第40話 バイザーの冒険 その2
異世界ニホンへの転移は成功した。
私が降り立ったのは天を突くような高さがある建造群の中。
一面にガラスが張り巡らされ、その高さは魔王城を優に超える。
それが一つではなく無数に存在していた。
昼間かと見紛うほど町は明るいが、空を見上げると夜がある。だが、星は一つも見えない。
町が明るすぎて夜が夜をなしていないのか。
「助かったな」
もし、この世界が朝で日の当たる場所に出ていたら、異世界を知ることもなく消滅していた。
生の喜びに浸っている場合じゃない。……死んでいるので生も何もないが。
頭を切り替えよう。目的は異世界の視察。
地面は石畳ではなく何か別の物を固めている。
三色の灯りが灯る金属の旗のような奇妙な棒はなんなのか。
それ以上に奇っ怪なのが道を行き交う、謎の物体。
四つの車輪が付いた、おそらく鉄の箱。内部には人の姿が見えるので乗り物だとは理解できるが、どういう仕組みで動いているのか。
夜だというのに多くの人が歩いているが、服装の色彩が豊富で同じデザインの服を着ている者が少ない。唯一、黒やグレーの燕尾服のような物を着ている者が多いので、あれは制服か何かなのだろう。
町並みと雰囲気が魔王国よりも古代都市に近い。
だが、古代都市はもっと背の低い建物ばかりで、こんなに高く巨大な建造物は存在していない。地下にあった都市なので当たり前ではあるが。
文明の発展具合はどうだろう。
古代都市には人が存在しなかったので比較が難しいところもあるが、技術力に関しては似た点が多い。
だが、情報が少ない。あまりにも少なすぎる。
もっと多くの情報を得るためには、あれをやるか。
長年レイスとして存在していた私が習得した特技。
――憑依。
憑依は相手の体に入り込み、体を奪い、知識を強要できる。
異世界のことを知るには一番手っ取り早い方法だ。
辺りを見渡し、手頃な人物を探す。
一番多い燕尾服もどきを着た人物が最適だろう。
巨大な建物に目を奪われていたが、よく観察すると二、三階建てで、古びた建物が密集しているエリアが見えた。
そこは飲食店街のようで酔っ払いが多い。顔を赤らめ上機嫌な者もいれば、地面で寝ている人までいる。
異世界でも酔っ払いの存在は変わらないようだ。
「泥酔している相手だと都合がいい」
憑依は相手の精神が弱ければ弱いほど乗っ取りが容易になる。
酔っ払って意識が朦朧としているか、心が衰弱している、もしくは死んだ直後が最適なのだが。
酒場の前で物色をしていると、一人の男性が目に入った。
猫背で俯き気味。目には生気がなく、焦燥感が全身から漂い生命力が弱い。
燕尾服もどきを着ているのもポイントが高い。最も巨大な企業に属する作業員なのだろう。
この世界の常識を知るには最適だ。
酒場から出てよろめく足取りの男を尾行する。
ありがたいことに自ら人気のない場所へと進んでいく。
喧噪から離れ、川に掛かった頑丈な橋の上から下を覗き込んでいる。
私は脇に立っているが幽体の私は見えないようで、ぼーっと川の流れを見つめていた。
「俺の人生はなんだったんだ……。家族のために身を粉にして頑張ってきた。だけど、嫁はあんなチャラチャラした若い男に夢中になり、大量の借金まで作り、挙げ句の果てに親権まで奪われるなんて……」
嗚咽混じりの嘔吐を川に流しながら、愚痴が止めどなくあふれている。
どうやら、妻に不貞をされて別れた男のようだ。
私は生涯どころかレイスとしても独身を貫いてきたので、家族やそういった関係に関しては知識が乏しい。
哀れだとは思うが、それ以上の感情はない。
男は胸と胃の中の物をすべて吐き出すと涙を脱ぐい、欄干に足を掛けた。何もかも諦めた無の表情。
そうか、自殺するのか。
ならば、その体をもらい受けても問題はないな?
あの日から私は鈴木部長と呼ばれている。
知識を共有したことでこの世界を知ることができた。
離婚したばかりで独り身。小さなアパート暮らし。引っ越したばかりで周辺の住民とも関わりがない。
おまけに、この男を演じる際に違和感があったとしても「鈴木部長、離婚のショックが抜けてないんだな」「たまに人が変わったみたいになるけど、仕方ないよね」と都合のいい解釈を勝手に周りがしてくれる。
最高の依り代を手に入れた。
私はしばらく鈴木部長となり、この世界を満喫……調べる。
年齢が五十を超え、運動不足の体なので足を使っての情報収集は厳しいが、この世界にはネットという情報網が存在し、ありとあらゆることをパソコンで調べることが可能だった。
なんて便利な機械だ。それにこのスマートフォンという小型機器。声を遠くの誰かに届け、屋外でパソコンのようなこともできる。
これを魔王国で再現できれば最高なのだが。
ありとあらゆる知識を掻き集めている間に、ある存在に私は気づいてしまった。……ゲームだ。
古代都市と同じようにこの世界にもゲームが存在していた。
それも異世界人は娯楽に対しての熱意が桁外れのようで、古代人が作ったゲームよりも遙かにクオリティーが上。
あれほど夢中になった古代人のゲームが、幼児の玩具としか思えなくなるぐらいの差がある。
互いに引き合う定めだったのだろう。――私はゲームの虜になった。
それはもう、会社を早期に退職してゲーム漬けの毎日を過ごすぐらいに。
だが、そんな至福の日々は唐突に終わりを告げた。鈴木部長になって二年目の冬。体が死んだ。
過度の飲酒や喫煙。体と心がボロボロだったようで、大病を患ってあっけなく死亡。
再びレイスとなったところで、自分の目的を思い出した。
「異世界を満喫しに来たのではない」
どうやら、鈴木部長と意識が混濁して我を失っていたようだ。
次に乗っ取るのであれば、完全に意識を失った相手。死後直後が最良。
今度は相手を厳選するために三ヶ月の時間を必要とした。
次の体の主は
程々に若い体に一人暮らし。派手目な服装で装飾品をじゃらじゃらと身につけているところは減点対象だったが、ある点が好印象だった。
この男、なんとゲーム会社に勤めていたのだ。
その点を考慮して、ずっと見張っていたのだが幸運にも女遊びの最中に突然死をした。
どうやら寝不足と過労に加え、激しい運動による急性心臓死らしい。
死亡後、完全に魂が抜け出たのを確認してから、その体へと入り込み乗っ取りは上手くいった。
精神の混濁はなく、自我を保てている。
そこからは順調だった。ゲーム開発を続けながら、この世界の情報を集めた。
驚くことにこの世界では異世界転生、転移を題材とした小説、漫画、アニメが流行っているらしく、これならば異世界に召喚したとしても、理解が早く好意的に受け取られる可能性が高い。
だとすれば、あとは魔王国を守り、勇者を撃退する才能がある者を見極める方法。
この世界から異世界へ召喚する際に加護が与えられる。どういった理屈でこのような現状が起こるのか、今までは通説あったのだが近年明らかになった。
召喚陣を詳しく調べた結果、召喚の際に善神と遭遇する図式が仕込まれていたのだ。
善神は天空の遙か上空に輝く浮島に住んでいると伝えられている。そこを経由してこの世界に降り立つように、文字と図式が配置されている。
ならば、我々が崇める邪神が封印された地底の奥深くにルートを書き換えれば、邪神からの加護を得られるのではないか、と考えた。
善神と邪神は双子の女神。能力は拮抗していた、と言い伝えられている。
善神は破壊と再生を司り、邪神は守護と統一を。
与えられる加護は神の力とその者の想いが大きく作用する、という研究結果を得ている。
ポイントは召喚者の想い。どのような加護を求めるかはその者の望みによって決まるのだが問題が多い。
まず「最強の力が欲しい」という曖昧な望みは叶えられない。
他にも「無敵になりたい」「すべての魔法が使いたい」このような望みも不可だ。異世界人であるニホンジンは我々の世界の住民より才能があるとされているが、莫大な力を有するには器が足りない。
加護は当人の強い望みであること。具体的なものであればあるほど、加護は強く具現化する。
更に邪神は守護と統一を司る。そういった方面の力を得意とするはず。
最良の策を求めて日夜過ごしていると、ふと妙案を思いついた。
この体が所属しているゲーム開発部で製作中のデスパレードTDというゲーム。
罠や設置物を使い拠点を守る、といった内容だが……これを利用できないだろうか。
守りに特化した能力。戦略性も必要。
実際にこの力を使うことができれば、魔王国を守り切れるのでは?
本来なら提案したところで、虚構と現実の見分けられない愚か者の妄言でしかない。
しかし、加護はその者の想いと神の力が重要となる。
召喚された者が、こちらの望む力を具体的に想像させるように誘導することは不可能なのか?
邪神が司る守護に関連するものであれば、可能ではないのか?
何も知らない者からすれば「馬鹿げている」と一笑に付される発想。
しかし、私は確かな手応えを感じていた。
更に二年の月日が流れ、手筈はすべて整った。
デスパレードTDの最高難易度をクリアした者にだけメールを送付。
魔王軍にはすべての計画を伝え、準備は整っているとのことだった。
私もプレイヤーの一人、守護者として召喚される。正確にはこの体の持ち主、総面 探が。
ただ、大きな懸念が一つ。
この世界に私は馴染みすぎた。
元々人間だったが、レイスとしての方が遙かに長く、魔王に登用され長い月日が流れた。
人間よりも魔王側に恩義を感じていて情もある。魔王国が滅びて欲しくない、という気持ちに偽りはない。
だが、異世界人に怨みはない。
西と東の国に召喚された異世界人が魔物や魔族を大量に虐殺している事実。それは理解している。だが、私は人も魔物も異世界も経験してきた。
多角的に考える力を得た……いや、得てしまったのだ。
どんな種族であれ、良い者もいれば悪い者も存在する。異世界人は外道で悪、と決めつけるのは盲目で愚かでしかない。
わかっている、わかっているが、もう後には引けない。
魔王国を守るためには手段を選ぶ余裕なんて、ない。
数百万もの魔物や魔族を殺した異世界人。その同胞をたった百人巻き込むだけで許す、と言っているのだ。
せめてもの罪悪感を紛らわすために、途中で死んでいく者たちにはゲームの世界だと信じさせ、恐怖を覚えずに楽しみながら逝ってもらおう。
その為には私は道化でもなんでも演じる。
恨み辛みは慣れている。だって、私は幽霊なのだから。
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