第42話 三日目終了

「んー、朝か」


 いつもの部屋で目が覚め、いつものように上半身を起こし、何気なく部屋を観察する。

 見慣れた何の違和感もない俺の部屋。

 毛布を剥いでベッドから出ると軽く柔軟体操をする。

 体におかしな点はない。思い通りに自由自在に操ることが可能。


「今日も爽快な目覚めだけど……あれはなんだったんだ。バグか? 砦の途中からずっと暗闇にいたけど、みんながどうなったのか心配だな。特に負華」


 少し大きめの声で呟き、頭を捻る。


「後で運営に連絡しておこうか」


 寝間着から私服に着替え、キッチンへと向かう。

 いつも通り、まだ誰も起きていないので手際よく朝食を作る。二人分のお湯を沸かすのも忘れない。

 朝食が完成して並べ終わり、紅茶を入れたタイミングで扉が開いた。


「おっはようー。ふあああああぁ」

「おはようございますぅ」


 頭を豪快にボリボリと掻きながら、勢いよく椅子に腰を下ろす姉。

 半分閉じている目を擦りながら、ストンと椅子に座る母。

 相変わらず、寝起きの悪い二人だ。


「紅茶入れといたから、眠気覚ましにどうぞ」

「「ありがとー」」


 二人がカップに口を付け飲み込むのを確認してから、俺も朝飯を食べる。

 ああ、うまい。いつもと変わらない味だ。

 本当にいつもと変わらない……。


「どうしたの、要。急に俯いて」

「気分悪いの? 会社休んじゃう?」


 過剰なまでに俺を心配する二人。

 昔から過保護なところがあるから、何かと大げさな反応をするんだよな。


「大丈夫だよ。ちょっとゲームのことを考えていてさ」

「はいはい、またゲームね。何々、何か変なことでもあったの?」

「お母さんも聞きたーい」


 珍しく、二人が俺のゲームに関して興味津々だ。

 姉は自分とゲームの趣味が合わず、母はそもそもゲームをよく知らない。そんな二人が今回に限っては話を聞く気があるのか。


「それがさ。ゲームの途中でいきなり真っ暗になって、ログアウトもできないまま暗闇に放置プレイ。操作もできないから、ずっと寝っ転がっていたら朝になってた」

「それって、酷くない⁉ ゲーム会社に苦情入れるべきでしょ!」

「じゃあ、ぐっすり眠れたのね」


 姉は自分のことのように憤っている。

 母はよくわかってない。

 ただ、二人とも安心しているように見える。


「まあ、後でメールは送っておくよ。製品版じゃなくてテストプレイだからね。バグの一つや二つはあるさ」


 朝食を食べ終わったので食器を流しへと持っていく。


「二人とも紅茶飲んだのなら、カップ持ってきて。洗うから」

「「はーい」」


 空になったカップを二つ受け取り、一緒に洗って水切りかごに置く。

 洗い終わった食器をぼーっと見つめていると出社時間になった。


「そろそろ、行かないと。母さん、姉さん」


 二人揃ってソファーに座ってテレビを観ている背後に歩み寄り、間に挟まるようにして肩を抱く。


「行ってきます」

「どうしたの急に。ははーん、この魅力的な姉に対して、とうとう辛抱たまらんようになったのね」

「馬鹿なこと言ってないの。スキンシップって大事よ、ね」


 一瞬、驚いた顔をした二人だったが、直ぐに笑って送り出してくれた。

 玄関を出ていつもの通勤路を歩く。

 気取られぬように、不自然さがないように、今にも泣きたくなる気持ちを押し殺して。






 無数のモニターがある中、この場にいるほぼ全員が一つのモニターを注視していた。

 いつもなら、休憩時間なのだが担当としてルドロンは席に着いている。


「大丈夫みたいですね」


 ルドロンは緊張した面持ちだ。頭の蛇も落ち着かないのか、いつもより多めにうねっている。

 ゆっくりと背後を確認すると、そこには腕を組み仁王立ちをしているヘルムがいた。


「そうね。どうやら、宝玉の不具合で間違いないようだ。詳しい説明をもう一度お願いできる、バイザー」

「はい、お任せください」


 ヘルムの左後方に控えていたバイザーは一歩踏み出すと、胸に手を当てる。


「守護者、肩上わだかみ かなめの体内に仕込まれている宝玉が《転送の罠》の発動と《矢印の罠》同時発動により不具合が発生。守護者の体内から排出。本体は時空の狭間へと飛ばされたようです」


 バイザーは外見に反して丁寧で滑舌がよく、すらすらと独自に調べた結果を発表している。

 一度、そこで話を区切り周囲の反応を待っていたが、何も言ってこなかったので話を続けた。


「私は転移の経験もあり霊体ですので、時空の狭間へと赴き肩上を発見。宝玉を体内に返すことで、喚び戻すことができました」

「ご苦労であったバイザー。だが、どうやって守護者の位置を特定した。時空の狭間は広く、容易く見つけられるような場所ではない、と聞いているが」


 ヘルム自身はそういった知識に乏しいのだが、問題が起こってからリヤーブレイスや職員の面々から話を聞いて、ある程度は理解していた。


「それは、体内にわずかに残っていた宝玉の欠片があったおかげです。以前、守護者として肩上と接触した際に宝玉の波動を覚えていましたので」


 ヘルムは首を傾げてルドロンに視線を移す。

 視線を向けられたルドロンは背筋を伸ばすと、補足を口にした。


「宝玉は所持者によって波動が異なります。それを受信することで別々のモニターに映すことが可能になっています」

「なるほど。なんにせよ、うまくフォローできているようだ。苦労をかけたな」


 鷹揚に頷き、ねぎらいの言葉を掛けるヘルム。


「滅相もございません」


 深々と頭を下げたバイザーは安堵の息を吐く。

 肩上に城下町で接触したことも、秘密を暴露したことも今のところバレていない。

 問題点を挙げるとすれば……肩上はしばらくの間、悪い意味で注目されてしまう。

 担当のポーとルドロンにも監視の目を厳しくするように、との厳命が下っている。

 バイザーは他にも何人か目を掛けている守護者はいるが、肩上には強い期待を寄せていた。

 戦闘中の機転、判断力に加え柔軟性。どれも、期待値を超えている。


 それに一番重要なポイント――適応力。

 彼なら、他の誰でもない、肩上要なら、すべてを知った上でこの世界を受け入れ協力をする、という確信があった。

 バイザーは日本で過ごしている期間、ゲーム開発と同時に守護者を厳選するために候補者の個人情報を集めていた。

 まずはネットや足を使い自力で収集。更に高スコアーを叩きだした有望株に対しては、探偵を雇い詳しい情報を調べさせる。

 ちなみに資金は以前、体を乗っ取った鈴木部長の退職金や遺産で賄っていた。


 そうやって集めた情報の中で特に目を引いたのが、肩上要。

 身体能力の高さ、守りに固執する性格。人当たりも良く、良識もあり、タワーディフェンスマニア。すべてが好条件。

 だが、それは些細なこと。注目すべきポイントは別にあった。


 彼は生に執着していない。むしろ、現世に絶望している。


 それを当人も自覚していながら認めていない。その矛盾により、日常に――不具合が発生。

 当人は気づいていながら、目を逸らし、日々を過ごす。

 自分の望む夢が見られる虚構の現実。

 ゲームのような理想の異世界。

 彼が深層心理で望んでいたものを提示したら、必ず飛びつく。

 実際、私の提案を承諾して協力者になってくれた。今のところ無難に日常を演じてくれている。

 姉と母を抱きしめたのは少し驚いたが、あれで確信した筈だ。

 肩上要は、その世界が――偽物であると。






 仕事をそつなくこなし、隠れ家の喫茶店で昼食を食べ終えた。

 付いてこようとしていた直井を振り払い、窓際の席でコーヒーを嗜む。

 豆からひいた少し苦めの口当たり。


「本当に変わらないな……」


 思わず口から漏れた言葉にハッとする。

 砂糖を追加してスプーンで回しながら、動揺も溶かしていく。

 何を思うのも自由だが、声に出すと気づかれてしまう。

 この夢は映像化され監視の目に晒されている。なので「迂闊な言動は命取りになる」とバイザーにしつこく注意された。


 いつもと変わらない日常を演じて日々を過ごす。

 朝の対応は少しまずかったが、気づかれてないことを祈るしかない。

 母と姉の肩を抱いた、自分の両手をじっと見る。

 手のひらに伝わる確かな感触、それに人肌の温もり。

 完璧な再現。実際に人と触れたのとなんの違いもない、と断言できる。

 だからこそ、この世界が偽りだと確信が持てた。


 紅茶を飲み干した二人。

 食器を自ら片付けた二人。

 触れられた二人。

 そんなことはあり得ないのに。

 

 十年前、二人は――殺された。

 もう、この世には居ない。






 あの日、家族で外食して帰宅すると家が荒らされていて、強盗の仕業だと判断して警察に連絡を入れようとスマホを取り出した。

 だが、強盗はまだ家に潜んでいたのだ。

 押し入れから飛び出すと俺たちを押しのけ、玄関から飛び出していく。

 呆気にとられた俺だったが、直ぐさま後を追う。

 五分以上は追い回した結果、何とか取り押さえて警察に突き出した。

 ちょっとした達成感で高揚していた気分は、直ぐさまどん底まで叩き落とされることになる。

 母と姉が死んだことを警察に告げられたのだ。

 強盗犯は一人ではなかった。まだ、部屋の中に二人潜んでいた。

 俺が追っている間に残してきた母と姉は殺され、犯人たちは逃走に成功したらしい。






 あれから俺は自責の念に苛まれながら、無為な日々を過ごす。

 いつしか母と姉の幻覚が見え、幻聴が聞こえるようになったが、変わらぬ日常を過ごしていた。

 誰も飲まない紅茶を毎日二杯注ぎ、家事をこなし、夜は一人で飯を食う。

 そんな毎日。

 それが偽りだと知っていて、それでも俺は……。

 だけど、今は違う。世界そのものが偽りと化したが、二人は居る。それどころか、触れられるようになった。

 なんの不満があるというのか。よりリアルに現実に近づいた。喜ばしいことじゃないか。

 今まで通りどころか、一緒に食事もできる。

 ずっと、ずっと望んでいた夢が叶った。このまま、ずっと。


「だけど」


 ゲームは続けないと、な。

 俺は負華を守る、と誓った。

 聖夜、雪音、楓……仲間を守らなければならない。

 あの日以来、俺の中で守るという行為は絶対となった。決して破ってはいけない誓いであり、戒め。

 何があろうと、どんな手段を用いても守る。

 今度こそ、必ず守りきる。

 もう二度と誰も失ったりはしない。

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