第83話 王女一行と一緒

 第一王女、つまりお姫様だと主張するのか、このアトラルと名乗った少女は。

 確かに負華とは比べ物にならないぐらい気品があるし、高貴なオーラっぽいのを感じる気がする。

 ちらっと横目で負華の様子を見てみると、何を考えているかわからない間の抜けた顔でぼーっと第一王女を眺めていた。


「なぜ、魔王国の中に他国のそれも敵対しているウルザムの姫様が?」


 素朴な疑問を口にする。

 東の国ウルザムと言えば、あのとんでもない勇者が存在する国。

 どう戦っても勝てる姿が想像できないチート勇者が治める国のはず。


「助けていただいた恩義はありますが、これは国としての機密――」

「グレイヴよいのです。事情を聞いていただきましょう」


 老騎士の言葉を遮ったアトラトル姫が目の前まで進み出ると、俺の右手を両手で包み込むように握った。

 予想外の行動で呆気にとられていると、至近距離から上目遣いで俺を見る。


「話を聞いた上で、もし叶うのであれば助力を願いたいのです」


 しまった、やぶ蛇に自ら突っ込んでしまったか。

 厄介事に巻き込まれる気配をビンビンに感じているが、今更「やっぱ聞かなくていいです」と切り出す勇気はない。


「わかりました。聞かせてもらえますか。あと、その前に怪我をしている人の治療をしても?」


 恭しく頭を下げている騎士たちがかなり辛そうにしている。

 足と腕を怪我している三名は今にも倒れそうなぐらい顔色が悪い。


「あああっ、すみません! 皆さん楽な姿勢で、あと怪我の治療を早く」


 アトラトル姫が慌てて指示を出している。

 騎士の周りであたふたしている姿から、心底心配している様子が伝わってきた。

 悪い人ではないように見えるが。


「傷薬は残ってないか」

「すみません、グレイヴ団長。前回の戦いですべて使い果たしてしまいました」


 鎧を脱がされ、その場に横たわっている騎士の容態は優れない。

 布を巻いて止血しているが、その布もあっという間に赤く染まっていく。

 治療薬が不足しているようで、応急処置以外の術がないようだ。このまま見殺しにするのは……寝覚めが悪いよな。


「みんな出てきていいよ! バックパックに傷薬があったから、この人たちに渡してあげて!」


 少し離れた場所に隠れて状況を見守っている仲間たちに呼びかける。

 大木の裏から飛び出してきた雪音が一目散に駈けてくると、背負っていたバックパックを下ろして【傷薬】と書かれたラベルの貼ってある瓶を取り出した。

 この文字、異世界の文字ではなくわざわざ漢字で書かれている。わかりやすさとゲーム感を演出する為に、日本語で書いたラベルを貼り付けたのだろう。

 魔王国の人々が慣れない日本語をラベルに書いて貼り付けている様子を想像すると、少し和んでしまう。地道で面倒な手作業だったはず。


「よかったら、これを使ってください。傷薬です」


 取りあえず二つ取り出した瓶の内、一つだけ蓋を開けて小さな切り傷がある俺の指にかけた。

 見る見るうちに傷が塞がるのを確認して、老騎士が頭を下げると受け取ってくれた。

 この傷薬は砦にいくつも置かれていた物なのだが、TDSを使って遠距離で倒すことがメインなので使う機会が滅多にない。

 一応、保険として携帯してはいるが、持て余していたアイテムだった。

 傷薬の効果はてきめんで傷が塞がり、騎士たちの荒かった呼吸と苦しそうな表情が穏やかになる。


「どうやら、一命は取り留めたようです、姫様」

「よかったぁー。皆さんが無事で本当に、よかったです」


 涙目で安堵しているアトラトル姫。

 そんな姫様を見て騎士たちが微笑んでいる。姫と騎士団は互いに信頼している良好な関係らしい。

 眠っている騎士たちから少し離れると、改めて礼を口にするアトラトル姫と老騎士グレイヴ。

 姫様一行が落ち着いてきたようなので、自己紹介をすることとなった。


「我々は異世界から召喚された者です。こちらでは守護者と呼ばれています」

「やはり、守護者様でしたか。魔王国側に最近現れた異世界の者についての情報は得ております」


 王女ともなれば耳に入って当然か。一から守護者の説明をする手間が省けた。


「我々の目的はご存じですか?」

「魔王国を守るために召喚されたと、聞き及んでいますが」

「それが目的の一つで他にも――」


 自分たちが召喚されたあらましと目的を語る。

 ここがゲームだと信じている、という設定は省いて異世界に召喚されて利用されている立場だという点を強調しておく。


「まさか、召喚した者同士を殺し合わせて、加護の強化を狙っているとは……」


 アトラトル姫は口元に手を当てて小声で呟いている。

 一気に説明した内容を頭でまとめているようなので、声を掛けずに見守っておく。


「……失礼しました。皆様は苦労されているのですね」


 心底同情してくれているようで、潤んだ瞳が向けられた。

 黙って佇んでいる老騎士グレイヴが優しい眼差しをアトラトル姫に向けている。まるで優しく成長した孫を見る祖父のようだ。


「とまあ、本意ではないのですが魔王国を守り、東の国や西の国と敵対する立場ではあります」


 俺たちはイヤイヤ従っているだけで、あなた方と敵対する気はありませんよ、というアピールは忘れない。


「それはもう、重々承知しています。このように助けていただいたのですから」


 なんて素直な子だ、と感動しそうになるが……これが本心なのかどうか。

 若い頃なら清純そうな見た目と言動を素直に信じて、それこそ好意を寄せていたかもしれない。だけど、それなりに酸いも甘いもかみ分けてきた大人のつもりだ。

 第一印象は当てにならない。特に上に立つ者は。社会で学んだ大切なことの一つ。

 王族の第一王女としての立場。腹芸の一つもできて当然の切れ者であってもおかしくない。

 もしくは蝶よ花よと育てられ、汚い世界を見ないように育てられた箱入り娘という可能性もある。

 ファンタジーの姫様と言えば、この二択が定番だろう。さて、このアトラトル姫はどちらなのか。それとも全く別の第三の選択肢が存在するのか。


「それで話を戻しますが、皆様はなぜこのような場所に?」

「ええ、実は……勇者ロウキに国を乗っ取られたのはご存じでしょうか?」


 あの東の勇者の名前はろうきと言うのか。


「皆様と同じくニホンジン、だそうです。名前はこう書くと教えられました」


 木の枝を拾うと地面に漢字で名前を書いてくれた。

 村正朗希と書くのか。東の勇者、村正朗希だな覚えておこう。


「東の勇者が王位を奪った、という話は聞いています」


 当人が自ら語っていたからな。

 アトラトル姫が悔しそうに唇をかみしめている。


「父である王を殺し、その座に着いたロウキは刃向かう人々を次々と手にかけ、従順な者だけを側に置いています。兄君や姉君は身の危険を覚え、直ぐに王城から脱出したのですが……ロウキの放った刺客に次々と殺されていき、残ったのは私だけのようです」


 彼女はロウキ側ではなく敵対している立場だという主張。

 すべてを信じるなら、かなり重要人物ということになるが。


「先日の死人を操る大掛かりな戦の騒ぎに乗じて、我々はなんとか魔王国への侵入に成功しました。……多大な犠牲を払うことになりましたが」


 アトラトル姫は振り返ると眠っている騎士たちを見て、申し訳なさそうに頭を下げる。

 元々はもっと多くの騎士を引き連れていたのだろう。それが今はたった五人しか残っていないのか。


「恥を承知の上で魔王ヘルムへ助力を願うために、我々はやって来ました」


 歯を食いしばるアトラトル姫の瞳には強い意志が宿っている。

 自分より年下の彼女に思わず圧倒されそうになるぐらいの気迫。たった一人残された王族としての決意の表れか。


「ですが、魔王国の地理には疎く、先程のように野盗に襲われる始末。何度も魔物と遭遇してこのような有様です。皆はよく守ってくれていますが、人手と戦力不足は否めません」


 三人はかなり傷ついているし、全員が限界近くまで疲労が蓄積されている。

 アトラトル姫も老騎士グレイヴも気丈に振る舞っているが、気を抜いたら今にも倒れてしまいそうだ。


「そこで、重ね重ね申し訳ないのですが、魔王国までの道案内と護衛をお願いできないでしょうか」


 そうきたか。何か頼み事をされるだろうと察していたが、

 彼女の護衛という名目があるなら、王城へ向かう理由にはなる。

 一度、不意の事故で忍び込むことになったが、堂々と王城や城下町に足を踏み入れるチャンスか。


「これはサブクエストというよりは、本筋のメインストーリーっぽいよな」


 小さく呟くことで魔王国の連中に考えを伝える。

 俺はゲームと信じているから姫様たちの護衛をしている。だから、王城に入る許可は当然もらえるよな? というアピール。

 魔王国としては守護者たちにゲームだと信じさせている立場上、俺たちの護衛任務を妨げることはできないはず。

 これにより、守護者同士の殺し合いからも一時的にだけど関わらなくて済む。依頼を断る理由は……ない。


「わかりました。魔王城までの護衛引き受けますよ。一度、魔王城にも行ってみたかったので」

「ありがとうございます!」


 歓喜したアトラトル姫が俺に抱きつき、感謝の言葉を述べている。


「まさか、恋のライバル出現⁉」


 ずっと大人しく黙っていた負華が戯言を口にしている。

 そもそも、負華と恋仲になったつもりもないし、アトラトル姫も感極まっての行動であって特別な感情はない。

 出会ったばかりで直ぐ恋に落ちるなんて展開はイケメンならあり得るが、凡人でオッサンの俺とは無縁の話だ。強いて例えるなら……親戚の子供にじゃれつかれている気分だ。


「す、すみません。はしたない真似を」

「いえいえ、お気になさらず」


 毅然とした態度で大人の余裕を見せつけてみる。


「目つきがなんかイヤらしい」

「もしかしてロリコン疑惑?」

「未成年に手を出すのは看過できぬぞ」

「あんた、そんな趣味やったんか」

「ロリは二次元だけにしておくのが無難でござるぞ」


 仲間が好き勝手なことを口にしている。

 大人しく話を聞いていたかと思えば、これか。もうずっと黙っていてくれ。


「移動となると、馬車か何かを確保しなければなりませんね。皆を連れて行くには」


 傷薬で表面上の傷は治ったように見えるが、完治とまではいってないのだろう。歩くのは辛そうだ。


「それならご心配はいりませんよ。移動手段はありますので」


 俺の発言を聞いたアトラトル姫が首を傾げている。

 移動のことなら、この肩上タクシーにお任せあれ。

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