第82話 異世界物っぽい
近づくにつれ音がハッキリと聞き取れるようになってきた。
怒鳴り合う声に紛れて聞こえるのは女性の甲高い悲鳴。
鉄と鉄のぶつかり合うような音は剣戟の音。ということが判明した。
木々を抜けた先には普通車が一台通れそうな幅の道があり、少し先で複数人が争っているようだ。
円形に陣を張った全身鎧の騎士らしき面々を、フード付きのマントを羽織った小柄な連中が扇状に囲む後ろ姿が見える。
背を向けてフードを被っているので襲っている側の人相は不明だが、大人にしてはかなり背が低く小太りな体型。数は二十人程度か。
一方、騎士の数は五人。円陣の中には二人の女性がいる。どうやら、彼女らを守っているらしい。
遠目でも材質の良さが見て取れる貴族っぽいデザインの服を着た、長く青い髪を後ろで縛った女性らしき人影が一つ。それと、眼鏡をかけたメイド服姿の女性。
今俺たちは大木の裏に隠れて様子をうかがっているので、向こうにはバレていない。
「野盗っぽいのが二十名近くいるようだ。対する騎士っぽいのが五名。圧倒的に不利か」
明が冷静に状況を解説してくれている。
地面には既に倒された野盗がうつ伏せで十人ほど転がっている。全身鎧の騎士らしき方は誰も倒されていないようだが、二人は足を引きずり、一人は片腕が上がっていない。
今は膠着状態で野党側がじりじりと距離を詰めている。
素人目にも騎士の方がピンチだというのは理解できた。
「これはどうするべきか」
明の呟きを聞いて全員が顔をしかめる。
普通なら飛び出して助ける場面だ。これがゲームなら助太刀に入って感謝されるべきクエスト。
だけど、ここは現実。感情的に行動するのではなく、冷静さを忘れずに正しい判断を下さなければならない。
「そうだね。もう少し様子――」
「悪即滅!」
人の話も聞かず大木の裏から飛び出した負華は即座に《バリスタ》をセット。
そして間髪入れずに発射した。
大矢は騎士と野盗の間に突き刺さり、粉塵を巻き上げる。
あえて当てなかったのか照準がズレたのかはわからないが、両者とも何が起こったのか理解できずにパニック状態。
忙しなく周囲を見回していると、《バリスタ》と背後で仁王立ちしている負華に気付いたようだ。
「なんだ、あのでっけえ弓は!」
「あいつ、なんであんなの持ち運んでいるんだっ⁉」
負華よりも突如現れた《バリスタ》に野盗が驚いている。が、俺たちは相手の姿を見て、同じぐらい驚いていた。
フードを取り払って負華を凝視している野盗の顔が想像とはまったく別物だったから。
皮鎧を着込んでいるところまでは想定の範囲内だったが、その上に乗っかっている顔が……犬だった。
魔王国内なので犬の獣人がいてもおかしくはないのだが、よりにもよってその犬種なのか。
丸顔に垂れた黒い耳。くりくりした大きな目に凹んだ鼻の周囲は黒。
「パグだ」
鎧を着て二足歩行をしているパグの野盗。
ダメだ、言葉遣いが荒くて渋めの声なのに、慌てふためく姿が可愛く見えてしまう。
「なぜ、バリスタがこんなところに?」
「野党側の兵器……ではないようだが」
パグ獣人ほどではないが騎士の方も驚きが隠せていない。あっちよりも若干、冷静に見えるけど。
驚愕の視線を集めた負華はというと、急に注目されて恥ずかしくなったのか照れながら頭を掻いている。
負華……颯爽と飛び出して攻撃を加えておいて、その反応はないだろ……。ほら、相手側もどう対応していいか困っているじゃないか。
もじもじしているだけの負華と、完全に動きが止まり警戒している騎士と野盗。
見ていられない状況なので渋々だけど、俺が負華の隣に歩み出た。仲間には念のために隠れたまま待機してもらっている。
「おい、また現れたぞ」
「何者なのだ」
視線が負華から俺に移り、パグ獣人と騎士のざわつく声が耳に届く。
ちなみにこの妙な空気を生み出した当人は、俺の背後に素早く隠れてしがみ付いている。
「勢いでやっちゃった。負華、反省」
自分の頭を軽く小突いて舌を出す姿に、いつも通りイラッとした。
可愛らしい仕草で誤魔化そうとしているようだが、そんなものが俺に通用するとでも?
冷めた目で睨むと「くうぅん」と犬の鳴き真似をして背を向け、膝を抱えて丸くなった。
そのポーズと仕草は負華ではなくパグ獣人にやって欲しい。
大きなため息を一つ吐いてモヤッとした気持ちを治めると、負華から問題の相手に向き直る。
「どういう状況なのかよくわかりませんが、暴力は止めませんか?」
我ながら場にそぐわない間抜けな発言だとは思うが、他に相応しい言葉が思いつかなかった。
「よくわからないくせに、こんな矢をぶち込みやがったのか⁉」
パグ獣人の中でも一番体格がいい個体が一歩踏み出す。息巻いているつもりなのだろうが、「かわいい」という単語しか頭に浮かばない。
相手のご怒りはごもっとも。怒鳴りたくなる気持ちはわかる。
「申し訳ありません。ところでどういった状況なのか説明いただけると助かるのですが?」
あえて丁寧な口調を崩さずに笑顔で問いかけた。
こういった場面では落ち着いた態度の方が強者っぽく見えるはず。
「見りゃわかるだろうが」
パグ獣人の親玉らしき個体が片手剣で自分の肩を叩きながら、ニヤリと下卑た笑みを浮かべる。
他のパグ獣人たちも何が面白いのか一斉に「ワンワン」と笑い出した。かわいい。
「そのでけえ弓も一発撃ったらおしまいだろ?」
「俺たちが有効活用してやるから、安心しな」
不意を突かれた動揺は消え去ったようで、余裕の笑みを浮かべた手下が数人こっちに向かってきている。
騎士の方は未だに判断が付かないのか、ことの成り行きを見守っているようだ。
矢を放った《バリスタ》と武器を携帯していない俺と負華。相手が油断するのも当たり前か。
「へへっ。あの胸のでけえ女は殺すなよ。こっちは発情期なんだ、もう相手はなんでもいい」
「男の方は殺して構わねえよな」
抜き身の刃をちらつかせるパグたち。
普通なら……一週間前の自分なら恐怖に足がすくむ場面なのだろうが、子犬がじゃれついてきた程度にしか感じない。
もし、これが強面の男だったとしても怯えない自信がある。
この数日に命懸けの戦いを幾度も乗り越えてきた。結果、俺の神経は想像以上に図太く強化されてしまったようだ。
「メンタル鍛えられたなぁ」
この状況下で動じない自分に感心するより、少し呆れてしまう。
見た目はファンタジーだが、武器を持つ連中に凄まれても動揺がない。
「何ぶつくさ言ってんだ。直ぐに殺してやるから……あれ」
「なんだ、あれ? なんか、あいつ遠くなってないか?」
いくら進んでも俺との距離が縮まらないことに不審がっている。
歩きから駆け足に変わるが、それでも俺には近づけない。
「お前ら、さっきから何やってやがる。真面目にやれや!」
「お頭、変なんですよ! あいつらに近寄れねえ!」
「なんでだ⁉」
パグ獣人のお頭が怒鳴っているが状況は変わらない。
必死になって走っては戻るを繰り返している。
とうとう武器を手放し四足で全力疾走しているが、距離は一向に縮まらない。
《矢印の罠》をオプションで地面と同じ色に変更したおかげで罠が地面に同化。目を凝らしても地面と見分けが付かない。
何度も繰り返して体力を消耗したようで、地面にへたり込むと肩で息をしている。
「さて、ご提案なのですが。大人しく引き下がってもらえませんか? ワンちゃんたち」
こんな提案と挑発をしなくても、それこそ必殺の股裂きで倒せば済む話だが、悪党だとわかっていても安易に殺す気にはなれない。
かわいらしい見た目もそうだが、俺たち守護者は魔王国を守る立場。覗き見している魔王国の連中に悪い印象を与えないためにも、この国の住民をできるだけ殺さない方がいいだろう。
「ふざけるなよ! 妙な技で近寄らせないようだが、お前ら飛び道具を使え!」
パグ獣人のお頭に従って、手斧や投げナイフが投げつけられた。
刃物が迫ってくる恐怖感を押し殺して、避ける素振りさえ見せずに、すべての攻撃を体で受けた。
命中した手斧とナイフが体に触れると同時にあらぬ方向へと飛んでいく。
体に貼り付けた《矢印の罠》が逸らしてくれるとわかってはいるけど、風を切り飛来してくる迫力に目を逸らしたくなったが、ぐっと我慢。
「無傷だとっ! どうなってやがる!」
取り乱してわめき散らしている、パグ獣人のお頭に向かってゆっくりと歩み寄っていく。
両腕を広げて無抵抗をアピールしながら……ハグしたくなる気持ちをぐっと抑えて。
俺が一歩進むと一歩後退る。
少し面白くなってきたので、今度は足下に《矢印の罠》を設置して足を動かさずにすーっと野盗の方へ移動してみた。
「ひ、ひいいいいっ! お、お前ら撤収しろ!」
「待ってください、お頭!」
想像以上に効果があったようで、パグ獣人たちが文字通り尻尾を巻いて逃げ去っていく。
ああいった輩は見逃さずに、ここで始末しておいたほうが新たな犠牲者を生まずに済むのだけど、そこまで割り切れるほど達観していない。
「しかし、今のは異世界転生作品っぽいシチュエーションだったな」
見た目はパグだけど野盗に襲われている者を颯爽と助ける。異世界作品における定番の一つだ。
ここに来てからというもの殺伐とした毎日だったから、なんだか少し嬉しい。
「あっ、そうだ。大丈夫でしたか?」
両手を広げたポーズのまま半回転して、今度は騎士一行の方へと向く。
その瞬間、びくりと騎士たちの体が縦に揺れた。
もしかしなくても、警戒されているようだ。
「助力感謝する」
立派な口髭を蓄えた老年の男性が、一歩進み出て白髪交じりの頭を下げた。
自分の父親でもおかしくない年齢に見える人に、そんな態度を取られると恐縮してしまう。
「いえ、頭を上げてください。たまたま通りかかって見過ごせなかっただけですから」
「貴殿のおかげで主の命が助かったのだ。こんな老骨の頭で良ければいくらでも下げよう」
すっと顔を上げた老人には年輪代わりのしわが刻まれているが、老いを感じさせない活力がみなぎっている。若い頃はさぞモテたことだろう。イケメンの名残がある理想的な年の取り方をした渋い顔と声。
体型は俺より一回りは大きく、力比べをしたら確実に負ける体格差がある。
「グレイヴ、もう大丈夫なのですか?」
「もう危険はありませぬ。こちらの御仁に助けていただきました」
グレイヴと呼ばれた老騎士が振り返ると、片膝をついて頭を垂れる。
他の騎士たちは一列に並びグレイヴと同じポーズをとると、メイドを引き連れた一人の女性が歩み寄ってきた。
地球ではあり得ない澄んだ海のようなマリンブルーの長い髪を、赤いリボンで後ろにまとめている。
顔は雪音よりも少し劣るが、庇護欲を刺激される愛嬌のある顔付きだ。年齢は中学生ぐらいに見えるが確信はない。
服装が白を基調とした燕尾服のような格好なので男のようだが、胸部の膨らみからして女性で間違いないだろう。
外見だけで判断するなら、すっごく貴族っぽい格好と立ち振る舞いだ。
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