第44話 その後の話

「「「「おかえり!」」」」


 仲間が声を揃えて帰還を喜んでくれている。


「もう、一人でうろちょろしたらダメじゃないですか! プンプンですよ!」

「マジで何処に行ってたんだよ。マップにも表示されないし」

「そうですよ。いなくなるなら、一言残しておくのがマナーです」

「この子らがめっちゃ心配しとったで。うちもまあ、ちょっとは心配やったけど」


 一斉に詰め寄られて口々に批難してくるが、反論はしないですべて受け止める。

 全員が無事で本当によかった。


「あのー、盛り上がっているところ申し訳ないでござるが、ここは撤退を優先する場面では?」


 一人だけ少し離れた位置から、こちらを見守っていた喉輪が初めて口を挟んできた。

 そういや、現状がどうなっているのかが不明だ。

 なんで、鉄球に負われていたのか。喉輪が一緒に行動している理由もわからない。


「あーっ、要さん、要さん! まずは逃げましょう! 脱兎のごとく!」

「よくわからないけど、了解!」


 切羽詰まった表情の負華を見て、質問は後に回すべきだと理解した。

 一辺を一メートルから二メートルに強化した罠を足下に設置。仲間と喉輪を乗せて一気に廊下を戻っていく。

 前方には廊下にへたり込んでいる他の守護者たち。こちらを見て慌てて立ち上がると、追いかけている。

 しかし、移動距離も二メートルから三メートルへ強化した《矢印の罠》に追いつけるわけもなく、一気に廊下の反対側へ到達した。


「よいしょっと!」


 聖夜と喉輪が窓を開け放ったのを横目で確認して、砦の外壁に《矢印の罠》を貼り付ける。

 初めは下向きで、地上に着地する寸前で矢印を左に向けた罠を壁に。

 まず俺が《矢印の罠》に触れて手本を見せる。

 真っ直ぐ下に二回移動した後に、横にすっと移動してから静かに着地。


「面白そうだよ、雪音」

「うんうん、行くよ聖夜」


 双子が二人同時に俺の後に続く。

 続いて喉輪が移動したのだが、残りの楓と負華がじっと下を見つめたまま動かない。


「お姉ちゃん、早く!」

「尻込みしている状況ではないですよ!」


 双子に急かされた二人は、互いに顔を見合わせると小さく頷き罠に触れた。


「うひゃ、うほっ、ぎょえええええ」

「あ、あかん、あかん、あかあああああん!」


 絶叫を上げながら何とか地面に降り立った。

 そういや、二人ともこの移動法が苦手だって言っていたような。


「要さん、悪いけどこのまま遠くまで運んでくれる?」

「OK」


 全員を乗せた《矢印の罠》はTDPが尽きるまで遠くへと移動する。

 森の中に入り、崖を登り、前回砦を見張っていたポジションに到着した。

 かなりの距離が稼げたので、連続移動を止めると楓と負華がへたり込んでいる。

 この二人は話を訊ける状態じゃないな。双子に質問するか。


「ここなら安全だ。それで、なんであんな状態になったのか教えてくれるかな?」

「ええと、ってその前に! 要さんは何してたんだよ!」

「そうです! そっちが先に教えてください!」


 ぐいぐい迫る二人を手で制して落ち着かせると、何があったのかを全員に聞こえるように語る。

 もちろん、この世界がゲームではないことや、詳しい事情は伏せて。


「バグに巻き込まれたのですか。それでお詫びとして経験値をもらってレベルアップしたのですね」

「だから、TDSの能力が上がってたんだ。罠の範囲がデカくなってたし、移動距離も伸びていたよね」


 意外と目ざといな聖夜。双子は理解力があるから助かるよ。

 レベルアップで俺のステータスとTDSの現状はこんな感じになっている。


 守護者 肩上 要(わだかみ かなめ)

 身長 178 年齢 三十四歳

 レベル 10

 TDP 20

 TDS 《矢印の罠》《デコイ》

 振り分けポイント 残り4


◆(矢印の罠)レベル6

威力 3m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 1s 範囲 2m 設置場所 地面・壁

◆(デコイ)レベル1

威力 0 設置コスト 10 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面


 お詫びの一件でレベル10に到達した。

 まだ強化ポイントが四も残っているのは大きい。

 《矢印の罠》は順調に伸びているが《デコイ》の方は一切手を付けずに放置中。

 俺には《デコイ》の伸び代が見えない。もっと有益に扱う方法がある、と信じたいけど。


「まあ、こっちはそんな感じ。で、そっちは何があったんだ?」

「えーとね、色々あったんだよ」

「うん、色々あったね」


 双子が疲れた表情を浮かべて肩を落とす。

 嫌な予感がする。もしかしなくても、負華が何かとんでもないことを、やらかした気がしてならない。


「あの後さ、僕たちは当初の作戦通り逃げる筈だったんだけど、敵が一斉に消えて、一緒に要さんも消えただろ」

「そこで迷ってしまい意見が割れたのです。要さんを探すか、このまま見捨てて逃げるか」


 なるほど。あそこで俺が巻き込まれるのは予想外すぎる展開だった。

 俺も驚いたけど残された方も、そりゃ驚くよな。


「まったく、巻き込まれるなら巻き込まれるって事前に報告してくださいよ。ホウソウレンって知ってます?」


 《矢印の罠》酔いから復活した負華が話に割り込んできた。

 頬を膨らませて怒っているアピールがウザかったので、右手で頬を掴んで空気を抜いておく。


「ぶふううぅぅぅ」

「ほうれんそう、な」


 報告、連絡、相談の頭文字を取って報連相だろ。

 社会人の常識だが……無職の負華に言われるとイラッとする。


「それはすまなかった。ちなみに俺を見捨てる選択をしたのは誰か教えてくれないかな?」


 満面の笑みを浮かべて仲間に問いかける。

 負華と楓がすっと目を逸らした。

 双子は表情も態度も変わらないが、二人は芸能人としての面の皮が厚いだけ、という可能性が高い。


「わ、私はすっごく、心の底から要さんを心配してましたよ! だけど、それ以上に信頼していたからっ! 無事だって信じていたからっ!」


 髪を振り乱しながら熱弁を振るう負華。

 俺の手を両手で包み込み、顔を寄せてくる。

 上目遣いの潤んだ瞳が……泳いでなければ完璧に近い演技だった。


「うちはまず逃走して安全な場所で今後の作戦を練るべきや、と主張したで」

「僕も同じような意見だったよ」

「聖夜と同じく」


 つまり、全員が一旦逃げる、を選択したのか。……少し思うところはあるけど、その判断は間違いじゃない。


「なら、どうして砦にいたのかな?」

「逃げる結論に達したのはよかったんだけどさ、まあ、揉めているところを喉輪チームに見つかって捕まっちゃった。ちょっと遅かったみたいでさ」


 俺を見捨てることを即断できなかったのか。

 困った顔で頬を指で掻いている双子を見て、思わず頭を撫でてしまう。

 年の差もあって親目線で二人を見てしまうときがある。

 二人は十六歳だったよな。俺が若くして結婚して子供が産まれていたら、これぐらいの年の子供がいてもおかしくないのか……。

 あ、なんか悲しくなってきた。


「やめろよー。僕たち子供じゃないぞ」

「レディーの頭に無断で触れたらダメですよ」


 と口で文句を言いながらも、その表情は嬉しそうだ。

 いつもは大人びているが、子供のような表情を見せてくれている。

 そんな俺たちの間に入り、すっと眼前に頭を突き出してくる負華。


「特別に撫でる権利を与えましょう」

「えっ、やだ。セクハラで訴えられそう」

「んもおおおう! 女子の頭を撫でる絶好のチャンスですよ! 普通はイケメンにしか与えられない特権を凡人である要さんに与えてあげるという慈悲! 今やらなくていつやるんですか、今でしょ!」


 負華が熱弁を振るっている。

 なんで、こんなにも頭を撫でて欲しがっているんだ。


「大人になると誰も褒めてくれなくなるんですよ! それもニートなんてやってると叱咤と早く働けと急かされるだけの毎日。たまには褒められたいの! 久しぶりに頭なでなでされてみたい!」

「お、おう」


 聞いているこっちの心が痛くなりそうな主張だ。

 その勢いに負けて恐る恐る頭を撫でる。


「ふへぇ、悪くないですなぁ。あっ、そこもうちょっと右で」


 負華はとろけた表情で身を任せている。


「アホか」


 楓は参加せずに少し距離を置き、呆れてため息を吐いている。

 負華が満足してくれたようなので、そろそろ話を戻さないと。


「ええと、喉輪チームに見つかったまではわかったけど、更に疑問が深まったな。その喉輪がなんで一緒に逃げていたんだ? あと鉄球」


 最後の言葉を聞いた負華が、体を半回転させて背を向ける。

 それは自供しているようなものだぞ。


「実はさ、圧倒的な人数差で取り囲まれて逃げるに逃げられなくなって、一度捕まったんだよ。こっちには雪音の《落とし穴》があるから、いざとなれば逃げられるし。まあいいかなって」


 確かに《落とし穴》を使えば監禁されても容易に抜け出すことができる。


「それで大人しく捕まって、私たちの処遇をどうするか相手の方々が揉めていまして。あっ、壁に《落とし穴》で小さな穴を開けて、相談の様子を覗き見していました」


 ほんと便利な罠だ。穴の大きさを小さくできるというのは意外なメリットがある。


「話し合いの方向性が僕たちの処分に傾きだしたところで、急展開があったんだよ」


 当時のことを思い出したのか、聖夜の話が熱を帯びる。

 隣で小さく何度も頷く雪音も同じようなテンションだ。


「そこで異論を唱えて、僕たちを逃がしてあげようと主張した人物がいたんだ」


 双子が同時に視線を向けると、そこには負華がいた。

 辺りをキョロキョロと見回して、自分自身を指差すと照れたように頭を掻いている。


「えっと、そんなに見つめられたら照れ――」


 そんな負華を無言ですっと横にずらす楓。

 視線の先に現れたのは喉輪だった。


「詳しい話は拙者の口から」


 何があってどうしてこうなったのか。そのすべてを喉輪が語った。

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