第80話 それでも俺たちは
雪音が泣き止むまで抱きしめていると少し落ち着いてきたのか、すっと俺から離れた。
目は真っ赤に充血しているが瞳に光が戻っている。その姿にほっと安堵の息を漏らすが、俺も動揺が隠せない。
聖夜が死んだのか……。
雪音が聖夜の格好をして口調も真似ているのは聖夜の意志を継ぐ、という気持ちの表れだろう。
そっくりな彼女を見ていると、少し生意気な態度で俺に絡んできた聖夜の姿が脳裏に浮かぶ。
ああ、くそっ! また俺は守れなかったのか!
油断すると涙がこぼれ落ちてしまう。ここで俺まで泣いてはダメだ。
常に魔王国の連中が見張っている現状。仲間がゲームオーバーになっただけで泣くのはどう考えてもおかしい。
堪えろ、堪えるんだ!
ここで一番年上なのは俺だ。しっかりしろ、肩上要!
現実逃避は母と姉が死んだときに、思う存分しただろ!
だから、前を向け! 目を逸らすな! 現実を受け止めるんだ!
俺には、まだ、守るべき人たちがいるだろっ!
拳を強く握り、魂を奮い立たせ、表情を引き締める。
さっきの涙は泣きじゃくる雪音に触発されて涙がこぼれた、という言い訳は通じるかもしれない。実際、楓も負華も喉輪も目元を拭って鼻をすすっている。
だけど、雪音の号泣は誤魔化しが利かない。俺たちは致命的なミスを晒してしまったのだ。
兄がゲームオーバーになって一緒に遊べなくなって悲しい。これは通用する。だけど、あれ程までに感情を露わにして泣く姿はあり得ない。
誰がどう見ても実際に家族が死んだ人の悲しんでいる姿だ。
どうすればいい? どうするべきか?
雪音を咎める気は毛頭ない。兄が死んだというのに「平静を装え」なんて言えるわけもないし、言う気もない。
頭を捻りだして、この場を切り抜ける最良の策を考えろ。これ以上、雪音に負担させるな。俺がなんとかするんだ。
と意気込んでみたが起死回生の策を直ぐさま思いつくわけでもなく、全員が沈黙して立っているだけ。
気が焦るだけで無情にも時が過ぎていく。
『お困りのようだな。
何の前触れもなく頭に響いたのはバイザーの声。
改良した宝玉を利用して俺だけに通話してきたのか。
『すまん。ミスった』
『ああ、状況はすべて見ていたぜ。だが、安心しな。さっきまでの映像は魔王国の連中には伝わってねえから』
バイザーの発言が本当なら助かるが、都合良く魔王国の連中がこのシーンを見逃す、なんてことがあり得るのか?
『どういうことだ?』
『俺様が手を回しておいたんだぜ、感謝してくれよ。
『マジか』
『マジマジ。元々、
今まで俺たちは懸命に必死に戦い抜いてきた。
それをずっと見続けていた魔王国の担当者たち。
俺が担当者の立場になったと想定して客観的に考えてみる。……確かに感情移入してもおかしくはない。
手を貸してあげたい、助けてあげたい、と思うのが人情だろう。……相手は魔族と魔物だけど。
この世界の住民の心は俺たち地球人と大差ない。それは城下町で目の当たりにした。
悪人もいれば……善人もいる。それは同じなんだ。異世界人だからといって全員が外道や悪ではない。
『バイザー、信じていいんだな?』
鵜呑みにするのは危険すぎる。それはわかっているが、俺たちが助かる術は他にない。バイザーを信じるしか道がないんだ。
『ああ、信じてくれ。俺様……私はキミたちを助けたい』
いつもの口調が一変して穏やかで優しい語り口になる。
『わかった。ありがとう、バイザー』
『おうよ、気にすんなって。だが気をつけてくれよ。ヘルム様や上の連中が監視しているときは誤魔化しが利かねえからな。あと数分は大丈夫だと思うが』
『忠告感謝するよ。また、何かあったら頼む』
『OK。あ、そうそう。あと一つおまけしておいたぜ。
最後に気になる言葉を残して通話を切った。
深呼吸をして頭を冷やし、心を落ち着かせる。
こっちはまだ沈黙を保っているが、ここから先は俺がなんとかするしかない。
「みんな、俺たちが常に魔王国から見張られているのは知っているよね?」
問いかけると全員がハッとした表情で俺を見た。
悲しみのあまりに忘れていたが、思い出すと同時にとんでもないミスをしてしまったことに気付いたようだ。
そんな驚きと悲しみの感情が二つ同時に顔に出て、なんとも表現しづらい表情になっている。
「要さん、それを言ったらダメなん、じゃ?」
いつもは鈍い負華でも現状の危険度が理解できたか。
怯えた様子で上空をキョロキョロと見回している。
「あと数分ぐらいなら大丈夫。監視の目を誤魔化してくれている」
バイザーのことは仲間に伝えているので、あえて名前は口には出さない。万が一、この会話がヘルムたちにバレたときのことを考慮して。
「雪音、聖夜は死んだ……間違いないかい?」
「は、い」
今度は涙も流さずに気丈な態度で頷く。
雪音の口から直接伝えられたことで、再び衝撃と悲しみが襲いかかってくるが、ぐっと踏みとどまる。
負華たちも歯を食いしばって涙を堪えていた。
「雪音の髪が短いのはうちが切ったからやで。一応、美容師志望で弟たちの髪はうちがぜーんぶやってるから見事なもんやろ」
この空気を一変させようとしてくれたのか、楓が胸を張って自慢げに語っている。
便乗させてもらうとするか。
「へえー、確かにいい腕だね。負華も切ってもらったらどうだ」
「え、ええええ。なんか信用できないなぁ」
「安心してええで。特に丸坊主が得意やから、スッキリさせたるわ」
「どこに安心できる要素が!」
負華が声を張り上げて楓にツッコミを入れている。
まだ若干ぎこちないけど、いつもの空気に戻そうとする努力を肌で感じていた。
この場に聖夜がいたら、きっと苦笑いを浮かべているのだろうな。
その姿を想像して泣きそうになる。ほんと、年を取ると涙もろくなって困るよ。
「よーし、俺たちはゲームオーバーになった聖夜の分まで頑張ろう!」
「そう、ですよね!」
「拙者たちがいつまでも悲しんでいるのは聖夜殿も臨んでおらぬでしょう」
「せやな。頑張っていこか」
気合いを入れ直した俺たちは、ずっと黙ったままの雪音に視線を向けた。
雪音は大きく息を吸って、肺の空気をすべて絞り出すように息を吐く。
「そうだな! 僕は聖夜とずっと一緒だから。悲しくなんてないよ」
気丈に微笑む雪音を慰めてあげたかったが、それをやったら元に戻ってしまう。
だから、拳をぐっと握りしめて俺たちは微笑みを返した。
「さーて、いつもの今後どうするかの会議でもしよっか」
週間になりつつある、朝の定例会議。
今日の方針を決める大事な時間だ。
「でもでも、最近は臨時クエストばっかりで予定も何もないですよね。はぐはぐっ」
干し肉をかじりながら意見を口にする負華。
今もクレーターの中心部にいるのだが、食料の入ったバックパックが何故か無傷で置いてあったので、そこから食料を取り出して、会議と同時に朝食を取っている。
東の勇者の一撃は砦も消滅した威力なのに、バックパックだけが無事なわけがない。これは俺たちが寝ている間に魔王国の人が置いていってくれたものだろう。
「確かにここ数日は忙しかったからね」
固いパンを囓って水筒の水でふやけさせると強引に流し込む。
近所のパン屋で売っているバケットもかなり噛み応えがあるけど、このパンには負けるな。
「もしかして、また臨時クエストきてたりせんよね?」
楓が取り出した宝玉に全員の視線が集まる。
起動させると空に文字と数値が浮かぶが、緊急クエストの文字はどこにもない。
「珍しく、今日は臨時クエストがないようでござるな」
「ということは久しぶりの自由時間か……何しよう?」
全員に問いかけたのだが、首を傾げるだけで誰も答えてくれない。
今までは討伐対象や目的を提示されていたから、それに対してどうするか話し合えば良かった。
いざ、何をしてもいいよー、と言われると困る。
「んー、取りあえず散策でもしながらレベルアップを目指そうか」
「なんか、懐かしいですねレベル上げ」
俺の提案を聞いた負華が乗り気だ。
そういえば、一番初めは負華と一緒に崖の上でレベルを上げていたな。まだ一週間も経過していないというのに、かなり昔の出来事のように思えてしまう。
それぐらい、ここ数日は濃密な時間を過ごしていたということか。
「この周辺の地理も全然わかってないでござる。砦の周辺以外は無知でござるよ」
「ほんまや。砦を行き来するばっかで、他のところは全然知らんわ」
喉輪も楓も似たような行動をしてきたようで、俺の意見に賛成してくれそうだ。あとは雪音だけか。
彼女に意見を求めるために顔を向けると「んー」と唸りながら上空を見つめている。
「他に何かしたいことがあるなら、なんでも言っていいよ」
「あーいや、別にそれでいいよ。気分転換にもなりそうだし」
聖夜の見た目で、聖夜の口調で話す雪音。
聖夜として接するなら違和感は皆無。だけど、雪音だと知っているだけに頭が混乱しそうになる。
本当は聖夜なのじゃないか、と疑ってしまうぐらいそっくりだ。
「じゃあ、そういうことで今日は一日かけて散策するか」
ここは西の砦があった場所。
大きな谷があり架かっていた橋も壊されているので、西への道は行き止まり。
喉輪の《ブロック》を使えば可能だけど、わざわざ敵地である西の国に乗り込む必要性はない。
ここは草木が一本も見当たらない荒れ地で殺風景。
観光するにしても楽しいとは思えない土地なので、取りあえず東へと向かおうかと思い《マップ》を起動させて現在地を確認する。
ここから南に下ると、元々俺たちが守っていた砦がある。鉄壁の勇者を撃退した場所だ。
「前に防衛した南の砦に戻って、使える物を確保してから本格的な散策を始めようか」
バックパックにはまだ保存食が残っているが俺たちは五人もいる。
昼食で消費したら残りはわずか。補充しておいた方がいい。
「結構距離があるから、しんどいなー。楽に移動できたら、とーっても助かるのにー」
棒読みで話しながら、ちらちらとこっちを見る負華。
残りの三人も足を止めて俺を見ている。
「みんな、自分の足で歩かないと体力がつかないよ?」
何を求めているのかは理解しているが、あえてそこには触れず正論を振りかざす。
「ごもっともな意見でござるが、説得力がありませんぞ」
「自分だけさっきからスースー動いているくせに!」
「なんか、むっちゃ腹立つわ」
「要さん、それはずるじゃないかな」
一斉に批判を浴びている俺は足の裏にくっつけた《矢印の罠》を発動させて、地面を滑るように移動していた。
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