第81話 定番

「んー、快適ぃー」


 正面からの風を受けて、満足そうに笑う負華。

 他の面々もリラックスした表情で移動している。

 結局、みんなの訴えに負けて《矢印の罠》で移動することになった。

 この方が早いし楽なのは確かなので反論はないが、毎回これで移動しているとお抱え運転手になった気分だ。

 どうせなら悪乗りしておくか。


「皆様、乗り心地は如何でしょうか?」

「振動もなくスムーズな加速でいつ動き出したのかもわからない、心地よい乗り心地ですよ」


 負華は話に合わせてきて、上品ぶった口調で感想を述べている。


「このポーズのまま移動。……長年の夢が一つ叶ったでござるっ!」


 何故か腕を組んで立った状態の喉輪が感動している。

 たぶん、好きなアニメのワンシーンを再現しているのだろう。


「グリーン車よりいいかも」


 雪音はグリーン車に乗っているんだ。俺は指定席が限界だというのに。


「ファーストクラスより、良い感じだ」


 明は更に上を行くというのか。ファーストクラスなんて一生無縁だろう。

 そういえば明の素性を知らない。他の仲間は身の上話を少しは交わしているので、ある程度は理解しているけど明は謎に包まれたままだ。

 アルビノで色素が薄くて、強い日差しが苦手。知っているのはこれぐらい。

 移動中の暇つぶしと言ってはなんだけど、ダメで元々、話を振ってみるか。

 と、その前にまず突っ込むべきところがある。


「なんで、ここにいるんだ?」


 《矢印の罠》での移動中に乗員が一人増えていた。

 フード付きのコードを着込んだ、別名フードコートこと具足明ぐそくあきら。前回の防衛戦で共に戦った仲間。


「ほんまや! あんた誰や、無賃乗車か!」

「えっ、誰です……なんだよ」


 楓と雪音も今気付いたのか。雪音は動揺しすぎて素の自分が出かけていた。

 仰け反る姿が大げさに見えるが、これは心から驚いているな。


「ほら、雪音たちと別行動の時に一緒に守ったもう一人の話はしただろ? それがこの明だよ。覚えてないかな、砦で喉輪と敵対していた別チームのリーダー」


 あえて、フードコートという名称を省く。本人の前で口にする勇気はない。

 今はフードを外していたので二人とも気付いてなかったようだが、その説明を聞いて大きく目を見開いている。


「具足明だ、よろしく。今、ログインしたらこの場所から始まった。おそらく、前回パーティーを組んでいたときの影響や仕様ミスではないか? まあ、なんにせよ、よろしく頼む」

「あっ、一緒に行くつもりなのか。助かるけど」


 驚く俺たちを意に介さず、軽く右手を挙げて挨拶と考察を口にしている。

 仕様ミス……か。いや、これは仕組まれたことだと直感した。誰が手を加えたのかは言うまでもない、バイザーだ。

 通話を着る直前に「一つおまけしておいたぜ」なんて気になる言葉を残していたが、それがこのことなのだろう。


「互いの自己紹介も兼ねて、日本では何していたのか訊いても大丈夫かい?」


 今のご時世、個人情報保護が重視されている。両親や家庭のことを部下に訊ねるだけでもパワハラ認定される場合がある。

 なので、まず前もって質問の許可を取らなければならない。負華とかが相手なら気にしないけど、明の場合は日頃の口調や態度からして規律を重んじる性格のはず。


「構わないが、面白いものでもないぞ」


 意外にも話す気があるのか。てっきり、拒否されるとばかり。

 友好的な反応を見て、周りが好奇心を隠そうともしない目を向けている。

 みんな気になっていたのか。


「貴様らは聞いたことがないか。なんでもーおいしいーグソク、グソク、グーソック」


 いきなり歌い出す明。

 あまりにも日頃のキャラと違う突飛な行動に唖然としてしまったが、今の歌はあれだよな。


「それって、ファミレスのグーソックですよね。店内とかCMでよく流れている」

「最近、大阪にも進出してきてめっちゃ聞くようになったわ」

「確か全国展開をしているファミレスでござるな。コミケの帰りによく利用させてもらっているでござるよ」


 俺も何度か耳にしているし、店内で料理を食べたこともある。

 リーズナブルな値段の割に味も良くて、庶民の強い味方、なんて言われている有名なファミレスだ。


「そこの会長が祖父だ」


 言葉の意味が直ぐに理解できず、明を除いた全員が顔を見合わせる。

 何を言ったのかが徐々に浸透してくると、全員の顔が一変した。


「えええっ、大企業のお孫さんなの⁉ 寄生レベルの上限突破を確認! 更に急上昇中! あ、あのぉ、昨今は同性の恋愛も受け入れられる土壌ができつつあるのですが、ご興味の程は……」


 卑屈な態度で手を揉みながら負華が明にすり寄っている。

 寄生先が移ったのは嬉しいことのはずなのに、少しだけイラッとした自分が情けない。


「僕、グーソックの広告モデルやったことあるよ。小さい頃に」

「あの可愛らしい双子のモデルは貴様らだったのか。その節は世話になった。感謝している」


 背筋を伸ばし礼儀正しく頭を下げる明。

 その態度に恐縮した雪音が慌てて頭を下げ返している。

 二人の意外な接点だ。


「父はグーソックの社長をしていて、その一人娘が私となる」


 偉そうな口調と態度なのに、どことなく気品を感じていたのは間違いじゃなかったのか。

 負華が同じ言動をしたら腹が立つだけだが、明の場合は不快感が少ない。


「ということは、お嬢様は次期社長であらせられされまされますか?」


 負華、慣れない敬語を使うから無茶苦茶になっているぞ。


「お嬢様はやめてくれ。明でいい。一応、そういうことになっているようだ。祖父は自分の人生だ好きに生きろ、と言ってくれてはいるがな。まあ、父は許さないだろうが」


 色々込み入った事情がありそうだ。そこに首を突っ込むのは失礼か。


「じゃあ、少しだけ権力を使って負華をバイトで採用してくれないかな?」


 日本に戻れるかどうかもわからないけど、という言葉は胸にしまって。

 その提案を聞いた負華の顔が絶望に染まっている。そこまで働くのが嫌なのか。


「ふむ。権力の行使は望むところではないが、それぐらいの口利きであればいいだろう」

「よくないですよ⁉ 私は働きたいなんて一言も言ってませんが⁉」

「しかし、労働、納税は国民の義務ではないか?」

「正論はやめて! 聞こえなーーい! あーあーあーあー」

「ダメだよ、お姉ちゃん。現実からは逃げられない!」

「いやっ、いやっ。労働は敵! 全力で回避!」

「残念やな。現実に回り込まれてしまった!」


 負華は両耳を塞いで背を向けて丸まっている。

 そんな負華を面白がってからかう雪音と楓。聖夜がここにいたら一緒になってはしゃいでいたに違いない。

 いつもの防御態勢に入った負華は聞く耳を持たないので、しばらく放置だ。


「落ち込んでいたようだが、少しは気が紛れたのであればいいが」


 小さく呟く明の声が微かに届いた。

 そうか、身の上話を拒まず俺たちのノリに付き合ってくれたのは、雪音をおもんぱかってのことか。

 詳しい事情は知らないはずなのに、空気を読んで明も気に懸けてくれていたんだな。

 声には出さないが明に心から感謝した。






 鉄壁の勇者と死闘を繰り広げた砦にたどり着いた。

 一階に恐る恐る足を踏み入れたが、勇者の死体どころか血痕すらどこにもない。

 これがゲームの世界なら違和感がないのだけど、現実だと知っているだけに死体処理に苦労しただろうな、と現場担当に同情してしまう。

 懸命に掃除してくれたようだ。死体が転がっていた付近だけ床が綺麗に仕上がっている。

 全員で食料や物資を漁っていると都合良く人数分の保存食や寝袋、それにバックパックが見つかった。これだけあれば丸二日は問題なく過ごせそうだ。


「みんな、荷物は持ったね」

「はーい」

「万全でござる」

「問題ない」

「いけるでー」

「大丈夫」


 全員の返事を聞いてから砦の東にある扉を開け放つ。

 西は深い谷しかなく、その先は敵国なので候補から外した。

 ここから東は大森林が有り、北西に向かうと城下町がある。なので、とりあえず東に向かう予定だ。


「じゃあ、出発だ」


 と俺が一歩踏み出したのだが、誰も付いてこない。

 その場に突っ立ったまま、じっと俺を見ている。


「人間楽を覚えると堕落する一方だよ?」


 みんなを諭すが誰も返事をしないで、じっと足下を見つめている。

 どうやら自力で歩く気がないようだ。


「いつか運賃取るから」


 そう言っていつもの《矢印の罠》を設置した。

 待ってましたとばかりに全員が乗ったのを確認してから起動。

 体が急加速して東の森へと進む。みんなご満悦だ。楽できるのは少しの間だけだとも知らずに。






「つーかーれーたー。もーう、むーりー」


 何回目か数える気もなくした、負華のへこたれた覇気のない声がする。

 今俺たちは森の中を歩いている最中。

 《矢印の罠》は進路方向に障害物があると激突するしかないので、こういった場所では使えない。

 なので、仕方なく徒歩移動になったのだが、真っ先に負華がごねた。


「引きこもりニートの体力はミジンコ並なんですよ。休憩しましょうよー」

「お姉ちゃん。それはミジンコに失礼だよ」

「そうや、そうや」

「ミジンコが擬人化したら、草摺殿よりもっと立派でござるよ」


 三人から同時に責められた負華は頬を膨らませて不貞腐れている。

 歩き始めてから三十分程度なのだが、ここまで体力がないとあきれを通り越して感心してしまう。


「誰かおんぶしてぇ、おんぶしてぇ、おーんぶぅー」

「おんぶお化けがおるで!」


 両手を前に突き出して、誰かに負ぶさるポーズを誇示している。

 そんな負華から全員が距離を取り、誰も背負う気がないようだ。


「私を運んでぇー。なんなら人生も一緒に背負ってぇー。養ってぇー」

「このおんぶお化け、めっちゃたちが悪いやん」

「背負ったら人生が終了しそうでござるな」

「要さん、お姉ちゃんが訴えてるよ?」


 頼むから俺に話を振らないでくれ、雪音。見て見ぬ振りをしていたのに。

 両腕を前に伸ばしたまま、すくっと立ち上がった負華。

 そしてギラギラと濁った輝きを宿した瞳を俺に向けて迫ってくる。


「贅沢は言わないからぁー。三食昼寝付きでいいからぁー。家事はできないけどぉー」

「近づかないでもらえるかなっ!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、後退る俺を追いかけてくる。

 この特大の荷物を背負うわけにはっ!


「貴様ら、少し静かに」


 明の一言で負華の動きが止まった。

 調子に乗ってはしゃぎすぎたか。生真面目な明のことだ、今のやり取りに苛立ちを覚えても……おや?

 ちらっと横目で明の様子を確認すると、口元を手で押さえて肩が震えている。

 そういや……笑い上戸だったな、明は。


「な、何か声が聞こえた気がしたのだ。楽しそうなところに水を差して悪いが」


 まったく怒ってないな。それどころか、楽しんで眺めていたようだ。

 明に従い全員が黙って耳を澄ます。

 微かに何か音がする。金属が激しくぶつかるような音と、人の怒号らしき声。

 距離があるせいで何を言っているかまではわからないが、非常事態であることは伝わってくる。


「この音はあっちから聞こえます!」


 負華は躊躇うことなく北東を指差している。

 言われてみればそっちから聞こえてきている気がするが、俺には確信が持てない。


「私、聴覚には自信があるのですよ。両親が階段を上る音を素早く察知して、ゲームを止めたり漫画やスマホを隠したりしてましたから!」


 ニートの環境で磨かれた特殊技能か。凄いとは思うが、自慢するようなことじゃない。

 今は迷う時間も惜しいので、負華の判断を信じるとしよう。


「みんな、警戒を怠らずに行くよ」


 何度も修羅場を乗り越えてきた面々だ。

 厄介事が待ち受けていたとしても乗り越えられる自信はある。

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