第41話 三つのルート
「ここはゲームの世界じゃない。本物の異世界だ」
感情を殺して淡々と語るバイザーの言葉に驚きは……ない。
頭では否定したかった。だけど、ずっと引っ掛かっていた腑に落ちなかった点が、その一言で氷解してしまう。
「ここは邪神を崇める者たちが住む、魔王国ガルイ。偉大なる魔王様が治めていた地。今は勇者に討たれた魔王様に変わり、娘のヘルム様がその責務を負っている」
やはり、あの司会進行役のヘルムが魔王の娘なのか。
独り言や部屋で見つけた写真。すべてを照らし合わせると納得しかない。
ヘルムの正体とは別に気になったのが、先代魔王は「勇者に討たれた」との言葉。
この時点で訊きたいことはいくつもあるが、今は黙って話の続きを聞こう。
「この大陸には魔王国ガルイ、東の国ウルザム、西の国エルギルが存在し、三国で覇権を争っていた。長らく拮抗状態だったのだが、人間の国である西と東が手を組んで魔王国に襲いかかった。我々、魔族や魔物は身体能力が人間より優れているので、同時に襲われたところで撃退は可能……な筈だった」
バイザーはそこで話を区切って、大きく息を吸う。
「誤算だったのが、東と西の国がそれぞれ異世界から召喚した勇者の存在」
魔王を討ったという勇者がここで出てくるのか。
異世界に召喚された勇者。現代ファンタジーでは定番中の定番設定。
驚くような展開ではない。……それが架空の世界で他人事であれば。
「善神から加護という特殊な力を与えられた勇者の力は想定外だった。圧倒的な力で魔王国の住民は虐殺され、町や村は滅ぼされた。何千、何万、何百万もの国民が東と西の勇者一行によって殺された」
勇者視点で見れば、邪悪な魔物や魔族を倒す正義の物語。
だけど、視点を変えればただの無慈悲な虐殺。
「魔王国側に非はなかったのか? 無闇に人間を食い、近隣の村々を襲っていた、とか」
「この城下町を見ても、そう思えるかい?」
バイザーが大きく両腕を広げ、広場を見てみろと促す。
手を繋ぎ楽しそうに語らうカップル。
露店の串焼きを頬張って満面の笑みを見せる子供。
愛想のいい対応をしている店員。
異形の姿をしているが、その営みは人間と変わらない。
俺は……答えられなかった。
「もちろん、魔王国民の中にも荒くれ者や知性が乏しく人を襲う種族もいる。だが、それは人間も同じこと。魔王国は近隣の国との境界線付近にいる危険な魔物を、治安のために定期的に狩るようにしていたぐらいだ」
すべての人間が正しく規律を守る、なんてことは口が裂けても言えない。
それは異世界だけではなく、地球、日本でも同じ。
そうか、ここは本当に異世界でゲームじゃないのか。
手を開いて握りしめる。
現実と全く齟齬のない世界。当たり前だ、ここも現実なのだから。
頭では理解していたが、心にもスッと下りてきた気がする。
事実を受け止めよう。動揺も混乱も後悔も後回しだ。
今は心を落ち着かせて少しでも冷静になれ。
気持ちを切り替えるんだ。
「話を戻そう。我々は勇者への対抗策として、同じように異世界人を召喚することに決めたのだよ。異世界人はこの世界に召喚されると、特別な力を得ることは勇者で実証されていたから」
「俺たちがTDSだと信じているこの力は……加護なのか」
「そうだ。加護は強い思いが具現化した力。だから、異世界人であるキミたちに、ここをタワーディフェンスゲームの世界だと信じさせて、こちらの望むような加護を覚えるように誘導した」
あのガチャ演出も見せかけだけで、この《矢印の罠》は俺が得ることに決まっていたのか。
「待ってくれ、それはおかしいだろ。望む力に誘導するなら、もっと強力な加護を得るようにするべきだ。俺のはお世辞にも強いとは言えない」
負華の《バリスタ》なら、まだ理解はできる。俺や雪音のTDS――加護なんて殺傷能力は皆無だ。
「加護の性質について詳しく語ると、一晩じゃ済まなくなる。だから簡潔に説明すると、それぞれの特性があるのだよ。望む力に誘導する、といっても方向性を決められるのみ。想像する力が具体的であればあるほど加護として現れやすくなる」
「俺たちはタワーディフェンス好きで、ゲームだと信じたからこそTDSのような加護の力に目覚めた、と」
「簡単に言えばそうなる」
だとしても、なんで《矢印の罠》なんだ。納得はいかないが、これ以上追及するのはやめておこう。話が進まなくなってしまう。
「加護の力は育て強化することが可能なのは、経験して理解しているな」
「レベルアップのことか。それならわかる」
当初は使い勝手も悪かったが、今は強化してかなり便利な能力になっている。
「強化が目的なら異世界人同士で殺し合う必要はあるのか? 国民を殺された憂さ晴らしに、勇者と同じ異世界人を酷い目に遭わせたい、それなら……納得はいく、が」
平静を装って口にしたつもりだったが、無意識に語気が強くなる。
「確かに異世界人に対する復讐という側面がない、とは言わない。だけど、明確な理由が二つ存在する」
俺から目を逸らさず、誤魔化すこともなく対応するバイザー。
「まず一つ目。ゲーム的に表現するなら、異世界人は経験値効率がいい。異世界人を一人殺すだけで、魔物やこの世界の人間を殺すより多くの経験値が得られる」
「ボーナスモンスター扱いか」
銀色のスライムが頭によぎる。
ゲーム内でそういったモンスターを散々倒してきた身だ、何がしたいのか即座に理解できてしまう。
「更に付け加えるなら、この世界では同じ属性や特徴を持つ相手を倒すと、その能力が伸びやすいという特性がある。例えば水属性の魔物を倒せば、水魔法の力が上がるといった感じにね」
「だから、加護を持つ者を倒せば、加護の育成が捗る、と」
バイザーが頷く。
理屈はわかったが、納得するかは別の話だ。
「そして、もう一つの理由。邪神の加護には善神の加護との大きな違いが存在する。邪神は守護と統一を司る。故に邪神の加護を持つ者同士が戦い勝利することで、相手の加護を奪える。それが邪神の加護にのみ与えられた統一の力」
何故、俺たちに殺し合いをさせるのか合点がいった。
各自に加護を育てさせ、殺し合い、一人に加護を集めさせる。
最終的に強力な力を得た異世界人が誕生。それが計画の全貌か。
いや、違う……。本当の目的はその先に、ある。
「それで、最後の最後に一人になった守護者を殺して、魔王の娘ヘルムが力を得る、ってオチか」
「正解」
誤魔化しも否定もしないのだな。
ここで少しでも言い淀めば、語られた内容も疑ってかかっていた。
だが、バイザーはすべてを認めて肯定した。一瞬の躊躇もなく。
……信じるしかない。違うな、信じたいんだ俺は。
「バイザーは何がしたいんだ。今までの話は極秘の機密情報だろ。異世界人である俺に明かせば大罪になるはずだ」
「なるだろうな。よくて処刑、悪くて……ありとあらゆる拷問の末に処刑か」
軽い口調で肩をすくめるバイザー。
その横顔に悲愴感はない。
「だったら、どうして危険を冒してまで、俺に」
「さあ、なんでだろう」
惚けているといった感じではなく、眉間にしわを寄せて首を傾げ唸っている。
本気で悩んでいるようにしか見えない。
「贖罪、とも違うな。偽善……どれもしっくりこない。私は知識を追い求めてきた。世界中の誰よりも本を読んできたと自負している。だけど、それでも、人の心は今もわからない。他人どころか自分の心ですら」
困り顔で笑うバイザー。
「理屈じゃないんだ。魔物の国は滅びて欲しくない。だけど、罪のない異世界人を巻き込んだことは後悔している。だから、誰かに聞いて欲しかった。私の罪を懺悔を」
「そうか」
俺を選んだのは偶然なのか必然なのか。
何も知らないで手のひらで踊らされ続け、ゲームだと信じて一生を終える。
真実を知らなければ楽に死ねた。それは間違いない。
だけど、今は知って良かったとも思う。
「これからどうするかはキミが決めていい。運命に抗うなら協力を惜しまない。もしくは、ヘルム様に私を差し出し、魔王国に協力すれば命は助かるだろう。あとは、私の話を戯れ言と聞き流して、今までと同じようにゲームを楽しむか。好きなルートを選んでくれ」
今、俺の前に三つのルートが提示された。
進む道に矢印が三つ存在する。
抵抗するか、命乞いをするか、忘れるか。
魔王国にとっての裏切り者であるバイザーを差し出せば、確かに俺の命は助かる可能性がある。生存率の一番高いルートがこれだ。
ただし、守護者に選ばれた人々を見捨てることになる。仲間の負華、聖夜、雪音、楓も見捨てて、裏切り者として一人異世界で生きていく。
もう一つの選択肢は一番楽だろう。バイザーの話も全部ゲームの裏設定。だから、気にせずに続ける。真実から目を逸らし、今まで通りゲームを楽しみ続ければいい。
死んだとしてもゲームオーバーになっただけ。目が覚めれば現実が……待って……いる。そう信じて。
最後に残ったルートが一番過酷なのは間違いない。
すべてを知った上でヘルムたちを欺きながら、生き残る術を探す。
ヘルムたちに見破られないように演技をしながら、守護者との戦いにも勝つ必要がある。
やるべき事は山積みで、少しでも悟られたらアウト。仲間にも……特に負華には真実を打ち明けない方が安全。
バイザーが協力してくれるとはいえ、苦難の道どころの話じゃない。そこら中に強力な罠が仕込まれている道を、強制的に進まされるモンスターの気持ちが今ならわかる。
どれを選ぶか。この決断で未来が大きく変わってしまう。
だけど、迷いはない。
どのルートを選ぶかなんて初めからわかりきっていた。
「バイザー、俺は決めたよ」
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