱かった。兄二人は野生児と両親に揶揄されるぐらい元気に野山を駆けまわり、肉体労働を全く苦にせずよく働いた。
一方、私はというと体力はない、無理をするとすぐに病気になる。そんな役立たずに与えられた仕事は放牧中の羊を世話すること。
といっても牧羊犬が優秀なので、木陰に座りずっと本を読むだけ。
家族には「覇気もなければ欲もないな」と馬鹿にされていた私だったが、唯一にして大きな欲が存在していた。
それは――知識欲。
目に映るすべての物を知りたかった。誰に話すわけでもなく、何をしたいわけでもなく、ただ知識を求めた。
だけど、小さな村でお世辞にも豊かとはいえない環境だったので、本なんてものは一冊しかない。
なので、近所に住む老人に頼み込んで借りていた。
その老人は王都で教師のような仕事をしていたそうで、家には無数の蔵書があり、許可をもらって何冊も借り受けている。
毎日、羊の世話をしながら本を読む。
そんな生活を十年以上続けたある日、村が滅びた。
夜中に野盗の群れが襲ってきたらしい。ハッキリとわからないのは、親に内緒で油をすくめた灯りで読書中に後ろから一刺しで殺されたから。
次に気が付いた時には廃村で一人佇んでいた。
誰も居ない焼け焦げた村。村人をすべて殺して火を放ったのだろう。
自分の体を見ると半透明で透けていた。
「ああ、幽霊になったのか」
人は未練があると幽霊になるらしい。
幽霊になってしまった個体はその未練を晴らすか、聖職者に浄化してもらうか、魔法で消滅させられるか、の三択でしか成仏できない、と以前本に書いてあった。
家族や羊を失った悲しさは当然あるのだが、未練かと問われるとそこまでではない。
だったら、私はどうして幽霊になったのか。
そんなことを考えている間に足は自然と、元教師である老人の家に向いていた。
この村は基本木製の家を建てているのだが、老人の家だけは石造り。これなら焼けずに本も残っているはず。
希望を胸に老人の家を訪れたが、壁も天井も破壊され瓦礫と化していた。
中に入ると家の中心に山積みとなった灰がある。何かを盛って火を放ったのだろう。
その灰の下には丸焼きになった老人の死体があった。
「野蛮人共が」
これは老人の死に対する怒り……ではない。老人に大量の本を被せて火を放ったことに対する怒り。
本の価値を知らぬ愚か者への殺意。
ああ、そうか。私の未練が理解できた。
知識だ。もっと、多くの知識を得たい。もっと未知の物に触れたい。
この枯れることを知らない知識欲が満たされたい。
これが私の誰よりも強い欲望。
私は幽霊のまま辺りを彷徨った。
村と放牧地以外に足を踏み入れたことのなかった私にとって、すべてが新鮮に映る。
図鑑でしか見たことのない植物。
英雄譚で登場していた魔物。
私の村とは比べ物にならないぐらい大きく活気のある町。
何もかもが楽しく有意義な日々だった。
幽霊なので日の当たる場所に出ることは叶わないし、人間に見つかると「レイスだ!」と怯えられ浄化させられそうになるので、行動には気を配らないといけない。
だけど、半透明の体は物理攻撃を受け付けない。壁などをすり抜けられる。等といったメリットも大きく、夜な夜な徘徊しては本のある場所を探し、日中は隠れて読書に明け暮れていた。
そんな日々を数十年続けていたのだが、各地で戦乱が起こり周辺の町や村が滅んだ。
この大陸には大きく三つの勢力があったのだが、西と東の大国に挟まれた小国が滅ぶ寸前らしい。
このままでは落ち着いて読書も出来ないので、私は北上することにした。
北には魔物が住む国があり、そこでは人間とは違った知識が得られると考えたからだ。
私は地下の古代都市にある大図書館に居座っている。
魔物の国を目指す途中で日の光を避けるために洞窟へと足を踏み入れたのだが、その奥が不自然な行き止まりになっていたので霊体を活かして直進してみた。
しばらく土の中を進むと、突如巨大な空間が目の前に。
前に滞在していた王都を入れても、まだ余裕のある空洞には町があった。
そこは地下だというのに光がある。
空を見上げると空洞の天井に小さな太陽のような灯りがあり、町を照らしていた。
町を散策してわかったことは、ここが数千年前に滅びた古代都市だということ。
その割に建物はしっかりしていて老朽化しているようには思えない。特殊な素材か技術を使って建てられたようだ。
以前、王立図書館で読んだ本によると、遙か昔、この世界には古代人が存在し、今とは比べ物にならないぐらい文明が発達していた。
そのことを思い出した私は……歓喜する。
「ここなら思う存分、知識を得ることが可能だ!」
更に百年の時が流れた。
あれから数十年は苦労したのを微かに覚えている。
特に問題だったのが……古代都市には本が少なかったのだ。特殊な媒体で記録する装置があり、そちらがメインで本は廃れていた。
古代語については現代の言葉と類似点も多く、数年で翻訳が可能になる。
本が少なくとも物に刻まれた文字。
触れると光を発し、映像や言葉を紡ぐ板。
映像と共に文字が流れる巨大な板。等が存在していたので学ぶことは可能だった。
一度理解すればそこからは早かった。この町は劣化を防ぐ結界が張られているようで物持ちがよく、今でも充分に起動する物ばかり。
特に私が夢中になったのは娯楽。
私を満たしてくれるのは本だけだと信じていたが、そうではなかった。
心地よい音楽。
役者が演じ、音の付いた映像で魅せる物語。
そして、ゲーム。
特にこのゲームという物が私を虜にした。
画面の写る板に投影される絵。それをこちらが操作して楽しめるのだ。ゲームには多種多様なジャンルが存在していて、私はそれを片っ端から楽しんだ。
そんな生活を続けていると、ある日、古代都市に訪問者が現れた。
偶然ここを掘り当てたドワーフ共だ。ヤツらは町を構成する金属に歓喜し、事もあろうことか建造物を破壊し始めたのだ。
私は長年生きているレイスとはいえ、戦闘力は皆無。黙って、その愚かな振る舞いを見ていることしかできない。
結局、その凶行を止めたのは私ではなく、古代都市そのものだった。
町の防衛装置が起動して、街の至る所から警備兵が現れた。それは鉄の体をした人を模造したロボットと呼ばれる人造生命体。
私が観てきた映像やゲームにも度々登場している。
警備兵の強さは圧倒的で無法者たちは窮地に陥る。
追い詰められたドワーフ共は最悪な行動に出た。逃げる前に少しでも宝物を持って帰ろうとしたようで、この町のエネルギーを管理している施設に入り、重要なパーツを破壊したのだ。
その結果、施設が暴走して――大爆発。
古代都市は跡形もなく吹き飛び、古代都市のあった場所には半球状の大きな穴ができた。
久しぶりに眺めた空。その中心部で呆然と佇む私。
レイスの体はあの爆発に巻き込まれても無傷だったのだ。
何もかも、生きる希望すら失い、茫然自失で何も考えられなかった私の元に一人の大男が現れた。
「南の地で大爆発があったと聞き、やって来てみれば大穴とレイスが一体。どういう状況か説明しろ」
偉そうな口調で私に命令した人物を後に――魔王と知った。
何があったのか説明すると、何故か爆笑する魔王。
「いやはや、このような場所に古代都市の遺跡があったとは。失ったのは惜しいが……最後のオチが大爆発か! 出来の悪い喜劇のような展開ではないか! フハハハハハハハ!」
豪快な笑い声を聞いていると、憤りや虚無感がすべて吹き飛ばされた。
苦悩していた自分が馬鹿らしく思えるぐらいに。
「行き場を失ったレイスよ。行くところがないのであれば我が城に来るがよい。古代都市ほどの技術や知識はないだろうが、それなりに蔵書はある。好きなだけ読んで構わぬぞ」
提案に魅力を感じたのは嘘ではない。
だけど、それ以上に魔王に興味が湧く。生まれて初めて本とゲーム以外に……惹きつけられた。
私は魔王国の大図書館の司書という地位を与えられた。
「働かざる者食うべからず」
という魔王の方針で昼間は大図書館で働き、夜は読書。
それなりに充実していた毎日だったが、一つだけ満たされない欲がある。
ゲーム、無性にゲームがしたい。
魔王国にもゲームは存在するが、ボードゲームや体を使った古風なものばかりで、古代文明のゲームを体験した後だとすべてが物足りなかった。
少しの不満を抱えながら日々を過ごしていると、ある日、魔王からの呼び出しを受けた。
「バイザー、お前にしか頼めないことだ」
真剣な口調で言う魔王に私は躊躇うことなく、頷いた。
ちなみにバイザーというのは魔王に与えられた名だ。人間時代は違う名前だったが、なんて呼ばれていたかは覚えていない。
多くの記憶に埋もれ押し潰され、消えてしまった。
魔王からの頼み事は「異世界に行ってくれ」という荒唐無稽な話。
どうやら、人間の住む西と東の大国がこの国に攻めてきている現状らしい。
かなり危機的な状況のようで、特に問題なのが西と東の大国が異世界から召喚した異世界人の存在。
その者は勇者と呼ばれているそうで、この世界に召喚された際に善なる神から、強力無比な加護を与えられた……らしい。
我々、魔族や魔物(私は元人間だがレイスは魔物側に分類されるらしい)は人間が信じる善神に対立する邪神を信仰している。
善神は邪神やその信者を毛嫌いしているので、我々を滅ぼす力を転生者に与えたそうだ。
圧倒的な加護の力で劣勢状態の魔王国は奇策を思いついた。
人間の召喚技術を盗み、模倣することで我々も異世界人を召喚して手駒にしよう、と。
その為にも異世界人の考えや生活を知る必要がある。なので、召喚陣を改良して、こちらから異世界に行くゲートを完成した。
ここまでは順調にことが運んだそうなのだが、問題はここから。
どうやら、異世界にはこの世界にある物質がいくつか存在しないようで、送り込んだ者は体が再構築されずに滅んでしまい、失敗が続いているそうだ。
「そこで、白羽の矢が立ったわけですか。霊体である私に」
そこまでの説明を聞いて合点がいった。
命懸けの任務。私が無事に異世界に渡れる保証はない。
他の者よりも可能性がある、それだけだ。
だが、断る理由などない。大図書館の本は読み尽くしてしまい、三週目に入ったところ。
新たな知識を得られる好機を逃すわけが、ない!
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