第43話 四日目の始まり

 ゲーム開始時間より少し前に帰宅。

 慌てて準備を整えるとベッドにダイブした。

 ここからが本番だ。ゲームではなくリアル。それを知った上での行動。

 命を懸けた本当の戦いが始まる。






 目の前に広がる景色は雲海。

 真っ平らな地面の上には障害物が一つもなく、視界を妨げるものは何もない。

 ここって、スタート地点の山頂だよな。

 てっきり、ワープの罠が転送した地点か砦から始まるものだと思っていた。

 その場でぐるりと三百六十度回転をすると、一週目には誰もいなかった山頂の中心部に誰か現れている。

 赤く長い髪に抜群のスタイル。いつもは意気揚々とした態度なのに、今は曇り気味で伏し目がちだ。


 何故、ここにヘルムが。

 一瞬、俺の秘密がバレたのかと身構えそうになったが、相手の表情を見る限り杞憂だと理解した。

 申し訳なさそうな顔で、何度も頭を下げている。

 相手の正体を知っているので、魔王の娘らしからぬ行動に警戒心が増すが、彼女は司会進行役を演じているだけ。

 冷静に平静を装え。


「あ、あのー、なんでここからスタートなのでしょうか?」


 戸惑った感じが出ているといいが。

 芝居がバレないか少し心配だけど、本音を隠して表面を取り繕う技術は社会人には必須。

 心の中で舌を出しながら、表面上は心から謝罪する。なんてことを何度やってきたことか!


「申し訳ございません! 実は不具合が発生しまして、肩上様はまだ制作中の何もない未実装エリアに飛ばされてしまいまして」


 再び頭を下げて謝罪の言葉を口にしている。

 本当に魔王の娘で最高権力者なのかと疑ってしまいそうになるぐらい、腰が低い。


「やっぱり、あの黒い空間はそうだったのですか。いやー、驚きましたよ」


 後頭部に手を当てて苦笑いを浮かべる。


「もーしわけございません! あれから、なんとか復帰できないか手を尽くして、ようやく再起動が可能となりました」

「そうでしたか、お疲れ様でした。気にしないでください。不具合なんてあって当然ですしね。そもそも、テストプレイはその為にあるようなものですから」

「そう言っていただけると助かります」


 互いに視線を合わせて微笑む。

 本心をひた隠し、偽りの言葉を紡ぐ。

 まるで、キツネとタヌキの化かし合いだ。


「お詫びと言ってはなんですが、肩上様にはレベルアップと、マップ上から好きな場所に一度だけ飛べるようにしておきました」


 ネットゲームで不具合が発生したときにプレイヤーにお詫びの意味を兼ねて、アイテムやゲーム通貨を配布する、なんてことはよくある。

 なので、この展開は予想していた内の一つだ。

 レベルアップは純粋に嬉しいが、一度だけ使えるマップ移動の方が重要か。

 これがあれば危機的状況からの回避が可能。使い道はいくらでもある……が。


「もし、また何かしらの不具合が発生したら運営の方まで連絡をお願いします」

「わかりました。あ、そうそう。このゲーム最高に面白いですよ」


 真実を知るまでは。


「そうですか、ありがとうございます。引き続き、デスパレードTDオンライン(仮)をお楽しみください」


 満面の笑みで心から喜んでいるように見えたが、あれは偽りの仮面。

 疑って掛かっているから、そう見えただけかもしれないが……目の奥に鈍い光が見えた気がした。どす黒い感情が。

 謝罪姿のまま消えたヘルムを見送ってから、宝玉を起動させる。

 表向きは今までと同じように操れるな。

 だが、この宝玉には新たな仕掛けが施されている。


 バイザーが回収した後に手を加えてくれて、運営……ヘルムたちの目を欺く仕様がいくつか仕込まれている改良版だ。

 今のところその機能を使う必要がないので、いつも通り操作して《マップ》を見る。

 この大陸を遙か上空から見下ろした地図。

 そこには砦の場所と仲間の居場所が表示されていた。


「まずは合流を最優先だな。みんな心配している……よな?」


 俺がいてもいなくても変わらずゲームを楽しんでいたら、少しだけ悲しい。

 この世界の真実を知った今なら、単独行動の方が何かと都合がいいのは確かだ。

 だけど、ヘルムたちに怪しまれる不自然な行動は避けるべきだし、仲間に合流したいとい気持ちも嘘じゃない。

 むしろ、真実を知った今だからこそ仲間を見捨てられない。彼女らはここをゲームの世界と信じているのだから。


「みんなは固まっているな。場所は……砦の中なのか」


 あの大乱闘とワープ事件は昼過ぎぐらいの出来事。

 作戦では掻き回すだけ掻き回して、俺たちは砦から退避の予定だった。

 なのに、砦の中心部から動いていない。


「何かあったと考えるべき、か」


 今すぐにでも彼らの元に飛びたいが、それは危険かもしれない。

 可能性はいくつか考えられる。

 あの後、喉輪たちに捕まってしまった。もしくは喉輪たちと話し合って仲間になった可能性もあるな。

 フードコート側はワープする罠で逃げたから、砦にいるのは喉輪チームで間違いない。

 仲間を示す点には動きがない。……いや、微かにだが動きはある。ただ、狭い範囲をぐるぐる回ったり、左右に少し揺れる程度。

 部屋の内部にまとめて居る、と考えるべきか。


 閉じ込められたのか、それとも自主的に一つの部屋に留まっているだけなのか、判断が付かない。

 パーティーメンバーのみに聞こえる念話を試してみたが繋がらない。どういうことだ?

 相手からの通話を妨げるTDSが存在するのか?

 それとも他に何か別の要素が。

 この山頂だけ許可なく宝玉やTDSが使えない仕様になっているとか。万が一にでもヘルムが傷つけられないように……。


「悩む時間がもったいない」


 まずはマップから砦付近に飛んで忍び込み、現状を把握する必要がある。

 ただの杞憂であればいい。だけど、油断は大敵。ゲームオーバーが本当の死を意味するとわかった今なら、慎重に慎重を期すぐらいがちょうどいい。






 砦の壁付近にある大木の裏に隠れ、周囲を注意深く観察する。

 見える範囲だが見張りの姿はない。

 こちらとしては都合がいいが、不用心すぎないか。

 フードコート陣営が撤退したことで気が抜けて油断している可能性がある。

 城壁まで移動して《矢印の罠》で上る。胸壁に身を潜めたが、人っ子一人見当たらない。


 そのまま城壁を下りて、丸太の棘を避けながら内側に着地。《マップ》を開いて仲間の場所を再確認する。

 砦の中央部から動きはない。この砦は三階建てだが《マップ》だと階数まではわからない。

 もう一度、念話を試みるが……無反応か。


「一階から探ってみよう」


 雪音の《落とし穴》があれば扉の鍵も無視できるが、ない物をねだってもしょうがない。

 砦にある扉を一個ずつ試していく。何処か鍵が開いていますように。

 四つ目のドアノブを捻ったところで願いが叶った。

 そっと扉を開けて中を覗く。

 壁際に石窯や流し台が見える。他には食器棚や大きな作業台。


「ここは炊事場みたいだが」


 人の姿も気配もないので中に滑り込むと、対面にあった扉まで素早く移動する。

 この砦の見取り図は頭に入っている。前回、皆で忍び込んだときにじっくりと見たので。

 一階の炊事場から出ると廊下が左右に伸びていて、どっちにも塔が隣接していてらせん階段になっている。そこを上れば二階にいけるが。

 まずは一階の中心部を確認する必要がある。


 耳を澄まして音を探る。足音は……ない。

 廊下に出ると《矢印の罠》で角まで移動。これなら音は一切出ないので隠密行動にも向いている。

 砦の正面とは逆方向の廊下に到達。

 この廊下の途中で右に曲がる通路がある。その先が中心部の一回り大きな部屋となっている。

 通路手前まで移動すると、そーっと覗き見るが誰もいない。

 外れっぽいが、扉前まで移動してドアノブを捻る。


「開いた、な」


 鍵も掛かっておらず、あっさりと開いた扉の先は長机が並び、背もたれもない簡素な椅子がいくつもある。窓が一つも無い代わりに壁に風景画が何枚も飾られていた。


「食堂か」


 椅子の数からして五十人ぐらいは収容できそうな規模。

 今は人もいなければ料理もない。当たり前だけど。


「やっぱり外れだ」


 見上げると無骨で薄汚れた天井が見えるだけ。

 ここも《落とし穴》と《矢印の罠》のコンボを使えば容易に上の部屋へと移動できるのに。

 これ以上、調べる価値もないので早々に部屋を後にして、らせん階段がある塔の手前に来た。

 残すは二階と三階だが、らせん階段には見張りがいる可能性が高い。

 実際に前回はここに何名かいた。


「鍵が掛かってないどころか、開いてるぞ」


 扉が半開きになった状態で放置されている。

 まるで誘っているかのような展開に警戒心が増す。扉付近に罠を仕込んでいるかもしれない。

 廊下に飾ってあった、ひげ面の人物画を外すと、半開きの扉から中へと廊下を滑るように投げ入れる。

 反応は、なし。

 少なくとも踏んで発動するTDSは設置されていないようだ。


 それでも警戒は解かずに、一歩一歩確認しながら塔の中へ侵入。

 内部には誰もおらず物音一つしない。

 忍び足でらせん階段の一段目を上ろうとした、その時。

 上部から轟音が響いてきた。

 何かが破壊される音に悲鳴と怒号が耳に届く。


 一気にらせん階段を駆け上がると、二階廊下へ繋がる扉を開け放った。

 目の前の光景を一言で言い表すなら、カオス。

 廊下をこちらに向かって必死の形相で全力疾走する、負華、雪音、聖夜、楓。それと、喉輪。

 彼らの背後には十人ほどの守護者。

 それだけなら、まだマシだった。更にその背後には巨大な鉄球。

 廊下の幅ギリギリを、みんなの後を追うように鉄球が転がってくる。


「お姉ちゃん! 早く止めてよ!」

「どうやって⁉」

「なんでTDSの消し方知らないんですか!」

「えっと、えっと、焦ってるとうまくできない!」

「アホ、カス、ボケぇ! こいつを鉄球の前に放り出したら、万事解決や!」


 聞き慣れた騒がしい声。

 ああ、帰ってきたんだな。と感慨にふけっている場合じゃない。

 仲間と一緒に喉輪がいるのも疑問だが、まずはあの鉄球をどうにかしないと。


「みんな、早くこっちへ!」


 大声を張り上げ、大きく手を振る。

 仲間がこっちを見ると表情が一変して笑顔になった。


「わあああ、がなべざあああああああん! だずげでえええええ!」


 涙と鼻水混じりで助けを求める負華。

 再会の一言目がこれか。

 足下に《矢印の罠》を配置して、先にも並べていく。

 自ら踏み、連続起動で負華たちの直ぐ後ろに移動。


「任せてくれ」


 右手を突き出し、鉄球のすぐ前に《矢印の罠》。方向は窓側へ。

 罠に触れた鉄球が九十度に方向転換をして、窓と壁を突き破り中庭へと落ちていく。

 へたり込む仲間の前へ歩み寄る。

 肩で息をしながら汗まみれの顔を向けている仲間に向かって。


「ただいま」


 と帰還の挨拶をした。

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