第84話 再び魔王城へ

「これはこれは、素晴らしい移動法ですな!」

「馬車よりも速ーい」


 《矢印の罠》で大人数を運んでいる最中なのだが、老騎士グレイヴとアトラトル姫が目を輝かせて、高速で過ぎゆく景色を眺め感動している。

 総勢十一人もの大所帯になると、今までの範囲だと全員を乗せるにはぎゅうぎゅう詰めで、上に重なっていくしか方法がないので、能力を少し強化することにした。

 結果、今のステータスはこうなっている。



 レベル 30

 TDP 40

 TDS 《矢印の罠》《デコイ》

 振り分けポイント 残り7


◆(矢印の罠Ver.2)レベル15

威力 10m 設置コスト 1 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 5m 設置場所 地面・壁・体

◆(デコイ)レベル7

姿1 設置コスト 5 発動時間 0s 冷却時間 0s 範囲 視界に入る 設置場所 地面



 一辺五メートルの二十五㎡もあればかなり余裕ができる予定だったのだが、ちょっとした計算違いが発生した。

 俺たちが進んでいる場所は獣道を幾分かマシにした程度の、平らに慣らされただけの道。土の地面がむき出しで道幅は二メートルと少し。

 道の両脇に雑草が生えているだけなら問題はなかったが、森の中を突き抜けるように作られた道なので直ぐ側に木がある。

 俺の《矢印の罠》に障害物は天敵。なので、必然的に細長い隊列で移動することになった。

 先頭は負華、雪音、明と二名の騎士。中間は横たわっている三名の騎士。そして後方が残りの俺たち。

 俺が一番後ろにいるのは、何かのアクシデントで罠の範囲から出てしまう人がいないか確認のため。


「もう少ししたら森を抜けて平原に出るはずです。そうしたら、幅も余裕ができるので広々と使えますよ」


 宝玉で《マップ》を確認しながら、全員に聞こえるように伝える。

 空中に浮かび上がる半透明のマップを興味津々に見つめているのは、アトラトル姫だ。


「とても便利な力ですね。魔法や加護なのでしょうか?」

「残念ながら仕組みはわからないですね。便利なのは同意しますが。今はここです」


 自分たちの位置も表示されるので、何処を進んでいるか指を差して説明する。

 今、北西に進んでいて魔王城に向かって順調な道のり。時折、魔物や魔王国の住民を遠目で確認するけど、足も動かさずに高速移動する俺たちを見て、怯えたように逃げるか距離を取っていた。

 客観的に見たら異様な光景だから無理はない。

 アトラトル姫の年齢は十二歳だそうで、日本で例えるなら中学一年生ぐらい。

 まだ幼さが残る顔付きでありながら、王族特有の気品と威厳がふとした瞬間に顔を出す。


「この加護って連続して使っても疲れないのですか?」

「ええ、消費が少ないので連続使用しても大丈夫なのです」

「守護者の皆様は同じように変わった加護をお持ちなので?」

「そうですね。機会があればお見せしますよ」

「楽しみです!」


 鼻息荒く矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 こういった好奇心を抑えきれないところは子供らしさが垣間見えて微笑ましい。

 アトラトル姫と雑談を交わしていると、鬱蒼と茂った森を抜けたようで視界が急に広がった。


「わー、綺麗」


 目の前の光景に負華が感激している。

 青々と茂った野草に混じって所々薄いピンクや黄色の野花が点在している平原。遮る物がないので吹き抜ける風が心地いい。

 視界が抜けているので遠くまでよく見えるのだが、南はさっきまでいた森。北と東は平原、西には大きな川が見える。

 川の付近に生えている植物は長くしっかりとした茎と細長い葉があり、先端部分がしな垂れているススキのような植物だ。

 平原を突っ切るように大きな道がある。今まで進んできた道と違い石畳が敷いてある立派な街道。

 道幅は五メートルより短いが先が見えない。地平線に消えていくような長く伸びた街道に圧倒される。


「どうやら、この道が魔王国まで繋がっているようだ」


 明がマップで確認をしてくれた。

 ここからは一本道なのか。迷う心配はなくなったようだが、新たな問題が発生してしまう。


「このまま街道を進むか、少し離れた場所を進むか……」


 ただでさえ大人数で人の目を引くのに、こちらは全員が人間だ。

 この国の人々は人間を毛嫌いしている。見つかったら何をされるかわかったものじゃない。


「どうします?」


 アトラトル姫に問いかけると、難しい顔をして唸っている。


「我々は交渉が目的でやって来ました。なので堂々と振る舞うべきなのでしょうが、魔王城に到達する前に殺されてしまっては元も子もありません。ですが、あえて姿を晒すことで迎えに来てもらう、という手もあり、かも?」


 小首を傾げる姿は可愛らしいが、かなり迷っているようだ。

 今も「うーん、うーん」と唸るだけで決断できないでいる。


「僭越ながら、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」


 後ろに控えていた老騎士グレイヴが一歩進み出た。

 歴戦の戦士っぽい風格の彼なら、参考になりそうな意見が聞けそうだ。


「ええ、構いません。考えを聞かせてください」

「では。まず、この肩上様の能力であれば、どれぐらいの時間で魔王城に到達できるとお考えですか?」


 到達時間か。ここからは入り組んだ道もない。街道の上を進むと仮定するなら、順調に進んだとして……。


「おそらくですが、半日程度でしょうか」


 今は昼前の時間なので急げば夜の間に着くかもしれない。


「そんなにも早く着くとは流石ですな。だとすれば、さほど急ぐ必要はないのでは? 夜に訪ねるのは無作法というもの。堂々と日の上る時間に到着するように時間を調整する必要があるのでは」


 深夜と昼間では衛兵の対応も異なりそうだ。夜だと警戒心も増しているだろうし。となると急ぐ必要はないのか。


「さて、問題の街道を進むかどうかについてですが、街道を利用するべきだと考えます」

「何故にそう思ったのですか、グレイヴ」

「姫様は正当な後継者である王族です。ならば、毅然とした態度で臨むためにも姿を晒し、王族としての振る舞いを見せつけては如何でしょう。それに見つかれば相手の迎えがやって来るでしょうから、少しでも早く面会が叶うかもしれませぬぞ」


 豪胆な発言をしてニヤリと笑うグレイヴ。


「で、でも、捕まったら、こ、殺されるかも……」


 今までずっと黙って聞き役に徹していた負華が、恐る恐る会話に割り込んできた。

 負華の意見はもっともだ。一方的に攻めてきている敵国の姫。

 ここは魔王国で正式な訪問ではなく、逃避行の果てにお忍びで訪問。処刑しても魔王国としては何も困らないし、他国にバレることもないだろう。

 そもそも友好的な関係ではないのだから、最悪の展開も考慮すべきだ。


「私もあまりにも危険だと思われますが」


 負華の意見に同意しておく。

 騎士たちは動揺する様子もなく、真摯な瞳から放たれる視線がアトラトル姫に集まっていた。

 誰もが口を開かない思い沈黙を打ち破ったのは姫だ。


「街道を進みましょう。このようなことで迷いためらっていては散っていった者たちに顔向けできません。私はウルザムの代表者なのですから」


 背筋を伸ばし堂々とした態度で宣言するアトラトル姫。

 また幼い女子だと甘く見ていた考えを払拭しないといけないな。今の姿は王族として相応しい威厳を感じさせる。


「では、街道を進みましょうか」


 反論することなく受け入れる。

 実際のところ、どんな結論であれ従う気だった。彼女たちは知らないが、ここでの発言はすべて魔王に筒抜け。

 なので、現在進行形で魔王国は対応に追われているのではないだろうか。

 放っておいても向こうから迎えが来るはず。俺たちは姫に頼まれたから連れてきただけ、とういう立場を貫いた方がいい。

 ここで「魔王城に忍び込んで、ヘルム暗殺に手を貸してください」なんて突飛なことを言われずに済んで、むしろほっとしている。

 今のところは魔王国に対して敵対の意思を見せるわけにはいかない。まだ、今は。






 街道を《矢印の罠》で進んでいると魔王国の住民に何度か遭遇したのだが、驚きのあまり呆然と眺めているだけか、怯えて逃げ出すかの二択。

 今も街道から慌てて離れるミノタウロスっぽい獣人の後ろ姿が見える。


「大人数が音もなく滑るように移動してくるんやで。そりゃ、びびるやろ」

「怖いよね。僕も逃げ出すと思う」

「だよねー。私なら泣いちゃうかも」

「問答無用で《雷龍砲》を撃ち込むかもしれぬ」

「具足殿、それはやりすぎでござるよ」


 俺たちは座り込んだ状態で暢気に喋っている。

 出発当初は襲いかかってくるのではないかと警戒していたが、誰も手を出してこない状況に慣れてしまった。

 俺も含め全員、ここでの生活でかなり度胸がついている。

 もし相手から攻撃を仕掛けられたところで、撃退する自信があるというのも大きい。


「皆様、余裕がありますね」


 緊張の抜けない表情をしたアトラトル姫の頬が若干だが引きつっている。


「姫様も突っ立っていたら疲れるでしょ。座ったらどうですか」


 俺はバックパックの中から毛布を取り出すと、畳んでクッション代わりにして置く。

 そして、そこに座るように促す。


「あ、えっと、それでは遠慮なく。皆も座って休憩してください」


 ちょこんと毛布の上に座るアトラトル姫。

 彼女に従って騎士たちも腰を下ろしてくつろぎ始めた。


「あっ」


 今、唐突に思い出したことがある。酷い話だが今の今まですっかり忘れていた。


「アトラトル姫様。セスタスという名の騎士をご存じですか?」


 俺が問いかけると、姫一行は目を見開いて俺の顔を凝視している。

 そりゃ、知っていて当然だよな。


「我が国の第三騎士団長のことでしょうか?」

「はい、そうです。実はこんなことが――」


 砦で遭遇してタイマンの結果、今は魔王軍の捕虜となっていることを詳しく説明する。

 真剣に聞き入っていた姫様たちは、彼らが無事なことを知って胸をなで下ろしていた。


「そんなことが。彼らが無事と知って安堵しています。本当に、よかった……」


 目元を拭い、臣下の無事を心から喜び微笑んでいる。

 俺がこの国の住民なら、この姫様の元で働きたいと願うかもしれないな。そう思わせるほど魅力的な表情をしていた。


「ところで姫様は魔王城に着いたら、どうするのですか? 魔王ヘルムに何を訴えるので?」


 交渉するとは聞いているが、何をどうしたいのかは不明だ。

 別に知ったところで俺たちはどうしようもないが、純粋な好奇心で訊ねてみた。


「勇者ロウキの討伐を願い出るつもりです」


 勇者ロウキ。本名は確か村正朗希だったか。

 力で王位を奪ったらしいから、倒して欲しいと願うのはわかるが他人任せか。

 倒したくても自力で倒す戦力がないのだから当然の決断ではある。


「それを魔王ヘルムが快諾するでしょうか?」


 勇者ロウキは頼まれなくても倒すべき相手。酷いようだがアトラトル姫の願いを聞いたところで、魔王国側にメリットがあるとは思えない。


「ロウキが討伐された際には、私が王位を継ぎウルザムを魔王国ガルイの属国とします」


 なるほど、そうきたか。

 属国になるのであれば魔王国に大きなメリットがある。ただ、それでも大きな問題が一つ。


「属国を認めず、ヘルムがウルザムを滅ぼそうとしたら?」

「それは……もう、どうしようもないですね」


 悲観に暮れるわけではなく、困ったように笑うアトラトル姫の強さに惹かれつつある自分がいた。

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